赤穂事件 勅額火事
将軍綱吉
「其方の呪術で大雨がふったのか?」
隆光(大僧正)
「はい」
「栄春は朝から勅額の到着を待っておりましたから
邪悪な鬼の企みを感じ取る事が出来たので御座います」
それ故に、大雨を降らし
鬼の暴挙を寸前で食い止め、
大火を鎮める事が出来ました」
将軍綱吉
「見事な呪術じゃ!」
「其方の力がなければ
根本中堂と文殊楼は焼失しておった筈」
「大火が寸前で消えた」
「これを、奇跡と呼ばず何と呼ぶ!」
隆光
「はい」
「栄春の呪術によって
天気を操ったので御座る」
「鬼を退散して、大雨を降らせました」
将軍綱吉
「よしよし」
「褒めてつかわす」
「其方を大僧正とした儂の見定めも確かであったぞ」
「其方の力で
根本中堂に祭っておる薬師如来に縋り
儂を不老長寿にする事を約束させよ!」
隆光
「はい」
「鬼は退散致しましたので
上様は不老長寿に為りまして御座います」
将軍綱吉
「おおォ」
「左様か!」
「不思議な事に
其方の言葉を聞くと力が漲るぞ
其方の御蔭じゃ」
隆光
「はい」
「ただ、今の状態を持続させる為には
もっと、法要儀式が必用で御座います」
将軍綱吉
「んんゥ、其方の思うように、
何でも思いのままにすればよいぞ!」
隆光や
「では、京・奈良の寺社の再建を進める必要が御座います」
「江戸の鬼は退散しましたが
京や奈良に現れるかも知れません
勅額が遅れた事により
江戸に鬼が現れました
そして、勅額が到着して
栄春が呪術を使った事で
鬼は退散したので御座います」
今度は、京や奈良を救う必要が御座います」
将軍綱吉
「んんゥ」
「其方の力を信じよう!」
「幕府の繁栄と安泰を祈願して
京や奈良の寺院を新しく建て直す」
「朝廷は常に幕府に下向させ
幕府は、朝廷の権威を
権力で支える」
「幕府の繁栄には
其方の力が必用なのじゃ!」
隆光
「はい」
「京や奈良の寺社を幕府の力で管理する事で
幕府の権力は朝廷を完全に凌駕致します」
「幕府の力は強大になる事で御座いましょう」
将軍綱吉
「よしよし」
「では、光圀じゃ!」
「大僧正は飢えた庶民を見捨てれば
光圀を始末出来ると言っておったが
光圀の奴はピンピンしておるぞ!」
「如何いう事じゃ!」
隆光
「はい」
「光圀は幕府の借款で凌いでおりますから
今は安泰なので御座います」
「来期からは、首が回らず苦しむ事になりましょう」
将軍綱吉
「早くやれ!」
「御犬遊びが出来んぞ!」
隆光
「ただ、光圀を始末するには
光圀が飢えた庶民を見捨てる必要が御座います」
「逆に、上様が見捨てるような事を為されば
上様に苦難が起こりましょう」
将軍綱吉
「だから、やっておるぞ」
「上野寛永寺の根本中堂・文殊楼・仁王門が落成させた」
「これから、京や奈良でも同じように寺社を落成させるぞ」
「薬師如来を祭り
飢えた者を始末する」
「儂は、多くをやっておる」
隆光
「はい」
「その点、光圀は多くの寺社を潰しております」
「今にあの者には天罰が当たりましょう」
将軍綱吉
「よし」
「光圀に天罰を与えよ!」
隆光
「はい」
「呪術によって
光圀を始末致します」
将軍綱吉
「光圀がいなければ
御犬遊びが出来る」
「今度の饗応で
天皇を交えて
御犬遊びに興じる事が出来るか?」
隆光
「光圀がいなければ可能で御座います」
将軍綱吉
「よしよし」
「では、吉良に準備させよう!」
隆光
「しかし、吉良殿は・・」
「今回の大火で吉良邸は焼失しました・・」
将軍綱吉
