むき出しになった裸電球の周りを飛び回る小さな蛾が時折電球にぶつかって、その小さな音がキンキンと高く響く。夏になる前の少し暑いほどの夜のことで東西両側の窓は開け放してあるけれど、風がないのでトロっとした空気が動かない。電燈の黄色味を帯びた灯りに照らされた部屋の白い壁がクリーム色にぼうっと光を発しているようで、自分のいる部屋の中が明るい分、真ん中から左右に張りあけた窓のガラス障子の間からすだれ越しに見る外の闇は余計にとろりと濃密な感じがする。間に一畳の板の間を挟んだ向こうにある西向の三畳間は照明を消してあって、真っ暗な奥行きがどこまでも続いてそっちの方から窓の外と同じ黒がじわじわと浸み出してくるように思われる。
日の暮れかかる頃から本を読み出して、いつの間にやら夜半を過ぎている。その間何も口にしていない。冷蔵庫は空だし、何の買い置きもないのでとりあえず出かけてみることにした。部屋の電燈の下にいると気がつかなかったが、外に出てみると月が朧に出ていて周りがほんのりと蒼味を帯びている。屋根瓦が青白く月の光を反射する色が好きで、しばらくは行き先を定めずに月の光を感じられるよう、ぬめぬめと濡れたような光を反射する屋根瓦を眺めながら街灯の少ない細い道を歩いた。夜の空気は夏の気配を孕んで肌にまとわりつくようにねっとりと感じられる。
北野の杜の辺りでは木立のシルエットで夜の色が深い。歩いていると動きのないむしむしと暑い空気の中を掻き分けているような感じがするけれど、上のほうでは風がある。揺れる梢がざわざわと音をたてて一塊になって動くさまを見ていると夜空よりも深い夜の黒が少しずつ膨れ上がっていくような、そのまま下へ降りてきて取り込まれてしまうような感じがする。繁華なあたりの終夜営業の店に行く気にはならなかったが、少し呑みたい気分ではあった。何が潜んでいるといわれても信じてしまいそうな黒い梢を見上げながら天満宮の東側の御前通を北へと向かう。樽緒の部屋を覗いて、起きていれば上り込むか連れ出すか、時間が時間なだけに電話をかけて起こしてしまうのも悪いし、それよりも起こしてしまうと呑まなければいけなくなる。奴が寝ていたらそれまでのこと、どうなるかは行ってみないとわからないという状態にしてアパートの裏手に回った。樽緒の部屋は真っ暗で、その上の少し知っている奴の部屋も真っ暗で、それならば仕方がない、月を見ながらぶらぶらと帰ろう。
腹が減っていたし、ちょっとだけ呑みたいような気分だった。かといって牛丼だとかコンビニ弁当というのも気が進まない。お酒中心の店に行くほど呑みたいとも思わない。天満宮と向かい合う警察署の裏手にあるラーメン屋がまだ暖簾を出していたことを思い出して、まだやっているかと今来た道を逆に辿った。
その店の面している一条通は『百鬼夜行』の通り道にあたっていたそうだ。京都の夜の心象は、他のどこで過ごしたことのある夜よりも暗い。もちろん、明るいのである。いろんな灯りに照らされて明るいのだけれど、その灯りから外れたところの闇は透明感のない深い黒で、明るいところから見ていると何やら得体の知れない気配のようなものがわだかまっているような感じがする。具体的に何かが居るというのではなくてあくまでも気配のようなもの、「何かがいる」と言われれば「あぁ、そういうこともあるかもなぁ」と思えそうな、『何がいてもおかしくないかも』という程度のものでしかないけれど、これは京都という土地についての知識をもとに他所から来た一時的な居住者が勝手にイメージするもので、そこに根付く生活者の持つ感覚ではないのかもしれない。とはいえ、元元『百鬼夜行』とはそんなものに形を与えたもんじゃないだろうか、とも思う。その頃の闇は今となっては想像もつかないほど深く濃いものだったろう。その中にある目には見えない密やかな感覚に「付喪神(つくもがみ)」という物語を与え、日用雑器類をもとにキャラクター化していったヒトの想像力を凄いとも羨ましいとも思う。ただ一度キャラクター化されてしまうと、それが先行してしまうと元元の「『何か』の感じ」とは乖離したものになってしまって「キャラクターを追いかける」ことにしかならない。その夜の徘徊は多分、そんな「キャラ化以前」の感覚を弄んでいたかったんだと思われる。
