細菌戦の系譜!!

2019-08-15 08:36:16 | Weblog


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天皇制廃止に向けての第一歩:雲上人を人間化する運動を!
米の原爆傷害調査委 協力的な被爆者に優先的治療の便宜か
「あいちトリエンナーレ2019」
2019  所沢
元徴用工の強制労働めぐり 不二越に謝罪と賠償求める/富山
京都大学に対する第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求める活動
日本の毒ガス
北支那防疫給水部留守名簿
人骨発見から30年
日本軍の毒ガス戦
7.7「戦争を始めた日」国会前集会
ソビエト連邦、中華人民共和国とハバロフスク裁判の忘却 1949-1956
旧陸軍毒ガス詳報、確認 中国北部で使用部隊が記録
平沢正欣論文を検証する(人体実験は行われたか?)
記憶の継承を進める神奈川の会
沖縄
戦争とは何だろうか??
軍事研究に関する学長声明  龍谷大学 学長 入 澤  崇
長崎731部隊・100部隊パネル展
武蔵村山の国立感染症研究所問題!!



●ニュース
解放記念日に「NO安倍」 各地で集会・行進へ=韓国

敗戦記念日でしょ??
終戦から74年 きょう全国戦没者追悼式


「徴用」問題の原告側弁護士 日本企業や日韓両政府に解決訴え

韓国、元慰安婦に支援金支給へ 遺族側に遅れを謝罪も

台湾、豪州でも慰安婦問題の抗議活動

マイク・ホンダ元米下院議員「安倍首相は慰安婦問題で謝罪せよ。それがそんなに難しいか?」

南の島で家族奪われ苦しみ今も――南洋戦を生き抜いた人たちの国に問う闘い



日本政府・自衛隊は情報を公開せよ!!(情報開示!!)
特別秘密保護法撤廃!!

憲法9条はどこ行った!!
防衛省がフリーランスを排除

全日空機雫石衝突事故
岩手県岩手郡雫石町上空を飛行中の全日本空輸の旅客機に航空自衛隊の戦闘機が飛行中に追突され、双方とも墜落した。自衛隊機の乗員は脱出に成功したが、機体に損傷を受けた旅客機は空中分解し、乗客155名と乗員7名の計162名全員が死亡した。1985年(昭和60年)8月12日に日本航空123便墜落事故が発生するまで、日本国内の航空事故としては最大の犠牲者数を出した事故であった。

アシタノワダイ削除「日航123便 墜落事件」



日航機墜落事故から34年 御巣鷹で慰霊登山始まる

「『ノモンハン』血ノ教訓」 大阪・難波宮跡から旧陸軍機密文書見つかる

表現の不自由展考ーあの少女像には何の問題もなかったのに・・

福島第一の汚染水、情報公開要請へ 韓国外交省が方針


元徴用工問題「対決でなく対話で解決を」 支援者ら会見



これで済まされるのか???
森友問題 財務省職員ら全員を再び不起訴 検察の捜査終結

核兵器廃絶
長崎平和宣言(全文)


安倍首相 核兵器禁止条約参加に否定的姿勢 核廃絶へ対話促す

旧優生保護法のもとで不妊手術 一時金申請の2人に支給認めず

2019  所沢市 平和祈念資料展



沖縄防衛局が辺野古工事の下請け業者名すべて“黒塗り”開示

新宿戸山の人骨もきちんとDNA鑑定せよ!!
抑留者遺骨「全て日本人でない」

「かが」初入港 大きさに驚き


イージス・アショア「異様なレーダー選定」の茶番を見逃してはいけない


旧陸軍毒ガス詳報、確認 中国北部で使用部隊が記録

遺伝子「優性・劣性」“高校教科書では別表現を”日本学術会議



エボラ出血熱など輸入で国と東京・武蔵村山市が合意 国立感染症研究所に

エボラ出血熱のウィルスなど危険の高いものをなぜ輸入する?
日本は全く細菌戦の反省をしていない!!
感染症対策のウイルス保管を説明

エボラ病原体”輸入”国に安全対策求める


自衛隊の不祥事!!
日航機123便墜落の真相 ~JALボーインング747に訪れた悲劇の全貌~



このままでは終わらせない…“森友事件”のいま【ザ・ドキュメンタリー】



“私は不妊手術を強いられた” ~追跡・旧優生保護法~


福島第一原発の原子炉建屋 開けられる鍵が9000本以上


なぜ、日本医学界は「脱原発!!」と叫ばない!!
「わざわざ自分らのことを『げんしりょくむら』とは?

