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センター突破 これだけはやっとけ 鳥取の受験生のための塾・予備校 あすなろブログ

鳥取の受験生のための塾・予備校  あすなろ予備校の講師が、高校・大学受験に向けてメッセージを送るブログです。

春蕾記(しゅんらいき)

2010-10-29 17:35:37 | 洛中洛外野放図
松田先生のブログが殊の外好評でございます。

ここはひとつ、「連載をお願いしちゃおう!」ということで話を持ちかけたら、

快くOKしていただきました!

(「快く快諾していただきました」と書きそうになった。「頭痛が痛い」と同種の間違いですな)

バブルまっただ中、青春ドストライクの某青年が、京都で迎える風雲の一大スペクタクルをお見逃しなく!

題して「洛中洛外野放図」、はじまり、はじまり~



 東西方向の通りをX軸、南北方向の通りをY軸としましょうか。まず交差点を示して原点を決める。例えば東西の丸太町通と南北の千本通との交差点を「千本丸太町」とし、そこが原点となる。この際、どちら向きの通りを先に言うという決まりはなく、慣例に従うことになる。曰く「烏丸丸太町」「四条烏丸」など、ただし、それぞれ逆の言い方はしないので、信号機にとっついている地名表示だとか、バスのアナウンスだとかに従えばよろしい。そこからX軸のプラス方向なら「東入ル(ヒガシイル)」、マイナス方向なら「西入ル(ニシイル)」と言い、Y軸のプラス方向は「上ル(アガル)」、マイナス方向は「下ル(サガル)」、原則北を向いて考える。

 かつての朱雀大路に当たる千本通、現在は京都市街の真ん中より西よりの、メインストリートではないけれども主要道路の一つである。その一筋西が六軒町通、その西に七本松通がある。京都御苑の北端に接し、そのずっと西で南面する北野天満宮の前を通る今出川通から南に元誓願寺通、笹屋町通、一条通と細い一方通行の通りが並び、中立売通、仁和寺街道と続く。

 仁和寺街道六軒町西入ル下ル、ここを住処に決めた。後で仁和寺街道七本松東入ル下ルとしても郵便が届いたところをみると、どうやら固定した住所表記ではなくやはり座標で考えられているらしい。北野の歌舞練場からそれほど離れていない千本中立売を中心とした界隈は以前西陣京極と呼ばれていた(だから現在繁華なアーケード街が『新』京極なのだそうな)殷賑(いんしん)な遊興街であり、六軒町通を中立売通から南へ向かっていくと遊郭が並んでいたという。当時の建物がいくつか残っていて、その西側、細い露地の入り組んだところに以前置屋だったという建物がそのまま建っている。置屋とはいわば芸妓の派遣所で、客を遊ばせるところではないそうだが、築数十年の木造二階建て、使い込まれた階段も廊下も黒光りをしていようかという日本家屋である。二階は廊下をはさんで東西両側に部屋が並ぶ。北側の端は一畳分押入れになっていて、その手前の一畳の板の間、つまり幅一間の廊下の突き当たりの部分を扉で仕切ったところ、の右手に当たる東側には四畳、左手の西側には三畳の部屋。京間の上にそれぞれ東・西向きに開口された出窓の下は30センチほど板張りになっているので広々としている。天井は網代(あじろ)編みになっていて、東側の四畳の部屋には床柱がそのまま残っている。おそらく以前は作り付けの違い棚か何かがあったのを取り払ったのだろうが、一階からぶち抜きになっている柱を取り去るわけにはいかない。諸々完備のワンルームマンションが林立する中、風呂なし、トイレ・炊事場共同で照明は潔く裸電球であるという、いわば劣悪な条件を丸呑みにしてまでここを選んだ、というのは元置屋とは知らないままに部屋の様子に一目惚れだったのである。その条件のおかげで家賃が破格に安いのも有難い。

 西側が建物の表になる。仁和寺街道から3mほどの高低差があって、かなり勾配のきつい坂になっている幅2m強の狭い道路を挟んだ向いに老夫婦の営む旅館がある。営業している風でもなかったが、夜になると看板に灯りが入ったところを見るとやっていたのかもしれない。この旅館の脇に桜の木が立っており、生い茂る枝葉は通りを横切って向かいの塀の中にまで伸びている。ということは自分の部屋の西側の窓を開けると目の前の、手の触れられるほどのところで桜が満開となるわけだ。引っ越してきたのが三月の終わりで、西の出窓に腰掛けて膨らみつつある蕾にわくわくした。

