国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-31 10:10:57 | Weblog
※Internet Explorer よりグーグルクローム(Google Chrome)で見るとスムーズに画面が動きます。

●731部隊(1)
●731部隊(2)
●731部隊(3)
●731部隊(4)
●陸軍軍医学校50周年記念行事について
●南京大虐殺
●昭和天皇
●教科書問題
●陸軍登戸研究所
●日航123便の怪
●日本とドイツの違い
●原発・水俣病にみる学会の原因隠蔽の構図!!
●あなたの住む地域で、「731部隊展」を開いてみませんか?
●731部隊展

●731問題
政府、秘密開示に消極的=国会審査会が不満募らす
何で、行政が後押ししない??
高知県、731部隊講演の後援断る 「事業に該当せず」

・放射能の被害が深刻化しているのに、なぜ日本の医学界は“脱原発”と叫ばない??
731部隊でも放射線をマルタに浴びせて人体実験をしていた。
科学者は、治療よりも、やはり新兵器に夢を託すのか?再び大日本帝国を目指して。
毒ガスの製造が明らかになったんだから、それと並行して生物兵器、核兵器も勿論自衛隊、国立感染症センターなどでは研究しているだろう。
731の秘密を隠すために、放射能の被害については、何も言わない??
「心証を良くする為にとは、何のために心証をよくするんですか?」
「731のことなんかもあるでしょうね」
※ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちの治療よりも原爆の威力の調査が優先された。
国体護持のために。それが今のフクシマの現状も同じではないか?
なぜ、日本は原爆投下直後、調査をやったのか?

放射能の危険性

アメリカの圧力があるのか?
水俣病の被害が拡大した時も、医学界の権威者が、一時、チッソ水俣工場の有機水銀説を否定した。
歴史は繰り返す?
福島の癌→子供の甲状腺がん増加地図をチェルノブイリと比較する

水俣病


原因が工場排水中の水銀らしいと見当がついた1959年夏以降は、熊本大学医学部の研究班は企業や通産省、御用学者の集中砲火を浴びることになる。

731部隊の設置許可、人体実験、毒ガス戦・細菌戦実施の許可した昭和天皇とそれに協力せざるを得なかった日本医学界の責任、戦後、その人体実験、毒ガス戦・細菌戦を全く裁判にかけなかったマッカーサーとアメリカ政府の責任、1990年代から2000年代にかけて行われた裁判において、事実を認めながら、それを放置している司法の責任、全く無視している政治の責任、731に対する国民の認識は?
戦後70周年、中国の人々から日本の我々に届いた重いメッセージ!
虐殺された人々(日本人を含む)の声なき声にどう応えるか?
日本人はこの731問題にどう向き合うか?重い課題!!
日本には本当に三権分立があるのかが問われている!!

731(5)


・731部隊は我が大日本帝国最大の機密であり、今後はこの機密保持がどこまでなされるかが最大の問題である???
黒い太陽№15


※「機密」とは、秘密の保全が最高度に必要であって、その漏えいが国の安全又は利益に重大な損害を与えるおそれのあるものをいう。
戦前の刑法には、「敵国ノ為メニ間諜ヲ為シ、又ハ敵国ノ間諜ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ5年以上ノ懲役二処ス 軍事上ノ機密フ敵国二漏泄シタル者亦同シ」(第85条)という規定があった。

朝枝繁春の証言


●横浜「戦争と加害」のパネル展


細菌戦(「戦争と加害」のパネル展in横浜)

毒ガス(「戦争と加害」のパネル展in横浜


参観者の感想
・私は韓国「ナヌムの家」、南京事件の現場に旅行で行ったことがあり、日本人加害の事実を当時と同じように再び経験できました。展示ありがとうございました。60代男性


「戦争の加害」テーマに 13日まで横浜でパネル展



●全世界!!脱原発!!核兵器廃絶!!政府の唱える非核3原則は嘘っぱち!!
憲法に優先する安保条約であるなら、アメリカと合同で極秘に核兵器開発を進めることも不可能では無いのではないか。
この甚大な被害をもたらした大地震の原因の究明はされていない!!地震学者も驚いているではないか!通常の地震とは違った!!
何で国は、北朝鮮からのミサイル攻撃の時の原発の被害想定などを国民の目から隠す!!被害は甚大である。
プルトニウムを何のために保有する??核兵器がそんなにほしいのか??

プルトニウムの使いみち はっきりしない状況続く

2011年3月11日 車が流される 人が飲まれる 津波


原発事故の原因が究明されずになぜ再稼動??
原発事故の原因はなぜ解明されない??


20150502 R/F #121「小出裕章ジャーナル」【原発攻撃被害報告書が明るみに】


巨大地震、津波の原因は??
なぜ、地震学者が驚く!!


原発攻撃



(以下「高知新聞」より)
要約すれば、憲法は理論上は全ての核兵器の使用を禁じていない。だが、「現実」がその歯止めになると読み取れる。 
現実が憲法を超えるとするなら、政府が守ると言っている憲法の平和主義も、核兵器を「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」の「非核三原則」の国是も一気に空洞化する。 
法的な歯止めではない現実は、刻々と変わる。時の政権の判断によって、核兵器の使用が可能になる余地が残る。 
国会の場で、日本の核兵器使用が現実味を持って公然と語られる現状にも驚きを禁じ得ない。
 
【法制局長官答弁】核使用まで容認とは驚く
横畠内閣法制局長官、核使用「憲法で禁止されず」と話す


この人は核兵器と通常兵器を全く区別していない!!
「核兵器の使用」横畠裕介・内閣法制局長官の答弁記録3 18参院・予算委員会


日本も地下核実験をやっているのか?(アメリカと合同で)
人工地震津波兵器は国際政治軍事上の常識!浜田復興担当政務官


地震学者の「今までやってきた研究が全て無駄だった」という発言は、本当に東日本大震災の原因は何だったのかを考えさせられる!!!
いまだ福島原発事故の解明はされていないのになぜ原発再稼動!!なぜ原発輸出!!
明らかに、全く戦争の反省がない日本は本気で核兵器の保有を考えている!!
3 11人工地震の証明~日本人が知らねばならない真実~


原発訴訟の希望と絶望
三権分立は日本にはない!!



地震発生(1944年12月7日)の翌日8日の新聞のトップは昭和天皇の写真。(開戦記念日)
地震の詳細は掲載されない!!被害は隠す!!
東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ



元NHK五十嵐さんが命をかけ伝えたかった人工地震の真実

自衛隊技術者15人は311テロ計画を知らないで爆弾製造に携わっていたようです

あの戦争で日本軍のしていたことを全く反省していない日本。
だから、戦後も、自衛隊を中心に『防護の為』と称して、核兵器の開発、毒ガスの製造、生物兵器の開発が行われているだろう!!
毒ガスの製造は確認でした!!生物兵器は勿論核兵器もか??
そして、戦争になって初めて、自国がどんな兵器を持っているか気付かされるのでないか?

<小出裕章さんに聞く>日本のメーカーはなぜ原発にこだわり続けるのか

福島の子どもの甲状腺がんで「家族の会」結成

米専門家 日本でプルトニウム増え続ける現状に懸念

東電から東京ガスへ電気契約客が雪崩的大移動…ガスとセットで割安、客の東電離れ加速

小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい


小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい

小出裕章先生:一刻も早く原子力の夢からさめて…



●憲法9条

彼らは本気だ。安倍晋三首相は、夏の参院選で改憲勢力による「3分の2」の議席を目指すという。
彼らと真逆の憲法は作れないか?
・憲法9条を守る!!・外交を強化する・自衛隊は災害救助隊に
・象徴天皇制を廃止して、大統領制にする
・脱原発 ・靖国神社を廃止して、戦争懺悔慰霊碑の建立
・日米安保条約見直し・国連改革



・憲法9条(侵略戦争の反省から憲法9条が生まれた!)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


02
想像してごらん、
武器をつくったり
売ったりしない世界を。

Imagine,
A world that doesn’t
make or sell weapons.

Представить,
Мир, который не
делать или продавать оружие.

想像,
那不的世界
制造或销售武器。



IMAGINE9 (『イマジン9 想像してごらん、戦争のない世界を。』(文:星川淳・川崎哲、絵:成瀬政博 2007年12月1日発行、合同出版)
解説
02
武器をつくったり売ったりしない世界

「武器はどこから来るのでしょうか?
ヨーロッパゃアメリカから来るのです。彼らは、武器貿易の達人です。
アフリカの私たちは戦う必要も、殺し合う必要もないのです。だから憲法9条は、 アフリカにこそ導入されるべきだと思います。9条があれば、これ以上アフリカに武器をもってこさせないようにすることができます」

これは、2007年1月にナイロビで開催された 「世界社会フォーラム」で、 ケニア人の青年が語った言葉です。アフリカは、スーダンやソマリアなど、数多くの内戦に苦しんでいます。子どもたちまでもが兵士とさせられ、武器をもたされ、傷つき、多くの民間人が命を落としています。
世界でもっとも多く武器を輸出している国々は、アメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、 オランダ、イギリス、中国といつた大国です。これらの国々から、中東、アジア、アフリカ、中南米へと、武器が売られています。紛争で使われる小型武器は、 世界中に6億個以上あり、さらに毎年800万個がつくられていると言われています。これらの武器によって、世界で年間50万人の死者が出ていると推定されており、これは「1分で1人」という計算になります (「コントロール・アームズ・キャンペ‐ン」による)。



世界ではいま、 武器貿易を取り締まるための「武器貿易条約(ATT)」をつくることが提案されています。世界的な市民運動の結果、このような条約をつくろうということが2006年に国連総会で決議され、そのための準備が始まっています。
しかし、世界的には武器をつくること自体、また、武器を売ること自体が禁止されているわけではありません。提案されている条約も、武器貿易を登録制にしようというものであり、武器貿易の全面禁止にはほど遠い内容です。

日本は、憲法9条の下で「武器輸出を原則的に行わない」という立場をとっています(武器輸出三原則)。このような日本の立場は、世界でも珍しい先進的なものです。
しかし一方で、日本はアメリカと共同でミサイル防衛の兵器開発を進めており、 この分野は武器輸出禁止の「例外」として認めています。ミサイル開発に携わる企業からは、 武器輸出を認めるよう求める声が高まってぃます。「日本は将来、憲法9条をなくして、ハィテク技術を駆使して武器をつくり世界に売り始めるのではないか」と心配する人も増えてきています。
私たちは、武器を輸出する国になるのか、それとも「武器の禁止」を世界に輸出する国になるのか、分かれ道にいます。

防衛相 豪外相に潜水艦開発でアピール
ぐんじ と ひんこん アベちゃんのもくろみ…(´ε`;)
武器輸出三原則
今の現状防衛装備移転三原則

●ご案内
政府、秘密開示に消極的=国会審査会が不満募らす





●ニュース
秘密国家日本をなんとかしろ!!
政府、秘密開示に消極的=国会審査会が不満募らす

何で、行政が後押ししない??
高知県、731部隊講演の後援断る 「事業に該当せず」

子宮頸がんワクチン副作用提訴へ 「薬害」、国と製薬2社に

脱原発!!
東芝ブランドを40年使用 中国・美的集団に白物537億円で売却合意

O157後遺症、今も…成人しても通院、不安募る家族ら

やはり、こんな発言があるんだから、秘密裡に核兵器を作っているんでは??
おおさか維新 核兵器保有の是非議論すべき

なぜ事実を隠す??
PKO宿営地に着弾?実弾展示から説明外す

南スーダンPKO宿営地に着弾か、陸自駐屯地で展示

「日本人として謝罪する」… 講演に立った日本人教師、慰安婦問題に謝罪

らい予防法廃止20年…帰れない故郷 差別なお

被災地の女性の悩み「希望進路選べず」半年で400件以上


コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-31 10:10:09 | Weblog

●昭和天皇と731部隊
中国では、現在、細菌戦の調査が着々と進められている。日本政府は反対に細菌戦に対し、全く無視し、過去を消し去ろうとしている。



細菌戦被害の人々


南京1644部隊員証言


東京初空襲・浙かん作戦

淅贛(せっかん)作戦 


1942(昭和17年)浙贛作戦における細菌戦
1942(昭和17)年4月18日、日本近海のアメリカ空母から飛び立ったB25爆撃機は、浙江省衢州の飛行場を着陸基地として、東京・名古屋を初空襲した。これに驚いた陸軍中央は、浙江省の前線の飛行場を徹底的に破壊することを決定した。これが「大陸命(大本営陸軍部作戦命令)612号」による「浙贛(せっかん)作戦」である。大本営作戦参謀井本熊男大佐の日記によれば、5月30日には細菌戦実施を指示する「大陸指(大本営陸軍部作戦司令)」が、参謀本部第一部長田中新一少将から、石井四郎少将、増田美保少佐らの実戦指揮者に伝達されている。7月26日には贛州(かんじょう)、建甌(じぇんおう)で飛行機から細菌の撒布が実行されたことが記されている。
地上撒布は、日本軍に被害が出ないように、侵攻した日本軍が反転し、撤退した8月19日以降に実施された。「井本日記」8月28日には、井本大佐が支那派遣軍参謀の長尾大佐から、「ホ実施現況」として細菌戦の実施状況の報告を受けている。これは細菌撒布の地上戦に関する報告で、広信、広豊、玉山にはペスト菌、江山、常山に対してはコレラ菌を、衢県、麗水には腸チフス菌、パラチフス菌を撒布したと記されている。
※井本日誌には浙贛作戦の仔細な情報が記されていた。
『生物戦部隊731』(アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪)西里扶甬子著:草の根出版:2002年発行



(細菌戦)
昭和天皇はまた、1940年中国で最初の細菌兵器の実験的な使用を許可した。現存する文書史料で、昭和天皇を細菌兵器と直接、結びつけるものはない。しかし、科学者の側面を持ち几帳面で、よく分からないことには質問し事前に吟味することなく御璽(ぎょじ)を押すことは拒絶する性格から見て昭和天皇は、おそらく自らが裁可した命令の意味を理解していただろう。細菌戦を担当した関東軍731部隊に参謀総長が発令した大本営の指令の詳細は、原則として天皇も見ていた。そして、このような指令、すなわち「大陸指」の根拠となった「大陸命」に天皇は常に目を通していた。中国での細菌兵器の使用は1942年まで続いたが、日本がこの細菌戦化学戦に依存したことは、第2次世界大戦が終了すると、アメリカにとって、にわかに重大な意味を持つこととなった。まず、トルーマン政権は大規模な細菌戦・化学戦の計画に予算を支出したが、それは日本の細菌・化学研究の発見と技術に基づいていた。次いで、それはベトナム戦争でアメリカが大量の化学兵器を使用することへとつながった。 ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より


・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
恐るべき遠足


死体を解剖して、肺臓、脾臓など各部分からそれぞれ検査用塗抹標本を作る手伝いをさせられたのだったが、与えられた仕事を理解しようとする心のゆとりもなく、ただ反射的に手を動かしていた。周囲の壁を通して悲痛なうめきが聞こえ、金網の外には、取り出した臓腑をかぎつけた蠅どもがうなっている。
わずか1時間足らずの時間だったろうが、私は体も神経も蒸されたようにふらふらとなって部隊に帰った。
部落は一週間ほどたって全部焼き払われた。中には生き残った者もあったろうが、極秘の実験であるから、実験後には一人残らず殺されたのだそうである。



「細菌戦裁判」の第1審の東京地裁で事実認定された日本軍の細菌戦







細菌戦部隊731 


闇に消えた虐殺~731部隊・細菌戦の真実(テレビ朝日「ザ・スクープ」、1997年8月放送)


常徳細菌戦




●日本や中国各地に毒ガスが遺棄されている!!生活に支障をきたさないのか?
相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
北宏一朗

2002年9月神奈川県寒川町で毒ガス被害が出ました。 寒川にあった旧海軍の秘密毒ガス工廠内の工事現場から「びらん性毒ガス・イペリット(マスタード)」 と「催涙ガス・クロロアセトフェノン」の入ったビール瓶が発見されましたが、その際工事関係者11名が負傷しました。そのうち1名から染色体異常が見つかっています。その後「びらん性毒ガス・ルイサイトJの入った瓶も発見され総数は、802本 (2004年3月31日現在)にのぼります。そして昨年3月茨城県神栖町で毒ガスの嘔吐剤(くしゃみ剤)」による有機ヒ素化合物によって地下水が汚染され住民に重大な健康被書が出ま した。水質検査によれば環境基準の450∼17,000倍の有機ヒ素化合物が検出され被書は拡大しています。更に4月神奈川県平塚市の工事現場から旧海軍の使った 「硫酸ビン (煙幕として使用)」、土壌からマスタード(イペリットのこと)、 くしゃみ剤の毒ガス成分、致死性の青酸(シアン化水素)も検出された。総数は445個(2004年3月31日まで)、現場は、相模海軍工廠平塚化学実験部の跡地、工事中に作業員が負傷し、今もって原因が明らかにされていません。更に8月には中国チチハル市で日本軍の遺棄した毒ガス(イペリット缶)で死者1名、負傷者40名以上という惨事が起こっています。9月には福岡県苅田町苅田港周辺海域で毒ガス弾の可能性の高い爆弾538個が発見されています。




自衛隊は防護のためと称して昭和20年代後半から毒ガスの研究をし、1964年にはサリンを合成し、VXガス、タブンも作った。最新の無能力化ガスBZは1973年に成功している。1970年日本政府ジュネーブ議定書締約、1993年化学兵器禁止条約日本署名、1994年6月松本サリン事件、1995年3月地下鉄サリン事件発生、自衛隊とオウムの関係は?
2013年度の「核・生物・化学兵器対処関連事業」費71億8200万円。何に使っているのだろうか?

死者13人、約6300人の被害者を出した地下鉄サリン事件(1995年3月20日発生)

1950年代に、自衛隊は秘密裡にアメリカ側のデータを下に毒ガス製造をはじめ、1964年(東京オリンピックの年)にサリンの製造に成功している。オウム真理教の土屋正美(事件発生当時30歳)だけの知識で果たしてサリンが製造できたのか?自衛隊のデータが漏れていなかったのか?それとも、自衛隊も事件に関わっていたのか??
「地下鉄サリン事件」ザ!世界仰天ニュース


・自衛隊では、サリン合成に成功したのは東京オリンピック(1964年)の年だった。
・1973年、自衛隊は、当時最新の毒ガスBZガスの合成に成功。

週間金曜日 2013年6月28日号
自衛隊とサリン 第6回 
「大宮駐屯地グランドに毒物入り一斗缶10缶を埋めた」
・「われわれはモルモットかよ!」-新型防護マスクの“人体実験”
・環境汚染の恐れは無いか、近くに民家や学校も
・「今も続く毒ガス製造と遺棄の解明が必要」
・防衛大臣、化学学校ともに事実上の取材拒否
サリンなどの毒ガス製造が「防護目的」であれば、つまり兵器として使用しなければその製造が許されるとしたら、同じ理屈で核兵器の「防護研究」も可能ということになる。
日本は国内外にも約44トンのプルトニウムを保有している(2012年9月、日本政府発表)。核兵器1発に使用されるプルトニウムの量は約4キログラム(IAEA=国際原子力機関によると倍の8キログラム)とされるので、数字上は5500~1万1000発の原子爆弾を作ることが可能だ。
陸上自衛隊の毒ガスは、どこまでが「防護研究」なのかを明確にしないまま、極秘裏に開発が進められた。そのため、国民(国会)のチェックはおろか、その事実さえ知られずに半世紀にわたりサリンが作られ続けてきたのである。

※サリンなどの毒ガス製造が「防護目的」であれば、つまり兵器として使用しなければその製造が許されるとしたら、同じ理屈で核兵器や生物兵器の「防護研究」も可能ということになる。

それとも、自民党も毒ガスの製造、貯蔵のことを知っていたが、嘘を言って国民をだましているのか?
戦争前は「防護目的」、戦争になったら大量生産?毒ガス兵器、生物兵器、核兵器!!