「あつまれ!げんしりょくむら」に批判相次ぐ サイト閉鎖

20190330 UPLAN 小出裕章「フクシマ事故8年 原子力を廃絶させる道」



731部隊の病理解剖の顧問をした清野謙治も、窃盗事件で京大を追われた後、戦後は東京医大教授になった。731部隊で細菌を製造していた柄沢も東京医大だ!!
日本の底にツルハシでも崩れない差別がある 東京医科大の不正入試提訴 会見詳報


なぜ、日本は脱原発と叫ばないのか??
20181104 小出裕章と樋口健二のコラボ講演会


2005/12/25 【原発問題】推進派vs反対派 小出裕章氏


竹田恒和JOC会長、IOC委員を辞任


竹田会長の記者会見は本当に「潔白主張」なのか
海外メディア「かえって疑惑深まった」 JOC竹田会長の会見



森友・加計問題 疑惑の核心/下 政治家、官邸官僚… 「安倍側用人」を覆う「黒い霧」

「水俣病は終わらない」公式確認から60年―私たちに託されたメッセージ

松本元死刑囚らの死刑執行文書、ほぼ全て黒塗りで開示

“旧優生保護法”強制的な不妊手術 事業として推進(18/04/27)


真実を隠すために死刑にしたのでは??
オウム13人死刑で「上川陽子法相」一生SPつきの生活


京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

731部隊将校の学位取り消しを 人体実験疑い論文で京大に





●昭和天皇の戦争責任を問う!!天皇制反対!!
京都大学に対する第731部隊軍医将校の学位授与の検証を求める活動
人骨発見から30年

1937年7月7日→日中全面戦争
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7.7集会(2019)「戦争を始めた日」国会前集会



香港人見せしめ弾圧事件
香港の皆様へ!!


何で微罪で長期勾留する??
微罪で長期勾留?おかしくないか?日本は人権意識が欠如している!!
以前までは香港の日本領事館が南京大虐殺の抗議を受け取っていたが、去年は受け取らないので、日本まで抗議に来たという。
香港人「靖国神社」建造物侵入事件"長期勾留"の謎?

靖国神社でぼや、横断幕も=中国籍の男を逮捕




徳仁・日本政府・日本医学界は、731部隊のことを謝罪し、戦争被害者の救済、戦争をしない政策にお金をかけるべきだ!
日本の医学界はなぜ謝罪しない???
又、ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマと4度被曝した日本は、世界に先駆けて核兵器廃絶・脱原発と叫ぶべきではないか!!
なぜ、日本医学界は、先頭に立って「脱原発!!」と叫ばないのか!!
戦後、731部隊員はアメリカの核戦略に協力した!!

「731部隊・100部隊・毒ガス戦」パネル展 2019年4月29日~5月3日
「日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか 」 田中利幸さん
日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか


●水爆実験ブラボーで被爆したのは第5福竜丸1隻ではなく、延べ1000隻近くの漁船が被爆した!!

ビキニ「死の灰」世界各地へ


日本は、あの侵略戦争を反省して、憲法9条を作った!!

平和条約締結は「日本が大戦の結果認めること」 露外相

●憲法第9条(自衛隊は違憲ではないか!!)
自衛隊は、防護のためと言って毒ガスを製造している!!(日中戦争時のも日本軍は本格的な毒ガス戦を中国で行った!!)
日本の毒ガス
1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本の政治の常道【historyとは、彼(his)(権力者)の物語(story)】

・まずい事は隠す!!(=あったことを無かったことにする、=データ改ざんは当たり前)
・責任を下に押し付ける!!(=権力者は、責任を取らない)
これでは客観性がないではないのか??官邸主導
統計不正 統一水準でチェックし品質向上を 菅官房長官
水爆実験で被爆したのは第五福竜丸だけではない!!延べ992隻が被爆!!
なぜ、「731」と書かれた戦闘機に乗れるのだ???

2013年5月12日 安倍 731と書かれた戦闘機に乗る!!宮城県松島市にある航空自衛隊の基地で撮影

オリンピックにお金をかけるのではなく、いじめ対策・貧困対策・戦争被害者対策にお金をかけるべきだ!!