「吉良邸も幕府で再建すればよい」
「資金は幕府で提供する」
赤穂事件 原惣右衛門 父の仇討ち
浅野内匠頭
「去年の大火は我ら火消しが大活躍したが
今回の大火は全くの形無しぢゃった」
原惣右衛門
「我らは、吉良邸への侵入を拒まれたから
初期対応が遅れたので御座る」
浅野内匠頭
「吉良邸の手前で消せば良いではないか!」
原惣右衛門
「儂は、二度も、吉良邸を守りたく無い!」
浅野内匠頭
「其方の仇か・・」
原惣右衛門
「父親は吉良の策略で浪人となり
家族は全てを失った」
「儂は、吉良邸を救いたくない」
浅野内匠頭
「では」
「故意に消火の手を抜いたのか?」
原惣右衛門
「吉良は、消火活動を妨害しておった」
「我らは、吉良邸に入る事も
吉良邸を破壊する事も出来なかったのぢゃ」
浅野内匠頭
「んんゥ」
「左様か・・では
如何じゃ!」
吉良邸は完全に焼失したぞ」
「吉良も全てを失ったのじゃぞ!」
「これで、其方の無念は晴れたか?」
原惣右衛門
「はい」
「吉良邸が焼失して
父の恨みを晴らす事が出来ました」
浅野内匠頭
「吉良は、嫌な奴じゃが
上様の贔屓にある」
「吉良に逆らえば狂犬が嗾けられる」
「誰も吉良に逆らう事は出来ん」
「要らぬ騒ぎを起こすでは無いぞ!」
「よいな!」
原惣右衛門
「今回の大火は、落慶法要のさなかであったから
吉良の面子はなくなり、面目丸潰れ
奴に大打撃を与える事が出来ました」
「大変に満足いく結果で御座る」
浅野内匠頭
「上様は、相変わらず吉良を贔屓しておるぞ」
「吉良の面子を潰しても
吉良が失脚する事はない」
「だからな」
「其方は、もう吉良にかかわるな!」
原惣右衛門
「いいえ」
「吉良を失脚させなければ気が済まん!」
「ぢゃが、一応」
「今回は、吉良の屋敷を大火で奪った事で満足しておく」
浅野内匠頭
「馬鹿を言へ!」
「吉良は上様の贔屓にあるのじゃぞ!」
「吉良邸は、幕府の資金で立て直しされる」
「今までの古い屋敷から
広い新しい屋敷に住み代わりになるだけじゃぞ」
原惣右衛門
「何と!」
「では、吉良邸を破壊しても焼き払っても
幕府の援助で
吉良は痛くも痒くもないと申されるか!」
浅野内匠頭
「左様」
「じゃからな」
「吉良にはかまうな!」
「吉良に嫌われたら
赤穂に将来は無いぞ!」
原惣右衛門
「嫌で御座る!」
「お館様は、吉良の犬に成り下がっておられる」
「吉良の犬に成ったお館様は不要に御座る」
「お館様は、犬に成られたのか?」
浅野内匠頭
「うゥ」
「其方は、儂が犬に成ったら
儂を殺して、
儂の後を追って
殉死すると言ってたな・・」
「左様な無茶は止めろ」
「儂は、犬になど成らん」
「よいな」
「無茶は為らんぞ!」
原惣右衛門
「絶対ですぞ」
「内蔵助殿とも約束しております」
「もしも、お館様が犬に成れば
拙者は殉死致します」
「その後の事は筆頭家老に委ねられ
弟君が後を継ぐ事になります」
浅野内匠頭
「えええェ」
「そんな事になっておるのか?」
「内蔵助が承知しておるのか?」
「儂は、如何すればよいのじゃ?」
原惣右衛門
「はい」
「お館様は、武士で御座る」
「お館様は、犬では御座いません」
「お館様は、赤穂の誇りで御座います」
浅野内匠頭
「・・・・」
「あ・・」
「あのな」
「儂は、其方のように頑強ではないぞ」
「弱いのじゃ・・」
「あまり期待が大きくても
落胆があると思うぞ・・」
原惣右衛門
「お館様!」
「ご安心下され!」
「拙者がお守り致します」