機密ばかりが多いと、国民はいつもだまされる?
・非核3原則も嘘だった!!
佐藤栄作の遺族は早く故人のノーベル平和賞を返上しろよ
本来、アメリカが出すべきお金を、日本政府が肩代わりして出していた現実!!
こんな問題もあった!!沖縄密約
沖縄毒ガス 

日本軍の毒ガス被害

昭和天皇の“沖縄メッセージ”







●今の情報を公開しない姿勢は、戦前からずっと続いている!!
秘密保護法施行・・・何を政府はたくらんでいる?
防衛の名のもとに、軍事力は増強されている!!

特定秘密保護法はジャーナリズムに何をもたらすか(ラジオフォーラム#158)

ちょっと古いが、参考になる本なので紹介します。1972(昭和47)年10月9日初版藤井治夫著『日本の国家機密』より


第二章国家機密の構造

手厚く保護される米軍機密

行政協定第17条改正にともない、53年10月22日あらたにそれについての合意が刑事部会でなされたが、その第19項 (機密事項の照会)、第32項(機密符号の告知)も同様の定めをしている。また、
同年11月27日の合意では、「急使等に関する特例」(第47項)として、「権限を与えられたすべての急使その他機密文書若しくは機密資料を運搬又は送達する任務に従事するすべての軍務要員は、その任務の性質により、その氏名と所属部隊を確めるという必要以上に他の目的のためにその身柄を拘束されず、且つ、その所持する文書又は資料はその所持を奪われ、開披され又は検査さない旨相互に合意される」となっている(法務省刑事局『外国軍隊に対する刑事裁判権の解説及び資料』305、311,323ページ)。


※南京大虐殺があったことは国民に知らせず(これも国家機密であったのか?)、陥落を喜ぶニュース映像!
南京陥落 東京の風景


※しかし、溥儀が恐れるほど関東軍が強くないことを証明したのが、1938年の張鼓峰(ちょうこほう)事件と1939年のノモンハン事件である。いずれもソ連との国境紛争で、関東軍は惨敗した。両事件ともソ連軍の戦車・航空機・大砲・兵員が、質量とも圧倒的に勝っていた。日本軍は2度の敗戦をひた隠しに隠した。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)

※日本は、ノモンハンの敗北を封印することに腐心する。帰還した将兵には緘口(かんこう)令を敷き、戦闘に参加した将校を自決させ、作戦を立案した参謀を更迭した。








●南京大虐殺
・証言
抗戦したあの年は、私は24歳で、もう3歳の子供が1人いました。太倉巷で結婚したものの、1年の内8ヶ月は実家に住まっていました。実家には両親と兄2人に兄嫁2人、妹1人と伯父とが、夫子廟の党家巷で「望成軒」という飲食店をし、水餃子と牛肉麺とをやっていました。店は2階建て6部屋で、割に広かったです。実家の住まいは店の近くの瞻園路で、部屋が10ありました。
日本軍の南京への爆撃から逃れるため、1937年の農暦7月11日に、私は夫と子供と妹と一緒に避難しに江寧県の湖熟鎮の田舎へ行きました。実家の者は、伯父が家屋の管理に残ったほかは、みんな農村へ行ったのです。
伯父は馬懐徳といい、その時は60歳近くでした。12月15日の日に、日本兵が「望成軒」に闖入し、家具を全部ぶち壊して焚き火し、それから階下で火を放ったのです。たちまちの内に、猛烈な煙が空に吹き上がり、火の勢いがどんどん広がって行きました。伯父は店にいたのですが、建物に火がついたのを見て、外へ逃げ、それほど遠くへ逃げない内に、日本軍に発砲され撃ち殺されました。その時の大火で、党家巷からずうっと東牌楼まで焼け、瞻園路の片側10軒余りの家屋がすっかり焼けました。店の財産も家の財産も1つ残らず焼けました。(明日に続く:申全英と章厚之が記録)


南京大虐殺


南京大虐殺:侵華日軍南京大屠殺 南京電影制片庁 21分 







※南京事件の悪評に苦慮した日本軍上層部は、杉山元陸相、梅津美治郎(よしじろう)中将、今村均(ひとし)中将らを中心に1938年3月4日、日本軍のいる所に「慰安所」の設置を決め、通達した。しかし、日本内地の娼婦だけでは到底間に合わず、ついには朝鮮半島の若い女性たちが生贄(いけにえ)にされた。その発端は、「朝鮮の若い女性は性病がなく、危険が少ない」という麻生軍医の上申書であった。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)












●中国残留孤児問題!!(中国残留孤児の書いた奇跡の書「この生あるは」)

映画化したら、過酷な運命・そして中国人の人間愛がよくわかる!!
敗戦時3歳、この中国残留孤児の過酷な運命に対して、国はきちんと補償したのだろうか?
この本の中に、米軍が1950年代の朝鮮戦争時、北朝鮮に行った細菌戦に神経を尖らせている中国の一般民衆の生活や反核運動の様子が描かれている。
中国の恩に報いたいー半生記を出版した残留孤児 中島幼八さん

2016年1月18日記(武漢大学客員教授・日本記者クラブ会員)
残留孤児の一冊<本澤二郎の「日本の風景」(2238)
<「この生あるは」(中島幼八著)>
中国・新華社通信の友人に紹介された残留孤児・中島幼八さんの記録「この生あるは」(幼学堂)の日本語版を読んだ。その悲しい運命から、気が重くなる厳しい内容ゆえに、同じ時代を日本で生きてきた者には、とても興味を引く本である。人間は一人では生きられない、そのことを痛切に教えてくれる人間性のあふれる内容である。同時に「2度と侵略や戦争を起こしてはならない」ということを、日本の為政者に訴えている。全国の図書館に置いて、多くの国民が読むべきである。

<戦争は犯罪>
途方もない人生も、問い詰めてゆくと、そこに戦争の災いが見えてくる。人間を狂わせる戦争は、いかなる口実をつけても正当化できない。
「日米同盟がないと、だれが守ってくれるの?」「そのために自衛隊を差し出しても仕方ない」という意見を、ある信仰者から聞いたばかりだ。与党議員の受け売りを信じている婦人だ。戦前回帰を警戒しなければならない。

今も、人間の脳を改造する作業が、執拗に繰り広げられている。そのような人たちへの警鐘本が「この生あるは」ではないだろうか。
人々の平和の心を変身させる作業が驀進中だ。中島さんは、それに抗して戦後70年の2015年にこの記録をまとめて発表した。戦争は犯罪である。


発売元 亜東書店 03-3835-7091 
中国語版 北京三聯書店「何有此生」






●731問題
・日本政府・医学界は731問題を真剣に反省し、国立の「731・細菌戦資料センター」を作ったらどうか?
医の倫理は、向上すると思う!!

中国の虚空を日本人に慰霊されない多くの犠牲者の霊がさまよっている!!

夏草をふみしめ遺跡の前に跪(ひざまず)く
オバケ煙突の下、不気味に笑う悪魔の目鼻
ここで焼却されたマルタは虚空に消えた
その無念の粒子を今なお人々は呼吸する
この空間には癒されぬ死の怨霊がくすぶり続ける
だが誰もそのことを声高に語ろうとしない
【「哈爾濱(ハルビン)残照「731」の記憶 田中寛著】より

日本人よ、血の債務をあがなえ!終戦から70年、いまだ消えぬ731部隊の傷跡―仏メディア


混声合唱組曲「悪魔の飽食」(池辺晋一郎指揮)



・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
沖縄失陥のあと


翌日、早朝に病院を訪れるつもりであったのだが、疲れているにもかかわらず、消燈後しばらく眠れなかった私は、まだまだ眠り足りない気分でやっと起床時間に床を出た。早く起きて来住野(くすの)を見舞わなかったことに慙愧を覚えたが、もう時間がなかった。
私は急いで出勤し、林田のいる飼育班をのぞいてみた。少し待っていると林田がやって来た。
「大変な事になったよ」
と私は挨拶抜きで呼びかけた。
「何ね?」
林田は、目をぎょろぎょろさせて、私を見た。
「来住野がペストにかかったのを、君は知っているか?」


厚生省・国民健康保険について(消えた細菌戦部隊より:常石敬一著より)
医務局長としての小泉の実績は、確かに先の、「意欲・鋭さ・執拗さ」という言葉に見合ったものとなっている。すなわち今日の厚生省及び国民健康保険法を作ったのが小泉であった。・・・・・・
健兵対策の一環として厚生省は設立されたのだった。こうした設立の経緯が、今日の厚生省の弱者に冷たく、福祉行政に消極的な理由となっているのかもしれない。
小泉親彦(ちかひこ)

※小泉親彦(ちかひこ)・・・陸軍軍医学校校長、陸軍軍医総監、陸軍医務局長、厚生大臣を歴任、毒ガス戦、細菌戦を積極的に推し進めた人物
1945年9月、自決。



真実を知ろう!!(権力側が流す情報にだまされるな!!)
731細菌戦部隊 4(後編、プライム10)


ガン治療のウラ 4/8


「NHKは不払い、新聞は解約せよ!大企業は税金を支払え!50兆円の医療産業は崩壊だ!(船瀬俊介の船瀬塾より)



「悪魔の飽食」から「小食へ」(体質改善への道)
医師 甲田光雄6/6 ラジオ深夜便





●ハーバード・ピックス著『昭和天皇』(下)より
第13章 遅すぎた降伏
ルーズベルト大統領とチャーチル首相は、抽象的なスローガンに頼つて戦争を続けてきた。第一次世界人戦後、ドイツ帝国に対する戦後処理の過ちを反省したためである。しかし、何よりも高まる国内の愛国熱を維持しながら、同時に反枢軸戦争のための国際的な協調を維持してゆかねばならなかった。対日戦争勃発から最初の1年が過ぎると、戦争目的に「無条件降伏」という言葉が登場した。戦争終結のための交渉はしないという方針は、ファシスト国家を倒壊させて新たな非ファシズム体制に代えることを目的としていた。軍事占領と戦後の政治的、社会的改革が目標であり、つねにこのふたつは一緒でなければならなかった。ファシズムや軍国主義の思想は完全に根絶しなければならず、征服された国家は占領下の民主化により平和を愛好する資本主義社会として再生させられるのである。

瀋陽軍事裁判 「731榊原、満州国次長古海、皇帝溥儀等の証言、アヘン政策、三光作戦鈴木啓久 」




●『天皇の陰謀』

天皇裕仁はかく日本を対西洋戦争に導いた


ディビット・バーガミニ 著
松崎  元 訳より

第三章

敗戦
(その1)

マニラへの特使

日本は、太平洋を征服するにおいて、ルーズベルトの最悪の想定を越えるまでも成功したのであり、その道を引き返すにあたっても、それは長い道のりとなる。だが、アメリカ政府は最初から、この戦争には勝利することを知っており、そのために何をするかを議論してきた。すなわち、オーストラリアが主張するように、日本は農業国へと縮小されるべきか。あるいは、日本社会は、ニューディール派学識者達が求めるように、底辺から徹底的に再教育されることにより作り直されるべきか。あるいは、長い日本通の多くが主張するように、非軍国化され穏和化された日本が自身を倫理的に再構築することを信じるべきか。それとも、かっての同盟国イギリスが求めるように、単に、日本の植民地を取り去った上、日本の港に調査団を配置するのみでよいのか。




全文は「ノブのノート」で!!

コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-30 08:49:49 | Weblog

※Internet Explorer よりグーグルクローム(Google Chrome)で見るとスムーズに画面が動きます。

●731部隊(1)
●731部隊(2)
●731部隊(3)
●731部隊(4)
●陸軍軍医学校50周年記念行事について
●南京大虐殺
●昭和天皇
●教科書問題
●陸軍登戸研究所
●日航123便の怪
●日本とドイツの違い
●原発・水俣病にみる学会の原因隠蔽の構図!!
●あなたの住む地域で、「731部隊展」を開いてみませんか?
●731部隊展

●731問題
・放射能の被害が深刻化しているのに、なぜ日本の医学界は“脱原発”と叫ばない??
科学者は、やはり新兵器に夢を託すのか??
731の秘密を隠すために、放射能の被害については、何も言えない??
「心証を良くする為にとは、何のために心証をよくするんですか?」
「731のことなんかもあるでしょうね」
※ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちの治療よりも原爆の威力の調査が優先された。
国体護持のために。
なぜ、日本は原爆投下直後、調査をやったのか?

放射能の危険性

アメリカの圧力があるのか?
水俣病の被害が拡大した時も、医学界の権威者が、一時、チッソ水俣工場の有機水銀説を否定した。
歴史は繰り返す?
福島の癌→子供の甲状腺がん増加地図をチェルノブイリと比較する

水俣病


原因が工場排水中の水銀らしいと見当がついた1959年夏以降は、熊本大学医学部の研究班は企業や通産省、御用学者の集中砲火を浴びることになる。

731部隊の設置許可、人体実験、毒ガス戦・細菌戦実施の許可した昭和天皇とそれに協力せざるを得なかった日本医学界の責任、戦後、その人体実験、毒ガス戦・細菌戦を全く裁判にかけなかったマッカーサーとアメリカ政府の責任、1990年代から2000年代にかけて行われた裁判において、事実を認めながら、それを放置している司法の責任、全く無視している政治の責任、731に対する国民の認識は?
戦後70周年、中国の人々から日本の我々に届いた重いメッセージ!
虐殺された人々(日本人を含む)の声なき声にどう応えるか?
日本人はこの731問題にどう向き合うか?重い課題!!
日本には本当に三権分立があるのかが問われている!!

731(4)


・731部隊は我が大日本帝国最大の機密であり、今後はこの機密保持がどこまでなされるかが最大の問題である???
黒い太陽№15


※「機密」とは、秘密の保全が最高度に必要であって、その漏えいが国の安全又は利益に重大な損害を与えるおそれのあるものをいう。
戦前の刑法には、「敵国ノ為メニ間諜ヲ為シ、又ハ敵国ノ間諜ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ5年以上ノ懲役二処ス 軍事上ノ機密フ敵国二漏泄シタル者亦同シ」(第85条)という規定があった。

朝枝繁春の証言


●横浜「戦争と加害」のパネル展


細菌戦(「戦争と加害」のパネル展in横浜)

毒ガス(「戦争と加害」のパネル展in横浜


参観者の感想
・いずれも多くの資料で展示されており、この過去を歪曲することを許せません。731部隊・毒ガス兵器工場が神奈川県の平塚市、寒川町にもあったと知りました。ミドリ十字をはじめ薬剤会社が深く731部隊と関係していた事を思えば、その体質を引き継いでいるのだと。60代男性


「戦争の加害」テーマに 13日まで横浜でパネル展



●全世界!!脱原発!!核兵器廃絶!!政府の唱える非核3原則は嘘っぱち!!
憲法に優先する安保条約であるなら、アメリカと合同で極秘に核兵器開発を進めることも不可能では無いのではないか。
この甚大な被害をもたらした大地震の原因の究明はされていない!!地震学者も驚いているではないか!通常の地震とは違った!!
何で国は、北朝鮮からのミサイル攻撃の時の原発の被害想定などを国民の目から隠す!!被害は甚大である。
プルトニウムを何のために保有する??核兵器がそんなにほしいのか??

プルトニウムの使いみち はっきりしない状況続く

2011年3月11日 車が流される 人が飲まれる 津波


原発事故の原因が究明されずになぜ再稼動??
原発事故の原因はなぜ解明されない??


20150502 R/F #121「小出裕章ジャーナル」【原発攻撃被害報告書が明るみに】


巨大地震、津波の原因は??
なぜ、地震学者が驚く!!


原発攻撃



(以下「高知新聞」より)
要約すれば、憲法は理論上は全ての核兵器の使用を禁じていない。だが、「現実」がその歯止めになると読み取れる。 
現実が憲法を超えるとするなら、政府が守ると言っている憲法の平和主義も、核兵器を「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」の「非核三原則」の国是も一気に空洞化する。 
法的な歯止めではない現実は、刻々と変わる。時の政権の判断によって、核兵器の使用が可能になる余地が残る。 
国会の場で、日本の核兵器使用が現実味を持って公然と語られる現状にも驚きを禁じ得ない。
 
【法制局長官答弁】核使用まで容認とは驚く
横畠内閣法制局長官、核使用「憲法で禁止されず」と話す


この人は核兵器と通常兵器を全く区別していない!!
「核兵器の使用」横畠裕介・内閣法制局長官の答弁記録3 18参院・予算委員会


日本も地下核実験をやっているのか?(アメリカと合同で)
人工地震津波兵器は国際政治軍事上の常識!浜田復興担当政務官


地震学者の「今までやってきた研究が全て無駄だった」という発言は、本当に東日本大震災の原因は何だったのかを考えさせられる!!!
いまだ福島原発事故の解明はされていないのになぜ原発再稼動!!なぜ原発輸出!!
明らかに、全く戦争の反省がない日本は本気で核兵器の保有を考えている!!
3 11人工地震の証明~日本人が知らねばならない真実~


原発訴訟の希望と絶望
三権分立は日本にはない!!



地震発生(1944年12月7日)の翌日8日の新聞のトップは昭和天皇の写真。(開戦記念日)
地震の詳細は掲載されない!!被害は隠す!!
東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ



元NHK五十嵐さんが命をかけ伝えたかった人工地震の真実

自衛隊技術者15人は311テロ計画を知らないで爆弾製造に携わっていたようです

あの戦争で日本軍のしていたことを全く反省していない日本。
だから、戦後も、自衛隊を中心に『防護の為』と称して、核兵器の開発、毒ガスの製造、生物兵器の開発が行われているだろう!!
毒ガスの製造は確認でした!!生物兵器は勿論核兵器もか??
そして、戦争になって初めて、自国がどんな兵器を持っているか気付かされるのでないか?

<小出裕章さんに聞く>日本のメーカーはなぜ原発にこだわり続けるのか

福島の子どもの甲状腺がんで「家族の会」結成

米専門家 日本でプルトニウム増え続ける現状に懸念

東電から東京ガスへ電気契約客が雪崩的大移動…ガスとセットで割安、客の東電離れ加速

小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい


小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい

小出裕章先生:一刻も早く原子力の夢からさめて…



●憲法9条

彼らは本気だ。安倍晋三首相は、夏の参院選で改憲勢力による「3分の2」の議席を目指すという。
彼らと真逆の憲法は作れないか?
・憲法9条を守る!!・外交を強化する・自衛隊は災害救助隊に
・象徴天皇制を廃止して、大統領制にする
・脱原発 ・靖国神社を廃止して、戦争懺悔慰霊碑の建立
・日米安保条約見直し・国連改革



・憲法9条(侵略戦争の反省から憲法9条が生まれた!)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


01
想像してごらん、
軍隊のお金をみんなの
暮らしのために使う世界を。

Imagine,
A world that spends money
not on armies,
but on people’s lives.