●横浜「戦争の加害展」感想

2月14日

50.毒ガスの日本軍の使用事実はあまり知りませんでしたので、とてもためになりました。ビデオ上映①い慰安婦関連資料・・・  スタッフの皆さん、1週間の長時間、そして寒さの中おつかれさまです。(男性、60代)

●(「琉球処分」から140年、今の沖縄を考える)パネル展感想

後田多敦氏の講演会場で回収。

41.パネル展示、知らないことが多かった。大変参考になった。今回はとくにひとがおおくて、びっくりした。これからもこの調子で平和と自由に向かってがんばって下さい。マイクの調節不良。私は難聴なのでもう少しボリュームアップして。(男.70.藤沢.近藤氏)

●「特殊部隊731」
秋山 浩著 (三一書房 1956年6月30日 発行)

解説
―この作品の信憑性について―
編集部       竹村 一
(2)

西俊英軍医中佐は供述する。
「昭和20年1月、私ノ立会イノ下ニ、第731部隊安達実験場ニオイテ、同部隊ノ第2部長碇中佐及ビ同部員二木技師ニヨリ、中国人捕虜10名ニ対スルガス脱疽ノ感染実験ガマサレタ。中国人捕虜ハ、10名トモ10~20m間隔ニ柱ニ縛リツケラレ、後電流ニヨッテ爆弾ガ爆破サレタ。ソノ結果10名トモ、ガス脱疽ヲ以ッテ汚染セル榴散弾ニヨリ負傷シ、1週間後悶死シタ」(前掲書)
「研究室用ノ数室ガアリ、中間ニハ、丸太ト称シタ囚人ヲ収容スル監房ガアッタ。コノ丸太ニヨリ細菌ノ人体実験、凍傷実験ヲ行ッタ」(前掲書)
モスコー1950年の日本語版は著者の言う「マルタ」を「丸太」と書いている。人間が木材の丸太を同じであり、切ったり、削ったりすることも「丸太」と同じ意味で、ソヴェト側で「丸太」と書いたのであろうか。この真偽はわからぬが、731部隊生き残りの連中は、「マルタ」の語源は不明であるという。発音から言えば、マルタを外国語のような発音をしていたといい、日本語の丸太の太の発音ではなかったという。
また川島少将は次のようにいう
「殺人細菌ニ感染サセタレタニモ拘ラズ、囚人ガ回復スル場合モ、同人ハ、之ニヨリ、再実験ヲ免レ得ナカッタ。実験ハ、感染ニヨリ、死ニ至ル迄続行サレタ。被感染者ハ、之ヲ治療シ、ソノ種々ナル治療方法ヲ研究シ、常食ヲ与エ、全快後ハ、次々ト他ノ細菌ニヨル感染実験ニ使用サレタ。トニ角、従来此ノ《死ノ工場》カラ生キテ出ル者ハ、一人モイナカッタ」とこの『特殊部隊731』の真実を証明している。





●日本は、日中戦争で国際法に違反して、毒ガス戦、細菌戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!
『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店より

第7章  残虐な毒ガス戦

第11軍の長江両岸に沿った進攻

日本軍の報告の中に次のような記載がある。
「数日来の連続攻撃は敵の側面からの射撃によって、進攻の目的を達しえず、しかし特殊発煙弾の使用後、1日のうちに八○○高地の占領に成功。主に毒ガスの効果によるものである」。
9月16日、日本軍第10師団及び傀儡軍3000余人、その他に砲兵2個連隊、重砲2個大隊、騎兵1個連隊が空軍の支援の下、潢川(旧・光州)への進攻を開始。日本軍は歩、砲、空の連合による猛攻を3昼夜続け、さらに大量の毒剤の使用により、守る第59軍の第38、第180師団及び1個旅団に極めて多数の被毒者を出した。




(広島県大久野島毒ガス工場)




●証言 人体実験(731部隊とその周辺)
中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳

原著編集説明

6、読者の正確の理解を促すべく、本巻では関係文書資料の一部に注釈を加えた。注釈のうち字数の少ないものは〔 〕で直接相応する語句の内に入れ、字数の多いものは「編者注」〔本訳書では原注とした〕の形で該当資料の直後においた。資料中にもともと注釈のある場合はそのままにした。関係のある重要な事件や人物は、読者の参考とすべく注釈を加えた。注釈中の数字は普通アラビア数字を用いたが、資料は原文に従った。



