この世の地獄!!南京・原発・731!!

2012-12-18 11:13:54 | Weblog

日記@BlogRanking

南京大虐殺
12月13日 南京陥落
731部隊や南京大虐殺・重慶の無差別爆撃等々で日本軍が行なった非人道的な殺害について、日本政府・日本国民は深く反省し、中国・アジアの被害国に対して公式に謝罪すべきだと思う!! また、アメリカも原爆投下や無差別爆撃について日本に謝罪すべきだと思う!!



米国のカーター元大統領が南京大虐殺紀念館を訪問


南京大虐殺:生存者が証言--あす長崎で /長崎


「歴史の真相変えられない」 南京大虐殺75年で式典 市民9千人参加 日中合唱団合唱

南京事件75年、追悼式典に9千人 日本人記者へ暴行も

南京大虐殺犠牲者に哀悼、国内外から数千人参加―江蘇省南京市

南京大虐殺の新たな資料46点が南京大虐殺紀念館に 日本兵の日記など

「南京大虐殺全史」を刊行、多くの史料で日本の右翼に反撃―中国メディア

衆院選:河野元衆院議長ら、日本の右傾化を懸念


(朝鮮日報日本語版) 南京大虐殺:75周年の行事中、中国機が尖閣へ

韓国、慰安婦問題の国連総会に提起も、野田首相の「証拠ない」発言に反発―SP華字紙

“慰安婦“は日本軍側の視点、“性奴隷”に変更すべし!=中国歴史学者―北京市

問6.「南京大虐殺」に対して、日本政府はどのように考えていますか。

『わが南京プラトーン』(一召集兵の体験した南京大虐殺)東史郎著より:青木書店
1月23日(1938年)
・・・・・
巨大な生物、海の息子―揚子江が横たわる。
ガラガラと音高い御用船の起重機の音と共に、夜がすっかり明けた。
夜が明けると、私たちの眼前に凄惨な光景が展開した。岩壁に牛や豚のように虐殺され放り込まれた敵兵の死体―私たちが今日まで、常に見かけた特有のドス黒い色の死体、はち切れるほど空気を入れたかと思われるほどの、膨張しきってふくれ上がった黒い死体が、揚子江のなぎさに山となって転がっている。
全くよく肥えた豚のような死体だ。この汚ない黒い死体の上を、黄色い河水がひたひたと洗っている。ある死体は流された丸太棒のように水にゆられている。ある死体は連絡船の下敷きになっている。兵士たちは、踏めばぐしゃりと腐った泥の臭いのする臓物の出て来そうな、はれあがった死体の上を、飛石ででもあるかのように、鉄の鋲の打った堅い靴で、ポンポンポンと飛んで、連絡船に乗る。
蒋介石の忠勇なる兵士、抗日の英雄戦士、我々に銃口を向けていた戦士たちの最期が、捨てられた塵芥(ちりあくた)のそれである。
水上工兵たちは、ボートの上から長い柄の先のついた鉄の鉤(かぎ)に、これらの死体を、腐った大根にでもするようにグイと引っかけて、沖へ流しに行く。ハレもののように体全体がむくみあがった死体に、工兵たちの鉤がぶすりと刺し込まれ、1人の工兵が1個ずつ計5個がボートに引っぱられていく。
岩壁に1人の兵士が立っていた。彼は、
「毎日トラックで一杯、敗残兵を積んで来た奴を、波止場にずらりと並べて置いて、河の中へ突き落とし、泳ぐ奴をズドンズドンと射ち殺すのだ。これが俺の毎日の仕事だよ」
と、グッと顎をしゃくっていった。
嫌な仕事だ。ペッと私は唾を吐いて、彼の顔を、顎のあがった顔を眺めた。


波止場に酒保があった。それは倉庫の中である。私の足は、何がなしにそっちへ向かった。
水色の綿入れ軍服を着た捕虜たちが、工兵たちにしかりとばされながら、大きな荷物を運んでいた。奴隷のように捕虜たちは働いていた。
私は彼らを憎む気にはなれなかった。私が酒保で買ったミカンの缶詰を食っていると、使役に使われている1人の捕虜が、飢えた物欲しそうな目で、缶詰と私の口元を見つめていた。
彼の目、彼の口と鼻は物欲しさで一杯であった。彼の絶望的な光りの無い瞳から、私は戦争の悲惨さを感じた。もし、この戦さの勝負が逆であったら―。この哀れな捕虜の姿は、私自身の姿であるかもしれない。
私は食う手を止め、この捕虜に、ミカンの缶詰とタバコ3本を与えた。
「謝(シェ)!謝(シェ)!大人(タイレン)!」
彼は相好を崩し、くり返しくり返し頭を下げ、もう1人の捕虜とともに缶詰をむさぼり食った。・・・・・・・