 挨拶に回ってみると学生は他に一人もおらず、場違いな感じがしないでもない。

 入学式まで何日かあったので、荷物の整理をしながら方々をぶらぶらとみて回って過ごした。自転車があれば京都市街のいわゆる『碁盤の目』を端から端まで動き回るのも容易い。大学方面に行くには、近くにあるお寺の境内を通り抜けると近道になる。ここは広々とした公園になっていて、ちょっとした遊具がある。数ヵ月後には酔っ払った挙句夜中にここのジャングルジムの中に絡まっているのに気づくことになるのだが、それはまた別の話。おおむね色々の位置関係をつかみかけた頃、ここでよく見かける老人と会釈を交わすようになった。どこか古今亭志ん生に似ているそのおじいさんはいつも和服姿で、ステッキにあごを乗せるようにベンチに腰を下ろしている。ある日珍しく午後早い時間に銭湯に行くと、湯船にその人がいた。挨拶を交わして体を洗っていると、しばらくして湯船から出てきたその体中に、彩も鮮やかに花札が散らばっている。不意を突かれたようになってちょっと驚いたが、そう、ここは西陣京極である。往時は浮名を流された御仁なのだろう。

 風呂上りに桜の蕾を眺めてぼんやりしていると、ノックの音がした。出てみると一番古くからここに住んでおられるというおばあさんで、サイダーを飲まないかと言う。気を使って様子を見に来てくださったようだ。
「ほなちょっと、取りに来てくれるか」
部屋についていって、サイダーを受け取るときに聞いてみた。
「この辺は、古い建物とか多いですね」
建物の由来はこのときに教えてもらった。そのほか色々と話をうかがった。
「そらあんた、にぎやかなところやったからなァ、そういう兄さんも結構多かったんやで」
そういう兄さん…
「そんなんがナ、なくなった後もナ、夜中に喧嘩の声やらしょっちゅうやったし、パンパーンて聞こえることもナ、あったけども」
『パンパーン』って、何の音?
「まぁそんなんも、十年よりももっと前のこっちゃって、いまは静かーなところです、んン」
へぇ。
「まぁなんか困ったことあったら、いつでも言うてナ」
お礼を述べて自室に引き下がった。

 かくしていろいろな意味での不安とともに、京都での生活がスタートした。

高瀬川の一期一会

2010-10-27 09:59:28 | 職員徒然コラム(お茶受けにどうぞ)
 バーといっても酒が並んでいるだけで、あてはというと缶詰類と乾き物が何種類か。それほど深い付き合いでもない知り合いの安下宿で飲んでいるような雰囲気である。ほかの客とはちあわせしたことは数えるほどしかない。マスターも商売をやる気があるのかないのか、一緒になって酒を飲んでいることも多い。高瀬川沿いにあるこのカウンターバー “USAGI” には和洋を問わず70年代のロックだとかブルースのアナログ盤を取り揃えてあって、好みの音楽をかけてもらって言いたい放題しゃべりながらぐだぐだと時を過ごすことができる。

それがもう20年ほども昔の話。

 大学を卒業して何年か後に結婚して、結婚したことを報告がてら、ヨメと一緒に大学時分の連れを訪ねた。京阪在住の同期を訪ね歩き、最後の夜には同期、後輩を含めて集まってくれた。最初は大学に近い北野白梅町の居酒屋だったが、どうせなら学生の頃に通った馴染みの店に行きたい。