「拙者は屈強な武士で御座います!」
赤穂事件 吉良の霊言? 喜連川騒動
正保4年(1647年)に喜連川藩騒動があった。事の詳細は闇に包まれ多くの謎に包まれいてる。
その頃、吉良は六歳程であったが、この騒動は吉良家の命運にかかわる一大騒動でもあったため
吉良家では跡継ぎの小野介へ、事細かく真相が伝えられていたのだ。
吉良上野介
「あの頃、儂は、吉良家の危機を何度も聞かされた・・」
「あの頃、隆盛を極めていたのは酒井忠勝と松平信綱であった」
「酒井一族では忠勝は別格であり、弟の酒井忠吉が幕府の重鎮となる公算であった」
「しかし、喜連川藩騒動を境に、酒井家の力関係は一変したのだ」
「酒井忠清の力が一挙に高まり、岡山の池田と手を結び、
あれよあれよと忠勝を追いやり大老にまで出世したのだ」
「我らは足利家の末裔、一色派と共に酒井忠吉に取り入り大きな力を得る公算であった」
「しかし、喜連川藩騒動で事態は逆転して、酒井忠清が酒井一族の別格となり
期待した酒井忠勝は急激に力を落としていった」
「我らは忠勝と共に力を失い
忠清の隆盛を指を加えて見ておるしかなかった」
「それらか、今」
「忠清が失脚して、我らは生き返った」
「上様は、我らが忠清に対抗していた事を評価してくれた」
「儂は、上様から贔屓され、側用人にも勝る信頼を得た」
「今こそ、喜連川藩騒動の無念を晴らし」
「吉良家の隆盛を望む」
赤穂事件 吉良の虐め
酒井 忠挙 (酒井忠清の長子)
「高家指南役殿・・」
「某は、老中をはじめ皆から遠ざけられております」
「皆の申すには、左近殿に聞けばよいとの事」
「お聞かせ願えませぬか・・」
吉良上野介
「嫌ぢや・・」
酒井 忠挙
「・・・・」
「嫌なので?」
吉良上野介
「・・・・」
酒井 忠挙
「某、孤立しておりまして
皆が、某を遠ざけております」
「左近殿に助けて頂きたいと
お願いに参った次第」
「何卒、御救い下され・・」
吉良上野介
「嫌ぢゃ」
酒井 忠挙
「・・・・」
吉良上野介
「去れ」
酒井 忠挙
「某、皆から冷たい仕打ちを受けております」
「何故で御座いますか?」
吉良上野介
「しつこい奴じゃな・・」
「では、教えてやる」
「其方の父親である忠清は、上様に逆らい
上様を失脚させようとしておったのだ」
「だから、上様に嫌われておる」
「上様に嫌われた奴は
其方のように虐げられる」
「当然の報いじゃ」
酒井 忠挙
「それは、濡れ衣で御座る」
「某は、上様に忠義を致す事、岩の如し」
「上様の命令に逆らう事は決して御座いません」
吉良上野介
「にィ」「ひひひィ」
「では、命令じゃ!」
「上様の命令は、儂から伝えられる」
「だからな」
「儂の命令は、上様の命令だと思へ!」
酒井 忠挙
「ううゥ」
「しかし、それは少々・・乱暴な方法ではあるまいか・・」
「上様の御命令は
上様から頂かなければ・・・」
吉良上野介
「何だと!」
「儂に逆らうのか!」
酒井 忠挙
「逆らうなどと・・」
「お許し下さい・・」
吉良上野介
「では、命令じゃ!」
「いや」
「その前に、ちょっと聞きたい事がある」
「其方は、皆に無視されて嫌な思いをしたか?」
酒井 忠挙
「・・・・」
「恥ずかしい事で御座る」
「生きて行けぬ思いで御座る・・」
吉良上野介
「むひひ・・」
「左様か・・」
「では、命令じゃ」
「これから、赤穂を徹底的に虐める」
「赤穂が音を上げて降参するまで
徹底的に虐めるのだ!」
「其方は、率先して虐めろ!」
酒井 忠挙