3月12日
・・・
徒労のスパイ狩りかも戻り、内地から届いた『週刊朝日』をめくる。1月16日発行の増大号である。
この中で、楚人冠氏の「山中説法」なる欄にいわく―。
「南京陥落の当時、支那が無用の抵抗を最後まで試みた為め、南京は殆ど焦土と化し、何万といふ人が殺された・・・・云々」

南京大虐殺8

南京大虐殺7

南京大虐殺

20121207 報道するラジオ「就活学生に聞く総選挙の争点・日本の戦争責任」

南京事件 143枚の写真の再検証(1)

南京アトロシティーズ


日本人は記憶に無い?これでいいのだろうか?(一部の731部隊員は証言したが、殆どの隊員は戦後口を閉ざした!!)

中国では、慰霊祭が行なわれている!!


2012・11・18付けの淅中新報 崇山村細菌戦70周年

2012・11・21付けの淅江晩報 金華のペスト

2012・11・23付けの金華日報 金華のペスト

裁判に於ける細菌戦被害地(1940年~1942年当時)裁判における細菌戦被害(1940年~1942年当時)
※クリックすると大きくなります!


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お知らせ

◆12月17日(月)
第24回重慶大爆撃裁判


四川省楽山市から原告李本澤さんが来日し、法廷で意見陳述します!
第24回裁判当日の予定
◎1時30分 第24回裁判(東京地裁103号法廷)
3時20分 霞ヶ関デモ(日比谷公園霞門3時10分集合)
4時 裁判報告会(弁護士会館1008)   
6時 歓迎交流会          


◆12月18日(火)
第29回連続学習講座《重慶大爆撃―戦略爆撃の思想を問う》
「ドイツに見る〈過去の克服と歴史和解〉―日中和解を考えるために」
講師:木戸 衛一さん(大阪大学准教授)
主催:重慶大爆撃の被害者と連帯する会・東京(連絡先03・3501・5558)
18時30分~、港区立商工会館研修室(東京都港区海岸1-7-8東京産業貿易会館6階)
JR浜松町駅北口より竹芝桟橋方向へ徒歩7分 資料代500円。
重慶爆撃裁判5

一瀬法律事務所


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不穏な動き!!

南京大虐殺を否定するな!!

1、メールより転載
[史実を守る会] 南京、中国の判決を執行させるための裁判
「支える会」の大谷です。今日、表記の裁判が東京地裁でありました。南京虐殺事件の生き残り証人の夏淑琴さんが日本の右翼、松村らを訴えた中国・南京の法院での裁判は夏淑琴さんの勝利判決をかちとっています。この判決を日本で執行させよう、という裁判がありました。
今日の裁判は、たかをくくって開廷5分前に裁判所に行くと、傍聴席は満席で中にはいれません。外で待っている人も20人ほどいました。そのほとんどが「右翼」とおぼしき人です。夏淑琴がわでは、「ノーモア南京の会」の人が3人いただけです。傍聴席は右翼で埋め尽くされていました。70対4、という感じでした。
法廷自体は、10分たらずの書面のやりとりだけでしたが、法廷の内外はちょっと「異様」な雰囲気でした。「札付き」の有名人右翼はみかけませんでした(少なくとも私の「しりあい」はいませんでした)。ちょっとみには「普通のおじさん・おばさん」が多かったです。
裁判終了後、渡辺春己弁護士、渡辺彰吾弁護士、米倉弁護士と相談しました。その中で、渡辺春己弁護士は「この裁判は、名誉毀損の有無、南京虐殺の事実確認などをするのではなく、純粋に『中国の裁判所の判決』を日本で執行することを求めるもので、民法上の法律論だけが問題になる、そんなものに普通の人の関心はよばない、と判断し、傍聴のよびかけをしなかった」と言われました。米倉弁護士からは「法廷の状況をみて、びっくりした。次回からは、多くの人に傍聴をよびかけたい」と発言がありました。
たしかに、学習会を開いて、広めるような問題ではなさそうですが、法廷を右翼に占領されたまま、裁判を続けるのはよくないと思いました。法廷で被告側の代理人は「中国は独裁国家で、司法の独立もあやしい。そんな国の裁判の判決の執行を日本では認めるべきでない」などと述べていたそうです。
次回の裁判は、12月21日(金)午後2時30分、103号法廷です。
どう傍聴を組織できるか相談したいと思います

展転社のサイトには支援要請が何度も出されており,会報もすでに発行されています。ご参考までに
「南京裁判」展転社を支援する会会報第1号

夏淑琴さん

南京大虐殺マギーフィルム)1

南京、マギーフィルム2

南京、マギーフィルム3

南京、マギーフィルム4

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