想像,
该花钱的世界
没有军队,
但对人们的生活。

Представить,
Мир, который тратит деньги
а не на армии,
но на жизнь людей.



IMAGINE9 (『イマジン9 想像してごらん、戦争のない世界を。』(文:星川淳・川崎哲、絵:成瀬政博 2007年12月1日発行、合同出版)
解説
01 
軍隊のお金を
みんなの暮らしのために使う世界
1年間に世界で120兆円、日本で5兆円という、想像もつかないほど巨額のお金が、戦争のため、またはその準備のために使われています。1発数千万円ないし数億円もかかるようなミサイルを何百発も準備することが、「国を守るため」として正当化されています。
世界の軍事費は、今世紀に入ってからとくに増え続けています。世界の軍事費の約半分はアメリカの軍事費なのですが、そのアメリカが、2001年の「9.11テロ」をきっかけに、「テロとの戦い」と称してイラクを攻撃したり、世界中のアメリカ軍を強化したりして、軍事費を増やしているからです。
その一方でアメリカ国内では、社会保障や教育すら十分に受けられない人びとが増えています。ハリケーンがアメリカを襲ったとき、これらの貧しい人びとがもっとも大きな被害を受けました。これによって「超大国アメリカ」の中の貧困問題が目に見える形で浮かび上がりました。


世界的には、いわゆる北の先進国が莫大な軍事費を使う一方で、南の途上国では貧困が広がっています。「人類の5分の1が住む国々では、人びとは1杯2ドルのコーヒーを当たり前に飲んでいるのに、べつの5分の1が住む国々では、人びとは1日1ドル以下で暮らし、子どもたちは蚊帳がないためにマラリアなどの病気で死んでいる」(国連開発計画=UNDP、2005年)というのが、世界の格差の現実です。


世界中の政府は、2000年に、貧困をなくすための一連の目標に合意しました。国連の「ミレニアム開発目標」と呼ばれるもので、2015年までに、次のような目標を達成するとしています。

●極端な貧困や飢餓をな くす (1日1 ドル以下で暮らす人を半減する)。
●すべての子どもたちが、女の子でも男の子でも差別なく、学校に行けるようにする。
●赤ちゃんが栄養失調で命を落としたり、お母さんが出産時に亡くなってしまうことを防ぐ。
●HIV(エイズ)、マラリアなどの感染症の広がりを止める。

こうした目標を達成するためには、世界的に軍事費を減らし、人びとの暮らしや発展のためにお金を回すことが不可欠です。
国連憲章には、「世界各国は軍事に回すお金や資源を最小限にしなければならない」(第26条)と書かれています。世界のNGO(非政府組織)は、この国連憲章26条をいまこそ実行し「軍事を減らして人びとの発展に回そう」という運動を始めています。そうした世界の人びとの中からは「国連憲章26条と日本国憲法9条は、同じ目標のための双子のようなものだ。ともに発展させよう」という声が上がっているのです。

防衛相 豪外相に潜水艦開発でアピール
ぐんじ と ひんこん アベちゃんのもくろみ…(´ε`;)
武器輸出三原則
今の現状防衛装備移転三原則

●ご案内





●ニュース
防衛省は、自分でところで研究した文書(勿論国民の血税で作られた文書)を、いとも簡単に廃棄しているというのは本当なのか?国民には軍事上の機密として、全てが伏せられているのではないか??この審査かも税金の無駄遣いではないのか!!」
この下記の審査会の答申には全く納得がいかない!!年々、着実に日本は毒ガス研究を深めている!!

情報公開・個人情報保護審査会の答申
審査会の結論
「『化学学校記事』1号ないし最新号」につき、これを保有してしていないとして不開示として決定は、妥当である。

情報開示への政府の姿勢が問われそうだ。
PKO陸自宿営地に着弾 南スーダン、政府公表せず

安保関連法施行、自衛隊の活動はどう変わるのか

安保法の廃止求める集会 今後も活動

安保関連法施行市民が反対集会 長崎

テレビ報道、強まる同調圧力 金平キャスターが語るいま

ハンセン病患者の特別法廷 違法だった可能性高い



コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-30 08:49:00 | Weblog

●昭和天皇と731部隊
中国では、現在、細菌戦の調査が着々と進められている。日本政府は反対に細菌戦に対し、全く無視し、過去を消し去ろうとしている。



細菌戦被害の人々



崇山村からの訴え!!


東京初空襲・浙かん作戦

淅贛(せっかん)作戦 


1942(昭和17年)浙贛作戦における細菌戦
1942(昭和17)年4月18日、日本近海のアメリカ空母から飛び立ったB25爆撃機は、浙江省衢州の飛行場を着陸基地として、東京・名古屋を初空襲した。これに驚いた陸軍中央は、浙江省の前線の飛行場を徹底的に破壊することを決定した。これが「大陸命(大本営陸軍部作戦命令)612号」による「浙贛(せっかん)作戦」である。大本営作戦参謀井本熊男大佐の日記によれば、5月30日には細菌戦実施を指示する「大陸指(大本営陸軍部作戦司令)」が、参謀本部第一部長田中新一少将から、石井四郎少将、増田美保少佐らの実戦指揮者に伝達されている。7月26日には贛州(かんじょう)、建甌(じぇんおう)で飛行機から細菌の撒布が実行されたことが記されている。
地上撒布は、日本軍に被害が出ないように、侵攻した日本軍が反転し、撤退した8月19日以降に実施された。「井本日記」8月28日には、井本大佐が支那派遣軍参謀の長尾大佐から、「ホ実施現況」として細菌戦の実施状況の報告を受けている。これは細菌撒布の地上戦に関する報告で、広信、広豊、玉山にはペスト菌、江山、常山に対してはコレラ菌を、衢県、麗水には腸チフス菌、パラチフス菌を撒布したと記されている。
※井本日誌には浙贛作戦の仔細な情報が記されていた。
『生物戦部隊731』(アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪)西里扶甬子著:草の根出版:2002年発行



(細菌戦)
昭和天皇はまた、1940年中国で最初の細菌兵器の実験的な使用を許可した。現存する文書史料で、昭和天皇を細菌兵器と直接、結びつけるものはない。しかし、科学者の側面を持ち几帳面で、よく分からないことには質問し事前に吟味することなく御璽(ぎょじ)を押すことは拒絶する性格から見て昭和天皇は、おそらく自らが裁可した命令の意味を理解していただろう。細菌戦を担当した関東軍731部隊に参謀総長が発令した大本営の指令の詳細は、原則として天皇も見ていた。そして、このような指令、すなわち「大陸指」の根拠となった「大陸命」に天皇は常に目を通していた。中国での細菌兵器の使用は1942年まで続いたが、日本がこの細菌戦化学戦に依存したことは、第2次世界大戦が終了すると、アメリカにとって、にわかに重大な意味を持つこととなった。まず、トルーマン政権は大規模な細菌戦・化学戦の計画に予算を支出したが、それは日本の細菌・化学研究の発見と技術に基づいていた。次いで、それはベトナム戦争でアメリカが大量の化学兵器を使用することへとつながった。 ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より


・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
恐るべき遠足


死体を解剖して、肺臓、脾臓など各部分からそれぞれ検査用塗抹標本を作る手伝いをさせられたのだったが、与えられた仕事を理解しようとする心のゆとりもなく、ただ反射的に手を動かしていた。周囲の壁を通して悲痛なうめきが聞こえ、金網の外には、取り出した臓腑をかぎつけた蠅どもがうなっている。
わずか1時間足らずの時間だったろうが、私は体も神経も蒸されたようにふらふらとなって部隊に帰った。
部落は一週間ほどたって全部焼き払われた。中には生き残った者もあったろうが、極秘の実験であるから、実験後には一人残らず殺されたのだそうである。



「細菌戦裁判」の第1審の東京地裁で事実認定された日本軍の細菌戦







細菌戦部隊731 


闇に消えた虐殺~731部隊・細菌戦の真実(テレビ朝日「ザ・スクープ」、1997年8月放送)


常徳細菌戦




●日本や中国各地に毒ガスが遺棄されている!!生活に支障をきたさないのか?
相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
北宏一朗







自衛隊は防護のためと称して昭和20年代後半から毒ガスの研究をし、1964年にはサリンを合成し、VXガス、タブンも作った。最新の無能力化ガスBZは1973年に成功している。1970年日本政府ジュネーブ議定書締約、1993年化学兵器禁止条約日本署名、1994年6月松本サリン事件、1995年3月地下鉄サリン事件発生、自衛隊とオウムの関係は?
2013年度の「核・生物・化学兵器対処関連事業」費71億8200万円。何に使っているのだろうか?

死者13人、約6300人の被害者を出した地下鉄サリン事件(1995年3月20日発生)

1950年代に、自衛隊は秘密裡にアメリカ側のデータを下に毒ガス製造をはじめ、1964年(東京オリンピックの年)にサリンの製造に成功している。オウム真理教の土屋正美(事件発生当時30歳)だけの知識で果たしてサリンが製造できたのか?自衛隊のデータが漏れていなかったのか?それとも、自衛隊も事件に関わっていたのか??
「地下鉄サリン事件」ザ!世界仰天ニュース


・自衛隊では、サリン合成に成功したのは東京オリンピック(1964年)の年だった。
・1973年、自衛隊は、当時最新の毒ガスBZガスの合成に成功。

週間金曜日 2013年6月21日号
自衛隊とサリン 第5回 
「『防護』というなら国民を守ってほしかった」
・繰り返された毒ガス殺人と未遂(オウム事件)
1993年11月・・・創価学会の池田大作名誉会長をサリンで襲撃失敗
1993年12月・・・同上
1994年5月9日・・・滝本弁護士をサリンで襲撃
1994年6月27日・・・松本サリン事件
1994年9月20日・・・ジャーナリスト江川紹子さんに毒ガス「ホスゲン」噴霧。
1994年12月12日・・・浜田忠仁さん殺人事件(VXガス)
1995年1月4日・・・永岡弘行さん殺人未遂事件(VXガス)
1995年3月20日・・・地下鉄サリン事件
1995年4月30日、5月3日、5月5日・・・東京新宿の地下トイレでテロ未遂事件(青酸ガス)
・(地下鉄サリン事件)事前に漏れた強制捜査の日にサリンは撒かれた
・警察も自衛隊のサリン製造を知らなかった?
・(自衛隊の情報)闇に閉じ込めておくとチェックも出来ない!!秘密にするな!!

※サリンなどの毒ガス製造が「防護目的」であれば、つまり兵器として使用しなければその製造が許されるとしたら、同じ理屈で核兵器や生物兵器の「防護研究」も可能ということになる。

それとも、自民党も毒ガスの製造、貯蔵のことを知っていたが、嘘を言って国民をだましているのか?
戦争前は「防護目的」、戦争になったら大量生産?毒ガス兵器、生物兵器、核兵器!!






機密ばかりが多いと、国民はいつもだまされる?
・非核3原則も嘘だった!!
佐藤栄作の遺族は早く故人のノーベル平和賞を返上しろよ
本来、アメリカが出すべきお金を、日本政府が肩代わりして出していた現実!!
こんな問題もあった!!沖縄密約
沖縄毒ガス 

日本軍の毒ガス被害

昭和天皇の“沖縄メッセージ”







●今の情報を公開しない姿勢は、戦前からずっと続いている!!
秘密保護法施行・・・何を政府はたくらんでいる?
防衛の名のもとに、軍事力は増強されている!!

特定秘密保護法はジャーナリズムに何をもたらすか(ラジオフォーラム#158)

ちょっと古いが、参考になる本なので紹介します。1972(昭和47)年10月9日初版藤井治夫著『日本の国家機密』より


第二章国家機密の構造

手厚く保護される米軍機密

このように米軍の機密は手厚く保護されている。刑特法の適用については、 「日米行政協定の規定を履行するため討議した問題」と題する予備作業班 (のちに日米合同委となる)裁判権分科委員会刑事部会の文書があり、52年7月30日の日米合同委で承認され発効した。それは次のようになっている。
38 質問 合衆国軍隊の機密を侵す罰の裁判、捜査において、日本の当局が、当該事項が合衆国軍隊の機密に属するや否やを如何にして知るか。
合意された見解 日本の当局は個々の事件について合衆国軍隊に、当該事項が機密に属するかどうかを昭会する。合衆国側は、これに対し、当該事項が機密に属するや否やを回答するものとする。
40 提案 日本にある合衆国の機密のスパイを防止し、国外に持出すことを防ぐのに役立たしめるため、日本政府は税関及び警察の職員に合衆国の機密の符号を知らしておくべきである。
合意された見解 本提案は合意された(最高裁事務総局『民事及び刑事特別法関係資料』232ページ)。


※南京大虐殺があったことは国民に知らせず(これも国家機密であったのか?)、陥落を喜ぶニュース映像!
南京陥落 東京の風景


※しかし、溥儀が恐れるほど関東軍が強くないことを証明したのが、1938年の張鼓峰(ちょうこほう)事件と1939年のノモンハン事件である。いずれもソ連との国境紛争で、関東軍は惨敗した。両事件ともソ連軍の戦車・航空機・大砲・兵員が、質量とも圧倒的に勝っていた。日本軍は2度の敗戦をひた隠しに隠した。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)

※日本は、ノモンハンの敗北を封印することに腐心する。帰還した将兵には緘口(かんこう)令を敷き、戦闘に参加した将校を自決させ、作戦を立案した参謀を更迭した。








●南京大虐殺
・証言
その日の晩、日本兵に殺されるのを私が見た人はまだいて、範お爺さん夫婦が煉瓦をぶつけられて死に、王月の母親と弟(目が見えない)が銃剣で刺し殺され、王冠発の岳父と岳母とが縄で縛られ火の中に押し込まれて焼き殺され、柏老五と鉄貴宝の岳父の弟と豊富路でお粥を売っていた仲間とも、撃ち殺されたり斬り殺されたりしましたが、母も呉三が鶏の毛の堆に潜り込んで隠れたのを、日本兵に見つかり、猛々しく一太刀突っつかれ、胸から背中まで突き抜けて、刀が抜けなくなり、日本兵が刀を捨てて行ってしまったのを見ました。後で屍を片付ける時にうんと苦労してやっと刀を取り出しました。
日本軍が人を殺し火を放ったあの日の晩、私は身に重傷を負いました。そのわけは日本兵2人が「火を消しに」捕まって行かされ逃げ戻った人達2人(1人が徐と言い、1人は劉と言った)を追いかけ、家の戸口まで追って来た時に、劉と言うのが見えなくなり、日本兵が家に闖入して来て、私をあの劉というのとみなし、襟をつかんで、私は好い人ではないと言い、頭ごなしに一太刀くれました。続いて私を外まで引きずり出し、私が既に傷を受けて歩けなかったら、日本兵は背中を2太刀突っつき、私は地に腹ばいになって、そばの破れ篭の中に潜り込みましたが、その時又背中に2太刀見舞われ、痛くて横向きになると、日本兵は又左の耳の下とももとを2太刀ずつ刺したのです。その時、徐というのも既に10太刀余りも斬られて歩けませんでした。日本兵は彼を私の面前まで引きずって来て、顔と頭を突き合わすような形で2人を腹ばいにさせ、彼の体から血の付いた刀を抜き取り、ついでに又私の尻を一太刀突っついたのです。日本兵は私たちがもう死んだと思い、行ってしまいました。徐というのは頭が突っつかれて腐れ西瓜みたいになり、腸も出て来てしまって、その場で死亡しました。私は母に手を貸されて家に戻り、急いで鼓楼病院に送られ医者にかかり、九死に一生を得ましたが、体に残った刀の痕が今もあります。(以上:楊素玉と馬雲鵬が記録)

南京大虐殺:侵華日軍南京大屠殺 南京電影制片庁 21分 







※南京事件の悪評に苦慮した日本軍上層部は、杉山元陸相、梅津美治郎(よしじろう)中将、今村均(ひとし)中将らを中心に1938年3月4日、日本軍のいる所に「慰安所」の設置を決め、通達した。しかし、日本内地の娼婦だけでは到底間に合わず、ついには朝鮮半島の若い女性たちが生贄(いけにえ)にされた。その発端は、「朝鮮の若い女性は性病がなく、危険が少ない」という麻生軍医の上申書であった。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)





世界初の「南京大虐殺辞典」出版される






●中国残留孤児問題!!(中国残留孤児の書いた奇跡の書「この生あるは」)

映画化したら、過酷な運命・そして中国人の人間愛がよくわかる!!
敗戦時3歳、この中国残留孤児の過酷な運命に対して、国はきちんと補償したのだろうか?
この本の中に、米軍が1950年代の朝鮮戦争時、北朝鮮に行った細菌戦に神経を尖らせている中国の一般民衆の生活や反核運動の様子が描かれている。
中国の恩に報いたいー半生記を出版した残留孤児 中島幼八さん

2016年1月18日記(武漢大学客員教授・日本記者クラブ会員)
残留孤児の一冊<本澤二郎の「日本の風景」(2238)
<「この生あるは」(中島幼八著)>
中国・新華社通信の友人に紹介された残留孤児・中島幼八さんの記録「この生あるは」(幼学堂)の日本語版を読んだ。その悲しい運命から、気が重くなる厳しい内容ゆえに、同じ時代を日本で生きてきた者には、とても興味を引く本である。人間は一人では生きられない、そのことを痛切に教えてくれる人間性のあふれる内容である。同時に「2度と侵略や戦争を起こしてはならない」ということを、日本の為政者に訴えている。全国の図書館に置いて、多くの国民が読むべきである。

<訥々とつづる背後は>
418ページに及ぶ16年の記録は、淡々と、かつ訥々とつづっている。そこに、伝えようとしても伝えられない悲しい思い出が読み取れる。
人生は山あり谷ありである。順風満帆などない、といってもいい。苦悩の連続といってもいい。一見楽し気にふるまっている人でも、一歩踏み込むと、そこに悲しい事実に泣いていることも珍しくない。

筆者も近年、妻を含めて3人の親しい友を失ってしまった。重い病気が生きる力を奪ってしまったのだ。医療事故で息子を奪われた妻は、その心労で重い病につぶされてしまった。
筆者の日中友好活動に支援してくれた人権派弁護士も、そのまじめさから来る心労で病に倒れてしまった。
幸せを目の前にしながら、やくざの牙にかまれ、逃げ出そうとして食い殺されてしまった悲劇の友もいた。戦争遺児である。これの徹底追及を月刊誌「財界にっぽん」で開始した。

発売元 亜東書店 03-3835-7091 
中国語版 北京三聯書店「何有此生」






●731問題
・日本政府・医学界は731問題を真剣に反省し、国立の「731・細菌戦資料センター」を作ったらどうか?
医の倫理は、向上すると思う!!

中国の虚空を日本人に慰霊されない多くの犠牲者の霊がさまよっている!!

