徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

The Otherside of the Borderline 67

2014年10月19日 23時38分35秒 | Nosferatu Blood
 こちらの動きに気づいた月之瀬があわてて防御のために剣を翳すが、もう遅い。
 ――ぎゃァァァァッ!
 絶叫とともに――振り下ろした塵灰滅の剣Asher Dustの刃が、月之瀬の手にした真紅の剣を半ばから叩き斬った。面当ての隙間から覗く目が、驚愕に見開かれ――
 次の瞬間、月之瀬の絶叫があがった――霊体武装は自分の精神そのものだ。それに対するダメージは、直接本人の脳にフィードバックされる。半ばから斬り折られた深紅の長剣をいまだ維持していられるというのは、瞠目に値するが――
 頭が割れる様な激痛に耐えながら、月之瀬がこちらに顔を向ける――同時に面当てがふっと消滅し、月之瀬の顔が剥き出しになった。月之瀬が後退して距離を開けながら唇をすぼめて、こちらの顔めがけて唾を吹きつけてくる。
 後退を選択したのは、唾液が目に入って視界が塞がれるのを嫌ったからだった――いったんバックステップしたあと再び踏み込みながら、霊体武装の残った手元で胴を薙ぎにきた月之瀬に向けてカウンター気味の横蹴りを繰り出す。
 こちらが予想以上に大きく後退したためだろう、一撃が空振りに終わり――踏鞴を踏んだ月之瀬が剣を手にした右手を蹴り潰されて、苦悶の声をあげながら後ずさった。
 同時に形骸を破壊された深紅の剣が、それ以上維持していられなくなったのか宙に溶ける様にして消滅してゆく。
「――その首級くびもらったぞ!」
 声をあげて――アルカードは前に出た。引き戻した塵灰滅の剣Asher Dustを左肩に巻き込み、続く一撃で月之瀬の首を甲冑ごと刎ね飛ばそうと――
 間合いを詰めようと地面を蹴るより早く、雷鳴と見紛うほどの閃光が視界を焼いた。空社陽響のいた場所から投擲されてきたなにかが、恐ろしい速度でこちらに向かって飛んでくる。
 速すぎる――
 その時点で、アルカードはそのまま踏み込んで月之瀬にとどめを刺すという選択肢を放棄せざるを得なかった――攻撃の到達までの時間が予想以上に速い。月之瀬の首を刎ねることは出来ても、そのあとの回避行動が間に合わない。
 アルカードは間合いを離しながら、手にした塵灰滅の剣Asher Dustを空中に放り投げ――ハーネスから引きちぎる様にして取りはずした黒禍と紅華を順に投げ放った。
 加えられた攻撃の軌道をそらすためのものだったが、いずれにせよその迎撃は無為であると知れた――二本の短鎗が命中したのは疑い無いが、それはいささかも速度を減じること無く飛来して、雷華のごとき激光を撒き散らしながら轟音とともに地面に突き刺さった。
 放射される魔力の余波によって発生した爆風じみた衝撃波が、大量の爆薬が一度に爆発したかの様な轟音とともに押し寄せる。空中にあった塵灰滅の剣Asher Dustを掴み止め、魔力で構築した高強度の防御障壁――『楯』を楔状に形成して衝撃波を引き裂きながら、アルカードは予想よりも魔力の減衰が大きいことに小さく舌打ちした。これでは足を止めざるを得ない――衝撃波の威力に対して『楯』の密度が薄すぎる。
 激光が視界を焼き、轟音が鼓膜を震わせ――目がくらんだのは一瞬だった。
 眼前にあるのは槍だった――槍の穂先は大剣と呼べるほど長大で、槍というより斬馬刀に近い。鎬の部分に刻まれた複雑な紋様には虹色の光が走り、絶えず色調を変えながら明滅している。
 なぜ、これがここにある……?
