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鬼ヅモ同好会第3支部・改「竹に雀」

鬼ヅモ同好会会員「めい」が気ままに旅して気ままにボヤきます。

退却

2012-11-01 | 移動の旅

2 0 1 1 年 1 2 月 2 6 日 ( 月 )

午 後 3 時 3 0 分

福 井 市 一 乗 谷







一乗谷で北陸の銀世界に完全に呑み込まれた私。

風にやられ、雪にやられ、そしてなにより1時間に1回轟く雷鳴にやられ、完全に気力を削がれてしまった。


さらに、一乗谷の入口付近で拾ったタクシーが、私を待っている。

「金がない」「貧乏旅行だ」「18きっぷユーザーだ」などと再三再四アピールしたものの、運転手氏は獲物(わたし)を逃さない。


そこに、一乗谷で気力を喪失した私が戻った。


運転手氏は、「福井駅まで送ってやる」と言ってきた。

福井駅から一乗谷までは10キロ程度あるから、ある程度の出費は覚悟しなければならない。
だが、一乗谷駅のあるJR九頭竜線(越美北線)は、2時間に1本というとんでもないローカルっぷりで、この時間で次の列車は午後5時になることはすでに調査済み。


私は、あっさり承諾した。

休めそうな施設のない一乗谷に午後5時まで時間をつぶすには、気力が足りない。
一乗谷城? あんな雪山にいまさら登れませんや。


資料館のコインロッカーから手荷物を回収し、タクシーで福井駅へ。

車中の運転手氏との会話で、この方はかつてわが本拠地・船橋に住んでいたと判明。
30年前の船橋の様子をいろいろ聞いた。



午後4時ごろ、JR福井駅に到着。
(時間の記録が散逸してしまい、正確な時刻は不明)

料金メーターは9,000円を超えていたが、運転手氏との交渉で6,000円ということになった。
おそらく待ち時間分を引いた格好であろうか。


福井駅の近くにあるドトールで休憩。
一乗谷で削がれた気力を回復しようとしたが、タクシーで予定外の金を使ったことへの後悔の念がふつふつと湧いてくる。

1時間程度休憩して、福井から名古屋へ向かった。


JR福井駅  17時46分発
  北陸線 普通 敦賀行き
  18時39分着

JR敦賀駅  18時49分発
  北陸線(琵琶湖線直通) 新快速 姫路行き
  米原駅 19時42分着

JR米原駅  19時48分発
  東海道線 普通 大垣行き
  20時30分着

JR大垣駅  20時39分発
  東海道線 新快速 豊橋行き
  名古屋駅 21時11分着

( ↑ 記録が散逸してしまったので、おぼろげな記憶と時刻表で推測したものです)


名古屋駅で降りると、なぜかマクドナルドに必ず寄る。
今回もマクドで、旅日記でも考案しようと思ったが、携帯もPCもバッテリーが切れていた。

マクドの閉店が午後11時なので、以降はコンコースやホームで列車を待った。


JR名古屋駅  23時20分発
  東海道線 快速 ムーンライトながら82号 東京行き
  12月27日 5時05分着


いつもながら横浜駅の発車メロディを聞いて、帰ってきた感を味わう。

そして東京駅の東海道線ホームに着いた後は、地下に下りて総武線で家に戻った。



・・・だが、ここで旅は終わらなかった。




福井市中迷走

2012-10-30 | 移動の旅

2 0 1 1 年 1 2 月 2 6 日 ( 月 )

午 前 1 0 時 4 5 分

福 井 県 坂 井 市

丸 岡 城



壮健な天守が蒼天に映える丸岡城に感動!

丸岡城を退去してからは、バスでJR北陸本線の森田駅へ向かい、そこから福井駅へ行くつもりであった。


京福バス 城入口バス停 10時52分発
  [31系統]丸岡線 福井駅前行き
  森田駅前停 11時08分着

JR森田駅  11時13分発
  北陸線 普通 福井行き
  11時18分着



・・・の予定であった。時刻表の上では。

忘れていたのである、
地方のバスは10分程度遅れるのが当たり前であることを!