夏草をふみしめ引込み線を歩いた
視界が不意に三角形に切り取られ
やがて歴史の暗渠(あんきょ)に足を踏み入れる
見上げれば天を突く巨大な残骸
ただれ崩れ落ち、悲しみの肉塊のように
灰色の空の下で泣いている
【「哈爾濱(ハルビン)残照「731」の記憶 田中寛著】より

日本人よ、血の債務をあがなえ!終戦から70年、いまだ消えぬ731部隊の傷跡―仏メディア


混声合唱組曲「悪魔の飽食」(池辺晋一郎指揮)



・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
沖縄失陥のあと


「病院へ行ったのか」
訊いているらしく、その職員は一応訊ねただけで、
「早く寝ろよ。明日の勤務に差し支えるからな」
そして、再び部屋のほうを振り返って、
「彼女が行っちまったからって、くよくよするなよ、な」
と、にやにやしながら、うつむいたままの浜中に言った。
私はしばらく、その意味を解しかねたが、どうやら浜中の彼女のことだった。
消毒のせいで、湿っぽい肌触りの床に入ってから、私は思わず森島の顔を見た。
2人は、丸くなって毛布をかぶってしまった浜中のことを眼でささやいた後、
「どこかへ行ったの?」
と、私はとうとう声に出した。
森島が、
「通化だって・・・・」
と言いかけたとき、
「言うな!」
とむずかる駄々っ子のような調子で浜中が床の中でどなった。2人は、しゅんとなった。少しかんに障ったので、私は何かいってやろうとした。だが、すぐに浜中の泣き声が聞こえてきた。私は事情を察するとともに、浜中への小さな憎しみも霧散し、離れ離れになった2人の心情にちょっぴり同情的な気持がわいた。私は、そっと立って、静かに電燈を消した。


厚生省・国民健康保険について(消えた細菌戦部隊より:常石敬一著より)
医務局長としての小泉の実績は、確かに先の、「意欲・鋭さ・執拗さ」という言葉に見合ったものとなっている。すなわち今日の厚生省及び国民健康保険法を作ったのが小泉であった。・・・・・・
健兵対策の一環として厚生省は設立されたのだった。こうした設立の経緯が、今日の厚生省の弱者に冷たく、福祉行政に消極的な理由となっているのかもしれない。
小泉親彦(ちかひこ)

※小泉親彦(ちかひこ)・・・陸軍軍医学校校長、陸軍軍医総監、陸軍医務局長、厚生大臣を歴任、毒ガス戦、細菌戦を積極的に推し進めた人物
1945年9月、自決。



真実を知ろう!!(権力側が流す情報にだまされるな!!)
731細菌戦部隊 3(前編、後編、プライム



ガン治療のウラ 3/8


「死のマイクロチップ」マイナンバー制度の次は国民にマイクロチップが埋め込まれる!(船瀬俊介の船瀬塾より)



「悪魔の飽食」から「小食へ」(体質改善への道)
医師 甲田光雄5/6 ラジオ深夜便





●ハーバード・ピックス著『昭和天皇』(下)より
第13章 遅すぎた降伏
その間、アメリカの情報分析官は、本土決戦の準備のすべてを偵察していた。彼らは日本人が沖縄でどのようにして戦い、死んでいつたか―82日間にわたり、ほぼ毎日数千人死者を出した―を、そして国民全体がどのようにして玉砕により国家を守るとい観念にとらわれるようになったかを観察してきた。ワシントンの政治指導者たちは、日本人は降伏よりも戦いによる死を選ぶと言ったが、それは日本の政府やマスメディアが言つていることを誇張したものではなかった。

瀋陽軍事裁判 「731榊原、満州国次長古海、皇帝溥儀等の証言、アヘン政策、三光作戦鈴木啓久 」




●『天皇の陰謀』

天皇裕仁はかく日本を対西洋戦争に導いた


ディビット・バーガミニ 著
松崎  元 訳より

第三章

敗戦
(その1)

マニラへの特使

その週、マニラのマッカーサー司令部でも、ワシントンの国務省でも、明かりは夜遅くまで点灯されていた。この戦争の間を通し、米国外務政策の専門家たちは、日本との戦争に関して定まった考えを持っていなかった。ルーズベルトの側近においては、日本は道具と見なされ、太平洋は副次的な戦域にすぎなかった。その結果、日本が罰せられるべき厳しさの度合いについても、厳密に決定されたことはなかった。日本は、欧州の同盟国に野蛮な方法を表した国であり、ドイツのように単に病的であるのではなく、本質的に略奪を目的とする国であると言う者もあった。そうであるがゆえに、それはほとんど理解されていない社会であり、野蛮かつ未開文化の遺物であり、孤立して発展した国であるからこそ、ペリー提督とアメリカによって、近代社会への参加を強いられている国であった。(24)




全文は「ノブのノート」で!!

コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-29 05:06:42 | Weblog

※Internet Explorer よりグーグルクローム(Google Chrome)で見るとスムーズに画面が動きます。

●731部隊(1)
●731部隊(2)
●731部隊(3)
●731部隊(4)
●陸軍軍医学校50周年記念行事について
●南京大虐殺
●昭和天皇
●教科書問題
●陸軍登戸研究所
●日航123便の怪
●日本とドイツの違い
●原発・水俣病にみる学会の原因隠蔽の構図!!
●あなたの住む地域で、「731部隊展」を開いてみませんか?
●731部隊展

●731問題
・放射能の被害が深刻化しているのに、なぜ日本の医学界は“脱原発”と叫ばない??
科学者は、やはり新兵器に夢を託すのか??それともお金に目がくらむのか??
731の秘密を隠すために、放射能の被害については、何も言えない??
「心証を良くする為にとは、何のために心証をよくするんですか?」
「731のことなんかもあるでしょうね」
※ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちの治療よりも原爆の調査が優先された。
国体護持のために。
なぜ、日本は原爆投下直後、調査をやったのか?

放射能の危険性

アメリカの圧力があるのか?
水俣病の被害が拡大した時も、医学界の権威者が、一時、チッソ水俣工場の有機水銀説を否定した。
歴史は繰り返す?
福島の癌→子供の甲状腺がん増加地図をチェルノブイリと比較する

水俣病


原因が工場排水中の水銀らしいと見当がついた1959年夏以降は、熊本大学医学部の研究班は企業や通産省、御用学者の集中砲火を浴びることになる。

731部隊の設置許可、人体実験、毒ガス戦・細菌戦実施の許可した昭和天皇とそれに協力せざるを得なかった日本医学界の責任、戦後、その人体実験、毒ガス戦・細菌戦を全く裁判にかけなかったマッカーサーとアメリカ政府の責任、1990年代から2000年代にかけて行われた裁判において、事実を認めながら、それを放置している司法の責任、全く無視している政治の責任、731に対する国民の認識は?
戦後70周年、中国の人々から日本の我々に届いた重いメッセージ!
虐殺された人々(日本人を含む)の声なき声にどう応えるか?
日本人はこの731問題にどう向き合うか?重い課題!!
日本には本当に三権分立があるのかが問われている!!

731(3)


・731部隊は我が大日本帝国最大の機密であり、今後はこの機密保持がどこまでなされるかが最大の問題である???
黒い太陽№15


※「機密」とは、秘密の保全が最高度に必要であって、その漏えいが国の安全又は利益に重大な損害を与えるおそれのあるものをいう。
戦前の刑法には、「敵国ノ為メニ間諜ヲ為シ、又ハ敵国ノ間諜ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ5年以上ノ懲役二処ス 軍事上ノ機密フ敵国二漏泄シタル者亦同シ」(第85条)という規定があった。

朝枝繁春の証言


●横浜「戦争と加害」のパネル展


細菌戦(「戦争と加害」のパネル展in横浜)

毒ガス(「戦争と加害」のパネル展in横浜


参観者の感想
・日本軍慰安婦の問題を日本政府はお金で終わらせようとしている。許せない。60代男性


「戦争の加害」テーマに 13日まで横浜でパネル展



●全世界!!脱原発!!核兵器廃絶!!政府の唱える非核3原則は嘘っぱち!!
憲法に優先する安保条約であるなら、アメリカと合同で極秘に核兵器開発を進めることも不可能では無いのではないか。
この甚大な被害をもたらした大地震の原因の究明はされたのか?地震学者も驚いているではないか!通常の地震とは違った!!
何で国は、被害想定などを国民の目から隠す!!核兵器がそんなにほしいのか??

2011年3月11日 車が流される 人が飲まれる 津波


原発事故の原因は?
原発事故の原因はなぜ解明されない??


20150502 R/F #121「小出裕章ジャーナル」【原発攻撃被害報告書が明るみに】


巨大地震、津波の原因は??
なぜ、地震学者が驚く!!


原発攻撃



(以下「高知新聞」より)
要約すれば、憲法は理論上は全ての核兵器の使用を禁じていない。だが、「現実」がその歯止めになると読み取れる。 
現実が憲法を超えるとするなら、政府が守ると言っている憲法の平和主義も、核兵器を「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」の「非核三原則」の国是も一気に空洞化する。 
法的な歯止めではない現実は、刻々と変わる。時の政権の判断によって、核兵器の使用が可能になる余地が残る。 
国会の場で、日本の核兵器使用が現実味を持って公然と語られる現状にも驚きを禁じ得ない。
 
【法制局長官答弁】核使用まで容認とは驚く
横畠内閣法制局長官、核使用「憲法で禁止されず」と話す


この人は核兵器と通常兵器を全く区別していない!!
「核兵器の使用」横畠裕介・内閣法制局長官の答弁記録3 18参院・予算委員会


日本も地下核実験をやっているのか?(アメリカと合同で)
人工地震津波兵器は国際政治軍事上の常識!浜田復興担当政務官


地震学者の「今までやってきた研究が全て無駄だった」という発言は、本当に東日本大震災の原因は何だったのかを考えさせられる!!!
いまだ福島原発事故の解明はされていないのになぜ原発再稼動!!なぜ原発輸出!!
明らかに、全く戦争の反省がない日本は本気で核兵器の保有を考えている!!
3 11人工地震の証明~日本人が知らねばならない真実~


原発訴訟の希望と絶望
三権分立は日本にはない!!



地震発生(1944年12月7日)の翌日8日の新聞のトップは昭和天皇の写真。(開戦記念日)
地震の詳細は掲載されない!!被害は隠す!!
東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ



元NHK五十嵐さんが命をかけ伝えたかった人工地震の真実

自衛隊技術者15人は311テロ計画を知らないで爆弾製造に携わっていたようです

あの戦争で日本軍のしていたことを全く反省していない日本。
だから、戦後も、自衛隊を中心に『防護の為』と称して、核兵器の開発、毒ガスの製造、生物兵器の開発が行われているだろう!!
毒ガスの製造は確認でした!!生物兵器は勿論核兵器もか??
そして、戦争になって初めて、自国がどんな兵器を持っているか気付かされるのでないか?

<小出裕章さんに聞く>日本のメーカーはなぜ原発にこだわり続けるのか

福島の子どもの甲状腺がんで「家族の会」結成

米専門家 日本でプルトニウム増え続ける現状に懸念

東電から東京ガスへ電気契約客が雪崩的大移動…ガスとセットで割安、客の東電離れ加速

小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい


小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい

小出裕章先生:一刻も早く原子力の夢からさめて…



●憲法9条

彼らは本気だ。安倍晋三首相は、夏の参院選で改憲勢力による「3分の2」の議席を目指すという。
彼らと真逆の憲法は作れないか?
・憲法9条を守る!!・外交を強化する・自衛隊は災害救助隊に
・象徴天皇制を廃止して、大統領制にする
・脱原発 ・靖国神社を廃止して、戦争懺悔慰霊碑の建立
・日米安保条約見直し・国連改革



・憲法9条(侵略戦争の反省から憲法9条が生まれた!)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


でも、どうやったら
そんな世界がやってくるのかな?
一つひとつ考えてみよう。

But、how can such a world be made?
Let’s think about it.

Но, как может такой мир будет сделано?
Давайте думать об этом.

但是,怎么能这样的世界作出?
让我们想想吧。



IMAGINE9 (『イマジン9 想像してごらん、戦争のない世界を。』(文:星川淳・川崎哲、絵:成瀬政博 2007年12月1日発行、合同出版)
解説
9条をつかって、
戦争のない世界をつくる。
「戦争をしない、 軍隊をもたない」 という日本国憲法9条がどうしてできたのか知つていますか。それは、日本が行った戦争への反省から生まれたのです。
日本はかつて、朝鮮半島や台湾を植民地として支配し、中国や東南アジアの国々を侵略しました。日本はアジア太平洋地域で2000万人の命を奪いました。 日本国内では広島と長崎に原子爆弾が落とされ、沖縄では大規模な地上戦が行われ、東京など大都市は空襲を受けました。日本で300万人が戦争で亡くなったのです。
第2次世界大戦は、1945年に日本の「敗戦」で終わりました。その直後に、日本の平和憲法は生まれました。日本、アジアそして世界の人びとに対する「2度と戦争をしません」という誓いとして憲法9条は誕生したのです。
同時にこの憲法は、民主主義の憲法でもありました。それは国民の権利を定め、また「世界中の人びとが平和のうちに生きる権利をもつ」とうたいました。
中米の国・コスタリカも平和憲法をもつています。コスタリカは1949年、軍隊を廃止しました。軍隊の廃上によって、国は教育や医療などにお金を使うことができるようになりました。また、軍隊がないコスタリカに攻め入ろうと考える国はありません。
ところが2003年に、アメリカがイラクに対する戦争を始めると、コスタリカ政府はこれを「支持する」と表明しました。これに怒った大学生ロベルト・サモラさんは、裁判所に政府を訴えました。「イラクヘの戦争を支持するなんて、平和憲法への違反だ !」
裁判所はロベルトさんの訴えを認めました。そしてコスタリカ政府は、イラク戦争への支持を取り下げました。ロベルトさんは日本に来て言いました。
「憲法は単に守ればよいものではありません。平和憲法は人びとのもの。人びとが使うためにあるのです」

ほかにも世界の多くの国が平和憲法をもっています。イタリアや韓国の憲法は侵略戦争をしないと定めています。フィリピンは核兵器をもたないという憲法をもっています。スイス、オーストリア、アイルランドなどの国々は、憲法で、軍事対立のどちら側にも味方しないという中立をうたってぃます。
こうした平和憲法を私たちが活用し、世界にゆきわたらせていけば、戦争を起こさない世界をつくることができます。「イマジン9」は、そのような世界のつくり方を、9通りにわたって、みなさんと考えたいと思います。


防衛相 豪外相に潜水艦開発でアピール
ぐんじ と ひんこん アベちゃんのもくろみ…(´ε`;)
武器輸出三原則
今の現状防衛装備移転三原則

●ご案内





●ニュース
防衛省は、自分でところで研究した文書(勿論国民の血税で作られた文書)を、いとも簡単に廃棄しているというのは本当なのか?国民には軍事上の機密として、全てが伏せられているのではないか??この審査かも税金の無駄遣いではないのか!!」
この下記の審査会の答申には全く納得がいかない!!年々、着実に日本は毒ガス研究を深めている!!

情報公開・個人情報保護審査会の答申
審査会の結論
「『化学学校記事』1号ないし最新号」につき、これを保有してしていないとして不開示として決定は、妥当である。
この国は、戦争放棄の国じゃなくなった!!
<安保法施行>自衛官、覚悟と不安 任務拡大で増す危険

安保法施行を前に国会前で集会

戦後安保を大きく転換、29日に安全保障関連法施行

日本は、もう既に核兵器を持っているのでは??(アメリカのデータを使って作った?毒ガスと同じように?)
トランプ氏、在日米軍駐留撤退と核武装「発言」の本音 日本は「誰が大統領になろうとも緊密に連携」できるのか

ソウル大生ら少女像設置へ 日本大使館前の撤去に反対

陰謀ではないのか?
ES細胞持ち出し 容疑者特定せず捜査終結

コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-29 05:05:50 | Weblog

●昭和天皇と731部隊
中国では、現在、細菌戦の調査が着々と進められている。日本政府は反対に細菌戦に対し、全く無視し、過去を消し去ろうとしている。



崇山村からの訴え!!


義烏市崇山村



東京初空襲・浙かん作戦

淅贛(せっかん)作戦 


1942(昭和17年)浙贛作戦における細菌戦
1942(昭和17)年4月18日、日本近海のアメリカ空母から飛び立ったB25爆撃機は、浙江省衢州の飛行場を着陸基地として、東京・名古屋を初空襲した。これに驚いた陸軍中央は、浙江省の前線の飛行場を徹底的に破壊することを決定した。これが「大陸命(大本営陸軍部作戦命令)612号」による「浙贛(せっかん)作戦」である。大本営作戦参謀井本熊男大佐の日記によれば、5月30日には細菌戦実施を指示する「大陸指(大本営陸軍部作戦司令)」が、参謀本部第一部長田中新一少将から、石井四郎少将、増田美保少佐らの実戦指揮者に伝達されている。7月26日には贛州(かんじょう)、建甌(じぇんおう)で飛行機から細菌の撒布が実行されたことが記されている。
地上撒布は、日本軍に被害が出ないように、侵攻した日本軍が反転し、撤退した8月19日以降に実施された。「井本日記」8月28日には、井本大佐が支那派遣軍参謀の長尾大佐から、「ホ実施現況」として細菌戦の実施状況の報告を受けている。これは細菌撒布の地上戦に関する報告で、広信、広豊、玉山にはペスト菌、江山、常山に対してはコレラ菌を、衢県、麗水には腸チフス菌、パラチフス菌を撒布したと記されている。
※井本日誌には浙贛作戦の仔細な情報が記されていた。
『生物戦部隊731』(アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪)西里扶甬子著:草の根出版:2002年発行



(細菌戦)
昭和天皇はまた、1940年中国で最初の細菌兵器の実験的な使用を許可した。現存する文書史料で、昭和天皇を細菌兵器と直接、結びつけるものはない。しかし、科学者の側面を持ち几帳面で、よく分からないことには質問し事前に吟味することなく御璽(ぎょじ)を押すことは拒絶する性格から見て昭和天皇は、おそらく自らが裁可した命令の意味を理解していただろう。細菌戦を担当した関東軍731部隊に参謀総長が発令した大本営の指令の詳細は、原則として天皇も見ていた。そして、このような指令、すなわち「大陸指」の根拠となった「大陸命」に天皇は常に目を通していた。中国での細菌兵器の使用は1942年まで続いたが、日本がこの細菌戦化学戦に依存したことは、第2次世界大戦が終了すると、アメリカにとって、にわかに重大な意味を持つこととなった。まず、トルーマン政権は大規模な細菌戦・化学戦の計画に予算を支出したが、それは日本の細菌・化学研究の発見と技術に基づいていた。次いで、それはベトナム戦争でアメリカが大量の化学兵器を使用することへとつながった。 ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より


・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
恐るべき遠足


死体を解剖して、肺臓、脾臓など各部分からそれぞれ検査用塗抹標本を作る手伝いをさせられたのだったが、与えられた仕事を理解しようとする心のゆとりもなく、ただ反射的に手を動かしていた。周囲の壁を通して悲痛なうめきが聞こえ、金網の外には、取り出した臓腑をかぎつけた蠅どもがうなっている。
わずか1時間足らずの時間だったろうが、私は体も神経も蒸されたようにふらふらとなって部隊に帰った。
部落は一週間ほどたって全部焼き払われた。中には生き残った者もあったろうが、極秘の実験であるから、実験後には一人残らず殺されたのだそうである。



「細菌戦裁判」の第1審の東京地裁で事実認定された日本軍の細菌戦







細菌戦部隊731 


闇に消えた虐殺~731部隊・細菌戦の真実(テレビ朝日「ザ・スクープ」、1997年8月放送)


常徳細菌戦




●日本や中国各地に毒ガスが遺棄されている!!生活に支障をきたさないのか?
相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
北宏一朗






自衛隊は防護のためと称して昭和20年代後半から毒ガスの研究をし、1964年にはサリンを合成し、VXガス、タブンも作った。最新の無能力化ガスBZは1973年に成功している。1970年日本政府ジュネーブ議定書締約、1993年化学兵器禁止条約日本署名、1994年6月松本サリン事件、1995年3月地下鉄サリン事件発生、自衛隊とオウムの関係は?
2013年度の「核・生物・化学兵器対処関連事業」費71億8200万円。何に使っているのだろうか?

