『天女の涙』 ~倭国の命運や如何に~

今から1700年も昔の日本に栄えた古代都市、明日香京。謎に包まれた弥生時代をダイナミックに描く。

第 9 節 秘策

2016-04-14 15:48:02 | 長編小説
由の衣装は巫女姿で、額に白絹を巻き、頭に青銅の冠を抱いていた。腰には、赤帯を締め神官の衣装そのものである。手には、榊の枝を持ち、それには白衣と銅鈴を付けている。両足は、前述した通り裸足のままであった。

由は、聖壇に火を焚き、祈祷の書式に則って、天に榊を厳かに捧げ左右に振る。試験官の界師達は、どうするものか見守っていたが、由は、「 えぃっ!天神主よ!天照大御神様。吾に神の御加護を与え給え。願わくば、一の湯に大雪を敷き詰めるまで降らせ給え。何卒何卒…。」と唱えて祈祷を更に激しくした。白衣を振り銅鈴を打ち鳴らすと、火炎はもくもくと黒煙を上らせ、祈祷は、ようやっと天照大御神様まで届いたかのようであった。

すると、一の湯の一面に次から次へと大雪が降り注ぎ、次第に吹雪となった。始めは、積もっては消えていたのが、見えなくなるほどの激しさになり、これでは、一の湯の泉神も降参止むかたなしと誰の目にも明らさまに感じられた。

その時である。由は、「 今ぞっ‼︎ 」と祭壇を飛び出して、一の湯に細く伸びる氷道の一本道を向こう岸まで裸足で走り出した。

氷道は、凍りついて滑らないかとハラハラさせたが、無事向こう岸まで辿り着いた。彼女は、吾に返って「 有り難き御加護!天神主よ!」と両手で顔を覆った。

由は、荘厳な鳥居をくぐって番所に着くと、試験官から「 合格 !」と白旗が上がり、乾いた低い声が響いた。さすがの彼女も、もうヘトヘトである。ふらふらになりながら、試験官から合格札を受け取った。

彼女は、ざわめく聴衆をかき分けて何とか一歩もう一歩と歩いていたが、ついに倒れそうになった。そのとき「 由‼︎ 」と駆け寄り抱き起こした女人がいた。

それは誰あろう、京。その人であった。由は、大好きな京に抱き締められて、静かに喜びを分かち合った。「 京。ありがとう…。貴女も合格したのね。おめでとう…。嬉しいわ。」

由は、京の様子から、京が合格したことを悟ったのだった。京は、ずいぶん前に
合格して、今か、今かと由の姿を待ちわびていたのである。二人の再会は喜びもひとしおであった。

「 由、良く頑張ったわ。お見事ね。」京は、優しく讃える。「 京。貴女こそ余裕ね。今回は完敗だわ。」と由は、弱々しく言って微笑む。すると、京も精一杯の微笑みで返す。いつもながらの強い信頼関係で結ばれた二人であった。

「 でも、由。天照大御神様に悪天候をお願いするなんて脱帽だわ⁉︎ 」と京が言うと、「 そんなこと言って、京。貴女も同じことを頼まなくて?」と由も受け返す。

図星なのか京は、「 それは、その…。」と戸惑う。単純に比べて、順番が後の京が、由より早く合格しているということは、答えは一つしかない。由は、全てを見透かしていた。

京は、溜息をついて「 由、貴女には隠し事はしない約束ね。実は、熱泉に尻込みして棄権する者が続出したの。下界へ落とされて下僕になるのを選ぶなんて。なんて情けない天人なの‼︎ 」

下界を蔑む者に限って、下界に落とされる。そのことを良く知る由と京は、下界を救いたいという夢がとても難しいことを痛感していた。

由の気持ちが複雑なことを理解しているのは、京ぐらいしかいなかったであろう。由は、自分に似た鋭い感性を持つ京を誰よりも頼りにしていた。


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