真夜中のカップらーめん

作家・政治史研究家、瀧澤中の雑感、新刊情報など。

【歴史失敗学】、第四回がアップしました

2024-05-23 10:56:00 | Weblog
ダイヤモンド・オンライン
連載中の【歴史失敗学】。
最新版、アップしました。

「忍者はなぜ
天下を取れなかったのか?」

卓越した情報収集能力と
圧倒的な武闘術。

合戦時には
最前線に真っ先に向かい、
陣を構える場所を探し、
さらに敵地へ潜入して
敵を混乱に陥れる。

忍者の存在が合戦の成否に
大きく影響を与えた
「戦国版・ディープテック」。

優れた異能集団はなぜ
天下を取れなかったのか?

高い技術や優れたサービス、高品質な商品を提供しながら苦戦を強いられる日本企業にも当てはまるかもしれない、
そんな内容になっています。

ぜひご覧ください。

#ディープテック
#戦国時代
#忍者
#失敗学
忍者はなぜ天下を取れなかったのか?作家の答えが納得感しかなかった

忍者はなぜ天下を取れなかったのか?作家の答えが納得感しかなかった

Netflixで配信中の『忍びの家 House of Ninjas』や、漫画『アンダーニンジャ』など“忍者モノ”が話題を集めている。卓越した情報収集能力と圧倒的な武闘術で、見るものを圧倒...

ダイヤモンド・オンライン

 


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BSに出演します

2024-04-08 15:25:00 | Weblog
4月13日(土)
よる9時〜

BS11の
【偉人 失敗からの教訓】
「福島正則・豊臣家を守れなかった猛将」

に出演致します。

私は政治力学的な面から、
福島正則について語りました。

福島正則には
政治の貸借対照表が
見えていたのかどうか。

徳川との関係を軸に、
福島正則のあり方について

ご興味おありでしたら
ご覧ください。


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ダイヤモンド・オンライン連載、第三回公開!

2024-03-07 18:57:42 | Weblog
ダイヤモンド・オンライン連載
【歴史失敗学】の第3回。
中国・毛沢東が課した“悪しきノルマ”の悲劇…「間違っている」と声を上げる中間管理職は昔も今も尊い

中国・毛沢東が課した“悪しきノルマ”の悲劇…「間違っている」と声を上げる中間管理職は昔も今も尊い

歴史には数々の「失敗」がある。この真実を読み解くことで、時を経て繰り返される現代の失敗に向き合う連載『歴史失敗学』。第3回は“ノルマ”によって人々を苦しめた各国の指...

ダイヤモンド・オンライン

 


『中国・毛沢東が課した“悪しきノルマ”の悲劇…「間違っている」と声を上げる中間管理職は昔も今も尊い』

本日公開です。

諸説ありますが、
およそ4,500万人が
約3年間で
餓死・拷問死したといわれる
中国の「大躍進政策」。

4,500万人……。

この数字の一つひとつが
尊い命だと考える時、
無茶苦茶なノルマを課して
人々を死に追いやった者たちに
怒りを覚えます。

他山の石として、
ご参考になれば幸いです。

https://diamond.jp/articles/-/339866

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ダイヤモンド・オンライン、連載開始しました

2024-02-21 22:59:25 | Weblog
ダイヤモンド社のオンラインで
連載を始めました。

「歴史失敗学」。

9年前、
『「戦国大名」失敗の研究』(PHP研究所)
を出してから、

『「戦国大名」失敗の研究ー群雄割拠編』
『「江戸大名」失敗の研究』
『「幕末大名」失敗の研究』
『「大日本帝国」失敗の研究』

と続けて書いて、

『歴史失敗学講義』(致知出版社)

まで、やってきました。

今回の連載にあたり、

①よりわかりやすく
②現代の出来事を俎上に

という内容で書いています。

時代は変われど、人間は同じような過ちを
犯しやすい・・・。

第一回目は、台湾沖航空戦と
「沈黙」について。
日大の問題を戦時中の出来事に比較し
述べました。

第二回目は、武田勝頼と
「愚将」について。
自民党の政治資金問題、派閥幹部のあり様と
比較して述べました。

おおよそ、月一回の連載予定です。

ぜひ、ご覧ください。
歴史失敗学 | ダイヤモンド・オンライン

歴史失敗学 | ダイヤモンド・オンライン

ダイヤモンド・オンラインはダイヤモンド社が提供するグローバルなビジネスメディアです。ビジネスパーソンに必要な経営・戦略、経済、金融、国際の情報をはじめ、オフビジ...