「何故で御座る?」
吉良上野介
「赤穂は痘痕を作り穢れたのじゃ」
「だからな」
「赤穂は代替わりせねばならん」
「赤穂を虐めて代替わりさせるのじゃ!」
酒井 忠挙
「痘痕?」
「某には、意味がよく分かりません・・・?」
吉良上野介
「意味など不要じゃ」
「其方は、赤穂を虐めればよい」
「皆で虐めれば
赤穂は降参する」
「赤穂が音を上げるまで
赤穂が弟に引き継がれるまで
陰湿にやり通せ!」
「これは、上様の命令ぢゃ!」
酒井 忠挙
「某は、皆に虐められていたので・・」
吉良上野介
「其方を実験台にしたのぢゃ」
「それで、其方は音を上げた」
「だから、赤穂も音を上げる」
「これは、上様への御奉公であるぞ!」
酒井 忠挙
「・・・・・・」
赤穂事件 新八郎の懸念
山吉 盛侍 (吉良小野介の家臣、通称は新八郎)
「酒井忠挙、浅野長矩を挑発するのは危険で御座います」
吉良小野介
「其方が気を病む必要はないぞ」
「酒井家は親戚関係じゃが
我らは、遠島処分を受けた一色派と同じ足利家の末裔であり
本来であれば酒井忠清は我らの分家筋じゃ」
「我らは、主流の酒井忠勝の本家との親戚であり
忠清は我らから本家の資格を奪い取った仇なのじゃ!」
「また、赤穂の兄犬千代は穢れておる」
「よって、上様に献上するのは
弟の犬千代となる」
「浅野長矩は始末され
坊主になるか、犬小屋の番人になる運命」
「儂の敵ではないわ」
山吉新八郎
「老中を巻き込み
全ての幕臣に号令するのは
やり過ぎでは御座いませんか?」
吉良上野介
「兄の犬千代を追い出す為の作戦じゃ!」
山吉新八郎
「主殿は上様からの厚い信頼を受けております故
直接に働き掛けては如何かと・・」
吉良小野介
「馬鹿な!」
「上様に働き掛けるだと!」
「出過ぎた真似じゃ!」
「上様に働き掛ける事が出来るのは
水戸の隠居だけじゃ」
「我らは、上様の駕籠かきであり
上様の忠実な犬なのじゃぞ!」
「バカ者が!」
山吉新八郎
「しかし・・」
「赤穂は武闘派で御座います」
「今回の大火でも
あの者達が
我らの屋敷に入ろうとしておりました」
「我らが侵入を拒んだ事が
後で問題になりはしないかと・・心配しております」
吉良上野介
「心配は無用ぢゃ!」
「柳沢が儂を庇っておる」
「上様は、焼き落ちた我が屋敷を立て直す資金を
援助すると申された」
「今は、大老や老中よりも
柳沢や我が指南役のように
上様の近くで犬として仕えておる者が
幕府の権限を独占しておるのぢゃぞ!」
「当然、赤穂は何が有っても
我が屋敷に踏み入れては為らん!」
「よいな!」
山吉新八郎
「承知致しました」
「今一つ、お聞き致したい」
「本家筋の酒井家は如何為っておるのでしょうか?」
吉良小野介
「細々と引き継がれておるわ」
「今は、房総半島の突端に追い込まれ
廃藩の恐れもある」
「酒井 忠胤 が藩主となった」
山吉新八郎
「巻き返しで御座いますか?」
吉良上野介
「左様」
「酒井忠挙は上野厩橋藩に居座っておるが
居心地は悪かろう」
「吉良義央は上野介を名乗り
上野国を手に入れる目算」
「今に、本家筋が我が手中に収まる事になる」
「もうすぐ、我らが上野国を手に入れる」
山吉新八郎
「将軍の御膝下でございますな」
吉良小野介
「我らは、将軍に最も近い場所で
最も信頼を受け
最も繁栄するのじゃ!」
「赤穂など、恐れては為らん!」
山吉新八郎
「はい」
「最もで御座います」
赤穂事件 因縁の領地
阿部 正武
「我らは善人の良将」
