朽木糞牆(きゅうぼくふんしょう)
「朽木糞牆」。幕末から明治にかけて活躍した、臨済宗の禅僧・今北洪川の著書に出てくる言葉です。
腐った木を彫刻することはできない、腐り崩れた土塀に上塗りをすることはできないという意味です。
同じように、濡れて腐った木にいくら火を点けようとしても燃えません。これを人間にたとえると、怠け者には教育しても意味がないという教えです。
9月2日、凡事徹底「一日一話」 「後味のよい人生」を送るために 鍵山秀三郎 (著), 亀井民治 (編集)
濡れて腐った木に何かしようというの難しい。
たしかにそうですね。
どうやったやったら火がつくか。
乾かすしかありません。
早い方法は取り替えることですがどうしたものか。
腐り度合を早めに判断しなければいけませんね。
今日も一日がんばります。
今日一日朗らかに安らかに喜んで進んで働きます。
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明るい笑顔「ありがとう」架け橋に
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