ダイアリー・オブ・カントリーミュージック・ライフ

現代カントリー・ミュージックのアルバム・レビューや、カントリー歌手の参考になりそうな情報を紹介しています

ハーディ Hardy - the mockingbird & THE CROW~ "Wait in the Truck"の物語にアメリカ人が見るもの

2023-03-04 | カントリー(男性)

 

メインストリーム・カントリー界のくせ者、マイケル・ハーディが、オールジャンルのビルボード200で初登場4位と大躍進した、「A Rock」につづく今年2023年のセカンド・アルバムです。フロリダ・ジョージア・ラインのソングライターとしてその名が知れ渡り、ここ数年は自身の作品のみならず、20人近くのホットなカントリー・アーティストと共演したコラボ作品「Hixtape」も主催するというユニークな活動を続けてきています。本アルバムからは、レイニー・ウィルソンと共演した"wait in the truck"がヒット中で、個人的には本アルバムは、この"wait in the truck"につきると思っているくらいの重要曲で、後半で特に取り上げたいと思います。昨年のCMAアワードでも二人によって歌われました。

 

 

それにしても、カントリー・チャートだけ見ていると「なぜビルボード200で4位にもなる!?」という風に思うのですが、このアルバム、丁度真ん中にあたる"the mockingbird & THE CROW"以降がハード・ロック~ヘビー・メタル調のオンパレードになるという二重構成になっていて、このアタリにビルボードのインディのみならずロック・チャートから反応があり1位を獲るという(もちろん、カントリー・アルバムも1位)、いわゆるクロスオーバー・ブレイクを起こしたようなのです。アチラの世界は、こういうのが良いのか・・・、という感じです。

そのアルバム中盤以降のハーディは、突如人格が変わったかのように、時折火を噴くようなハード・シャウターと化し、ギターもカントリーではありがちな艶やかな音(かつての産業ロック的なもの)ではなく、ヘビメタ風の重厚なディストーションが轟きます。前半ではしわがれ声でカントリー・バラードなども歌っておきながら、この変貌ですから、はたしてこの両方を楽しめる人はいるのかしら、と感じます。もちろん、それぞれのターゲットに向けて創り分けているという事で、ケイン・ブラウンがカントリーとR&Bでやっている形の新たなバリエーションという事になります。ヘビメタ系のパフォーマンスに関しては、何とも感想の述べようが有りませんね・・・こういう音楽が好きなのでしょう。さすが、くせ者ハーディ、新たな方法論を見せてくれました。

 

 

プロフィールです。

ミシシッピ州にあるフィラデルフィアで、本名マイケル・ハーディは生まれました。カントリー業界で活躍したい思いから、2010年代に入るとナッシュビルに向かい、ミドル・テネシー州立大学のレコーディング・インダストリー・マネジメント・プログラムに参加します。そこでは、作曲の学位を取得しました。その在学中の2013年には、早くもEP「Redneck Recipe」を製作していて、その楽曲が、マイケル・センベロの「フラッシュダンス」の挿入曲「Maniac」を書いたデニス・マトコスキーの目に留まり、音楽業界に足を踏み入れる事になりました。

まずハーディは、モーガン・ウォレンのデビュー・アルバム「If I Know Me」で、フロリダ・ジョージア・ラインと共演した"Up Down"の共作者とし、ナンバー1・ヒットをモノにし、幸先よくキャリアをスタートします(モーガンは、今作でも"Red"でデュエット参加)。続いて2019年、そのフロリダ・ジョージア・ラインと共作した個性的な楽曲"Simple"(「Can't Say I Ain't Country」収録)もナンバー1になるのです。そしてこの頃、ビッグ・ラウド・レーベルと契約を果たし、Hardyの名で活動を開始します。

 

 

2020年にデビュー・アルバム「A Rock」をリリースしますが、ユニークなのがその前年に、ヒップ・ホップのミックステープを模した「Hixtape, Vol.1」というコレボレーション・アルバムのリリースです。トーマス・レット、キース・アーバン、トレイシー・ローレンス、ジェイク・オーウェン、トレース・アドキンス、ジョー・ディフィー(合掌・・・)、コール・スウィンデル、ダスティン・リンチ、モーガン・ウォレンら計17名のアーティストをフィーチャーした作品で、そこからローレン・アライーナデヴィン・ドウソン(来日経験あり)とのデュエット "One Beer"がナンバー1ヒットとなりました。

2021年には続編「Hixtape, Vol.2」をリリースして、マット・ステル、ジョン・パルディ、ジミー・アレン、コルト・フォード、ランディ・ハウザー、レット・エイキンズ(トーマス・レットのお父さん)、レイニー・ウィルソンらと共演しました。そして昨年2022年、突如今作にも収録の"Sold Out "をリリース、ビルボードのハード・ロック・チャートでナンバー1に上りつめるのです。これが布石となり、今作につながったようです。

 

 

 

続いて、"Wait in the Truck"について。

 