京福バス 城入口バス停 10時52分発
  [31系統]丸岡線 福井駅前行き
  森田駅前バス停 11時16分着(遅れ8分)


バスに電車ほどの精密な操業を求めてはいけなかったのだ・・・。

北陸本線は、森田駅を11時13分に出る。
雪かなにかで遅延していることを祈って、「とまります」ボタンを押した。

するとすると・・・
森田駅前のバス停は、駅から300メートルほど離れていた!
しかも森田駅の方向を示す案内看板もない!


雪が積もった道をダッシュすることはできず、さらに2分ほど駅を探すのに右往左往したこともあり、電車には乗れなかった。

次の電車は1時間後だった。
バス停に戻ると、次のバスは30分後。

バスの運賃を最小限にとどめ、なるべく18きっぷを使っていく。
かくのごとく、交通費を節約しようというたくらみは裏目に出てしまったのである。


当時は京福バスをメチャクチャ罵っていたなぁ。
「なんのためにバス降りたんだよ!」

森田駅前には時間をつぶせそうな飲食店はなく、寒空の下、次のバスを待った。


京福バス 森田駅前バス停 11時38分発
  [31系統]丸岡線 福井駅前行き
  福井駅前バスプール 11時56分着(遅れ5分)


このときも5分程度遅れていた。
でもバスで遅れ1ケタは、私の実家のバスよりだいぶマシかも!?



一乗谷への列車は12時49分に出るので、福井駅前で食事をすることに。



福井でチェーン展開している「小川家」のソースかつ丼と越前おろしそばをいただいた。 




金沢を発つ・・・福井へ

2012-10-29 | 移動の旅
2 0 1 1 年 1 2 月 2 6 日 ( 月 )

午 前 7 時 3 0 分

J R 金 沢 駅



金沢最後の食事も、ホテルのブレッドバイキングでした。

供された4種類のパンを一通り食し、オレンジジュースとコーヒーとコーンポタージュ何杯かをいただきます。
この日は荷物を持ちながらの移動なので、食事を多めにとりました。

手荷物は、衣類系を詰めたバッグと、ノートPCや本などを入れたかばん。
それに、前日に購入した栗ようかん「月読み山路」、しょうがせんべい「柴舟小出」と、不室屋の加賀麩が、新たに手荷物に加わります。


7時過ぎにホテルを後にし、徒歩数分で金沢駅へ。
この日は金沢を発って南下し、福井をまわっていきます。


JR金沢駅 7時40分発
北陸線 普通 福井行き
芦原温泉駅 9時00分着


1年9か月ぶりに福井県へ。
前回の旅行もこの芦原温泉駅で下車しましたが、今回も芦原温泉駅です。


芦原温泉駅からはバスに乗って移動。
当然、18きっぷは使えません。


京福バス 芦原温泉駅バス停 9時20分発
[87系統]永平寺線 永平寺門前行き
丸岡城・城入口バス停 9時40分着


こうして最初の目的地・丸岡城に到着。
そういえば久しぶりの城攻めです。



このとき空は、雲一つない晴天でした。





金沢・海鮮を食らう!

2012-10-29 | 移動の旅

2 0 1 1 年 1 2 月 2 5 日 ( 日 )

午 前 1 1 時 5 0 分

石 川 県 金 沢 市

近 江 町 市 場



長町武家屋敷街からKOHRINBO109へ歩いて国道157号線に出ました。

国道157号線は金沢のメインストリートのひとつです。
しかしGoogle検索の候補では「国道157号 落ちたら」なんて物騒なキーワードが続きます。
この道は酷道業界では有名な国道で、「落ちたら死ぬ!!」という有名な?立て看板がかかっています。
起点は岐阜市で、ほぼまっすぐ北上して金沢まで至るのですが、両白山地を貫いているので険しい道になっているようです。

国道157号の終点・武蔵が辻方面へ歩き、その途上にある近江町市場へ向かいます。

前日は正午を過ぎてから行ったので、北陸の魚が食べられる食堂はどこも行列をなしていました。
仕方なく、B級グルメの「チャンピオンカレー」を食べたのでした。

そこでこの日は早めに近江町市場に入ります。
着いたのは正午前でしたが、それでも遅かったような感じがします。
ともあれ、この日ぐらいはどんなに並ぼうとも海鮮ものを食べようと決意していたので、海鮮食堂を探しました。


本日最初の昼食、「近江町食堂」さんの海鮮丼です!

