『天女の涙』 ~倭国の命運や如何に~

今から1700年も昔の日本に栄えた古代都市、明日香京。謎に包まれた弥生時代をダイナミックに描く。

第 8 節 湯治場

2016-03-12 16:45:49 | 長編小説
そうこうしている内に、二人は天神山の麓まで辿り着いた。会場は、受験生でごった返している。辺りを見渡すと、あちこちに湯治場と天滝の雲母が、幾筋もたなびいている。そして、遥か山頂の登龍門が、霧に覆われてやっと確認できるほど遠く彼方に佇んでいるといった具合であった。

「 あれが登龍門ね。」由がつぶやくと京も頷く。幼い頃から繰り返し聴いて育った朱色の門である。そんじょそこらの鳥居とは、訳が違った。

受験生にとっては、一生に一度きりの避けては通れぬ門である。緊張から失敗したり、実力を発揮できないのも無理な絡むことであった。

さて、ほどなくして二人は受付に着く。界師から、おみくじを引くように促されて、由・京の順番に引く。結果は、由が、 「 一の湯・九番 」京が、「 三の湯・十二番 」であった。

界師から、試験についての説明を受けると、二人は「 では、これにて。」とお互いに声をかけ合って目配せした。別れにあたって二人の心は、健闘を誓い合う乙女の友情に違いなかった。

ここで、試験会場と試験について詳述する。「 一の湯 」「 三の湯 」とは、天神山に数ある熱泉のことである。

天女にとっては、湯治場であっても、天界の子たちにとっては、焼け死ぬ程の熱さである。ここを通過するには、祈祷なしではどうすることも出来ないのであった。祈祷により熱泉の泉神の怒りを鎮め、自らも泉神に同化して熱泉を渡りきるのである。

講で界師から教えられて来たとはいえ、必ず失敗する者がいる。一歩間違えて焼け死に、黄泉の国へ行く者。恐れおののく余り棄権して、下界の下僕となる者。憧れの天の羽衣を目前にして、試験に落ちる者が後を絶たず、その数は計り知れない程であった。

由は、仲間の動向を黙って静観していた。女人とはいえ肝は座っている。恐れなど微塵も感じさせなかった。

そうしていると、「 一の九番 」と試験官の声が、響き渡った。

由は、「 出陣じゃ‼︎ 」と武者震いして朱色の鳥居をくぐる。前方を見上げると三段に赤土を盛った祭壇が立ちはだかった。

そして、祭壇に向き合うと裸足になって駆け上がった。由は、聖壇を前にして祭壇から見渡す辺り一面に広がる一の湯の全貌を睨みつけた。



第 7 節 由の親友

2016-03-10 13:25:50 | 長編小説
次の朝、試験当日になった。夜が明けるまで、珍しく大荒れに荒れた天候となり、吹雪が視界を遮った。天界といえど天災は付きものである。

由は、吹雪のおさまった寒空の下、木枯らしの吹く草原の一本道を、天神山に向けて歩いて行く。辺り一面、銀幕の雪化粧であった。

そこへ「 由、おはよう。」と幼馴染みの京が、駆け寄る。講では知らぬ者のない美貌の持ち主である。その美しさは、由が梅の花ならば、京は桜の花に例えられるといった具合であった。

才色兼備の京は、由と双璧というより勝るとも劣らずといった女人である。何かと頼りになる彼女は、由の良き理解者であった。

「 由、祈祷書は忘れなくて。陰陽道の書物もよ。」やはり、京も十五だ。声が、透き通るように美しい。女人の色気と若々しさが、満ち満ちていた。由は、そんな京が大好きである。

「 京、私を心配してくれてすまないわ。でも、私は大丈夫よ。ところで、貴女こそどうなの?」

由も気持ちでは負けていない。張り合うことで二人の心は一つになる。二人は、顔を合わせると笑って駆け出した。走りながら由は、京を追う。朝のいつもの光景がそこにあった。

「 京…。私、今日の試験は貴女に負けるかも。でも、人生は長くて解らないものよ。」

京は、「 えっ⁉︎」と叫んで立ち止まった。髪は乱れても美しい彼女であった。「 由。今日は、試験が何より第一よ!試験に全てをかけるのよ。違わなくって!」京は、頭の回転が早い。由の一言を逃さなかった。

由は、心の内を悟られまいとして受け流す。「 京、ここは貴女の言うとおりね。今日は、何と言っても登龍門。勝ち負けを気にするようじゃダメね。黄泉の国に落ちないように気を引き締めないとね。」

「 それは私もよ。」と京は頷く。京は、自分の説が正しいからといって誇らない。彼女は、優しくて気配りができる性格の女人であった。

京は、かたくなな相手に対して無理強いをしない。キッチリと落としどころを作っておいて、そこへお互いに追い込んでいく。京の素晴らしいところは、相手を落とすと間髪を入れず、自らも落とすことが出来ることであった。

そんなこと簡単だね!と思われたら今すぐ実践してみて下さい。きっと周りの方から、大切にされること請け合いですよ。

さて、話しは、二人が登龍門の試験会場へ向かって駆けていくところまでを描写した。

二人はまるで、お互いの勝負を楽しみにしているかのようだ。講にいた頃は、いつものことであった。どんなことがあっても、すぐに打ち解けて仲良くなる。困難なことになればなるほど協力して助け合う。これらは、二人の優秀な性質の一端と言えた。