 千人長ロンギヌスの槍――
 今眼前に突き立っているのは、教会秘蔵の最強の聖遺物だった。三代にわたってエルウッドの一族が受け継ぎ、最強の聖堂騎士の証明ともいえる聖遺物。否、放射される独特の魔力の波動がエルウッドが持っているものとは違う。
 これはオリジナルではない――霊的武装による複製だ。この魔力の波動は千人長ロンギヌスの槍ではなく、憤怒の火星Mars of Wrathなどの七大罪の装Seven Cardinal Sinsに近い。
 七大罪の装Seven Cardinal Sinsのすべてのモデルについて知っているわけではないが、今目の前にあるこれはおそらく怠惰の月 Moon of Sloth だろう。日本にあることだけは、知っていたが――
 槍から発生した放電が止まり、おそらくは使用者の魔力供給が止まったからだろう、水銀の様な液体状に溶け崩れていく。そのまま水銀は使用者の元へと戻るためだろう、見る見るうちに地面に滲み込む様にして消えた。
 今なお茫然としている月之瀬に向けて、再度地面を蹴る――塵灰滅の剣Asher Dustを右肩に巻き込み、月之瀬の左肩を叩き割ろうと剣を振るったその刹那、塵灰滅の剣Asher Dustの刀身がまるで波に浸蝕されて崩れる海辺の砂の城の様に形骸を崩されて拡散し消失した。
 同時に月之瀬の全身を鎧っていた深紅の甲冑も消滅している――足はすでに治りきっているのか、歩行に支障は無いらしい。
 得物が無くなったことで空振りした右手をアルカードが引き戻すより早く、体勢を立て直した月之瀬が格闘戦用のナイフを懐から引き抜いて地面を蹴る。
 小さく毒づいて、アルカードは接近戦に備えて左拳を固めた。塵灰滅の剣Asher Dustが消えてしまったのは、おそらく槍が消滅する瞬間に放出された強烈な魔力の影響だろう。中に水を満たした風船を地面に叩きつければ、風船が破れて中の水が周囲に飛び散るのと同じだ――形骸が浸蝕されたために、霊体武装に物理的影響力を与えるレベルの密度まで凝集していた魔力が拡散してしまったのだ。
 『領域』は解除されているので、再結合も可能だが――もはや問題にならない。単なる潰し合いになってしまうが、それでも現状で月之瀬にとどめを呉れるのは可能だ。
 月之瀬の表情が一瞬ゆがむ――それを見て、アルカードは唇をゆがめた。背後で膨れ上がった巨大な気配――魔力こそさほど大きくないものの圧倒的な力感に満ちた気配が繁みの中で膨れ上がり、背後にいる少女に向かって飛びかかったのだ。
 おそらくは先ほどから様子を窺っていたシンだろう――位置関係が理想的になったことで行動に出たのだ。
 それに気づいたからだろう――餌を奪われると思ったのか、月之瀬の動きが一瞬止まる。
 だが、月之瀬はアルカードの予想していなかった行動に出た――てっきり無防備になったこちらの心臓でも突きにくるかと思ったが、無視して脇を駆け抜けたのだ。
「おおぁぁぁ――」 雄叫びとともに、月之瀬が地を駆ける。だがその動きはあまりにも遅い――甲冑を構築したことで取り戻した左腕を再び失い、魔力と肉体のバランスが崩れているせいだ。無論、片腕が無いことで重量バランスが崩れているせいでもあるだろうが。
 左手に擬態していた『砲台』がメキメキと音を立てて形状を崩し、左腕の肘から先が金属質の装甲に覆われた腕に変化していく。
 もともとただの液状の金属である憤怒の火星Mars of Wrathは、その変化も滑らかだ――アルカードの左腕は本来のものより若干長く、四指の指先に鎌の様に湾曲した長さ五十センチほどの鈎爪を備えた異形の腕へと瞬く間に変化した。ダイヤモンドさえも紙の様に引き裂く刃が、街燈の光を照り返して凶悪に煌めく。
「言ったはずだ――背中を向けたら死ぬことになるとな!」
 振り返り様に地面を蹴って月之瀬に背後から追いすがり、鈎爪を振るう。その一撃は、黒い獣――シンに飛びかかっていた月之瀬の胴体を分断こそしなかったものの彼の背中を引き裂き、背骨と重要臓器のいくつかを容赦無く斬り裂いた。
 月之瀬がバランスを崩してつんのめり、そのまま公園敷地の端に設置されたベンチに突っ込む様にして転倒する――苦悶の声を漏らすことも出来ずに細かな痙攣を繰り返している月之瀬から視線をはずし、アルカードアルカードは少女のいたあたりに視線を向けた。