ダイヤモンド・オンライン

 





















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対談をしました

2022-10-19 01:30:32 | Weblog
「Blogを再開してほしい」、というお話を、若い方からいただきました。

「友人にも教えてやりたいのですが、Facebookだと、入っていない子が多くて」

なるほど。
ということで、最近は真夜中にカップラーメンを食べるのは、なるべくやめておりますが、blog「真夜中のカップラーメン」は再開をさせていただきます。

10月16日(日)に、榎田竜路さんと対談をしました。
/https://ev-pj.com/news/
(「榎田竜路の愛でよろしく!(第12回)」
「歴史に学ぶ、事実と向き合う力」)

内閣府や経産省の委員、オリンピックの専門委員、映像作家、外国の大学の教授など、多才な榎田さんならではのお話しも聴けて、とても面白い対談になっています。

で、今回は。

事実に真正面から向き合わなかったことで、何が起きたのか。
歴史に材をとってお話ししました。

昨今も、特定の政治家が一部の方たちから、批判を通り越して「憎悪」の対象になっていますが、2・26事件(昭和11年)のときにも、似たようなことがありました。

殺された渡辺錠太郎(陸軍大将・教育総監)は、銃弾を43発。
斎藤實(元首相)は47発も浴びせられました。

高橋是清(蔵相)は3発の銃撃で死亡。亡骸に6箇所、刀傷がありました。亡くなったあと、刀で何度も斬りつけられたのです。

襲った兵たちは、会ったこともない人間になぜそこまでやったのか。

青年将校たちの蹶起動機には、たとえば部下の姉や妹が貧困のために身売りしなければならない、ということがありました。

たしかに当時、東北地方はたいへん厳しい状況でした。

ただ、これを日本全体で見た場合、どんなことが考えられるのか。

たとえば輸出額。
昭和4年を100とした場合、
事件の前年、昭和10年には111に増えていました。

国民所得は、
昭和6年から事件の前年・昭和10年までに、1・4倍に。

お米の収穫量は、
昭和9年   777万トン
昭和11年 1010万トン

日本全国で見た場合には、高橋是清蔵相はじめ当時の政府の施策は、十分とは言えないまでも、経済は上昇傾向にあったことは否定できません。

ではなぜ、青年将校たちは蹶起したのか。

そこには、自分たちが見たり聞いたりすることがすべて事実で、それが日本中で起きているのではないか、という「一般化」をしてしまった可能性があります(確証バイアス)。

そして、「悪いのは特定の個人である」という、誰かに原因を求める(対応バイアス)。

こうなると、当時の政府高官は憎悪の対象に容易になり得るわけです。

事件後、「反軍演説」で有名な斎藤隆夫(当時衆議院議員)は、

「一部の不平家、一部の陰謀家などの言論を鵜呑みにして、複雑なる国家社会に対する認識を誤りたることがこの事件を惹起するに至る大原因」

と、手厳しく批判していますが、それは現代にも通じるものがあると思います。

対談ではほかに、第二次世界大戦中の大本営発表を取り上げました。
なぜ戦果を水増しし、自軍の失敗を隠したのか。
そこには、国民の戦意を喪失させてはいけない、という理由とともに、
「失敗しても事実を隠せば責任をとらされない」
という背景もありました。

台湾沖航空戦(昭和19年)では、戦果の確認をおろそかにし、気がついてもそれを公表しなかったために大惨敗を喫したこと。

ミッドウェー海戦では、戦いの前に行なった図上演習で、日本に有利になるよう細工をしてしまったこと等々、指摘を致しました。

ほかにもさまざまな歴史夜話を、現代に通じることとして俎上に乗せました。
榎田竜路さんの示唆に富むお話と福井直子さんの名ハンドリングで、とても充実した90分を過ごさせていただきました。

なお、企業や団体向けの会員サイトですが、
現在、ビズアップ総研の【ニュース動画】で
「歴史失敗学」を配信しています(月2回更新。現在第9回まで配信)
https://business.ejinzai.jp/movie/
(カテゴリーは「教養」です)。

1回、40分前後ですが、
わかりやすくお話しをしておりますので、
機会がありましたらぜひご視聴ください。

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海津市で講演をしてきました

2018-10-25 00:15:22 | Weblog
岐阜県の「海津市歴史民俗資料館」にお邪魔して、幕末に関する講演を致しました。

立派な能舞台(の前)。
聴衆の皆さんは、50畳敷の畳に座られ、さらに後ろの椅子席もいっぱいで。

温かい雰囲気で、とってもお話ししやすくて、ありがたかったです。
(松永市長も最後までいらっしゃいました。歴史がとてもお好きだと伺いました)。

海津市は、高須藩のあった場所。
会津藩主・松平容保や桑名藩主・松平定敬ら、
幕末に大きな役割を果たした、いわゆる「高須四兄弟」を生んだ藩です。

他にも、「宝暦の治水」や「輪中」といった、
歴史と民俗の隠れた宝庫です。
歴史好きの方は、ぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか。

準備をしてくださった資料館の水谷さんはじめ、
資料館のみなさん、
お越しくださったみなさんに、
心から感謝申し上げます。


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誤ったシグナル

2018-03-07 00:38:42 | Weblog
1935年、ベルサイユ条約を無視(違反)し、徴兵制と再軍備開始。
1936年、ベルサイユ条約を無視(違反)し、ラインラント進駐。
1938年、オーストリア併合。
      チェコスロヴァキアのズデーテン地方を割譲させる。
1939年、チェコスロヴァキア解体。
      ポーランド侵略。