海鮮丼@近江町食堂

うま~い!


これが本日最初の昼食です。ということは・・・またどこかで2度目の昼食を食べたわけです。


1年9か月前に初めて金沢を旅行する前に、「金沢は回転寿司のクオリティが高い」という話を上司(当時)から聞いていました。
その人によると、金沢駅の駅ビルにある回転寿司がおいしかったそうです。

2度目の金沢の旅に出る前、その回転寿司のお店をあらかじめ調べました。
その店に行こうではないか!と。

ということで本日2回目の昼食で入ったお店が「もりもり寿し」(近江町市場店)です。
ここで気の赴くままに回転寿司を食します!

さっき海鮮丼を食べたばかりなのに、しかも大盛りを食べたというのに、寿司は順調にわが胃袋に収納されていきました。

うまかった。そして食べすぎた。

ここでも2,000円近く食べてしまいました。
そこらへんにあるような1皿100円の店ではなく、私はなるべく安い皿を選んでいたのにこの金額です。
かなりの枚数を平らげたことがわかります。おそらく2桁は食べてます。

こうして私は、己の容積を増していくのです。



午後からは、ひがし茶屋街のある橋場町へと向かう予定でした。
近江町市場からは1Kmほどの距離で、頑張れば歩いて行けないわけではありません。

しかし、金沢はこの日も雪。
雪道は歩きにくいし、雷は怖いし、外は寒いし。
さらに近江町市場での暴食が加わり、まったく歩く気力を失っていました。

こうなることは先刻承知。
出発前に金沢駅東口のバスプールで、1日フリーパス(北陸鉄道バス・600円)を購入していたのです。


まっすぐ向かえばすぐの距離にあるにもかかわらず、近江町(武蔵が辻バス停)からいったん金沢駅東口へ戻りました。
そしてそこから乗り換えて、橋場町へと向かうこととしました。


金沢駅で待ち受けていたバスは、周遊用のレトロ風なかわいいバス。
こいつは普通の路線バスより小さく、当然座席も少なくなっています。

いざ乗車してみると、私だけ立つはめになってしまいました。

胃の中では、海鮮丼と大量の寿司が残っていて、じわじわと私を苦しめます。
周遊バスで、ただひとり「お立ち」という現状が、じつにバツの悪い思いをさせてくれます。
小さなバスなので、立つ場所というのがほどんどありません。これにも苦しめられた。
私は仕方なく一番後ろで立ったのですが、天井が低いので豪快に頭をぶつけてしまいました。
その様子を見聞きしていたのか、すぐ前で座っていた女がクスクス笑いやがった。おのれぇ!!


バスはひがし茶屋街最寄りのバス停・橋場町交番前に着きました。
私はまっすぐ茶屋街へは行かず、その次のバス停で降りようと考えていました。

金沢のメインとなる観光地の最寄りですから、乗客が大勢降りるものと計算していましたが、その予想に反し、前の座席から何人かが降りただけでした。
そしてそれをはるかに上回る大量の観光客が流入してきたのです!


そして次のバス停・橋場町金城楼前では、降りた乗客は私だけ。
一番後ろから、たくさんの立ち乗客を押しのけて降りることになりました。なんともバツが悪い。



こうして周遊バスに幾度となく仕打ちを受け、旧寺島蔵人邸に到着しました。




轟く雷鳴

2012-10-28 | 移動の旅
2 0 1 1 年 1 2 月 2 4 日 ( 土 )

午 後 1 2 時 4 7 分

金 沢 城 黒 門 跡



金沢城の黒門跡から退城してすぐのところに、黒門前緑地という一画がありました。
このあたりは豪姫の住居があったそうです。


豪姫は、天正2年(1574年)に前田利家とその正妻・まつの方(芳春院)の四女として生まれました。
当時実子のいなかった羽柴(豊臣)秀吉の養女となり、秀吉夫妻のもとで不自由なく成長しました。
同じく秀吉夫妻に養育されていた宇喜多秀家に嫁いで岡山城に移り、備前の方と称されました。
豊臣5大老のひとりであった秀家は、関ヶ原の戦いで西軍の主力として奮戦しますが、敗北。
2年後に秀家が八丈島へ流罪となると、豪姫は金沢に戻されました。