「ベガ、こちらエクスロード――エンジェルを回収ピックアップ。スクエア・フォア・ファイヴの回収を頼む」
「ベガ、了解」 頭の中に魔術通信網の音声情報が響き渡る。シンは少女のそばに倒れていた若い男――おそらくこれも犬の妖魔だろうが――は放置して、少女だけを犬が子供にそうする様に口に銜えて走り去った。なにげに酷い仕打ちではある。
 そんなことを考えながら、アルカードはつんのめって地面にうつぶせに倒れ込んだ月之瀬のかたわらに歩み寄った。爪先を肩と地面の間に差し込み、すくい上げる様にして仰向けに転がす。
 背骨、肺、心臓、脾臓と肝臓、胃も引き裂かれているはずだ。まだ意識を保っているのはたいしたものだが――引き裂いた瞬間に魔力を流し込まれて霊体も破壊されている。もはや助かるまい。
 月之瀬は口の端から赤黒い血を伝わらせながら、アルカードの左手に目を留めた。金属質の装甲に覆われた異形の腕を目にして、
「なんだよ、その腕――だからあのとき、俺の刺突を止めても傷を負わなかったのか」
「そんなところだ」 時折含漱音の混じったその言葉に短く答えると、月之瀬は水音の混じった笑い声をあげた。
「は、はは――」
「……狂ったか?」 その問いかけに、月之瀬がわずかに笑みを深くする。
「はは、いや……、いやいや、せっかくの獲物を逃がしたからさ。復讐のための猟犬手駒も全滅、極上の血を目の前にして踏みはずした。狩りの結果としちゃあ散々だ。笑わずにはいられないね」
「そうだな。ほかの狩人ヤツの犬に獲物を掻っ攫われて、それに気を取られてこの様だ。間抜けな吸血鬼の末路には相応しい鯨幕の下げ方だろうよ」
「なんだ、血が目的じゃなかったのか?」 心底意外そうに問いかけてくる月之瀬に、アルカードは一瞬眉をひそめてから適当に肩をすくめた。
「あいにく、おまえたちみたいな蛭じゃないのさ。それにアレに手を出そうとすれば周りがうるさそうだ――犬の数もあっちのほうが多そうだしな。さっきの育ち過ぎの黒犬と、今の体調で殴り合いする気にもなれん。いい加減に眠くなってきたから、とっとと帰って寝たい」
「ははは、なんだ。そうか、そういうことか」
 どこか自嘲めいた笑い声をあげながら、月之瀬がかぶりを振る。今ひとつ腑に落ちないものを感じながら、アルカードは言葉を重ねた。
「ひとつ聞いておく。おまえを噛んだ吸血鬼の名はわかるか?」
「否、知らないな――銀髪の、西洋系の女の吸血鬼だったが」
「そうか」
「知ってる奴か?」
 月之瀬の言葉に、アルカードはかぶりを振った。
「そうかもしれないと思ったが、どうやら違うらしい」
「そうか」 アルカードがなにを知っているのかに多少興味をいだいていたらしい月之瀬は、その言葉に落胆した様な表情を見せた。
「言い残すことは? 誰かに伝言があれば、伝えてやる」
「無い。ひとつとして……それこそが俺が望む様に生きてこれた証だ」
 アルカードの視線をどう取ったのか、何事か言いたげに口を開きかけてから、再びかぶりを振って――月之瀬は再び繰り返した。
「思い残すことなど、ひとつも無い」
「そうか」 小さくうなずいて、アルカードは右手で自動拳銃をホルスターから引き抜いた。
 月之瀬の眉間に銃口を向ける――こちらの視線を捉えて、月之瀬が口を開いた。
「待て」
「やはり遺言か?」 いったん銃口を下ろしかけたアルカードに、月之瀬がかぶりを振ってみせる。
「否――あんたの名を聞かせてくれよ。自分を殺した男の名前くらい、知っといたっていいだろ」
「アル――否、ヴィルトール・ドラゴスだ。さらばだ、月之瀬将也」
 そう告げて――アルカードは、自動拳銃のトリガーを引いた。
 乾いた銃声が一度だけ響き渡る。弾き出された空薬莢が近くの柵に当たって跳ね返り、地面の上で跳ね回った。
 まだ熱い空薬莢を拾い上げ、ジャケットのポケットに押し込んで、アルカードは視線をめぐらせた。シンに置いてきぼりにされた男を回収するためだろう、地面に倒れたままの男の体を虹色の文字列によって織りなされた光の膜が包み込んでいる――精緻な硝子細工を思わせる転移魔術の術式構造が陽炎の様に揺らいでいるのに気づいて、アルカードはその場を離れるために踵を返した。彼がここにいては、術式が起動しない。
