【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

未知の世界へ 関野吉晴 =012=

2018-01-26 06:23:09 | 浪漫紀行・漫遊之譜

〇◎ 未知の世界へ飛び込んでいく関野吉晴 ◎〇

= Webナショジオ_“北極探検 二つの物語”に転載・補講 =

☠ 関野吉晴の探求心はどこから来たのか

◇◆ 満身創痍のカヌーで最大に難所へ =後節= ◆◇

手作り古代カヌーは 折れる、切れる、擦り切れる、曲がる、穴が開く、腐るのが当たり前のカヌーで、そのたびに補修しなければならない。 しかしながら 一方、傷だらけではあったが、手造りの古代カヌーならではの柔軟性もあった。
 波が高くなると、船体の前方が大きくせりあがった後、海面に叩き付けるように落ちていく。そのまま海の中に潜っていくのではないかという勢いなのだが、その時ギシギシと、軋むような音がする。

 それは、構造に遊びがあるからだ。釘や強力な化学接着剤できっちり固定することはせず、ラタン(籐)や椰子や棕櫚のロープで結んであるから、遊びがある。高い波に遭遇しても、ブルンブルンと揺れているから壊れない。東南アジアの研究者の鶴見良行さんはマンダール人のダブルアウトリガーカヌーについて、羽ばたいて飛ぶ蝶のようだと言っているが、まさにその通りだ。
 手はかかるがしなやかなカヌーは、私たちの体にダイレクトに太古の人々の航海を感じさせてくれた。

 ルソン海峡を横断する航海は夜にまたがった。梅雨前線がフィリピンまで南下していたため、空は一晩中どんよりと曇って、雷も光っていた。方角の目印となる月や星は見えず、頼れるのは波の向きだけ。30時間以上かかって、目的地バタン諸島が見えたが、10キロも西にそれてしまっていた。バタン諸島に着いた時、出発地であるバブヤン島の島影が見えた。曇っているにもかかわらず、80キロ離れた小さな島が見えたことに驚いた。

 台湾とルソン島の間にあるバタン諸島は、ひとつの州を作っている。フィリピンでもっとも治安がいいと言われている所だ。
 ところがこの時、台風2号が巨大化してこちらに向かっていた。中心気圧940ヘクトパスカル、最大瞬間風速60メートルという大型台風になり、私たちのいる地域を通りそうだったので、通りすぎるまで待避することにした。バタン島にある、この辺りで唯一の避難港マハタオ港に向かった。

 私たちはここで、1週間の停滞を余儀なくされた。寄港中とはいえ、台風に直撃されたらカヌーはひとたまりもないと思っていたが、さいわい暴風圏の端がかすめただけだった。ほとんど被害はなかったものの、一晩で、縄文号にはバケツ10杯、パクール号には16杯の水がたまっていた。通常の雨のときの3倍だ。雨量が多かったことを物語っている。

台湾・蘭嶼島へ

 フィリピン北端のヤミ島と台湾の間がバシー海峡だ。ヤミ島から台湾本島の南端や蘭嶼島まで120kmも離れている。私たちが目指したのは蘭嶼島だった。

 出航地のヤミ島が見えなくなると、360度空と海と雲だけで、陸地も島影もまったく見えない状態になった。ひたすら蘭嶼島の島影か台湾本島の山脈が水平線から現れるのを待った。

 夕暮れになり、明るい星から順に空に輝き始めた。空の色が濃いオレンジから紫がかってくる頃には、星が空にぎっしりと詰まっていた。月明かりはないが満天の星だ。人工の明かりがないと、星の明かりだけでもこんなに明るいのかと驚く。

 北極星に向かって走った。いい風が吹いていた。

 やがて漁船の明かりが見えるようになってきた。島が近いのだろう。期待を抱かせる。さらに進んでいると、右前方に点滅する明かりが見えた。灯台だ。蘭嶼島に違いない。船首を灯台の方に向けた。港に着いたのは深夜になっていた。検疫官が待っていて、身体検査、入国審査の後入国が許された。

=補講・資料=

ダブル・アウトリガーカヌー

アウトリガーカヌー (Outrigger canoe) は、南太平洋などで用いられるカヌーの一種。安定性を増すために、カヌー本体の片脇あるいは両脇にアウトリガーとも呼ばれる浮子(ウキ)が張り出した形状をしている。この浮子は多くのポリネシア・ミクロネシア諸語でama(アマ)とよばれ、これを装備したアウトリガーカヌー自体はタヒチ語ではヴァア (va'a) 、ハワイ語ではワァ (wa'a) 、マリオ語ではワカ (waka) 、ヴァカ (vaka) などの言葉で呼ばれる。

アウトリガーカヌーの起原はよくわかっていないが、オーストロネシア語族の拡散とともに広がっていったことは確かである。中国で発達した〝イカダ/筏“から発展したという説、丸木舟から発展したという説があるが、史料が乏しいのでいまだ定説は無い。ともかく、丸太を刳り抜いた刳り抜き船や、丸太を刳り抜いて艫や舳先、舷側を追加した準構造船にアウトリガーを装着した形式の船舶が、東南アジア島嶼部で発達していったことは確かである。

外洋航海が盛んになる過程で、ウネリによる破損を防ぐためにアウトリガーを片側だけにつけたシングル・アウトリガーカヌーが考案されたと推測される。ダブル・アウトリガーカヌーの場合、波のウネリの間で両方のアウトリガーが持ち上げられると、腕木に宙に浮いたカヌー本体の重量がかかって、腕木が破損してしまう。シングル・アウトリガーであれば全体が傾くだけで、破損につながるような負荷がかからない。また、東南アジア島嶼部からメラネシア、ミクロネシア、ポリネシア方面へは、貿易風に逆らって進むことになるが、ダブル・アウトリガーカヌーはタッキングシャンティングなどの風上航走を苦手としており、実用的ではない。

また、人類がリモート・オセアニア海域に拡散していく過程で、より大きな浮力を確保し、長期間の航海に対応できるようカヌー本体を左右に並べたダブルカヌーがポリネシア文化において考案された結果、ポリネシア人の航海術は急速に発達し、ハワイ (Hawaii)、イースター島 (Rapa Nui)、ニュージランド (Aotearoa)のポリネシアン・トライアングルと呼ばれる広いエリアに移住していった。ダブルカヌーを祖先とするカタマランタイプの船体は、近代においてもヨットや連絡船など、様々な用途にあわせて発達している。

・・・・・新節につづく・・・・・

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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