秀家との夫婦仲はとても良好だったようで、宇喜多家が八丈島へ流されたあとは、幕府の許可を得たうえで米などの物資を宇喜多家へ送り続けたそうです。
豪姫は寛永11年(1634年)に亡くなりますが、加賀前田家はその遺志をくんで宇喜多家への仕送りを続けました。
仕送りは明治維新により宇喜多家が赦免されるまで続いたそうです。



そして黒門前緑地には、金沢出身の偉人である高峰譲吉の旧家が移築されています。


高峰家は、譲吉の父の代から加賀藩の御典医(主治医)でした。
譲吉も医学を志学してイギリスへ留学し、帰国後は農商務省に入省します。
当時の上司であった高橋是清のもとで特許制度の整備に尽力しました。

その後はアメリカへ永住。
デンプンを消化する酵素アミラーゼの一種であるジアスターゼを植物から抽出して生成する「タカジアスターゼ」を発明。
またアドレナリンの抽出研究をすすめ、アドレナリンを結晶化することにも成功しました。

のち「タカジアスターゼ」の特許権を保有した三共製薬(現在の第一三共)の初代社長に就任しました。



黒門前緑地1

黒門前緑地2

旧高峰家

中には無料で入ることができるので、少しの間ゆっくりさせてもらいました。


外に出ようとすると、雷鳴!!
雪も降りだし、風も出てきました。

三国志の劉備さんと同じく雷が大嫌いな私は、もう少し休むこととしました。
(※「曹操酒を煮て英雄を論ず」・・・『三国志演義』第21回より)


雪国を傘なしで旅する私に、こちらの管理人である淑女が、置き去りにされたビニール傘をくださいました。
つくづく北陸の淑女は優しいものです!!

くだんの淑女は、黒門前緑地の近くにある穴場的スポットを教えてくれました。
昼食後にでも行ってみるとしますか。


雷が鳴っていないことを確認して、外に出ました。



近くにある近江町市場での昼食。

近江町市場

やっぱり北陸の海の幸を豪勢に食べたい・・・

チャンピョンカレー

今日のランチは海鮮丼ではなくカツカレー。
金沢が誇る?B級グルメ「チャンピョンカレー」

金属の器。
スプーンではなくフォーク。
キャベツの千切りが同居。

なかなかうまいっ!

でもやっぱり海の幸が食べたいなぁ・・・
ということで、しばらく近江町市場を歩き回りました。

近江町コロッケ

まずは「近江町コロッケ」

それから、名前は忘れてしまいましたが、タコ入りの練り物。

がっつり食べたところに、さらに少しずつ食べていきます。
私が旅先でムダ遣いするパターンはこんな具合。
私が旅先で太っていくパターンもこんな具合。

結局海鮮丼は食べることなく、近江町市場を後にしました。



黒門前緑地の淑女が教えてくれた穴場的スポットへ行ってみたのですが・・・

入れない旧園邸

旧園邸【金沢市指定文化財】はかたくカギで閉められていました・・・
これじゃああんまりにも悔しいので、扉のすきまからのぞいた画をお届けします。

旧園邸をのぞき見る

旧家の小粋な庭を、文字通り垣間見ることで心のなぐさめとしました。



次の目的地は、尾山神社
加賀藩藩祖・前田利家とその正妻・まつの方を祭神とする神社・・・


雷鳴が轟く!!

私は恥も外聞もなく他家の軒下に逃げ込みました。
そこのお宅は表千家のお茶の先生のようでした。

家主が現れることはなく、15分ほど軒を借りて、そのまま後に。
ほんと、ありがとうございました。



風雪が強まる中、

尾山神社・東神門

ほうほうの体で尾山神社の裏口にあたる東神門【登録有形文化財】にたどり着きました。




金沢で一泊!