死者13人、約6300人の被害者を出した地下鉄サリン事件(1995年3月20日発生)

1950年代に、自衛隊は秘密裡にアメリカ側のデータを下に毒ガス製造をはじめ、1964年(東京オリンピックの年)にサリンの製造に成功している。オウム真理教の土屋正美(事件発生当時30歳)だけの知識で果たしてサリンが製造できたのか?自衛隊のデータが漏れていなかったのか?それとも、自衛隊も事件に関わっていたのか??
「地下鉄サリン事件」ザ!世界仰天ニュース


・自衛隊では、サリン合成に成功したのは東京オリンピック(1964年)の年だった。
・1973年、自衛隊は、当時最新の毒ガスBZガスの合成に成功。

週間金曜日 2013年6月7日号
第4回
事件1報前に待機していた自衛隊。
・「解毒の方法を知っていますか?」
―事件発生数ヵ月前に化学学校に1本の電話が入った。
「・・・化学学校でサリンが製造されていることは自衛隊内部でも知られていないことなので、10人ほどの研究員はその電話に騒然となったようです。その数ヵ月後に地下鉄サリン事件が起き、あの電話はオウム(真理教の信者)からだったと再び騒然となったのです。・・・外部から直接電話が入ることもおかしいのですが、そもそも直通の番号を知っていること自体、あり得ない話なのです
・聖路加国際病院に、自衛隊中央病院の医師が突然現れた。「パムを使うといい」
・1報前に出動待機
実は、自衛隊は警視庁から防衛庁に「毒ガスらしきものが撒かれた」との1報が入る15分前に、すでに自衛隊中央病院に出動待機の連絡を出していた。
・・・以上の経緯を見れば、自衛隊は警視庁から事件の1報が入る前に原因物質がサリンであるとほぼ断定していたことになる。あるいは、この日のサリン撒布自体を事前に知っていたのではないかという疑問が生じる。事件後に称賛された除染活動も、こうして解毒剤をめぐる経緯を見ると、これまでとは違った色合いを帯びてこないか。 

※サリンなどの毒ガス製造が「防護目的」であれば、つまり兵器として使用しなければその製造が許されるとしたら、同じ理屈で核兵器や生物兵器の「防護研究」も可能ということになる。

それとも、自民党も毒ガスの製造、貯蔵のことを知っていたが、嘘を言って国民をだましているのか?
戦争前は「防護目的」、戦争になったら大量生産?毒ガス兵器、生物兵器、核兵器!!






機密ばかりが多いと、国民はいつもだまされる?
・非核3原則も嘘だった!!
佐藤栄作の遺族は早く故人のノーベル平和賞を返上しろよ
本来、アメリカが出すべきお金を、日本政府が肩代わりして出していた現実!!
こんな問題もあった!!沖縄密約
沖縄毒ガス 

日本軍の毒ガス被害

昭和天皇の“沖縄メッセージ”







●今の情報を公開しない姿勢は、戦前からずっと続いている!!
秘密保護法施行・・・何を政府はたくらんでいる?
防衛の名のもとに、軍事力は増強されている!!

特定秘密保護法はジャーナリズムに何をもたらすか(ラジオフォーラム#158)

ちょっと古いが、参考になる本なので紹介します。1972(昭和47)年10月9日初版藤井治夫著『日本の国家機密』より


第二章国家機密の構造

手厚く保護される米軍機密

このほかに地位協定第11条は、「公用の封印がある公文書及び合衆国軍事郵便路線上にある公用郵便物」について税関検査を行なわないことを定め、さらに同協定合意議事録は、地位協定第17条の10(a)および10(b)に関し、「日本国の当局は、通常、合衆国軍隊が使用し、かつその権限に基づいて警備している施設若しくは区域内にあるすべての者若しくは財産について、捜索、差押え又は検証を行なう権利を行使しない」としている。
ここで一般に、合意議事録がいかなる意義をもつとされているかについて述べておこう。法務省刑事局見解はいう。「公式議事録は、協定の一部ではないが、協定締結に当って協定の内容に関し、両締結国に成立した合意として協定の内容を補充し単なる解釈資料以上の拘束力を有する」(前出最高裁資料28ページ)。議事録といえども拘束力をもつのである。


※南京大虐殺があったことは国民に知らせず(これも国家機密であったのか?)、陥落を喜ぶニュース映像!
南京陥落 東京の風景


※しかし、溥儀が恐れるほど関東軍が強くないことを証明したのが、1938年の張鼓峰(ちょうこほう)事件と1939年のノモンハン事件である。いずれもソ連との国境紛争で、関東軍は惨敗した。両事件ともソ連軍の戦車・航空機・大砲・兵員が、質量とも圧倒的に勝っていた。日本軍は2度の敗戦をひた隠しに隠した。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)

※日本は、ノモンハンの敗北を封印することに腐心する。帰還した将兵には緘口(かんこう)令を敷き、戦闘に参加した将校を自決させ、作戦を立案した参謀を更迭した。








●南京大虐殺
・証言
1937年には、私は24歳で、家には父と母と私たち夫婦がいて、王府巷の中でした。私はその頃中古品を集める商売をしていました。日本軍が入って来る前に、王府巷では一部の人たちが難民区に入っていました。家は貧しいだけに捨て難く、難民区へは行きませんでした。
日本兵が入って来て1週間後のある日の晩、確か8時か9時前後に、日本軍が王府巷のすぐ近くの豊富路衛生所(旧の場所が今の建○医院)で先ず焚き火をして暖を取り、それからあたり構わず火を放って衛生所を焼いてしまいました。その時火はますます大きくなり、火の勢いが私たち草葺の小屋架け地区の方へ蔓延して来そうに見えたので、みんな大慌てでした。この時、日本兵が私たちに火を消しに行かせようと見せかけて、実は殺人をやろうとしたので、私たちは日本兵が来たのを見て、四方へ逃げ隠れました。その時たまたま難民区から様子を見に家に戻って来た人達もかなりいて、それで捕まったり撃ち殺された人たちが多く、消火に来て日本兵に火の中にほうり込まれ活きながらに焼き殺された人たちがたくさんいました。日本兵は家の近くに住んでいた徐保定と韓天成の2人を捕まえ、人々が消火に行くように叫ばせ、別の人たち2人に一緒に行くよう叫ばせられたのですが、結局わめいたのとわめかれたのとの4人は、1人として生きて戻っては来ませんでした。(明日に続く:楊素玉と馬雲鵬が記録)

南京大虐殺:侵華日軍南京大屠殺 南京電影制片庁 21分 





※南京事件の悪評に苦慮した日本軍上層部は、杉山元陸相、梅津美治郎(よしじろう)中将、今村均(ひとし)中将らを中心に1938年3月4日、日本軍のいる所に「慰安所」の設置を決め、通達した。しかし、日本内地の娼婦だけでは到底間に合わず、ついには朝鮮半島の若い女性たちが生贄(いけにえ)にされた。その発端は、「朝鮮の若い女性は性病がなく、危険が少ない」という麻生軍医の上申書であった。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)





世界初の「南京大虐殺辞典」出版される






●中国残留孤児問題!!(中国残留孤児の書いた奇跡の書「この生あるは」)

映画化したら、過酷な運命・そして中国人の人間愛がよくわかる!!
敗戦時3歳、この中国残留孤児の過酷な運命に対して、国はきちんと補償したのだろうか?
この本の中に、米軍が1950年代の朝鮮戦争時、北朝鮮に行った細菌戦に神経を尖らせている中国の一般民衆の生活や反核運動の様子が描かれている。
中国の恩に報いたいー半生記を出版した残留孤児 中島幼八さん

2016年1月18日記(武漢大学客員教授・日本記者クラブ会員)
残留孤児の一冊<本澤二郎の「日本の風景」(2238)
<「この生あるは」(中島幼八著)>
中国・新華社通信の友人に紹介された残留孤児・中島幼八さんの記録「この生あるは」(幼学堂)の日本語版を読んだ。その悲しい運命から、気が重くなる厳しい内容ゆえに、同じ時代を日本で生きてきた者には、とても興味を引く本である。人間は一人では生きられない、そのことを痛切に教えてくれる人間性のあふれる内容である。同時に「2度と侵略や戦争を起こしてはならない」ということを、日本の為政者に訴えている。全国の図書館に置いて、多くの国民が読むべきである。

<中国・東北地方の片田舎>
中国・黒竜江省の省都・ハルビン東方の牡丹江の片田舎が、著者が16年、生きてきた生活環境である。長い冬を生き抜くことは、当時の生活力からすると、幼い孤児が生き抜くことは至難の業である。
「幸運の連鎖」「いい人」との出会いがなければ、厳しい環境がたちどころに幼子の命を奪うだろう。おそらく多くの孤児が、そうして亡くなっているだろうが、中島さんは違った。

発売元 亜東書店 03-3835-7091 
中国語版 北京三聯書店「何有此生」






●731問題
・日本政府・医学界は731問題を真剣に反省し、国立の「731・細菌戦資料センター」を作ったらどうか?
医の倫理は、向上すると思う!!

中国の虚空を日本人に慰霊されない多くの犠牲者の霊がさまよっている!!

聞け、この沈黙の慟哭を
平房の涙、地底の叫びを
見よ、この虐げられた大地を
名も知れぬ鳥たちが番人のように私を見下ろしている
記憶は人間の地底を永劫に流れ続ける
【「哈爾濱(ハルビン)残照「731」の記憶 田中寛著】より

日本人よ、血の債務をあがなえ!終戦から70年、いまだ消えぬ731部隊の傷跡―仏メディア


混声合唱組曲「悪魔の飽食」(池辺晋一郎指揮)



・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
沖縄失陥のあと


宿直の雇員が、
「何だね、今ごろ」
と、いぶかりながら私の前に立ちはだかった。
私は、前もって自分がペスト班にいることを述べてから、来住野のことを尋ねた。
丁度、柱時計が打ち出した。ポンポンと12時を数える間、その雇員は考えているような顔をしていたが、
「そんなら、逢わせてくれるかも知れないが、今夜は駄目だ。担当者がいるとき、来て見るんだね」
投げやりにそう言ってから、去りかける私の後から、
「だけど心配するほどじゃないらしいよ。軽いんだって言うから」
と、追いかぶせた。
私はそのせいでかなり気が軽くなったのだが、すると急に、さっき一言も口を聞かなかった浜中のことが思い出された。いつもなら、森島ではなく、浜中がしゃべるのであった。それが今夜に限って一言も口を開かないのはどうしたわけか?
私が宿舎へ着いた時、夜警の雇員が、私達の部屋から出るところだった。


厚生省・国民健康保険について(消えた細菌戦部隊より:常石敬一著より)
医務局長としての小泉の実績は、確かに先の、「意欲・鋭さ・執拗さ」という言葉に見合ったものとなっている。すなわち今日の厚生省及び国民健康保険法を作ったのが小泉であった。・・・・・・
健兵対策の一環として厚生省は設立されたのだった。こうした設立の経緯が、今日の厚生省の弱者に冷たく、福祉行政に消極的な理由となっているのかもしれない。
小泉親彦(ちかひこ)

※小泉親彦(ちかひこ)・・・陸軍軍医学校校長、陸軍軍医総監、陸軍医務局長、厚生大臣を歴任、毒ガス戦、細菌戦を積極的に推し進めた人物
1945年9月、自決。



真実を知ろう!!(権力側が流す情報にだまされるな!!)
731細菌戦部隊 2(前編:プライム10)


ガン治療のウラ 2/8



「1日1食でがんも治る!ファスティングのBefore/After」船瀬俊介の船瀬塾



「悪魔の飽食」から「小食へ」(体質改善への道)
医師 甲田光雄4/6 ラジオ深夜便






●ハーバード・ピックス著『昭和天皇』(下)より
第13章 遅すぎた降伏
民衆は勝利だけを信じ本土決戦に備えよ、勝利だけを信じよと勅令で命じられていたところへ、爆撃に加え心理戦でも空から攻撃を受けることになった。しかし、民衆はあくまでも従順だった。7月末から8月にかけて各都道府県知事・警察署長、「特別高等警察」は、内務省に国民の精神が急速に沈滞していることを報告していた。しかし、ほぼ2000ページにもおよぶ報告書の中にポツダム宣言を民衆が受諾する意向は示されていなかつた。8月6日と9日、広島、長崎にアメリカが原爆を投下した直後でさえ、そして8日のソ連対日参戦の後でさえ、一般の民衆は最後の勝利に希望を託し、そして「神州」は不減であるという信念にとらわれていた。死の軍務に動員された民衆は、集団的な記憶によって、「神風」が日本を救うだろうと考え、戦争継続の意思を維持していた。

瀋陽軍事裁判 「731榊原、満州国次長古海、皇帝溥儀等の証言、アヘン政策、三光作戦鈴木啓久 」




●『天皇の陰謀』

天皇裕仁はかく日本を対西洋戦争に導いた


ディビット・バーガミニ 著
松崎  元 訳より

第三章

敗戦
(その1)

マニラへの特使

河辺は午後一時、自らの使命の成功に大いに満足しながら、その地を立った。数時間後、彼の搭乗するベティー型爆撃機が日本へと向かっている時、パイプに燃料漏れが発生した。同機の操縦士は、飛行コースを日本の海岸線に沿うように変更した。ほぼ真夜中ごろ、彼は、同機の燃料の最後の一滴まで使い果たし、その厄介者を、本州中央部の海岸からほんの数メートルに非常着水させた。衝撃を受けながらも代表団メンバーは、何とか浜にたどりつき、月光の中の富士山――「幸運な武士の山」と呼ばれる日本の象徴の火山――を見つめている自分たちを発見していた。東京までにはまだ数百キロの距離があり、代表団が村人を起こし、一台のトラックを用意させ、凸凹の道路をへてなんとか首都までたどりついたのは、その日の昼前であった。
河辺大将は直ちに首相官邸に報告し、東久邇宮は車で彼を皇居へと連れて行った。天皇裕仁は、午後1時15分に彼と謁見し、河辺の精力を使い果たす苦渋の体験の全報告を聞いた。その報告は、「全般的に、敵の態度は予想外に良好」、との確認をもって終わった。翌日、天皇の弟、高松宮の友人であるすご腕の労務者手配師は、アメリカ軍の着陸に備えて、厚木特攻隊基地を修復するよう、トラック業者と建設業者を手配した。かくして、狼人間への準備はおおむね放棄された。だが、近々のアメリカ軍の到着の新日程に合わせて、文書類の破棄と娘たちへの教示は熱心に推進された。(23)



全文は「ノブのノート」で!!

コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-28 08:43:36 | Weblog
※Internet Explorer よりグーグルクローム(Google Chrome)で見るとスムーズに画面が動きます。

●731部隊(1)
●731部隊(2)
●731部隊(3)
●731部隊(4)
●陸軍軍医学校50周年記念行事について
●南京大虐殺
●昭和天皇
●教科書問題
●陸軍登戸研究所
●日航123便の怪
●日本とドイツの違い
●原発・水俣病にみる学会の原因隠蔽の構図!!
●あなたの住む地域で、「731部隊展」を開いてみませんか?
●731部隊展

●731問題
・放射能の被害が深刻化しているのに、なぜ日本の医学界は“脱原発”と叫ばない??
科学者は、やはり新兵器に夢を託すのか??
731の秘密を隠すために、放射能の被害については、何も言えない??
「心証を良くする為にとは、何のために心証をよくするんですか?」
「731のことなんかもあるでしょうね」
※ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちの治療よりも原爆の調査が優先された。
国体護持のために。
なぜ、日本は原爆投下直後、調査をやったのか?

放射能の危険性

アメリカの圧力があるのか?
水俣病の被害が拡大した時も、医学界の権威者が、一時、チッソ水俣工場の有機水銀説を否定した。
歴史は繰り返す?
福島の癌→子供の甲状腺がん増加地図をチェルノブイリと比較する

水俣病


原因が工場排水中の水銀らしいと見当がついた1959年夏以降は、熊本大学医学部の研究班は企業や通産省、御用学者の集中砲火を浴びることになる。

731部隊の設置許可、人体実験、毒ガス戦・細菌戦実施の許可した昭和天皇とそれに協力せざるを得なかった日本医学界の責任、戦後、その人体実験、毒ガス戦・細菌戦を全く裁判にかけなかったマッカーサーとアメリカ政府の責任、1990年代から2000年代にかけて行われた裁判において、事実を認めながら、それを放置している司法の責任、全く無視している政治の責任、731に対する国民の認識は?
戦後70周年、中国の人々から日本の我々に届いた重いメッセージ!
虐殺された人々(日本人を含む)の声なき声にどう応えるか?
日本人はこの731問題にどう向き合うか?重い課題!!
日本には本当に三権分立があるのかが問われている!!