わずか四年の間に、ナチスドイツが、条約や話し合いを一方的に破棄したり無視をして、ヨーロッパに最悪の緊張感を与えた軌跡である。

ひるがえって、現代。
たとえば。
近所に、親子孫三代にわたってピストルや刀を振り回し、幼い子を誘拐しているとんでもない家・Kがあったとする。
で、警察があてにならなかった、とする。

近所は力を合わせて、「誘拐した子を返せ、刀やピストルを捨てろ」と説得する。
でもKは無視。
それどころか、近所との合意に違反して、武器の開発をやり、機関銃も自宅でつくりはじめた。時々試射までする。

で、仕方がないので、K家にモノを売ったりK家からなにかを買ったりしないことを、近所で申し合わせた。

隣のMさんは、その暴力的な家と親戚だったので、話し合いで解決しようとした。

しかし、これまでも何度もだまされてきたので、近所は誰も信用していない。

Mさんはそれでも話し合いに行き、合意を取り付けて大喜び。
しかし、中身を聞いて、近所はがっかり。

「話し合いの間は、機関銃の試射はしない」

だって。

機関銃は、持ち続けるんだ。
誘拐した子は、返さないんだ。
たぶん生活に困ったKは、親切なMさんからお金を援助してもらって、時間を稼ぐんだろうなぁ。
近所の誰も手出しできなくなるような強力な武器をつくって、脅せるようになるまで。

ナチスドイツのヒトラーは、本格的な侵略のための時間を稼いだとも言われている。
英仏は宥和政策によって、ドイツに、「ここまで許されるんだ。じゃあ、こっちをやっても平気だな」と、誤ったシグナルを送り続けた。
妥協すべき線と、譲ってはならない線を間違えるなと、歴史は教えている。

ちなみに、ドイツに大幅な妥協、誤ったシグナルを送って見せかけの平和をつくった英国のチェンバレンは、その直後は英雄となった。
が、ドイツに宣戦布告したのもチェンバレンであった。
やがて政権はチャーチルにかわり、英国の圧倒的不利な戦況下、病没した。


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講演会のお知らせ

2017-09-23 18:11:32 | Weblog
9月29(金)、東京の東亜総研で講演を致します。
テーマは、『歴史失敗学のすすめ』~過去から何を学ぶべきか~。
ご興味のある方は、下記をご覧ください。
http://www.toasoken.asia/?page_id=1647
拙著「失敗の研究」をベースに、わかりやすくお話しいたします。

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『「江戸大名」失敗の研究』、発刊しました

2017-09-05 23:05:30 | Weblog



PHP文庫より、
『「江戸大名」失敗の研究』、発刊いたしました。

「失敗の研究」シリーズ、4冊目となる今回は、
江戸時代の大名や幕府を俎上に上げました。

・福島正則と蔣介石は、なぜ大国をうまく利用しながら最後は見捨てられたのか?
・赤穂浪士と二・二六事件の「失敗の類似性」とは?
・田沼意次と田中角栄の意外な共通点とは?
・上杉鷹山と浜口雄幸、名君はなぜ「失敗」したのか?
・徳川幕府が崩壊する、最初の「蟻の一穴」とは?

といった内容です。
書店でぜひ、手にとってご覧下さい。

Amazonはこちら
PHP研究所 本書紹介ページはこちら







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牧師の手記に記された軍人

2016-11-05 00:07:20 | Weblog
フィリピンと韓国。
アジアの二人の元首が、毎日のように新聞に出ている。

ドゥテルテ大統領と、韓国の朴槿恵大統領。

ふと、終戦後に行われたマニラ軍事法廷を、思い出した。

ドゥテルテ大統領は、ミンダナオ島のダバオ市長であったが、生まれたのはレイテ島のマアシン。
ミンダナオ島もレイテ島も、その周辺海域を含め、第二次世界大戦終盤、日米の大激戦地となった。

当時、そのフィリピン方面を統括していた山下奉文将軍は、戦後になってマニラ軍事法廷で裁かれ、絞首刑になった。

山下将軍処刑の現場に立ち会った牧師の片山弘二氏は、同じくマニラにて処刑された中で印象に残った人物の名を、手記に記している。

韓国出身の、洪思翊(こう・しよく)陸軍中将。

洪中将は、処刑執行を前にやや動揺していた片山氏に対し、

「片山君、何も心配するな。私は悪いことはしなかった。死んだら真直ぐ神様のところへ行くよ。僕には自信がある。だから何も心配するな」

洪中将は裁判中、自身に対する弁解は一切せず、部下に対する裁判の時のみ、証言をしている。

新聞を読みながら、こんなエピソードが、頭の隅をよぎった。

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