千本今出川を少し南に下った西側にある居酒屋『一菜』の大将は見た目も爽やかな好青年、それでいてかなり年季の入ったブルースマニアで、繁く通っていた頃にはCDの貸し借りをしていた。
「いやぁ、もう何年も経つのに覚えてくれてはったん、嬉しいですわぁ」
とお酒をついでくれた。「実はぼくも入籍しまして」と言っている横では、前からずっと店で働いていた女性が照れくさそうに笑っている。それはそれは。それならば一緒に祝杯をあげましょう。なんだか店中がおめでたい感じになり、おめでたいお酒をいただいておめでたくなって店を出た。そのまま何名かが千本通りを南下して、千本中立売『神馬』へ。ここのマスターはダンディーだが、喋りがなんともいえず味わい深い。藤山直美似のおかみさんはとても明るくて、いつでも楽しいお酒になる。そこでまたひとしきり久闊を叙し、おいしいおばんざいをいただき、頭も足もさらにおめでたくなって中立売通りを西へ向かってぞろぞろ、ぞろぞろ。北野天満宮の前でタクシーに乗って宿泊先のホテルへ。このあとはその場にいた後輩の家に行って、みんなで呑もうと手土産に持ってきた鳥取の地酒を渡したまでは良かったが、『新婚』を理由にホテルに取り残されてしまった。

 結局、酒だけ取られてほったらかしかい。

 幸か不幸か夫婦そろってお酒が好きで、くやしいようであり、呑み足りないようであり、とはいえ居酒屋三軒をめぐった後だ、そんなに食えるものでもない、というよりもう食えない。あてはともかく、何とかもうちょっと、というときにふと思い出した。そうだ、USAGI に行こう。

 最後に顔を出してから数年が経っている。冒頭で述べたような経営方針だったので、もしや、の思いも頭を掠めないではなかったが、四条河原町から南へ三筋目、『シャンソニエ巴里野郎』の看板を見上げながら東に曲がり、『地球屋』をやり過ごして道なりに進むと赤地に白抜きの見慣れた看板。嬉しくなって階段を上る。扉を開けると聞こえてきたのは美空ひばり ― 美空ひばり!?

 店名も内装もそのままに、カウンターの中には知らない人が立っていた。一人先客がいて、マスターと親しげに話をしている。一瞬固まったが、まぁ、せっかく来たことだし。一杯呑もうか。なんとなく以前の USAGI の話になった。新マスターは前マスターのことを知らないのだそうで、新マスターになってからのラインナップは『昭和歌謡』中心なのだという。それで美空ひばりか。先客も交えていろいろ話すなかで、前の週に式を挙げて、新婚旅行の代わりに大学時分の連れと酒を呑みにきた、とても懐かしい店なので寄ってみたという説明をした。
「おもしろい、そういうの好きだな」
小柄で飄々とした感じの先客がマスターに何かを言った。マスターはうなずいてカウンターの下に沈みこむ。何だと思っていると、目の前にシャンパンが一本ドンと置かれた。
「なんスかコレ?」
「みんなで祝杯をあげましょうよ」
「ええええぇーっ」
ふたりで驚いているうちにマスターは手際よく栓を抜き、4つ並べたシャンパングラスに注いでいく。「おめでとう」1本空いて、翌日の午後には帰るというのに、もう大変なことになっている。
「うれしいなぁ」ウチら夫婦ではない。先客さんである。何が?
「偶然この店でいっしょになって、こんなお祝いができるのは嬉しいですよ」
改めて文字で表わしてみると、言うこと為すこといちいちキザったらしいが、飄々と淡々と、まったく厭味はない。嬉しいからちょっとお礼がしたくなったと言う。何をおっしゃる、先客さん、こんなことをしてもらった上にそんなことまでしてもらっては…いやまだ聞いてはないけれども。

 南座で公演中の舞台監督をしているという先客氏は、翌日午前の公演に招待してくれるというのだ。京都南座といえば歌舞伎発祥の元和年間から連綿と続く大劇場である。顔見世の時期でなし、ひょっとすると落語会か何かかしらん、松竹だから桂春団治師とか。で、何をしてはるんですか?
「舟木一夫ショー」
ふふ、舟木一夫ぉ? まったくの守備範囲外である。興味がないのでちょっと困りかけていたが、先客氏が一つのショーを作り上げていく過程について話すのを聞くと、ものすごく惹かれた。裏方全員で誇りと自信を持って取り組んでおられるのがよく分かる。何よりも、熱い。お祝いとして、それだけの熱意とプライドとで作り上げたものを観て帰ってほしいというのだ。それはもう、ぜひ。
「じゃあ、あす開演10分くらい前に南座の前に来てください」