731 (2)


・731部隊は我が大日本帝国最大の機密であり、今後はこの機密保持がどこまでなされるかが最大の問題である???
黒い太陽№15


※「機密」とは、秘密の保全が最高度に必要であって、その漏えいが国の安全又は利益に重大な損害を与えるおそれのあるものをいう。
戦前の刑法には、「敵国ノ為メニ間諜ヲ為シ、又ハ敵国ノ間諜ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ5年以上ノ懲役二処ス 軍事上ノ機密フ敵国二漏泄シタル者亦同シ」(第85条)という規定があった。

朝枝繁春の証言


●横浜「戦争と加害」のパネル展



細菌戦(「戦争と加害」のパネル展in横浜)

毒ガス(「戦争と加害」のパネル展in横浜


参観者の感想
・日本軍慰安婦の問題を日本政府はお金で終わらせようとしている。許せない。60代男性


「戦争の加害」テーマに 13日まで横浜でパネル展



●全世界!!脱原発!!核兵器廃絶!!政府の唱える非核3原則は嘘っぱち!!
憲法に優先する安保条約であるなら、アメリカと合同で極秘に核兵器開発を進めることも不可能では無いのではないか。
政府は、以前に北朝鮮からの核攻撃で原発が破壊された時の状況を想定している。資料はまとめられたが公開はされなかった。一旦、戦争が始まれば、原発施設は狙われ、破壊されたら、放射能汚染が広がり、逃げ場所も非常事態ということでなくなるだろう。憲法9条は無視され、現実が歯止めを外し、核兵器の使用も可能になるのだろうか。自衛のための戦争と称し、今迄平和利用されてきたロケットは軍事転用され、ミサイル、大陸間弾道弾に転用されるのだろうか?徴兵制も現実味を帯びてくる。地球にますます人類が住めなくなる。
20150502 R/F #121「小出裕章ジャーナル」【原発攻撃被害報告書が明るみに】


2011年3月11日 車が流される 人が飲まれる 津波


(以下「高知新聞」より)
要約すれば、憲法は理論上は全ての核兵器の使用を禁じていない。だが、「現実」がその歯止めになると読み取れる。 
現実が憲法を超えるとするなら、政府が守ると言っている憲法の平和主義も、核兵器を「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」の「非核三原則」の国是も一気に空洞化する。 
法的な歯止めではない現実は、刻々と変わる。時の政権の判断によって、核兵器の使用が可能になる余地が残る。 
国会の場で、日本の核兵器使用が現実味を持って公然と語られる現状にも驚きを禁じ得ない。
 
【法制局長官答弁】核使用まで容認とは驚く
横畠内閣法制局長官、核使用「憲法で禁止されず」と話す


この人は核兵器と通常兵器を全く区別していない!!
「核兵器の使用」横畠裕介・内閣法制局長官の答弁記録3 18参院・予算委員会


日本も地下核実験をやっているのか?(アメリカと合同で)
人工地震津波兵器は国際政治軍事上の常識!浜田復興担当政務官


地震学者の「今までやってきた研究が全て無駄だった」という発言は、本当に東日本大震災の原因は何だったのかを考えさせられる!!!
いまだ福島原発事故の解明はされていないのになぜ原発再稼動!!なぜ原発輸出!!
明らかに、全く戦争の反省がない日本は本気で核兵器の保有を考えている!!
3 11人工地震の証明~日本人が知らねばならない真実~



地震発生(1944年12月7日)の翌日8日の新聞のトップは昭和天皇の写真。(開戦記念日)
地震の詳細は掲載されない!!被害は隠す!!
東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ



元NHK五十嵐さんが命をかけ伝えたかった人工地震の真実

自衛隊技術者15人は311テロ計画を知らないで爆弾製造に携わっていたようです

あの戦争で日本軍のしていたことを全く反省していない日本。
だから、戦後も、自衛隊を中心に『防護の為』と称して、核兵器の開発、毒ガスの製造、生物兵器の開発が行われているだろう!!
毒ガスの製造は確認でした!!生物兵器は勿論核兵器もか??
そして、戦争になって初めて、自国がどんな兵器を持っているか気付かされるのでないか?

<小出裕章さんに聞く>日本のメーカーはなぜ原発にこだわり続けるのか

福島の子どもの甲状腺がんで「家族の会」結成

米専門家 日本でプルトニウム増え続ける現状に懸念

東電から東京ガスへ電気契約客が雪崩的大移動…ガスとセットで割安、客の東電離れ加速

小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい


小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい

小出裕章先生:一刻も早く原子力の夢からさめて…



●憲法9条

彼らは本気だ。安倍晋三首相は、夏の参院選で改憲勢力による「3分の2」の議席を目指すという。
彼らと真逆の憲法は作れないか?
・憲法9条を守る!!・外交を強化する・自衛隊は災害救助隊に
・象徴天皇制を廃止して、大統領制にする
・脱原発 ・靖国神社を廃止して、戦争懺悔慰霊碑の建立
・日米安保条約見直し・国連改革



・憲法9条(侵略戦争の反省から憲法9条が生まれた!)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


想像してごらん、
世界から戦争のなくなった
平和な世界を。

Imagine,
A peaceful world without war.

想像,
一个和平的世界没有战争。

Представить,
Спокойный мир без войны.



IMAGINE9 (『イマジン9 想像してごらん、戦争のない世界を。』(文:星川淳・川崎哲、絵:成瀬政博 2007年12月1日発行、合同出版)
解説
9条をつかって、
戦争のない世界をつくる。
「戦争をしない、 軍隊をもたない」 という日本国憲法9条がどうしてできたのか知つていますか。それは、日本が行った戦争への反省から生まれたのです。
日本はかつて、朝鮮半島や台湾を植民地として支配し、中国や東南アジアの国々を侵略しました。日本はアジア太平洋地域で2000万人の命を奪いました。 日本国内では広島と長崎に原子爆弾が落とされ、沖縄では大規模な地上戦が行われ、東京など大都市は空襲を受けました。日本で300万人が戦争で亡くなったのです。
第2次世界大戦は、1945年に日本の「敗戦」で終わりました。その直後に、日本の平和憲法は生まれました。日本、アジアそして世界の人びとに対する「2度と戦争をしません」という誓いとして憲法9条は誕生したのです。
同時にこの憲法は、民主主義の憲法でもありました。それは国民の権利を定め、また「世界中の人びとが平和のうちに生きる権利をもつ」とうたいました。
中米の国・コスタリカも平和憲法をもつています。コスタリカは1949年、軍隊を廃止しました。軍隊の廃上によって、国は教育や医療などにお金を使うことができるようになりました。また、軍隊がないコスタリカに攻め入ろうと考える国はありません。
ところが2003年に、アメリカがイラクに対する戦争を始めると、コスタリカ政府はこれを「支持する」と表明しました。これに怒った大学生ロベルト・サモラさんは、裁判所に政府を訴えました。「イラクヘの戦争を支持するなんて、平和憲法への違反だ !」
裁判所はロベルトさんの訴えを認めました。そしてコスタリカ政府は、イラク戦争への支持を取り下げました。ロベルトさんは日本に来て言いました。
「憲法は単に守ればよいものではありません。平和憲法は人びとのもの。人びとが使うためにあるのです」

ほかにも世界の多くの国が平和憲法をもっています。イタリアや韓国の憲法は侵略戦争をしないと定めています。フィリピンは核兵器をもたないという憲法をもっています。スイス、オーストリア、アイルランドなどの国々は、憲法で、軍事対立のどちら側にも味方しないという中立をうたってぃます。
こうした平和憲法を私たちが活用し、世界にゆきわたらせていけば、戦争を起こさない世界をつくることができます。「イマジン9」は、そのような世界のつくり方を、9通りにわたって、みなさんと考えたいと思います。


防衛相 豪外相に潜水艦開発でアピール
ぐんじ と ひんこん アベちゃんのもくろみ…(´ε`;)
武器輸出三原則
今の現状防衛装備移転三原則

●ご案内





●ニュース
防衛省は、自分でところで研究した文書(勿論国民の血税で作られた文書)を、いとも簡単に廃棄しているというのは本当なのか?国民には軍事上の機密として、全てが伏せられているのではないか??
この下記の審査会の答申には全く納得がいかない!!年々、着実に日本は毒ガス研究を深めている!!

情報公開・個人情報保護審査会の答申
審査会の結論
「『化学学校記事』1号ないし最新号」につき、これを保有してしていないとして不開示として決定は、妥当である。

中国の制裁同調は敵対行為=党文書で闘争指示―北朝鮮

日韓合意、元慰安婦らが「憲法違反」だとする訴え

中谷防衛相、普天間固定を示唆 停止「辺野古移設が前提」

北朝鮮の5度目核実験「今すぐ起こりうる」 韓国統一省

翁長氏、防衛相との会談で改めて反対姿勢鮮明に

トランプ氏の「在日米軍撤退」発言、政府が懸念

日本はすでに核兵器をもっているのではないか?
トランプ氏、日本の核保有容認を示唆 在日米軍撤退論も

米大統領、核安保サミットで「イスラム国」対策話し合う考え示す

群馬大手術死、43人の報告せず 外科学会調査

「戦争できる国はダメ」「再稼働は絶対許せない」 安保法反対集会、脱原発も

コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-28 08:42:37 | Weblog

●昭和天皇と731部隊
中国では、現在、細菌戦の調査が着々と進められている。日本政府は反対に細菌戦に対し、全く無視し、過去を消し去ろうとしている。



義烏市崇山村


崇山村 被害者の話




東京初空襲・浙かん作戦

淅贛(せっかん)作戦 


1942(昭和17年)浙贛作戦における細菌戦
1942(昭和17)年4月18日、日本近海のアメリカ空母から飛び立ったB25爆撃機は、浙江省衢州の飛行場を着陸基地として、東京・名古屋を初空襲した。これに驚いた陸軍中央は、浙江省の前線の飛行場を徹底的に破壊することを決定した。これが「大陸命(大本営陸軍部作戦命令)612号」による「浙贛(せっかん)作戦」である。大本営作戦参謀井本熊男大佐の日記によれば、5月30日には細菌戦実施を指示する「大陸指(大本営陸軍部作戦司令)」が、参謀本部第一部長田中新一少将から、石井四郎少将、増田美保少佐らの実戦指揮者に伝達されている。7月26日には贛州(かんじょう)、建甌(じぇんおう)で飛行機から細菌の撒布が実行されたことが記されている。
地上撒布は、日本軍に被害が出ないように、侵攻した日本軍が反転し、撤退した8月19日以降に実施された。「井本日記」8月28日には、井本大佐が支那派遣軍参謀の長尾大佐から、「ホ実施現況」として細菌戦の実施状況の報告を受けている。これは細菌撒布の地上戦に関する報告で、広信、広豊、玉山にはペスト菌、江山、常山に対してはコレラ菌を、衢県、麗水には腸チフス菌、パラチフス菌を撒布したと記されている。
※井本日誌には浙贛作戦の仔細な情報が記されていた。
『生物戦部隊731』(アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪)西里扶甬子著:草の根出版:2002年発行



(細菌戦)
昭和天皇はまた、1940年中国で最初の細菌兵器の実験的な使用を許可した。現存する文書史料で、昭和天皇を細菌兵器と直接、結びつけるものはない。しかし、科学者の側面を持ち几帳面で、よく分からないことには質問し事前に吟味することなく御璽(ぎょじ)を押すことは拒絶する性格から見て昭和天皇は、おそらく自らが裁可した命令の意味を理解していただろう。細菌戦を担当した関東軍731部隊に参謀総長が発令した大本営の指令の詳細は、原則として天皇も見ていた。そして、このような指令、すなわち「大陸指」の根拠となった「大陸命」に天皇は常に目を通していた。中国での細菌兵器の使用は1942年まで続いたが、日本がこの細菌戦化学戦に依存したことは、第2次世界大戦が終了すると、アメリカにとって、にわかに重大な意味を持つこととなった。まず、トルーマン政権は大規模な細菌戦・化学戦の計画に予算を支出したが、それは日本の細菌・化学研究の発見と技術に基づいていた。次いで、それはベトナム戦争でアメリカが大量の化学兵器を使用することへとつながった。 ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より


・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
恐るべき遠足


死体を解剖して、肺臓、脾臓など各部分からそれぞれ検査用塗抹標本を作る手伝いをさせられたのだったが、与えられた仕事を理解しようとする心のゆとりもなく、ただ反射的に手を動かしていた。周囲の壁を通して悲痛なうめきが聞こえ、金網の外には、取り出した臓腑をかぎつけた蠅どもがうなっている。
わずか1時間足らずの時間だったろうが、私は体も神経も蒸されたようにふらふらとなって部隊に帰った。
部落は一週間ほどたって全部焼き払われた。中には生き残った者もあったろうが、極秘の実験であるから、実験後には一人残らず殺されたのだそうである。



「細菌戦裁判」の第1審の東京地裁で事実認定された日本軍の細菌戦







細菌戦部隊731 


闇に消えた虐殺~731部隊・細菌戦の真実(テレビ朝日「ザ・スクープ」、1997年8月放送)


常徳細菌戦




●日本や中国各地に毒ガスが遺棄されている!!生活に支障をきたさないのか?
相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
北宏一朗






自衛隊は防護のためと称して昭和20年代後半から毒ガスの研究をし、1964年にはサリンを合成し、VXガス、タブンも作った。最新の無能力化ガスBZは1973年に成功している。1970年日本政府ジュネーブ議定書締約、1993年化学兵器禁止条約日本署名、1994年6月松本サリン事件、1995年3月地下鉄サリン事件発生、自衛隊とオウムの関係は?
2013年度の「核・生物・化学兵器対処関連事業」費71億8200万円。何に使っているのだろうか?

死者13人、約6300人の被害者を出した地下鉄サリン事件(1995年3月20日発生)

1950年代に、自衛隊は秘密裡にアメリカ側のデータを下に毒ガス製造をはじめ、1964年(東京オリンピックの年)にサリンの製造に成功している。オウム真理教の土屋正美(事件発生当時30歳)だけの知識で果たしてサリンが製造できたのか?自衛隊のデータが漏れていなかったのか?それとも、自衛隊も事件に関わっていたのか??
「地下鉄サリン事件」ザ!世界仰天ニュース


・自衛隊では、サリン合成に成功したのは東京オリンピック(1964年)の年だった。
・1973年、自衛隊は、当時最新の毒ガスBZガスの合成に成功。

週間金曜日 2013年5月31日号
自衛隊とサリン 第3回
自衛隊は政府自民党をも欺いたのか?
1969年当時、「この種の兵器使用の可能性をなくすため、進んで開発及び製造を禁止し、すでに貯蔵されているものをも破棄しなければならない」と国会答弁した佐藤栄作首相。(70年2月、国会での施政方針演説。)
・1950年代には米軍から毒ガス譲渡、60年代にはサリン製造。
・日本政府は再三にわたり毒ガス製造を否定!!
・毒ガスは「持たず、作らす、持ち込ませず」1970年代当時の日本政府の見解、全くの嘘だった!!
1970年当時の日本政府の見解
毒ガスは「持たず、作らず、持ち込ませず」

そもそも日本政府は毒ガスについてどのような見解を示してきたのか。
いわゆる毒ガスについて日本の国会で論戦に上がったのは大きく分けて次のような事件・事故、条約批准に絡んだ時期だ。
①沖縄の米軍・知花弾薬庫での毒ガス漏洩事故(1969年7月発生)及び毒ガス使用禁止を定めたジュネーブ議定書の批准(70年5月)。
②旧日本軍の毒ガス弾等全国調査(73年開始、2003年に結果発表)。
③地下鉄サリン事件(95年3月)及び化学兵器禁止条約の批准(同年9月)。
④中国での旧日本軍化学兵器遺棄問題(2000年から処理作業開始)や日本各地での旧軍の毒ガス弾など発見。
このうち、①の時期に絞って、毒ガスをめぐる日本政府の発言内容を紹介する。連載2回目(5月24日号)で山里洋介・元陸上幕僚監部化学室長が「サリンの合成に成功した」と証言した1964年の5、6年後だ。
まず、沖縄での毒ガス事故直後の1969年7月24日、第61回国会衆院本会議での佐藤栄作総理大臣(当時)の答弁を抜粋する。
〈政府の基本的な態度は、去る7月3日、ジュネーブの軍縮委員会における朝海代表の発言でおわかりの通り、この種の兵器使用の可能性をなくすため、進んでその開発及び製造を禁止し、既に貯蔵されているものをも破棄しなければならないとするものであります〉。
また、翌70年の第63回国会で愛知揆一外務大臣(当時)も、ジュネーブ議定書批准(同年5月承認)に向けて日本政府の姿勢について、次のように答弁した。
〈日本政府の従来からの主張は、なるべく範囲を広くし、かつ、使用だけではなくて、製造あるいは貯蔵においてもこれを禁止するのが理想であるという主張をいたしておるわけでございます〉=衆議院予算委員会、70年2月26日。
こうした一連の発言が毒ガスは「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則と同様の日本政府の見解となってきた。

・・・・・・・・・・
「Gガス」とはジャーマンガス(ドイツのガス)のことで、「GB」とは米軍によるサリンのコードネームである(連載2回目参照)。
山里・元陸上幕僚監部化学室長の証言どおり、陸上自衛隊化学学校でサリンの合成に成功したのが1964年とすれば、ここに紹介した国会での政府側答弁はすべて実態を隠蔽した虚偽発言ということになる。かりに政府が自衛隊によるサリン製造の事実を知らなかったとすれば、シビリアンコントロール(文民統制)を無視した自衛隊の暴走ということにならないか。  

※サリンなどの毒ガス製造が「防護目的」であれば、つまり兵器として使用しなければその製造が許されるとしたら、同じ理屈で核兵器や生物兵器の「防護研究」も可能ということになる。

それとも、自民党も毒ガスの製造、貯蔵のことを知っていたが、嘘を言って国民をだましているのか?
戦争前は「防護目的」、戦争になったら大量生産?毒ガス兵器、生物兵器、核兵器!!






機密ばかりが多いと、国民はいつもだまされる?
・非核3原則も嘘だった!!
佐藤栄作の遺族は早く故人のノーベル平和賞を返上しろよ
本来、アメリカが出すべきお金を、日本政府が肩代わりして出していた現実!!
こんな問題もあった!!沖縄密約
沖縄毒ガス 

日本軍の毒ガス被害

昭和天皇の“沖縄メッセージ”







●今の情報を公開しない姿勢は、戦前からずっと続いている!!
秘密保護法施行・・・何を政府はたくらんでいる?
防衛の名のもとに、軍事力は増強されている!!