まず、このアーシ―なスロー曲のテーマは、夫による妻への家庭内暴力で、劇的に展開するストーリーが歌われます。あらすじは、有る主人公の男性がピックアップ・トラックで見ず知らずの地で迷っていると、全身傷だらけで血まみれの若い女性を見つけます、彼は彼女をトラックに乗せ、「トラックで待ってろ」と告げて加害者である男性の元に向かい、その加害者を殺害。60カ月後、主人公は牢獄生活の身となっていて、時々女性も面会に来ます。主人公は、女性の明るい面を見るのは代償の価値があったとし、自分のいる場所は楽園ではないが、加害者を葬った場所に比べれば良い場所だとつぶやきます。歌詞は事の顛末を回想する内容で、主人公をハーディが、被害者の女性をレイニー・ウィルソンが担っています。

我々の常識的感覚では、いろいろ主人公の言動に疑問もわくし、チョッとあり得ない物語に見えますね。こんな内容がヒット曲としてお茶の間に流れるのなんてどんな感覚?と、わが国なら思われがちでしょう。しかし、そもそもカントリーは1950年代のゴールデンエイジの頃からストーリーテリングが一つの大きなスタイルであり、たった3分間の歌詞のなかで人生の誕生から死までを描いてしまう名曲("Three Bells(谷間に三つの鐘が鳴る)","Applejack")も多々ありますから、これはそういうフィクションの一つとしてアリなのです。また、家庭内暴力に関しても、カントリーではマルティナ・マクブライドの"Independence Day"という1990年代を代表する名曲が既にあり、古い話題です。当時、この歌を聴いて聴衆は家庭内暴力への対抗を心に誓っていたのです。

 

 

ここでハーディは何を描きたかったのしょうか。それはつまり、ここでは現代のカウボーイの物語を提示しようとしたのではないかと感じています。今回、たまたまネットで拾った、中橋友子氏の論文の気になった部分を参考にしてみたいと思います。我々が一般的に描くカウボーイのイメージは、ハリウッド映画が作り上げたものであり、その古典が誰もが知る(若い人はどうなのでしょうか?)映画「シェーン」です。あらすじは、流れ者シェーンが西部のある開拓地にたどり着きます。素性はよく分かりません。そしてその地のスターレット一家に世話になります。その受けた恩を返す為、スターレット一家の敵であるライカ―一味の元に乗り込み、敵を殺して、その町を去っていくというもの。この最後の去っていく場面が特に有名ですね。

そして中橋氏は、「ジェーン」のカウボーイ像を継承し変化したものの一つとして、2008年クリント・イーストウッド(アーバン・カウボーイを演じてきた)が監督・主演の「グラントリノ」を取り上げます。簡単なあらすじは、カウボーイ気質の頑固なアメリカ人の老人が、隣家のアジア系の少年の家族と親しくなります。その老人とトラブルとなったチンピラが、その隣家に対して老人の身代わりとして復讐しようとする事件が発生。老人は自分が撃たれる事で事を終わらせる、という流れです。ここで中橋氏は、50年代のヒーローに対して大きく違う点は、主人公が法律を優先させたことであり、身勝手な正義を振りかざすのではなく、自分が犠牲になる事で撃った敵を公権力によって裁かれるように持って行ったことだ、と述べられます。

 

 

これら二つのカウボーイの物語を見ていると、今作のハーディによる"Wait in the Truck"の物語は、最後の顛末の部分を「グラントリノ」からさらに変化させ、50年代の「シェーン」とは違い、法律を前提にして自分自身が裁かれる身になる事で、社会の平穏を守ろうとしたカウボーイ像の新たなバリエーションではないかと思えてきます。その一方で、その戦いを終えたカウボーイがその後は通常の社会から「消えてしまう」ことでは、これら3つのストーリーは全て一致しているようにも見えます。カウボーイは社会秩序の外にいて、通常の社会に居続けることは出来ないのです。だから、レイニー・ウィルソンは、゛彼が天使かどうかわからない/なぜなら天使は彼がやったようなことはしないから゛と歌い、その事をほのめかしたように感じます。この曲が特別な作品になっているのは、ひとえにレイニーの歌唱によるところが大きいと思います。

こうしてみると、ハーディーがただただ刺激的なストーリーで聴衆の興味を引こうとして面白く作ったというより、アメリカ人の求め続けて来たカウボーイを始めとするヒーロー像の歴史変遷を十分わかった上(幼少からの生活で身に付いていた知識など)で、練り上げた物語だったのではないかという気がしてくるのです。なお、作曲チームがインスピレーションを受けた曲として、かつてジョージ・ジョーンズが歌った"Ol' Red"という曲が挙がっています。

 

個人的にハーディの声は、カントリー・シンガーとしてそれほど個性的だったりすごく魅力的というほどではないと感じます。そんな彼がアーティストとして存在感を強めるべく、ハード・ロックへのクロスオーバーを図った事は、ソングライティング同様に戦略的で画期的な事件だと思います。伝統的なカントリーミュージック・スタイルの維持・継承という意味では不安もありますが、カントリー業界を活性化させる新たな動きとして興味深く、今後を見守りたい気持ちです。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