●『人間の価値』
―1918年から1945年までのドイツ医学
Ch.ブロス/G.アリ編
林 功三訳
■カール・ヘルデンカンプ
カール・ヘルデンカンプ(1889-1955)は、第1次世界大戦中、衛生将校として参戦し、1922年からはハルトマン協会の事務局長だった。1924年から1928年までドイツ国家人民党の国会議員であった彼は、1927年、モーゼスとともに性病予防法のために尽力した。1930年以降、彼は「ドイツ医師協会理事会の無所属代表者」として危機時代のドイツの緊縮財政の社会政策に影響力を行使した。当時のまだ若い民主主義を「政治的裏取引」としてしか理解できなかった彼は、隊列を形成して歴史に登場してきたナチズムをドイツの「指導部」と見た。1933年以降彼はナチ党の医師代表者として、6000人以上のユダヤ人医師と社会主義の医師を「排除」するのに協力した。ドイツ医師会報の編集長に任命されたばかりのヘルデンカンプは、同僚の権利剥奪と迫害を、彼1流の官僚的な冷めた口調でこう説明している。「医師免許規定の変更は、何よりも、公共保健制度の中で今日の国家政策の原則とは相容れないような活動を続けようとする医師たちを排除し、粛清するのに寄与するものである。」
戦後ヘルデンカンプは、連邦医師会の事務局長、連邦赤十字名誉会員になっている。




昨年2018年12月に、『留守名簿 関東軍防疫給水部 満州第659部隊』2冊が発売されました!!(不二出版)


●自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、過去の旧日本軍の毒ガス使用の反省・謝罪もないまま新たな毒ガスを作ってもいいのだろうか??
日本の毒ガス

沖縄・南西諸島が軍事要塞化している現実はおかしくないか??
「琉球処分」から140 今の沖縄を考える

●「化学学校記事」情報公開裁判
9月4日 11:30~(522号法廷)

●「衛生学校記事」とはどんなものだろうか?
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?

次回 第23回『衛生学校記事』情報公開裁判
9月26日(木)11:30~419法廷

金原節三氏が寄贈した資料が、衛生学校庁舎3階の彰古館に1982年に「金原節三コーナー」として展示された。
その2000点を超える資料はその後どうなったのであろうか?
防衛省の回答では、金原氏の目録と一致する資料は、今現在は641点だという。
あとの資料はどこに消えたのか?
彰古館に勤めていた人(1996年から2013年)の聞き取りでは、彰古館では、きちんと整理していていなかったようである。
金原資料は、1995年に防衛庁戦史部に移管されたが、翌年また彰古館へ戻したという。
その時はすべてを戻したわけではなかったようだ。
2010年に、彰古館が学校庁舎3階から今の建屋になり、資料も移管されたが、金原資料の整理はきちんとされていないようだ。
金原資料の一部はあるようだが、その他の金原資料は、どこに保管しているのだろうか。
また、彰古館には旧軍資料しか置いていないともいう。本当に「衛生学校記事」や教範類は置いていないのだろうか?
次の裁判までに、勤めていた人の陳述書を防衛省側は出すという。

1957(昭和32)年7月『衛生学校第1号』発刊


第4代衛生学校長
『衛生学校記事』を発刊したときの、衛生学校長金原節三とはどんな人物なのだろうか?
金原節三(1901~1976)
陸軍省医事課長時代(1941.11~43.8)に731部隊から報告を受けていた。「陸軍省業務日誌摘録」
厚生省東海北陸医務出張所から衛生学校へ 1955.8.1

金原節三と細菌戦
金原の略歴を見ると、昭和16年11月に陸軍省医務局医事課長になっていて、17年に8月に軍医大佐になっている。
細菌戦資料センターの会報には、次のような記載がある。「陸軍省医務局医事課長だった金原節三元軍医大佐が、1955年に陸上自衛隊に入隊した。細菌戦部隊を指導していたのは、陸軍参謀本部、陸軍省医務局衛生課そして陸軍省医務局医事課である。金原は、「金原業務日誌摘録」に細菌戦部隊からの報告を記録している。


金原節三と武見太郎
金原と戦後日本医師会会長になり、医師会、薬剤師会、歯科医師会に大きな影響を及ぼした武見太郎は、軍隊内の先輩・後輩関係にあった。『金原節三資料目録』(陸上自衛隊衛生学校)の巻頭言は、日本医師会長武見太郎が書いている。