 最悪の寝起きでチェックアウトを済ませ、一旦京都駅に出て荷物を預けた。ホテルは祇園なので南座まで歩いてもしれたものだが、呑みすぎである。大きな荷物を持ってふらふらと歩くだけの気力も体力も持ち合わせがない。酔っ払い同士の口約束なので、ちょっと不安になりながら南座正面入り口前の歩道でガードレールにもたれかかった。二人ともまっすぐ立っていられない。しばらく待っていると黒衣(くろご)がひょこひょこと近づいてくる。顔の前の垂れを跳ね上げてあるので、すぐに前夜の先客氏だとわかった。最初の印象よりもさらに小柄に見える。
「来てくれましたね」
正面入り口からではなく、鴨川の方に向いた通用口から中へと入る。それはそうだ、お金を払わないんだもの。演者か裏方か、出入りの業者でしか経験することのできないルートで客席へ向かう。1階最後列のさらに後ろに2脚椅子が出してあって、客席を含めた場内全体を見渡すことができる。
「どうぞごゆっくり」
第一部は舞台『眠狂四郎』、休憩を挟んで第二部の『歌謡ショー』となる。

歌謡バラエティショーは初めてだった。昨夜の語りが思い出されて、主役を見ているというよりも『彼ら』の仕事を視ている。ただ、呑みすぎの頭には円月殺法で反射するライトがつらい。最後のキメがあり幕が降りる。と、万雷の拍手のなか、一際目立つスタンディング・オベーションがあった。遠目の後姿からもかなり年季の入っていることのうかがえる女性が茶髪のポニー・テールを揺り動かし、ピンクのタンクトップから二の腕も露にぴょんぴょん跳びはねている。幕間の休憩中にロビーはもとより男子トイレにまで氾濫するおばさまたちの洗礼を受け、それが終わるとお待ちかねの第二部『歌謡ショー』である。何曲歌われようと『高校三年生』と『銭形平次』しかわからない。紙テープが舞いペンライトが揺らめくさまにただ圧倒された。そしてピンクのタンクトップだ。ポニー・テールを振り乱し、歓声というより絶叫に近い声を上げてステージによじ登らんばかりになっている。ここにも熱い魂があった。タガの外れたおばさまのテンションは天井知らずである。間奏の間に身をかがめて満面の笑顔で握手をし、その熱狂をさらっと受け流して見せた舟木一夫、プロだ。ステージに上る人も、上らない人も、『見せる/魅せる』ことを目的に関わっている大勢の人がプロの仕事をしている。演目そのものに興味はなくても、惹き込まれるようだった。

 公演が終わって通用口から川端通りに出て、四条大橋を渡って喫茶『フランソア』のソファに落ち着いた。内装も客層もゆったりとしていて、静かにすごすにはちょうどいい。とはいえ、黒衣が一人混ざった三人連れはちょっと浮き気味か。

 コーヒーを飲みながら、素直に感動した旨を伝えると、ちょっとはにかんだ様子で礼を述べられた。滅相もない。礼を言うのはこちらなのに。何かお返しに、ウチらにできることがあればいいんですが。「いや」ちょっと厳しい表情になった舞台監督はよしましょうという。
「一期一会って、素敵じゃないですか」
山口百恵のさよならコンサートか。言うこと為すことがいちいちキザったらしいが、これが彼の『粋』なのだろう。素直に受けることにする。フランソアを出て握手を交わし、彼は四条大橋を渡り、こちらは四条大橋を背に駅へと向かう。酒浸りの京都行脚に素敵な締めくくりがついた。

それももう10年ほど昔の話。

 何の気なしに「京都 USAGI」で検索するとHPがあった。コンテンツは「製作中」ばかりだが、場所も同じで、写真では店内の様子も変わらない。リンク先を見ると『昭和歌謡』とは違っているようだ。今度は何があるか、またぞろ、行ってみたくもある。

センター入試、難易度別に2種類 16年導入を検討

2010-10-26 09:02:48 | ニュースを斬る!
先日の朝日新聞のスクープ記事には驚きました。
「寝耳に水」とはまさにこのこと。



センター入試、難易度別に2種類 16年導入を検討

大学入試センター試験を難易度別に2種類にする検討を、独立行政法人「大学入試センター」が始める。新しい学習指導要領で学んだ高校3年生(現在の中1)が受験する2016年1月実施が目標になる。えり好みさえしなければ誰でも大学に入れる「全入時代」が迫り、受験生の学力の幅が広がったことなどから、1回1種類のセンター試験で学力をつかむのが難しくなったためだ。