特定秘密保護法はジャーナリズムに何をもたらすか(ラジオフォーラム#158)

ちょっと古いが、参考になる本なので紹介します。1972(昭和47)年10月9日初版藤井治夫著『日本の国家機密』より


第二章国家機密の構造

手厚く保護される米軍機密

地位協第23条後段は、「日本国政府は、その領域において合衆国の設備、備品、財産、記録及び公務上の資料の十分な安全及び保護を確保するため、並びに適用されるべき日本国の法令に基づいて犯人を罰するため、必要な立法を求め、及び必要なその他の措置を執ることに同意する」としている。これは行政協定第23条をそのまま引継いだものであり、刑特法の根拠となっている。ここにいう「必要なその他の措置」として、なにがなされているかは明らかにされていない。


※南京大虐殺があったことは国民に知らせず(これも国家機密であったのか?)、陥落を喜ぶニュース映像!
南京陥落 東京の風景


※しかし、溥儀が恐れるほど関東軍が強くないことを証明したのが、1938年の張鼓峰(ちょうこほう)事件と1939年のノモンハン事件である。いずれもソ連との国境紛争で、関東軍は惨敗した。両事件ともソ連軍の戦車・航空機・大砲・兵員が、質量とも圧倒的に勝っていた。日本軍は2度の敗戦をひた隠しに隠した。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)

※日本は、ノモンハンの敗北を封印することに腐心する。帰還した将兵には緘口(かんこう)令を敷き、戦闘に参加した将校を自決させ、作戦を立案した参謀を更迭した。








●南京大虐殺
・証言
その日の晩に、日本軍は豊富路の衛生所(今の建○医院)で火を放ち、火の勢いが強く、付近の住民が次々に火を消しに駆けつけました。ところが何と消火の人たちが目の前まで走って来たら、ずっと前から隣の兵営(今の省委党校)に待ち伏せていた日本兵がいっぱい塀を乗り越えて来て、銃剣を水平に構えて消火の人たちを突つき、突つき殺した上で火の燃え盛る中へと突き入れました。ある者は日本兵に活きたままで火の中へ押し込められ焼き殺されました。その時の災難で、王府巷の住民で焼き殺されたのが20人以上います。後で私が衛生所の廃墟の所に行ったら、ただ一面に真っ黒こげの屍が見えるだけ、ごちゃごちゃに山と積まれていて、それはそれは酷いものでした。※○は日本の漢字に変換できない漢字(楊素玉と馬雲鵬が記録)





●中国残留孤児問題!!(中国残留孤児の書いた奇跡の書「この生あるは」)

映画化したら、過酷な運命・そして中国人の人間愛がよくわかる!!
敗戦時3歳、この中国残留孤児の過酷な運命に対して、国はきちんと補償したのだろうか?
この本の中に、米軍が1950年代の朝鮮戦争時、北朝鮮に行った細菌戦に神経を尖らせている中国の一般民衆の生活や反核運動の様子が描かれている。
中国の恩に報いたいー半生記を出版した残留孤児 中島幼八さん

2016年1月18日記(武漢大学客員教授・日本記者クラブ会員)
残留孤児の一冊<本澤二郎の「日本の風景」(2238)
<「この生あるは」(中島幼八著)>
中国・新華社通信の友人に紹介された残留孤児・中島幼八さんの記録「この生あるは」(幼学堂)の日本語版を読んだ。その悲しい運命から、気が重くなる厳しい内容ゆえに、同じ時代を日本で生きてきた者には、とても興味を引く本である。人間は一人では生きられない、そのことを痛切に教えてくれる人間性のあふれる内容である。同時に「2度と侵略や戦争を起こしてはならない」ということを、日本の為政者に訴えている。全国の図書館に置いて、多くの国民が読むべきである。

<克明な記録に圧倒>
残留孤児という名前は承知しているが、その悲劇の主人公がどう生きてきたのか、まったく知らない日本人ばかりであるが、その疑問に「この生あるは」は、一つの回答を与えている。
いえることは、中島さんは実に幸運な中国生活を過ごしてきたことが理解できる。克明な記録に圧倒される。幼少の記録を多くの人間にとって記憶にないかわずかだ。異常な運命が、それを克服したものであろうか。
70年前の人々が、現代に生き生きと蘇っている。





発売元 亜東書店 03-3835-7091 
中国語版 北京三聯書店「何有此生」






●731問題
・日本政府・医学界は731問題を真剣に反省し、国立の「731・細菌戦資料センター」を作ったらどうか?
医の倫理は、向上すると思う!!

中国の虚空を日本人に慰霊されない多くの犠牲者の霊がさまよっている!!

夏草をふみしめてなおも歩き続ける
軒下にのぞく歴史に凌辱された眼光
住居を追われ悪魔に翻弄された暗黒の日々
長い年月に耐え声も叫びも枯れ果てた
【「哈爾濱(ハルビン)残照「731」の記憶 田中寛著】より

日本人よ、血の債務をあがなえ!終戦から70年、いまだ消えぬ731部隊の傷跡―仏メディア


混声合唱組曲「悪魔の飽食」(池辺晋一郎指揮)



・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
沖縄失陥のあと


3日ばかり前に、来住野が林田たちのいる動物飼育の手伝いをさせられ、各地から送られてきたねずみをいじったと話したことがあった。
「じゃ、この間、飼育に行ったときかね?」
「うん。そうらしいんだ。大したことはないとは言っていたけれども、俺たちも注射させられたり何かして、本当にびっくりしたよ」
私自身は、ペストに対する予防注射をしょっちゅう自分たちでやっていたから、こわいとは思わなかったが、来住野のことはやはり心配であった。ことによると、彼の命取りになるかも知れない。
「俺、一走り、病院へ行ってくるよ」
と、私は言った。
「行ってもどうかなぁ・・・・」
と、つぶやく森島に、
「同郷だからね」
と言い残して、私は病院へ走った。
黄色っぽい電燈の光に輝く深夜の病院の廊下は、しんかんと静まり返って、私は自分の靴音におびえを感じた。


厚生省・国民健康保険について(消えた細菌戦部隊より:常石敬一著より)
医務局長としての小泉の実績は、確かに先の、「意欲・鋭さ・執拗さ」という言葉に見合ったものとなっている。すなわち今日の厚生省及び国民健康保険法を作ったのが小泉であった。・・・・・・
健兵対策の一環として厚生省は設立されたのだった。こうした設立の経緯が、今日の厚生省の弱者に冷たく、福祉行政に消極的な理由となっているのかもしれない。
小泉親彦(ちかひこ)

※小泉親彦(ちかひこ)・・・陸軍軍医学校校長、陸軍軍医総監、陸軍医務局長、厚生大臣を歴任、毒ガス戦、細菌戦を積極的に推し進めた人物
1945年9月、自決。



真実を知ろう!!(権力側が流す情報にだまされるな!!)
731細菌戦部隊 1(前編:プライム10)


ガン治療のウラ 1/8


船瀬俊介と内海聡の「ここだけの話」2014.04.29@板橋



「悪魔の飽食」から「小食へ」(体質改善への道)
医師 甲田光雄3/6 ラジオ深夜便





●ハーバード・ピックス著『昭和天皇』(下)より
第13章 遅すぎた降伏
同日、昭和天皇(まだ、戦争終結のために行動を開始していなかった)は帝国議会開院式に際し勅語を下し、「敵国の希望を粉砕して征戦の目的を達成」せよと国民に命じた。同時に統制下の報道は、連日、天皇のための死を賞賛し、大御心に感謝する報道を行っていたが、7月中旬になると「国体護持」のキャンペーンを行うようになった。p171
一方、アメリカは日本人の戦意を挫くために独自な宣伝で対抗した。B29は何千万枚もの日本語で書かれたビラを撒布した。それはB29の次の攻撃日標を伝えたり、軍部の批判に天皇を利用して降伏を勧告したりした。例えば菊の紋章を刷り込んだビラは、「全国的自殺を強要」しているとして、「軍閥」を非難し、そして「憲法が明示する権利により諸氏は、陛下に直訴すべきである。強力な軍閥といえども陛下と国民との平和への力強い進軍を阻み得まい」と訴えた。8月13日にまかれた700万枚のビラだけがアメリカ、イギリス、中国による「共同宣言」〔ポツダム宣言〕をめぐる日本政府とアメリカ政府のあいだでの交渉を暴露することができた。ビラには次のようなことが書かれていた。「私共は本日皆様に爆弾を投下するために来たのではありません。お国の政府が申込んだ降伏条件〔ポツダム宣言に対する日本政府の回答〕をアメリカ、イギリス、支那並にソビエット連邦を代表してアメリカ政府が送りました回答〔バーンズ回答〕を皆様にお知らせするために、このビラを投下します。戦争を直ちにやめるか否かはかかつて〔傍点、訳者〕お国の政府にあります。皆様は次の2通の公式通告をお読みになれば、どうすれば戦争をやめる事が出来るかがお判りになります」。

瀋陽軍事裁判 「731榊原、満州国次長古海、皇帝溥儀等の証言、アヘン政策、三光作戦鈴木啓久 」




●『天皇の陰謀』

天皇裕仁はかく日本を対西洋戦争に導いた


ディビット・バーガミニ 著
松崎  元 訳より

第三章

敗戦
(その1)

マニラへの特使

サザーランド将軍は、五日間の延期を認め、さらに、横浜のニュー・グランド・ホテルを、マッカーサーが占有できるよう完備すること、および、随行員の移動用に、整備の整った50台の車を求めた。河辺は、出来るだけのことをすることに同意したが、一週間の準備では十分ではないことを警告してその会議を終えた。「貴殿は勝者である。従って、貴殿の決定は絶対だ。しかし、我々の考え方では、何がしかの心配が残されてはいる」、と河辺は言った。
ロザリオ・アパートメントに戻った日本の代表団は、太陽が上がってくるのを見つめ、アメリカ側の要求の幾つかを読み上げた。アメリカの将官クラスには各三人、佐官クラスには各二人、尉官クラスには各一人のメードを付けること――アメリカ人は中国人を扱っているつもりであったのか? 加えて、ワシントンが準備した天皇の名によって発せられる声明があった。日本語によるその声明では、天皇は、自分を「私」と呼んでいた。しかし、天皇が自分を呼ぶ時、古い中国皇帝の呼び名である「朕」――天と話す月を意味する――が用いられていることは、誰もが知っていた。河辺は就寝する前に、ロザリオ・アパートメントのアメリカ人警備係に、こうした詳細な事々が不満であることを知らせた。四時間後に彼が眼を覚ますまでに、連合軍の翻訳者は、東京への一連の指示を用意し、そこには、無礼な呼称や使用人の要求は消されていた。



全文は「ノブのノート」で!!

コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-27 06:58:44 | Weblog

※Internet Explorer よりグーグルクローム(Google Chrome)で見るとスムーズに画面が動きます。

●731部隊(1)
●731部隊(2)
●731部隊(3)
●731部隊(4)
●陸軍軍医学校50周年記念行事について
●南京大虐殺
●昭和天皇
●教科書問題
●陸軍登戸研究所
●日航123便の怪
●日本とドイツの違い
●原発・水俣病にみる学会の原因隠蔽の構図!!
●あなたの住む地域で、「731部隊展」を開いてみませんか?
●731部隊展

●731問題
・放射能の被害が深刻化しているのに、なぜ日本の医学界は“脱原発”と叫ばない??
科学者は、やはり新兵器に夢を託すのか??
731の秘密を隠すために、放射能の被害については、何も言えない??
「心証を良くする為にとは、何のために心証をよくするんですか?」
「731のことなんかもあるでしょうね」
※ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちの治療よりも原爆の調査が優先された。
国体護持のために。
なぜ、日本は原爆投下直後、調査をやったのか?

放射能の危険性

アメリカの圧力があるのか?
水俣病の被害が拡大した時も、医学界の権威者が、一時、チッソ水俣工場の有機水銀説を否定した。
歴史は繰り返す?
福島の癌→子供の甲状腺がん増加地図をチェルノブイリと比較する

水俣病


原因が工場排水中の水銀らしいと見当がついた1959年夏以降は、熊本大学医学部の研究班は企業や通産省、御用学者の集中砲火を浴びることになる。

731部隊の設置許可、人体実験、毒ガス戦・細菌戦実施の許可した昭和天皇とそれに協力せざるを得なかった日本医学界の責任、戦後、その人体実験、毒ガス戦・細菌戦を全く裁判にかけなかったマッカーサーとアメリカ政府の責任、1990年代から2000年代にかけて行われた裁判において、事実を認めながら、それを放置している司法の責任、全く無視している政治の責任、731に対する国民の認識は?
戦後70周年、中国の人々から日本の我々に届いた重いメッセージ!
虐殺された人々(日本人を含む)の声なき声にどう応えるか?
日本人はこの731問題にどう向き合うか?重い課題!!
日本には本当に三権分立があるのかが問われている!!

731(1)


・731部隊は我が大日本帝国最大の機密であり、今後はこの機密保持がどこまでなされるかが最大の問題である???
黒い太陽№15


※「機密」とは、秘密の保全が最高度に必要であって、その漏えいが国の安全又は利益に重大な損害を与えるおそれのあるものをいう。
戦前の刑法には、「敵国ノ為メニ間諜ヲ為シ、又ハ敵国ノ間諜ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ5年以上ノ懲役二処ス 軍事上ノ機密フ敵国二漏泄シタル者亦同シ」(第85条)という規定があった。

朝枝繁春の証言


●横浜「戦争と加害」のパネル展


細菌戦(「戦争と加害」のパネル展in横浜)

毒ガス(「戦争と加害」のパネル展in横浜


参観者の感想
・事実を具体的に見せられ、大ショックでした。是非多くの人々に伝えてほしいと思いました。80代以上男性


「戦争の加害」テーマに 13日まで横浜でパネル展



●脱原発!!核兵器廃絶!!
憲法に優先する安保条約であるなら、アメリカと合同で極秘に核兵器開発を進めることも不可能では無いのではないか。
一旦、戦争が始まれば、原発施設は狙われ、破壊されたら、放射能汚染が広がり、逃げ場所も非常事態ということでなくなるだろう。憲法9条は無視され、現実が歯止めを外し、核兵器の使用も可能になるのだろうか。自衛のための戦争と称し、今迄平和利用されてきたロケットは軍事転用され、ミサイル、大陸間弾道弾に転用されるのだろうか?徴兵制も現実味を帯びてくる。地球にますます人類が住めなくなる。
2011年3月11日 車が流される 人が飲まれる 津波


(以下「高知新聞」より)
要約すれば、憲法は理論上は全ての核兵器の使用を禁じていない。だが、「現実」がその歯止めになると読み取れる。 
現実が憲法を超えるとするなら、政府が守ると言っている憲法の平和主義も、核兵器を「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」の「非核三原則」の国是も一気に空洞化する。 
法的な歯止めではない現実は、刻々と変わる。時の政権の判断によって、核兵器の使用が可能になる余地が残る。 
国会の場で、日本の核兵器使用が現実味を持って公然と語られる現状にも驚きを禁じ得ない。
 
【法制局長官答弁】核使用まで容認とは驚く
横畠内閣法制局長官、核使用「憲法で禁止されず」と話す


この人は核兵器と通常兵器を全く区別していない!!
「核兵器の使用」横畠裕介・内閣法制局長官の答弁記録3 18参院・予算委員会


日本も地下核実験をやっているのか?(アメリカと合同で)
人工地震津波兵器は国際政治軍事上の常識!浜田復興担当政務官


地震学者の「今までやってきた研究が全て無駄だった」という発言は、本当に東日本大震災の原因は何だったのかを考えさせられる!!!
3 11人工地震の証明~日本人が知らねばならない真実~



地震発生(1944年12月7日)の翌日8日の新聞のトップは昭和天皇の写真。(開戦記念日)
地震の詳細は掲載されない!!被害は隠す!!
東南海地震:「地震の次は何をお見舞いしましょうか」とB29がビラ



元NHK五十嵐さんが命をかけ伝えたかった人工地震の真実

自衛隊技術者15人は311テロ計画を知らないで爆弾製造に携わっていたようです

あの戦争で日本軍のしていたことを全く反省していない日本。
だから、戦後も、自衛隊を中心に『防護の為』と称して、核兵器の開発、毒ガスの製造、生物兵器の開発が行われているだろう!!
毒ガスの製造は確認でした!!生物兵器は勿論核兵器もか??
そして、戦争になって初めて、自国がどんな兵器を持っているか気付かされるのでないか?

<小出裕章さんに聞く>日本のメーカーはなぜ原発にこだわり続けるのか

福島の子どもの甲状腺がんで「家族の会」結成

米専門家 日本でプルトニウム増え続ける現状に懸念

東電から東京ガスへ電気契約客が雪崩的大移動…ガスとセットで割安、客の東電離れ加速

小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい


小出裕章先生:多くの国民にこんなことが起きてるということに気づいてほしい

小出裕章先生:一刻も早く原子力の夢からさめて…



●憲法9条

彼らは本気だ。安倍晋三首相は、夏の参院選で改憲勢力による「3分の2」の議席を目指すという。
彼らと真逆の憲法は作れないか?
・憲法9条を守る!!・外交を強化する・自衛隊は災害救助隊に
・象徴天皇制を廃止して、大統領制にする
・脱原発 ・靖国神社を廃止して、戦争懺悔慰霊碑の建立
・日米安保条約見直し・国連改革



・憲法9条(侵略戦争の反省から憲法9条が生まれた!)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


09
想像してごらん、
9条がゆきわたった世界を。

Imagine,
A world filled with Article 9.

Представить,
Мир заполнен со статьей 9.

想像,
的世界充满了第九条。



IMAGINE9 (『イマジン9 想像してごらん、戦争のない世界を。』(文:星川淳・川崎哲、絵:成瀬政博 2007年12月1日発行、合同出版)
解説
あなたにできること
考えてみよう、
日本の憲法9条のこれから。

「日本の憲法9条をあたりまえのものだとはどうか思わないでください。それは、 ある日突然なくなってしまうかもしれません。憲法9条があるからこそ、みなさんは戦争に行くことなく暮らせてきました。しかし憲法9条が救っているのは、日本人の命だけではありません。世界中の人びとが救われています。9条がなければ、みなさんはアメ リカが第2次大戦後に攻撃してきたすべての国、つまり、朝鮮半島、ベトナム、パナマ、グラナダ、イラク、アフガニスタンなどへ戦争に行かされていたのです」

これは、アメリカの元海兵隊員で、いまでは世界的に平和活動を行つているアレン・ネルソンさんの言葉です。

日本が「9条を変えて、戦争に行ける国になるべきだ」と言う人たちがいます。だれが、何のためにそう言つているのか、考えてみましょう。
2001年の「9・11事件」以来、アメリカは「テロと戦う」といって、アフガニスタ ンやイラクなど世界のあちこちで戦争やその準備をしています。そしていろいろな国に「いっしょに戦おう」と協力を求めています。日本の自衛隊はイラクに派遣されましたが、アメリカはこのような協力を、さらに本格的に日本に求めています。そこでじゃまになるのが、「戦争に参加してはならない」と定めた9条です。

また、日本国内にも、戦争のためのミサイルやハイテク兵器をつくってもうけようという企業があります。彼らにとってじゃまになるのは、「武器を売つてはいけない」と定めた9条なのです。こうした理由から、アメ リカ政府や日本の一部の大企業は、9条を変えたいと思っています。
そうやって日本が「戦争できる国」になっていくことを、かつて日本に苦しめられたアジアの人びとはどう感じるでしょうか。近隣の国々は、日本の軍事化をどう見るでしょうか。そしてみなさんは、世界の中の日本のあり方を、どう考えるでしょうか。


防衛相 豪外相に潜水艦開発でアピール
ぐんじ と ひんこん アベちゃんのもくろみ…(´ε`;)
武器輸出三原則
今の現状防衛装備移転三原則

●ご案内





●ニュース
防衛省は、自分でところで研究した文書(勿論国民の血税で作られた文書)を、いとも簡単に廃棄しているというのは本当なのか?国民には軍事上の機密として、全てが伏せられているのではないか??
この下記の審査会の答申には全く納得がいかない!!

情報公開・個人情報保護審査会の答申
審査会の結論
「『化学学校記事』1号ないし最新号」につき、これを保有してしていないとして不開示として決定は、妥当である。

群馬大病院、第一外科も高死亡率…肝臓手術

「謝罪なければ軍事行動」=北朝鮮軍、韓国に「最後通告状」

防衛相、名護市長と辺野古で平行線 県との和解後初会談

青春を語る会終了 元女子学徒ら個人で継承活動へ

恒久平和、不戦誓う 座間味、住民らが祈り 米軍上陸71年

薬害エイズ和解、20年を前に集会 遺族ら支援継続訴え 


コメント

国家犯罪!731から辺野古まで!!