「評判に恥じぬように身を引き締めようぞ!」
「二人では様にならんな・・」
大久保 忠朝
「一人足りんな?」
「戸田忠昌は如何した?」
「まさか?」
「森長成の怨念か?」
阿部 正武
「長くないそうじゃぞ・・」
「怨念かも知れんな・・ゾゾゾォ~」
「うェ・・身震いがした・・」
大久保 忠朝
「馬鹿な・・怨念などない」
「それよりも」
「吉良が困った動きをしておる」
「たかが指南役と思っておったが
柳沢よりも、たちが悪い」
「吉良の意地悪は陰湿で執念深い」
「何とかならんか?」
阿部 正武
「吉良は上様の贔屓じゃ
だから、何ともならん・・」
「あ奴は上様を後ろ盾にしておるから
我らでは太刀打ち出来ない・・」
「ほっとけば宜い」
「変にかかわれば
狂犬に襲われるぞ!」
大久保 忠朝
「生類憐みの令を悪用しよってからに・・」
「しかし、因縁の津山城には
吉良が押す酒井忠囿が入り受け取ったぞ」
「松平光長殿は如何する」
「光圀殿の催促が厳しくなってきたぞ!」
阿部 正武
「津山城の受け取りは酒井忠囿と松平直明じゃったな」
「酒井忠囿は酒井忠勝のひ孫」
「本家を復権させようとする目論みぢゃな」
大久保 忠朝
「いよいよ」
「吉良の思うまま」
「我らは、吉良の道具にされておるな・・」
「しかし、津山城は渡さぬぞ」
「我らの力で、光長殿の養嫡子(松平宣富)に
大名知行せねば為らん」
「光圀殿の御意向じゃ」
阿部 正武
「難儀じゃな・・」
大久保 忠朝
「いやいや」
「考えようぢゃ!」
「因縁の津山城を一旦吉良に手渡して
因縁払いを済ませてから光長殿が受け取れば
怨念は取り除かれる」
「吉良が代わりに怨念を受ける筈」
「怨念払いとなる筈ぢゃぞ!」
阿部 正武
「怨念など無いと申されておったのに・・」
「やはり、気になりますかな・・?」
大久保 忠朝
「光長殿に悪霊が祟っては困るぞ」
「吉良が身代わりと為れば宜しい」
阿部 正武
「吉良が赤穂を虐めるように強いておる」
「何故、赤穂を虐めるのか?」
大久保 忠朝
「赤穂は上様の寵愛を受けておる」
「赤穂を虐めれば
上様から咎められると思うぞ!」
阿部 正武
「吉良は、赤穂の指南役を続けておりました」
「しかし、いきなり態度を変えて
今度は赤穂を切り捨てようとしております」
「何が有ったのでしょうか?」
大久保 忠朝
「吉良は上様の犬じゃ」
「吉良の意思では無いと思うぞ」
「赤穂は以前には上様の寵愛を受けていたが
今は嫌われておるのかも知れんな」
「上様の心変わりじゃと思うが・・」
阿部 正武
「我らも気を付けねば為りませんな・・」
「上様に嫌われれば
全てを失いますぞ!」
大久保 忠朝
「左様」
「当然、柳沢や吉良にも逆らえん・・」
「難儀ぢゃな・・」
阿部 正武
「では、赤穂を一緒になって虐めるので御座いますか?」
大久保 忠朝
「吉良には逆らえん!」
阿部 正武
「赤穂を虐めるので御座いますか!」
大久保 忠朝
「左様!」
阿部 正武
「恐ろしい・・」
「老中で虐めを率先するとは」
「下々も従うので・・」
大久保 忠朝
「左様」
「幕府は、集団で赤穂を虐める事になる」
阿部 正武
「武士道は無いと?」
大久保 忠朝
「無い!」
「幕府要人は犬となる!」
「犬以外は、虐められ
犬小屋に入れられるのぢゃ!」
阿部 正武
「んんゥ」
「我らは、善良なる良将ではないのですか?」
大久保 忠朝
「我らの評判は良い」
「だから」
「悪事は悪人に任せれば宜しい」