2012-10-28 | 移動の旅

2 0 1 1 年 1 2 月 2 3 日 ( 天 皇 誕 生 日 )

午 後 3 時 4 0 分

富 山 県 高 岡 市



前田利長公墓所を退出すると、またも雪が強くなりだしました。
高岡に着いてからも、傘を買わないまま来てしまいました。
とにかく早急に高岡駅に戻るしかありませんでした。


高岡駅に着くと、待ち時間があったので何か食べようかな~と思ったが、食事のできそうなところが見当たりませんでした。
キオスクでスナック菓子を買い、小腹を満たしつつ列車を待ちました。


JR高岡駅3番のりば 16時31分発 +遅れ8分
北陸線 普通 金沢行き
金沢駅4番のりば 17時18分着(遅れ8分)


金沢駅に到着した私は、街ブラをする体力もなかったので、まっすぐにホテルをめざしました。
今回宿泊するホテルは、金沢駅西口から歩いて5分ほどのところにあった・・・のですが、雪と宵闇で視界が悪くなっていたため、20分ほど道に迷ってしまいました。

ホテルにチェックイン。
「じゃらん」で2か月前に予約したこのビジネスホテルは、朝食付きで1泊3,200円程度。
今回の旅ではこのホテルに3泊する予定でしたが、1万円でお釣りがくるという格安っぷりです。

客室に入って手荷物を肩から下ろし、お風呂に直行。
前日の出勤前の朝風呂以来、約36時間ぶりのシャワーです♨
夜行列車であまり眠れなかったのと、寒い風雪に長時間さらされたのとで疲労がたまっていたため、風呂から上がるとベッドの中でまどろみました。


午後8時ごろ起床し、夕飯を食べに金沢駅の駅ビルへ歩きます。
この日は「八番ラーメン」という北陸の有名チェーン店に入りました。
「八番」とは、北陸を縦断する国道8号線から来ているそうです。
ここではメインメニューとされる野菜ラーメンを食べました。


ラーメンを食べたあとはまっすぐホテルへ戻り、早々に床に就きました。





2 0 1 1 年 1 2 月 2 4 日 ( 土 )

午 前 6 時 2 0 分

起 床



朝風呂のシャワーで心身ともに覚醒。
かばんひとつを手荷物にして、ホテルのフロントに下りていきます。

朝食はフロント近くのロビーで、パンのバイキングをいただきます。
パン6個とゆで玉子2個とオレンジジュース、コーンポタージュ2杯と、朝食にしてはかなりガッツリ食べ、北陸の気候に備えます。
朝食はこの日を含め3日間、パンと玉子とスープとジュースでした。


朝食で満腹になる前に出立します。
徒歩で金沢駅西口、そして東口へ出てバスに乗車、金沢の街へ繰り出します。




迷走・岡崎市内

2010-09-15 | 移動の旅


2 0 1 0 年 9 月 5 日 ( 日 )

午 後 4 時 5 5 分

名 古 屋 城 東 門



蛍の光の音楽と共に名古屋城を追い出された私は、この日の宿がある岡崎へ向かうこととしました。
しかし私の不注意から、思わぬコストを計上することとなってしまったのです。


まず、その日泊まるホテルの電話番号をメモしていなかったのです。
電話番号案内104で調べ事なきを得ましたが、これにより105円の電話料金を計上。

ホテルに連絡して、チェックイン時刻が予定より遅れることを伝えました。
名古屋城にいることを告げると親切なフロントの翁は、ホテルまでのアクセスを教えてくれました。

金山駅から名鉄に乗って、東岡崎で降りてください。
 ・・・殿橋を渡って・・・(以下略)」

翁は名鉄でのアクセスを推奨していましたが、青春18きっぷを最大限利用して交通費を節約したいところ。
そこで金山駅までは地下鉄で移動し、そこからJR東海道線岡崎駅まで向かうこととしました。
そこから先は・・・まぁ、なんとかなるでしょう♪



じつは後で知ったのですが・・・私が金山駅を利用したこの日、通り魔事件があったそうです・・・・・・怖ッ(・_・;)




