原発活用の国策見直しを!!
ビキニ被災から70年!!
地球を破壊した戦争・核実験・原発 世界に拡がる放射能汚染!!
核兵器禁止条約批准せよ!!
反原発!! 温暖化の一番の原因は2000回以上行われた核実験にあるのではないか?
あれだけの戦争をし、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマで4度の被ばくの体験した日本から、核廃絶・反原発・反戦をアピールしよう!!
世界最大級の卸売市場と、ゴジラとの間にある共通項。それは、「第五福竜丸事件」だった。
by Kota Hatachi
籏智 広太 BuzzFeed News Reporter, Japan
石碑に込められた願い
原爆マグロはどこに行ったのか。いまはただ、事件を知らしめる金属プレートが、大江戸線A1出口のすぐ横に佇んでいるだけだ。
そこには、核の恐ろしさを伝える警句が、こう書き記されている。
1954年3月1日、米国が太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験で被曝した第五福竜丸から水揚げされた魚の一部(約2トン)が同月16日築地市場に入荷しました。国と東京都の検査が行われ、放射能汚染が判明した魚(サメ、マグロ)などは消費者の手に渡る前に市場内のこの一角に埋められ廃棄されました。
全国では850隻余りの漁船から460トン近くの汚染した魚が見つかり、日本中がパニックとなって魚の消費が大きく落ち込みました。築地市場でも「せり」が成立しなくなるなど、市場関係者、漁業関係者も大きな打撃を受けました。
このような核の被害がふたたび起きないことを願って、全国から10円募金で参加した大勢の子どもたちと共に、この歴史的事実を記録するため、ここにプレートを作りました。
本来、ここにはプレートではなく、「マグロ塚」という石碑が建てられる予定だった。
第五福竜丸の乗務員、大石又七さん(84)らが中心となり募金を集めた。しかし都は、再整備の行方がはっきりしていないことを理由に、それを許さなかったという。
けっきょく、「マグロ塚」は夢の島の第五福竜丸展示館に「仮設置」され、築地市場には、プレートが掲げられた。1999年のことだ。
アンケートから
12月18日(月)
3,今回図書館に来た時に、パネル展を見つけ見させていただきました。展示物を見させていただき、学校の授業では見れなかった資料、実際の被爆者の遺品や証拠品を見ることができました。特に被爆者の方の話を元に学生が作った作品はとても生々しく、当時の状況を想像すると恐怖でしかないと感じました。又「リトルボーイ」や「ファットマン」の大きさも想像以上だったことを知ることができ、この様な資料は今後も戦争を2度と起こさせない為にも残し続けていく必要があると感じました。
(20代以下、市内、たまたま拝見しました、パネル)
●三多摩平和交流会の感想
11、黒井さんの記事(朝日)を読みました。初めて聞く内容でした。「三光」の本も読み、「731部隊」の講演シリーズで聞きました。
私の父も、満州国に2年、その後、日本に帰り、特攻隊に入隊していました。少し若かったので、出撃する前に敗戦を迎えました。父もどうにかすると、狂暴な一面を見せることもあり、それは、元々の人格であると理解していたのです。黒井さんの記事を読み、父を少し理解できるようになりました。
(週刊金曜日、70代以上)
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