 現段階で想定されているのは、試験科目を主に国公立大(一部の私大も含む)の志願者向けのものと、私立大向けの基礎科目型に分ける2種類の試験。大学が二つのうちどちらかを選び、志願者が受験する仕組みが考えられる。両試験とも一定量は同じ問題を出し、それぞれの得点を換算できる仕組みにするという。

 また、ペーパー試験を課さないAO・推薦入試の受験生を対象に、高校段階の学力を把握するテストを、センター試験とは別に導入するかどうかも検討するとみられる。

 センター試験は今年1月、国公私800を超える大学・短大が利用し、約52万人が受験した。試験問題は平均60点水準で作られている。だが、成績分布のグラフが上位と下位の二つの山になっている科目もあるなど受験生の学力格差が広がる兆候が表れてきた。

 背景にあるのは、少子化と大学の定員増だ。18歳人口が92年の205万人から120万人に減少。一方で、大学の定員は増え、AO・推薦入試は私大の入学定員の半分以上を占める。志願者数に対する入学者数の比率は90年の6割台から9割台に。「全入」も目の前に迫る。

 受験生の質も変化。個を重視する教育のため、普通科高校の卒業単位に占める必修科目の比率が減り、共通の科目を学ぶ受験生が減った。

 その結果、難関大学ではセンター試験での結果で差がつかなくなり入学者選びに役立ちにくい一方、学力が一定程度に達していない受験生には問題が難しいという指摘も出てきた。同一試験で全体の学力を把握するのが難しくなっていると指摘され、早めに手を打つ必要が出てきた。

 センター試験については、今春の事業仕分けや、文部科学省による09年度業務実績評価でも、入試センターが入試改善を視野に入れた取り組みの中心的役割を果たすことが必要と指摘された。同時に今後の検討についても文科省は理解を示している。

 同センターは11年度から始まる5年間の中期目標、中期計画に本格的な入試改善を進めることを盛り込む考えを固めている。入試改革を議論する理事長の私的な懇談会を11月中にも開き、議論を始める予定だ。(編集委員・山上浩二郎)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY201010240339.html




あくまでも
検討に着手
現在の中1が高3になった2016年1月実施が目標
なので、今の受験生には関係のない話ですが、
実際に導入されるとなると学校・塾等の現場の負担はかなり重くなることが予想されます。
「簡単版センター試験」をどれくらいの大学が採択するかによるのですが、
2通りの試験対策を強いられる教育現場にとってはあまりいい話とは思えません。

「成績の2極化」が気になるのであれば、まずはそれを解消できるような施策を文科省がうち出し、
それに追随する形で大学入試センター(DNC)も対策を講じる、
というのが物事の正しい順番だと思います。


検討段階の話ですので、実現可能性がどのくらいあるのかはわかりませんが、
このニュース、今後も注意深く見守っていく必要がありそうです。

じょうとんば

2010-10-08 08:56:26 | 職員徒然コラム(お茶受けにどうぞ)
祝 ご結婚ということで、松田先生に書いていただきましたヨ!



 入って右側に、奥のトイレへと向かう通路、入り口側の壁と通路を背にする形でL字型にカウンターがしつらえてあって、入り口側は6人、通路側は2人掛けの小ぢんまりとした細長い店である。お酒の趣味の合う連れと2人掛けのほうに並んで熱燗を注しつ注されつ。少し寒い時期で、おでんとちょっとした煮物、温かい料理が嬉しい。取りとめもない話をして、いつだって取りとめもないけれども、少し回ってさらに取りとめがなくなり始めたところで、連れが席をはずした。
「恋人さんですか」
取りとめのなくなっている頭には恋人にさんをつけるのが新鮮にきこえて、声のしたほうを見てみると6人掛けの真ん中あたりでかなりご年配の、口ひげまで真っ白な白髪の男性がめがねの奥で柔らかく笑っている。左側に同年輩の女性がいて、二人とも落ち着いた上品な印象である。すてきな笑顔にこちらもつられてニコニコしながらお相手をする。
「そう見えますか」
「いいですねぇ」
「だといいんですけどねぇ、そんなではないんです」
「いいですねぇ」
違うというのに、わからんのかおっさん。