午 後 5 時 4 6 分

J R 岡 崎 駅 に 到 着


金山駅からはJR東海道線で岡崎駅へ。
岡崎駅からは、とりあえず徒歩で東岡崎駅方面へと移動します。
「東岡崎」というくらいだから・・・岡崎駅の東口から出てそのまま東に向かえばいいんだろうくらいの認識で歩き出しました。
駅の周辺地図をまったく見ずに。


岡崎駅から歩いて数分、大通りの国道248号線にたどり着きました。
ここでようやく、携帯電話で地図を確認すると・・・方向が違う。
「東岡崎駅」というくらいだから岡崎駅の東にあるんだろうと思っていましたが、実際は北の方向にあります。
なんという地名サギ・・・いや、地図をよく見なかった私が悪いのですが(^_^;)

軌道修正し、国道を北へと歩きます。


腹減った。
見知らぬ土地を手がかりもなしに歩き回るというのは、想像以上に体力を消耗するものです。

幸い国道248号沿いには飲食店も多く、目に入ってきたびっくりドンキーに入りました。
犬山で味噌煮込みうどんを食べて以来の食事。
空腹になっていた私は、1,600円くらいのハンバーグステーキをぺろり。
普段は旅先の食事を1,000円以内で済ます私も、今回ばかりは疲れていたのか、がっつり食べてしまいました。

お勘定で、ついでに東岡崎駅へのアクセスを尋ねてみました。
親切な店員の老女は、バスに乗って行くルートを教えてくれました。


店を出ると、腹いっぱいで歩く気力が失せてしまいました。
徒歩での移動をあっさり諦め、近くにあった名鉄バスのバス停へ。
待ち時間はほとんどなくして、バスがやってきました。


バスには乗りましたが、どこで下りればいいのか???
ホテルの翁が行っていた殿橋とかいうところで下りてみようか???

乗車時間20分弱、殿橋バス停で下車。
バスの運賃210円を支払いました。


殿橋は岡崎城のすぐそばにありました。
そして今晩宿泊するホテルも、岡崎城のすぐそばにあったのでした。




午 後 7 時 2 0 分

チ ェ ッ ク イ ン


フロントには、電話で話した支配人と思われる翁がいました。
チェックインのついでに、翌日訪れる予定の岡崎城について尋ねました。
翁はわが意を得たりと、岡崎の名所と徳川家康のことを語ってくれました。
支配人のお話を10分くらい拝聴して、観光マップをもらい、自室に向かっていきました。




さて翁のアドバイスに従わなかったため、今回の移動はこんな具合となりました。


【今回の移動記録】

名古屋市営地下鉄 (M07)市役所前駅 17時05分発
(M)名城線 左回り
(M01)金山駅 17時15分着

JR東海 金山駅 17時21分発
東海道線 新快速 豊橋行き
岡崎駅 17時46分着

名鉄バス 東戸崎バス停 18時56分発
市民病院行き
殿橋バス停 19時13分着

*所要時間 2時間08分(乗車時間 52分 乗換時間 6分 徒歩&食事時間 1時間10分)
*移動距離 推定45.6km(鉄道 41.1km 徒歩 約1.5km バス 約3km)
*運賃 440円(地下鉄 230円 JRは18きっぷ使用(使用しない場合は600円) バス 210円)

※運賃は乗車当時のものです。


かなりの時間を要してしまいましたが、仮に翁のアドバイスを受け入れていたら・・・


名古屋市営地下鉄 (M07)市役所前駅 17時05分発
(M)名城線 左回り
(M01)金山駅 17時15分着

MEITETSU 名古屋鉄道 (NH34)金山駅 17時21分発
[NH]名古屋本線 快速特急 豊橋行き
(NH13)東岡崎駅 17時47分着

*所要時間 42分(乗車時間 36分 乗換時間 6分)
*移動距離 38.9km
*運賃 820円(地下鉄 230円 名鉄590円)

※運賃は当時のもの。
 ダイヤは地下鉄は当時のもので、名鉄は現行のものを参考としています。


あっさり到着してました(・_・;)
それでたぶんムダな飲み食いをしなかっただろうから・・・・・・地元の方のアドバイスは、素直に受け入れるべきですね。