とはいえその時にそんな「七面倒臭ェ」ことを考えていたわけではない。ともかく腹が減っている。目指すラーメン屋は閉店ギリギリだったけれど、幸いまだ入れてくれた。他に客はいない。この店には『白梅麺』と『紅梅麺』というメニューがあって、それぞれのトッピングはかしわと豚肉、それに梅肉を添えてある。白梅麺を注文したように思う。ビールどうするか、などと思いながらラーメンをすすっていると、新聞を読んでいた店主がやおら話しかけてきた。
「京都は全国の都市の中で一番緑が少ないんやて」
「???」
それまで何度かお邪魔したことがあって、客が一人だけの時もあったけれども話しかけられたのは初めてのこと、しかもその話題が『京都市の緑地面積』というのでなんとなく面食らった。それでも御所とかそこの天神さんとか、緑は多いんじゃないですか、と訊くと「一箇所に集まっているから多いように見えるけど、全体との面積比でいくと一番少ない」ことを教えてくれて、東京とかの方が少ないように思うんやけど、不思議やろ、と続いた。どうやら新聞かニュースかでそのことを知って、なんだか釈然としなかったらしい。望みもしない『京都市トリビア』と白梅麺で何となく一杯になって店を出た。腹はくちくなったが熱いラーメンを食べて汗になり、余計に夜気がねっとりとまとわりつく感じがする。上七軒まで戻ってコンビニでビールを買い、部屋に帰って飲みながら本の続きを読んでいるうちにだんだんほの明るくなってきて、すだれの向こうのとろりとした闇も薄らいできた。夜明け前には少し涼しくも感じられたけれど、それでも日が昇ってしまうとまた蒸し暑くなるんだろう。
*参考:大将軍商店街 妖怪ストリート http://www.kyotohyakki.com/web_0317/top.html
現在この商店街は「妖怪」をテーマにしていろいろと企画展開をしている。
日の暮れかかる頃から本を読み出して、いつの間にやら夜半を過ぎている。その間何も口にしていない。冷蔵庫は空だし、何の買い置きもないのでとりあえず出かけてみることにした。部屋の電燈の下にいると気がつかなかったが、外に出てみると月が朧に出ていて周りがほんのりと蒼味を帯びている。屋根瓦が青白く月の光を反射する色が好きで、しばらくは行き先を定めずに月の光を感じられるよう、ぬめぬめと濡れたような光を反射する屋根瓦を眺めながら街灯の少ない細い道を歩いた。夜の空気は夏の気配を孕んで肌にまとわりつくようにねっとりと感じられる。
北野の杜の辺りでは木立のシルエットで夜の色が深い。歩いていると動きのないむしむしと暑い空気の中を掻き分けているような感じがするけれど、上のほうでは風がある。揺れる梢がざわざわと音をたてて一塊になって動くさまを見ていると夜空よりも深い夜の黒が少しずつ膨れ上がっていくような、そのまま下へ降りてきて取り込まれてしまうような感じがする。繁華なあたりの終夜営業の店に行く気にはならなかったが、少し呑みたい気分ではあった。何が潜んでいるといわれても信じてしまいそうな黒い梢を見上げながら天満宮の東側の御前通を北へと向かう。樽緒の部屋を覗いて、起きていれば上り込むか連れ出すか、時間が時間なだけに電話をかけて起こしてしまうのも悪いし、それよりも起こしてしまうと呑まなければいけなくなる。奴が寝ていたらそれまでのこと、どうなるかは行ってみないとわからないという状態にしてアパートの裏手に回った。樽緒の部屋は真っ暗で、その上の少し知っている奴の部屋も真っ暗で、それならば仕方がない、月を見ながらぶらぶらと帰ろう。