 連れも戻ってきて、なんとなく会話に加わった。きけば息子さんに代をゆずって楽隠居となった貿易商で、現役時代には忙しすぎてなんにもできなかったので、たまにこうして奥さんと出かけてゆっくりと食事をされるのだそうだ。奥さんも横で莞爾(かんじ)とうなずいている。そういう店で双方が燗徳利を前にしているので、自然とお酒の話題になる。
「ぼくはねぇ」
このご隠居のように、京都ではどんな年代の方でも一人称に「ぼく」を使われることが多いように思われる。それで自然な感じで違和感はない。
「ぼくはねぇ、やっぱりお酒のほうがいいですねぇ。年中、夏でもお燗で呑むんです」
本当に旨そうに、目を細めてゆっくりと酒を含む。
「もう一本、つけてください」
ご隠居がマスターに声をかけたとき、横の奥さんがカウンターの下、こちらからは見えないところでご隠居の体を突っついているらしい。小声で何か言っている。ご隠居は右手をまぁまぁ、とでも言うように動かし、これも小声で何かを言った。聞こえてなくても見当はつく。たぶん、呑みすぎだとか何とか言われて、それについて交渉しているのだろう。連れとそんな話をして、微笑ましくもおかしくてクツクツと笑った。

 結局お銚子の「小」に落ち着いて、少しペースが落ちたように見えるのはたぶん名残を惜しんでおられるのだろう。それからまたいろんな話を承った。人生訓とも社会人としての心得ともつかない話になってきたが、お人柄と話しぶりのおかげでいやな印象はまったくない。それともこちらの頭がさらに取りとめがなくなったか。それが証拠にどんな話だったかまるで覚えていない。また奥さんが動き出した。今度は軽く体をはたきながら「こぉれっ、もう」という小さな声が聞こえる。そろそろ潮時だろう。マスターに会計を命じた。
「それからこちらのお二人に、お銚子を一本つけてあげてください」
こちらも大概呑んでいるが、望外の僥倖(ぎょうこう)に思わず二人で立ち上がり、腰から折れてお見送りした。
「学生のうちは何だってできるから、若いんだからいろんなことを経験してください」
「どぉもすいません、お邪魔しましたねぇ」
外へ向かってご隠居の背中を押しながら申し訳なさそうに奥さんが頭を下げた。

 お邪魔だなんて、とんでもない。とても楽しいお酒でした、ありがとうございます。

 言えばいいのに二人して取り止めがないので、もう目いっぱいの笑顔で頭を下げるだけである。きっとこの後ご隠居はたくさんお小言をくらうのだろう、目に見えるようである。連れとまたそんな話をして、微笑ましくもおかしくて、でも、いいご夫婦だね。

表題の「じょうとんば」は『尉姥』と書き、尉(じょう)と姥(うば)、つまりおじいさんとおばあさんの老いたカップルである。熊手を持ったおじいさんと箒を持ったおばあさんとして表現されることが多い。「おまえ掃くまでわしゃくじゅ熊手」、鶴と亀をあしらった松葉と海原の絵を背景にしてフィギュアケースに収まっている。「お前百までわしゃ九拾九まで」、結婚の行き着く一つのかたちであり、あのご夫婦の姿そのものである。

荒木さん、お疲れ様!

2010-10-07 14:45:17 | あすなろ予備校
むう、ほぼ1か月無更新で10月に突入しちょる・・・

いあいあ、この際過去は振り返るまい、未来のみを見つめて行こう!

ということで、これからの更新頻度に乞うご期待!


さて、今日まで事務のお仕事をしていた荒木さんがご退職(寿!)



今までお疲れ様&ありがとうございました!

これからは少し淋しくなりますが、家もあすなろから近いことだし、いつでも遊びに来てくださいな!


本科生のみんなが3月にいい結果が出れば、きっとお祝いに来てくれるはず・・・



がんばれ、あすなろ生!!

谷川もあなたの結婚式が盛り上がるものになるよう、応援&イロイロ頑張ります!!