2016-03-27 06:58:04 | Weblog

●昭和天皇と731部隊
中国では、現在、細菌戦の調査が着々と進められている。日本政府は反対に細菌戦に対し、全く無視し、過去を消し去ろうとしている。

1942年:日本人強制収容所(アメリカ)、バターン死の行進、東京初空襲 


バターン死の行進から奉天収容所 


東京初空襲・浙かん作戦

淅贛(せっかん)作戦 


戦争の残酷さ


1942年金華市炭疽被害


1942(昭和17年)浙贛作戦における細菌戦
1942(昭和17)年4月18日、日本近海のアメリカ空母から飛び立ったB25爆撃機は、浙江省衢州の飛行場を着陸基地として、東京・名古屋を初空襲した。これに驚いた陸軍中央は、浙江省の前線の飛行場を徹底的に破壊することを決定した。これが「大陸命(大本営陸軍部作戦命令)612号」による「浙贛(せっかん)作戦」である。大本営作戦参謀井本熊男大佐の日記によれば、5月30日には細菌戦実施を指示する「大陸指(大本営陸軍部作戦司令)」が、参謀本部第一部長田中新一少将から、石井四郎少将、増田美保少佐らの実戦指揮者に伝達されている。7月26日には贛州(かんじょう)、建甌(じぇんおう)で飛行機から細菌の撒布が実行されたことが記されている。
地上撒布は、日本軍に被害が出ないように、侵攻した日本軍が反転し、撤退した8月19日以降に実施された。「井本日記」8月28日には、井本大佐が支那派遣軍参謀の長尾大佐から、「ホ実施現況」として細菌戦の実施状況の報告を受けている。これは細菌撒布の地上戦に関する報告で、広信、広豊、玉山にはペスト菌、江山、常山に対してはコレラ菌を、衢県、麗水には腸チフス菌、パラチフス菌を撒布したと記されている。
※井本日誌には浙贛作戦の仔細な情報が記されていた。
『生物戦部隊731』(アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪)西里扶甬子著:草の根出版:2002年発行



(細菌戦)
昭和天皇はまた、1940年中国で最初の細菌兵器の実験的な使用を許可した。現存する文書史料で、昭和天皇を細菌兵器と直接、結びつけるものはない。しかし、科学者の側面を持ち几帳面で、よく分からないことには質問し事前に吟味することなく御璽(ぎょじ)を押すことは拒絶する性格から見て昭和天皇は、おそらく自らが裁可した命令の意味を理解していただろう。細菌戦を担当した関東軍731部隊に参謀総長が発令した大本営の指令の詳細は、原則として天皇も見ていた。そして、このような指令、すなわち「大陸指」の根拠となった「大陸命」に天皇は常に目を通していた。中国での細菌兵器の使用は1942年まで続いたが、日本がこの細菌戦化学戦に依存したことは、第2次世界大戦が終了すると、アメリカにとって、にわかに重大な意味を持つこととなった。まず、トルーマン政権は大規模な細菌戦・化学戦の計画に予算を支出したが、それは日本の細菌・化学研究の発見と技術に基づいていた。次いで、それはベトナム戦争でアメリカが大量の化学兵器を使用することへとつながった。 ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より


・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
恐るべき遠足


死体を解剖して、肺臓、脾臓など各部分からそれぞれ検査用塗抹標本を作る手伝いをさせられたのだったが、与えられた仕事を理解しようとする心のゆとりもなく、ただ反射的に手を動かしていた。周囲の壁を通して悲痛なうめきが聞こえ、金網の外には、取り出した臓腑をかぎつけた蠅どもがうなっている。
わずか1時間足らずの時間だったろうが、私は体も神経も蒸されたようにふらふらとなって部隊に帰った。
部落は一週間ほどたって全部焼き払われた。中には生き残った者もあったろうが、極秘の実験であるから、実験後には一人残らず殺されたのだそうである。



「細菌戦裁判」の第1審の東京地裁で事実認定された日本軍の細菌戦







細菌戦部隊731 


闇に消えた虐殺~731部隊・細菌戦の真実(テレビ朝日「ザ・スクープ」、1997年8月放送)


常徳細菌戦




●日本や中国各地に毒ガスが遺棄されている!!生活に支障をきたさないのか?
相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場
北宏一朗








自衛隊は防護のためと称して昭和20年代後半から毒ガスの研究をし、1964年にはサリンを合成し、VXガス、タブンも作った。最新の無能力化ガスBZは1973年に成功している。1970年日本政府ジュネーブ議定書締約、1993年化学兵器禁止条約日本署名、1994年6月松本サリン事件、1995年3月地下鉄サリン事件発生、自衛隊とオウムの関係は?
2013年度の「核・生物・化学兵器対処関連事業」費71億8200万円。何に使っているのだろうか?

死者13人、約6300人の被害者を出した地下鉄サリン事件(1995年3月20日発生)

1950年代に、自衛隊は秘密裡にアメリカ側のデータを下に毒ガス製造をはじめ、1964年(東京オリンピックの年)にサリンの製造に成功している。オウム真理教の土屋正美(事件発生当時30歳)だけの知識で果たしてサリンが製造できたのか?自衛隊のデータが漏れていなかったのか?それとも、自衛隊も事件に関わっていたのか??
「地下鉄サリン事件」ザ!世界仰天ニュース


・自衛隊では、サリン合成に成功したのは東京オリンピック(1964年)の年だった。
・1973年、自衛隊は、当時最新の毒ガスBZガスの合成に成功。

週間金曜日 2013年5月24日号
自衛隊とサリン 第2回
元陸自化学学校長が毒ガス製造を認めた!
・サリン合成に成功したのは東京オリンピック(1964年)の年だった。
※国威発揚のオリンピックと戦争は大いに関係した。(1940年の東京オリンピック、日中戦争の影響等から日本政府が開催権を返上、実現には至らなかった。この年皇紀2600年の記念行事として準備が進められていた。)
・1973年、当時最新の毒ガスBZガスの合成に成功。

毒ガス第2世代
第1次世界大戦(1914~18年)は「世界初の毒ガス戦争」とも言われる。・・・・
こうして1918年に終結した第1次世界大戦の中では、市民も含めて100万人以上が毒ガスを浴び、その1割に当たる約10万人が死亡したとされる。
その後も毒ガスの研究・開発は進み、第2次世界大戦(1939~45年)の前あるいは大戦中にナチス・ドイツが相次いで開発した毒ガスが「第2世代の毒ガス」と呼ばれるものだ。殺虫剤研究の中で1936年発見された「タブン」、そのタブンの2倍の毒性を持つと言われる「サリン」(1938年)、極秘に開発され第2次大戦終了後まで知られることはなかった「ソマン」(1944年)などである。

731部隊の設置許可、人体実験、毒ガス戦・細菌戦実施の許可した昭和天皇とそれに協力した日本医学界の責任、戦後、その人体実験、毒ガス戦・細菌戦を全く裁判にかけなかったマッカーサーとアメリカ政府の責任、1990年代から2000年代にかけて行われた裁判において、事実を認めながら、それを放置している司法・政治の責任、国民の認識は?


※サリンなどの毒ガス製造が「防護目的」であれば、つまり兵器として使用しなければその製造が許されるとしたら、同じ理屈で核兵器や生物兵器の「防護研究」も可能ということになる。

それとも、自民党も毒ガスの製造、貯蔵のことを知っていたが、嘘を言って国民をだましているのか?
戦争前は「防護目的」、戦争になったら大量生産?毒ガス兵器、生物兵器、核兵器!!






機密ばかりが多いと、国民はいつもだまされる?
・非核3原則も嘘だった!!
佐藤栄作の遺族は早く故人のノーベル平和賞を返上しろよ
本来、アメリカが出すべきお金を、日本政府が肩代わりして出していた現実!!
こんな問題もあった!!沖縄密約
沖縄毒ガス 

日本軍の毒ガス被害

昭和天皇の“沖縄メッセージ”







●今の情報を公開しない姿勢は、戦前からずっと続いている!!
秘密保護法施行・・・何を政府はたくらんでいる?
防衛の名のもとに、軍事力は増強されている!!

特定秘密保護法はジャーナリズムに何をもたらすか(ラジオフォーラム#158)

ちょっと古いが、参考になる本なので紹介します。1972(昭和47)年10月9日初版藤井治夫著『日本の国家機密』より


第二章国家機密の構造

手厚く保護される米軍機密

条約締結についての国会の権限が低下しているのは、日本だけではない。アメリカ憲法は、条約の批准には上院の3分の2の賛成が必要であると定めている。だが近年、「従来上院の承認を要する条約事項であったものが、ますます多く行政協定事項となり、しかも極秘扱いによって隠されている」という(S・レンズ『軍産複合体制』小原敬士訳92ページ)。ペンタゴンは、秘密軍事協定の詳細を国民の眼から隠しつづける。 「これらの協定は、状況しだいによっては、国家を実際の戦争に追いやりかねないものである。このような了解がどの位たくさんあるのか、それは正確なところいった 造い何を包含しているのかということは、世間から隔絶した内部の少数者以外は誰も知っていない」(同書90ページ)『U・S・ニューズ・アンド・ワールド・レポート』(69・7・21)は、少なくとも24の軍事協定が秘密裡に締結されていると伝えている。レンズはこうした傾向を、「軍国主義の症状」と正しく指摘している。


※南京大虐殺があったことは国民に知らせず(これも国家機密であったのか?)、陥落を喜ぶニュース映像!
南京陥落 東京の風景


※しかし、溥儀が恐れるほど関東軍が強くないことを証明したのが、1938年の張鼓峰(ちょうこほう)事件と1939年のノモンハン事件である。いずれもソ連との国境紛争で、関東軍は惨敗した。両事件ともソ連軍の戦車・航空機・大砲・兵員が、質量とも圧倒的に勝っていた。日本軍は2度の敗戦をひた隠しに隠した。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)

※日本は、ノモンハンの敗北を封印することに腐心する。帰還した将兵には緘口(かんこう)令を敷き、戦闘に参加した将校を自決させ、作戦を立案した参謀を更迭した。








●南京大虐殺
・証言
1937年には家は王府巷で、そこは人家が300軒足らずしかない粗末な小屋架けの地区でした。家はとても貧しく、一家5人(父と母と妹2人と私)で、父が人力車を引くのと私がボロを拾うのとで暮らしていました。
日本の軍隊が南京を占領した時、私は17歳でした。12月のある日、日本兵がその辺一帯で私たち7,8人を捕まえて行き、綿入れの上着を脱げと強制し、「磨坊」と呼ばれていた中庭に追い立てて行き、1列にひざまずかせました。私は隣の1人と一緒にひざまずいていたのですが、日本兵が銃剣の先っぽで人を突き始めたので、逃げなければ大変だと見て取り、腕で隣を一押しするなり、2人で突如立ち上がり、ぱあっと逃げ出しました。日本兵が銃剣を平らに両手で突き出すようにして私目がけて突きかかって来ましたが、私が身をかわしたので、銃剣の先が胸の皮膚をかきむしりました。私は銃剣の柄を握って、日本兵を地に押し倒し、その隙に乗じて大急ぎで裏門の方へ逃げて行き、日本兵が2発続けて撃ちましたが、弾がそれ、私は逃げ出して来て、九死に一生を得ることができたのでした。(明日に続く:楊素玉と馬雲鵬が記録)








※南京事件の悪評に苦慮した日本軍上層部は、杉山元陸相、梅津美治郎(よしじろう)中将、今村均(ひとし)中将らを中心に1938年3月4日、日本軍のいる所に「慰安所」の設置を決め、通達した。しかし、日本内地の娼婦だけでは到底間に合わず、ついには朝鮮半島の若い女性たちが生贄(いけにえ)にされた。その発端は、「朝鮮の若い女性は性病がなく、危険が少ない」という麻生軍医の上申書であった。『赤い夕日と黒い大地』(竹内治一著)





世界初の「南京大虐殺辞典」出版される






●中国残留孤児問題!!(中国残留孤児の書いた奇跡の書「この生あるは」)

映画化したら、過酷な運命・そして中国人の人間愛がよくわかる!!
敗戦時3歳、この中国残留孤児の過酷な運命に対して、国はきちんと補償したのだろうか?
この本の中に、米軍が1950年代の朝鮮戦争時、北朝鮮に行った細菌戦に神経を尖らせている中国の一般民衆の生活や反核運動の様子が描かれている。
中国の恩に報いたいー半生記を出版した残留孤児 中島幼八さん

2016年1月18日記(武漢大学客員教授・日本記者クラブ会員)
残留孤児の一冊<本澤二郎の「日本の風景」(2238)
<「この生あるは」(中島幼八著)>
中国・新華社通信の友人に紹介された残留孤児・中島幼八さんの記録「この生あるは」(幼学堂)の日本語版を読んだ。その悲しい運命から、気が重くなる厳しい内容ゆえに、同じ時代を日本で生きてきた者には、とても興味を引く本である。人間は一人では生きられない、そのことを痛切に教えてくれる人間性のあふれる内容である。同時に「2度と侵略や戦争を起こしてはならない」ということを、日本の為政者に訴えている。全国の図書館に置いて、多くの国民が読むべきである。

<戦争を知らない世代の必読本>
日本の歴史教育は、特に近現代史のそれはあまりにも問題がありすぎる。多くの日本人は、日中戦争や侵略について、ほとんど理解しないまま大人になっている。
このことが、隣人との友好の阻害要因となっている。残留孤児について知らない若者が多いだろう。この中島本を学生に教えるといい。歴史を教える教師の副読本にしたらいい。




発売元 亜東書店 03-3835-7091 
中国語版 北京三聯書店「何有此生」






●731問題
・日本政府・医学界は731問題を真剣に反省し、国立の「731・細菌戦資料センター」を作ったらどうか?
医の倫理は、向上すると思う!!

中国の虚空を日本人に慰霊されない多くの犠牲者の霊がさまよっている!!

夏草をふみしめ遺跡の前に跪(ひざまず)く
オバケ煙突の下、不気味に笑う悪魔の目鼻
ここで焼却されたマルタは虚空に消えた
その無念の粒子を今なお人々は呼吸する
この空間には癒されぬ死の怨霊がくすぶり続ける
だが誰もそのことを声高に語ろうとしない
【「哈爾濱(ハルビン)残照「731」の記憶 田中寛著】より

日本人よ、血の債務をあがなえ!終戦から70年、いまだ消えぬ731部隊の傷跡―仏メディア


混声合唱組曲「悪魔の飽食」(池辺晋一郎指揮)



・「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

第2部
沖縄失陥のあと


感染する場合の例はまちまちであったようだが、新しい培養基に菌を植えた後に白金耳を焼灼尺滅菌する際、気のゆるみから、うっかりして急激に白金耳を火に突っ込み、ために菌が飛散して知らぬ間に体に附着するのが最も多いと言われた。
「自然に焦がすように、焼灼するんだぞ」
佐川技手や小枝雇員は、口癖のように言っていた。
ところが、そうした災禍が意外にも身近なところにも発生した。同郷でもあり同室の来住野が腺ペストの疑いで入院したのである。
作業が深夜に及んだ、ある日、宿舎に帰った私は、部屋中に漂う石灰酸のにおいに、不審の感覚をとがらせた。一日中、石灰酸の中にいるような研究室からやっと逃れたと思ったばかりの私は、いつにない様子に、思わず立ち止まった。浜中と森島が、眠られぬ様子で床の中から私を迎える視線を投げかけた。
「どうしたんだい」
「来住野、入院したよ。ペストかも知れないって話だ・・・・」
森島が答えた。私は、唖然としてしまった。森島と来住野は第2部の気象班にいるのだから、ペストにかかるはずがないという観念が私の頭にあった。だが、私はようやく思い当たった。


厚生省・国民健康保険について(消えた細菌戦部隊より:常石敬一著より)
医務局長としての小泉の実績は、確かに先の、「意欲・鋭さ・執拗さ」という言葉に見合ったものとなっている。すなわち今日の厚生省及び国民健康保険法を作ったのが小泉であった。・・・・・・
健兵対策の一環として厚生省は設立されたのだった。こうした設立の経緯が、今日の厚生省の弱者に冷たく、福祉行政に消極的な理由となっているのかもしれない。
小泉親彦(ちかひこ)

※小泉親彦(ちかひこ)・・・陸軍軍医学校校長、陸軍軍医総監、陸軍医務局長、厚生大臣を歴任、毒ガス戦、細菌戦を積極的に推し進めた人物
1945年9月、自決。



真実を知ろう!!(権力側が流す情報にだまされるな!!)
細菌戦被害の人々

ガン治療のウラ 7/8


「輸血・点滴は受けてはいけない」船瀬俊介の船瀬塾


「悪魔の飽食」から「小食へ」(体質改善への道)
医師 甲田光雄2/6 ラジオ深夜便





●ハーバード・ピックス著『昭和天皇』(下)より
第13章 遅すぎた降伏
1945年4月7日の成立から降伏までの間、鈴木内閣の主たる戦争政策は「決号」作戦の準備であり、それは本土防衛のための「捷三号」を改めたものであった。これは、極端に自殺戦法に依存した点に特徴あった。神風「特攻」機、潜水艦から出撃する人間魚雷、トラックのエンジンを動力源とし爆薬を積んだ「特攻」艇、航空機に搭載されたロケット噴射による人間爆弾といった自殺攻撃だけを目的とした兵器の大量生産、そして、特別に訓練された地上部隊による自殺攻撃といったものである。決号作戦の準備が進む一方で6月9日、臨時議会は最後の戦いに向け全国民を動員するための戦時緊急措置法と5つの法案を通過させた。p170
同日、昭和天皇(まだ、戦争終結のために行動を開始していなかった)は帝国議会開院式に際し勅語を下し、「敵国の希望を粉砕して征戦の目的を達成」せよと国民に命じた。同時に統制下の報道は、連日、天皇のための死を賞賛し、大御心に感謝する報道を行っていたが、7月中旬になると「国体護持」のキャンペーンを行うようになった。

瀋陽軍事裁判 「731榊原、満州国次長古海、皇帝溥儀等の証言、アヘン政策、三光作戦鈴木啓久 」




●『天皇の陰謀』

天皇裕仁はかく日本を対西洋戦争に導いた


ディビット・バーガミニ 著
松崎  元 訳より

第三章

敗戦
(その1)

マニラへの特使

アメリカ式の夕食が、冷やかな几帳面さをもって提供された後、日本代表は、半壊したマニラ支庁にあるマッカーサー司令部で、夜を徹した8時間におよぶ会議にのぞんだ。マッカーサーは、彼の首席参謀であるリチャード・サザーランド将軍に代理させていた。河辺とその随行員はその夜、東洋での日本軍の配置の地図やリストを、その一項目ごとに、サザーランドに引き継いだ。そして彼は日本側に、日本におけるアメリカ軍の配備とそれを受諾するようにとのマッカーサーの司令を伝えた。アメリカの最初の輸送機が数機、厚木飛行場に着陸するのは、それからわずか8時間後の8月23日とされていた。
「日本としては、上陸がそれほど即座にではないように助言したい。その準備には、少なくとも十日を必要とする」、と河辺将軍は時間的余裕を請うた。河辺は、厚木の特攻隊員の気持ちの休まらなさに思いをめぐらせていた。彼はそれに触れなかったが、厚木基地は穴だらけで、それを安全に使用するには、総力をあげた復興工事も必要だった。





全文は「ノブのノート」で!!

コメント