 その前にふと気づいて、塵に変わって消滅した月之瀬の遺体のあとに残った、彼の外套を取り上げる――遺髪もなにも残らないなら、せめてこれくらいは届けてやってもいいだろう。
 先ほど叩き折った笠神の太刀と、その折った刀身の先の部分を拾い上げる。月之瀬の深紅の長剣はすでに消滅しているが、こちらは実体があるので、そのまま残しておけば面倒なことになる。そういえばウォークライも回収しないといけない。
 腰に吊った鞘の中に太刀の刃先を落とし、次いで柄側も差し込んでおく。
 さて――再び男を包み込む尖塔の様な魔術式に視線を一瞥し、アルカードは歩き出した。
 アルカードがこの場に留まっていれば、大気魔力の動揺が原因で転移魔術は発動しない――今更邪魔をするつもりも無かったので、アルカードはそのまま地面を蹴って跳躍し、一度街燈の上に降り立ってから再び跳躍、公園近くの民家の屋根の上に降り立った。そのまま屋根の上を走って跳躍し、車道を跳び越えて向かいの屋根に飛び移る。
 腕はじきにまた痛み始めるだろうが、とりあえず今は問題無い。問題があるとしたら、おそらく腕を人間態に戻すことは出来ても、そのあと当分はまともに動いてくれないであろうことだけだ――さしあたっての深刻な問題は、左手でクラッチを操作出来るかどうかだが。走行中はともかく、信号待ちで苦労することになるだろう。
 そんなことを考えながら、足場になる電柱や建物の屋根を次々と蹴って跳躍する――S2Rを回収するために、まずはホテルに戻らなくてはならない。動き出せるかどうかが若干不安ではあるが。
 ウォークライを放置してきた公園に降り立ったとき、いくつかの人影がそこに立っているのに気づいて、アルカードは眉をひそめた。
「なんだ――おまえか」
「片はついたか」 破壊されたウォークライの残骸のかたわらで、シンがそんなことを言ってくる――その隣に立っていた数人の男女はこちらの出現が予想外だったのか、ぎょっとした表情でこちらを見据えていた。
「ああ」 短く答え、十代半ばの少年が拾い上げて持っていたウォークライのグリップに視線を向ける。
「なんだ。ゴミ拾いか?」
「そんなところだ」
 答えてくるシンに、アルカードは若干揶揄する様な視線を向けた。
「ちゃんと服を着たんだな」
「うるさい」 視線の温度を若干下げてそう答えてくるシンに向かって、アルカードは適当に肩をすくめた。
「あのお嬢ちゃんは?」
「安全圏に避難させた」
 その返答に、アルカードは軽くかぶりを振った。見棄てられし犬。
「もうひとりは?」
「回収した。今治療中だが、命に別条はあるまい」
「そうか。まあ、おまえに置いてけぼりにされたのを根に持たないことを祈っとくさ」 シンはその言葉に小さく嘆息してから、
「処分するつもりなら引き受けるが」 笠神の太刀に視線を向けて、そんなことを言ってくる――その言葉に、アルカードは少年の手の中に腰に吊っていた笠神の太刀を放り投げた。
「おまえには覚えがあるな、少年」 すっと目を細めると、少年が表情を引き攣らせて後ずさった。
「ヘキサ・ワンだったか? スコールとやっていたときに、つまらん茶々を入れてくれた狙撃チームのひとりだな。香坂のときも、近くから覗いてたな?」
「うちの下っ端を脅さないでくれよ」 立ちすくむ少年を見遣って、シンがそんなことを言ってくる。
「そうは言っても、攻撃を受けたもんでね――なあ、坊や?」
 その言葉に、少年が顔色を失ってさらに一歩後ずさる。それで飽きたので、アルカードは少年から視線をはずした。
「その外套は?」 腕に引っかけた月之瀬の外套を視線で示して、シンが問いを投げてくる。
「別に――死体も遺髪も遺骨もなにも残らなかったからな、せめてこれくらいは届けてやろうと思ってな。なにか手元に残れば、供養くらいはしてやれるだろ」 外套を翳してそう答えると、シンは納得したのかうなずいてみせた。

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