腹が減っていたし、ちょっとだけ呑みたいような気分だった。かといって牛丼だとかコンビニ弁当というのも気が進まない。お酒中心の店に行くほど呑みたいとも思わない。天満宮と向かい合う警察署の裏手にあるラーメン屋がまだ暖簾を出していたことを思い出して、まだやっているかと今来た道を逆に辿った。
その店の面している一条通は『百鬼夜行』の通り道にあたっていたそうだ。京都の夜の心象は、他のどこで過ごしたことのある夜よりも暗い。もちろん、明るいのである。いろんな灯りに照らされて明るいのだけれど、その灯りから外れたところの闇は透明感のない深い黒で、明るいところから見ていると何やら得体の知れない気配のようなものがわだかまっているような感じがする。具体的に何かが居るというのではなくてあくまでも気配のようなもの、「何かがいる」と言われれば「あぁ、そういうこともあるかもなぁ」と思えそうな、『何がいてもおかしくないかも』という程度のものでしかないけれど、これは京都という土地についての知識をもとに他所から来た一時的な居住者が勝手にイメージするもので、そこに根付く生活者の持つ感覚ではないのかもしれない。とはいえ、元元『百鬼夜行』とはそんなものに形を与えたもんじゃないだろうか、とも思う。その頃の闇は今となっては想像もつかないほど深く濃いものだったろう。その中にある目には見えない密やかな感覚に「付喪神(つくもがみ)」という物語を与え、日用雑器類をもとにキャラクター化していったヒトの想像力を凄いとも羨ましいとも思う。ただ一度キャラクター化されてしまうと、それが先行してしまうと元元の「『何か』の感じ」とは乖離したものになってしまって「キャラクターを追いかける」ことにしかならない。その夜の徘徊は多分、そんな「キャラ化以前」の感覚を弄んでいたかったんだと思われる。
とはいえその時にそんな「七面倒臭ェ」ことを考えていたわけではない。ともかく腹が減っている。目指すラーメン屋は閉店ギリギリだったけれど、幸いまだ入れてくれた。他に客はいない。この店には『白梅麺』と『紅梅麺』というメニューがあって、それぞれのトッピングはかしわと豚肉、それに梅肉を添えてある。白梅麺を注文したように思う。ビールどうするか、などと思いながらラーメンをすすっていると、新聞を読んでいた店主がやおら話しかけてきた。
「京都は全国の都市の中で一番緑が少ないんやて」
「???」
それまで何度かお邪魔したことがあって、客が一人だけの時もあったけれども話しかけられたのは初めてのこと、しかもその話題が『京都市の緑地面積』というのでなんとなく面食らった。それでも御所とかそこの天神さんとか、緑は多いんじゃないですか、と訊くと「一箇所に集まっているから多いように見えるけど、全体との面積比でいくと一番少ない」ことを教えてくれて、東京とかの方が少ないように思うんやけど、不思議やろ、と続いた。どうやら新聞かニュースかでそのことを知って、なんだか釈然としなかったらしい。望みもしない『京都市トリビア』と白梅麺で何となく一杯になって店を出た。腹はくちくなったが熱いラーメンを食べて汗になり、余計に夜気がねっとりとまとわりつく感じがする。上七軒まで戻ってコンビニでビールを買い、部屋に帰って飲みながら本の続きを読んでいるうちにだんだんほの明るくなってきて、すだれの向こうのとろりとした闇も薄らいできた。夜明け前には少し涼しくも感じられたけれど、それでも日が昇ってしまうとまた蒸し暑くなるんだろう。
*参考:大将軍商店街 妖怪ストリート http://www.kyotohyakki.com/web_0317/top.html
現在この商店街は「妖怪」をテーマにしていろいろと企画展開をしている。