第 6 節 試験前夜

2016-03-08 14:24:43 | 長編小説
話しを遡る。前述した登龍門についてのところまでである。

由は、登龍門の試験を飲んでかかっていた。由に万が一、落ち度があるとしたら、この点であろう。

話しは、少し逸れるが、金講を合格して卒業しない天女は、天神には絶対なれない。天界の掟が厳しいことは、誰でも知っている。

由が、何らかの掟破りをするなら、この辺りが手落ちとなるだろう。一般に、天界と下界を行き来できるのは、天神のみに許された特権であったからだ。

一人で成し遂げようとする由には、難しすぎる難問であった。しかし、登龍門の試験は、すぐそこまで迫っていた。

そして、とうとう明日は、本番という前夜を迎えて、毘家では、ささやかな宴が催された。

十五の由には、茶が振る舞われた。天界の茶は、下界の抹茶に当たる。毘沙と福は、酒を酌み交わす。二人とも酒豪ではない。少し嗜む程度であった。天神では珍しい方であろう。

毘沙は、少し酔ったのか由に語りかけた。「 由よ。そなたに後顧の憂いはないと信じておる。しかし、そなたは登龍門を甘く考え過ぎではないかと気掛かりなのじゃ。登龍門を飲んでかかると黄泉の国へ落ちてしまわんか?」

福も重ねて、「 由、貴女の努力は認めます。毘沙様、由は今まで精一杯やって来たのです。試験が明日というに、細かいことを申してはなりませぬ。由の肩の荷が重くなるばかりですわ。」と由をかばう。

福は、天女の本性か自らの母性なのか、ここぞというときには、大切な何かを守りたくなるのであろう。

筆者は、気が強い弱いというのは、個性に過ぎず、本当に大切なものは、「 真・善・美 」といった宇宙の真理であり法則であると思うのである。

さて、当人の由は、キリリとした顔付きをして毘沙と福に告げた。「 今宵は、わたくしの為に、このような宴を催してくださり誠に有難う御座います。由は、早、十五に相成りました。父上、母上の為にも登龍門は、必ず通り抜けて御覧に入れます。合格した暁には、天女となって銅講へ入学致します。今宵のこのときまで御心配をお掛けしたこと本当に申し訳ございませんでした。」とたおやかにお辞儀して微笑んでみせた。

由は今まで、明日の為に修養を積んできたのである。誰にも負けぬ自信があった。

こうして、毘家の宴は、夜更けるとも知らぬ間まで続いていたのであった。


第 5 節 倭の国王

2016-03-08 10:21:11 | 長編小説
ここで、卑弥呼のことを紹介する。卑弥呼は、下界の倭の国王であり、王女である。天界の界師から授けられた修養を使い鬼道を操る。

登龍門はと言えば、通り抜けたか、通り抜けなかったかは、詳細を述べない。先へ進む。

兎にも角にも、天界の学問を下界で扱うのである。下界の民人は、さぞ驚いたことであろう。他の者が、マネなど出来る訳がないのである。

だからと言って、そのことが卑弥呼の狙いではない。もっと大きな夢・・・。下界の倭の民の平和と幸せを守り続けていくこと。それらの倭の国王としての責務が、卑弥呼の両肩にのしかかっていたのである。

それは、彼女でしか成し得ないが為の労苦と言えた。卑弥呼の苦悩は、彼女にしか分かり得ないものであったのである。

その卑弥呼のことを何故、由が知っているのか?実は、卑弥呼と由は遠戚であり、毘沙も福も卑弥呼のことを良く知っていたからであった。

ここで、卑弥呼の父母について詳述する。卑弥呼の父母は、天男と天女である。卑弥呼が、天界から脱界したとき、天界に取り残されたまま細々と暮らしている。天神ではなかったが為に、下界へ行くことなど叶わなかったのである。

卑弥呼は、両親を案じていたが、下界に降りてしまっては、どうすることも出来ない。仕方なく職人に命じて、父母によく似た木像をそれぞれ彫らせた。日夜、木像に添え物を欠かさず、伏拝しない日はなかったという。

卑弥呼は、脱界を後悔しなかったが、天界に残した両親には申し訳ないと感じていた。

由からみても卑弥呼の決断は、非情な一面を持つと言わざるを得ない。由が下界に行くのを躊躇うのは、そういう事情から来るものであった。

しかし、由はそれでも夢を捨てなかった。そういうところは、卑弥呼に似て、大器の片鱗を備えていたと言えるだろう。由は、誠に頼もしい天人の逸材であったのである。


第 4 節 卑弥呼

2016-03-07 20:42:22 | 長編小説
そして、登龍門の試験が近づいたある日、由は、秘めた想いを毘沙と福に告げた。

「 父上、母上のおっしゃることは良く解りました。下界のことは諦めます。わたくしは、母上のような美しく賢い天女になりとうございます。それ故、登龍門は是が非でも通り抜けて御覧に入れます。」

由は、キリリと引き締まった顔付きをして宣言してみせた。それは、十五とは思えない大人びた美しさであった。

毘沙と福は、安堵の表情を浮かべたが、表には出さず、由に語りかけた。

毘沙は、「 登龍門は、天か地ぞ。地獄に落ちぬよう万全を尽くすのだぞ。」と噛んで含めるように言い聞かせると、福は「 由、貴女なら天女になる資格は、十二分にあるはずです。もっと自分を信じなさい。」と優しく励ますのだった。

由は、たじろぎもせず父母の忠告を聞いていた。由は、由で期すところがあったのである。

それは、下界で活躍している卑弥呼の存在であった。卑弥呼は、元はと言えば天女である。しかし、天女であった彼女が何故、下界のそれも王女なのか?

界師も分からぬ掟破りは、その当時の由には、想像だにし得ない深い深い謎であったのである。