「衛生学校30年の歩み」

第3編 学校の歩み
1、久里浜時代
(1)序説
ア、警察予備隊の誕生
当時、香川県知事であった増原恵吉氏が急遽上京して設立準備委員会を設置し、民事局長シェパード少将(後に顧問団長)等と折衝を重ねて発足業務に当り、8月9日、「警察予備隊冷」が決定し、翌10日公布の運びとなった。
8月14日、増原氏の警察予備隊本部長としての認証式が行われ、越えて10月9日に当時の宮内庁次長林敬三氏が制服部隊最高指揮官としての総隊総監に任命され、ここに警察予備隊は時代の脚光を浴びつつ輝かしい第1歩を踏み出した。



第5代衛生学校長
井上義弘【1904~1969(65歳)、石川県出身
1929年に台北医専卒、陸軍見習士官を経て1931年3等軍医、1948年軍医中佐、その間、陸軍軍医学校教官、陸軍医務局課員、シンガポールに設置された細菌戦部隊(南方軍防疫給水部9420部隊)に所属、戦後、第1復員省、厚生省復員局勤務、1953年復員局から保安庁に出向、陸上幕僚監部衛生課長、陸上自衛隊衛生学校第5代校長、陸上幕僚監部衛生監を歴任1960年退官。近代5種競技世界選手権大会(ブタペスト)に日本選手団長として参加中、1969年9月急逝。1969年日本体育協会近代5種・バイアスロン連合会副理事長となり、専門の体力医学の分野で活躍】
第4代衛生学校長であった金原が1957年12月突如転任になり、第5代の衛生学校長になったのが井上だ。両人とも戦時中の細菌戦部隊にかかわった人物である。それも金原は細菌戦部隊の指導的な立場にあった。それがアメリカの圧力か何かで、衛生学校長の職を転任になり、その後を井上が引き継いだ。
井上は、自衛隊に保管されていた731関連の資料を自宅に持ち帰り、保管していたが、ブタペストで急逝したため、何も知らない遺族がそれらの資料を廃棄してしまった。ところがそれが神田の古書店に行きつき、某大学の研究者の目に留まり、その大学で買い取った。そこで改めてその資料を検証すると、731部隊の毒ガス実験等の論文があった。某大学では、その買い取った731関連の資料や、731部隊のデータを使って書いた論文等は、以前はその大学研究者は許可を得て見ることができたが、今ではそれらを見ることができなくなっている。
又、京大の次に多くの医学者を731に送った東大も細菌戦に関する資料を公開せず問題になっている。
東京医大等の不正入試だけでなく、大学医学部の戦中の細菌戦関連の資料の隠蔽も今、大きな問題になっている。
※1955年に二木秀雄が精魂塔を多磨霊園に建立し、731部隊の戦友会「精魂会」が発足した。
1950年には日本ブラッドバンクが内藤良一(元731部隊員)らによって設立され、元731部隊員は復権に向けて動き出している。
南方軍防疫給水部(岡9420部隊)





イタイイタイ病を究明した男 萩野昇

驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く

水俣病問題

小島三郎国立予防衛生研究所所長の過去

小泉親彦と宮川米次の絆

ヒロシマからフクシマへ

宮川正

「想定外」 と日本の統治—ヒロシマからフクシマへ—

ビキニ「死の灰」世界各地へ

自衛隊とサリン

相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場

日本の国家機密

兒嶋俊郎さんを偲ぶ



●昭和天皇の戦争責任を問う!!大嘗祭反対!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。





●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)
第3部   陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!


第9章 聖戦



満州国軍の補助部隊をのぞき、日本は戦死、戦傷、行方不明を合わせて総数1万8925名の損害を被り、事実上、1個師団全部を失った。ノモンハン事件で大敗北を喫した責任は、関東軍司令官植田謙吉とふたりの幕僚、辻政信、服部卓四郎にあったが、3人とも転任させられたに過ぎなかった。陸軍の作戦、用兵についての見直しはいっさい行われなかった。昭和天皇はまたしても処罰することを控え、ちょうど、かつて満州事変を謀略により開始した者が東京の参謀本部に就任し、昇進することを許したのと同じように、1941年、辻と服部が参謀本部で重要な立場に昇進・就任することを認めた。

小泉親彦と昭和天皇

近現代史を《憲法視点》から問う~「湘南社」の憲法論議~

近代天皇制の真髄は

福沢諭吉

神武と戦争




憲法9条を生かそう!!





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