「我らは善人じゃ」
「悪人は、柳沢と吉良」
「善人は我らぢゃぞ!」
阿部 正武
「んんゥ」
「難儀ぢゃ!」
大久保 忠朝
「如何しようもない」
阿部 正武
「救いがたい、手段を尽くしても見込みがない・・」
大久保 忠朝
「あのな」
「如何しようもないのは、吉良ぢゃぞ」
「我らでは無い」
「吉良は手段を尽くしても見込みがないのぢゃ」
「我らは善人ぢゃぞ!」
赤穂事件 山桜
山田 宗徧 (茶人)
「これは・・んゥ」」
「山桜ですな」
「この茶器を私めに下さるので御座いますか」
吉良上野介
「今の儂の心境を其方に受け取って欲しいのじゃ・・」
山田 宗徧
「ほォー」
「如何様な心境ですかな・・」
吉良上野介
「これからは吉良家の時代が到来する」
「この茶器は、儂が 千 宗旦 の弟子であった事の証として
其方に受け取って貰いたいのじゃ」
山田 宗徧
「ほォー」
「では、弟子を卒業なさるので・・」
吉良上野介
「儂は、高家指南役として
上様より高い信頼を受けている
儂が 千 宗旦 の弟子では
上様に対しての指南の有り方に不都合があるやも知れん」
「せめて、儂は利休流のわび茶を究めた者として
利休の後継者と目されるように為る必要があるのぢゃ!」
山田 宗徧
「では、私めは不要であると・・」
吉良上野介
「いやいや」
「誤解しないで欲しい」
「あくまでも、これは儂の心境の証じゃ」
「儂が上様に信頼され一目置かれる立場であるから
その地位に相応しい肩書が必用なのじゃ」
「儂の心境を其方に分かって欲しいのだよ」
山田 宗徧
「では、物は不要で御座います」
「茶器は小林平八郎殿にお渡し下され・・」
吉良上野介
「受け取れぬと申すか!」
山田 宗徧
「いいえ」
「貴方様の心を受け取りまして御座います」
吉良上野介
「もろともに あはれと思へ 山桜 花より外に 知る人もなし」
山田 宗徧
「貴方様の心を私めに察して欲しいと申されるか・・」
吉良上野介
「儂の心境が分かるか!」
山田 宗徧
「失礼をお許し下されば
お話しすることも出来るかと・・」
吉良上野介
「許すから申されよ・・」
山田 宗徧
「では」
「申し上げます」
「其方は、赤穂様を長きにわたり指南為された
そして、ようやく目的を達成出来る手筈が整ったその時
計画が御破算に為ってしまったのですな」
「その無念を誰にも理解して貰えないので
山桜の茶器を手渡して
心の慰めにしようと為されたので御座いましょう・・」
吉良上野介
「儂は、皆から陰湿な悪人だと思われておる」
「しかしな」
「儂は好き好んで
このような嫌われ役を演じておるのではないのじゃ」
「全ては、計画が狂ってしまった事から生じた」
「赤穂が憎い訳ではない」
「赤穂の代替わりは儂の本意ではない」
「これは、全て運命なのじゃ」
「儂は、悪人か?」
山田 宗徧
「人は皆、善人で御座います」
「悪人など何処にもおりません」
吉良上野介
「出鱈目を申すな!」
「悪人がいなければ
刑罰もあるまい」
「悪人は獄門となって晒し首となっておるぞ!」
山田 宗徧
「それは、罪を犯したからで御座います」
「人は皆、善人で御座います」
「しかし、罪を犯せば罪を償わねばなりません」
吉良上野介
「・・・・・・」
「罪を償うのか・・・」
山田 宗徧
「はい」
吉良上野介
「儂には罪があるのか?」
赤穂事件 吉良家筆頭家老の斎藤宮内
斎藤 宮内 (筆頭家老)
「全ては順調ですな」
「いよいよ、高家の力が試される時」
「楽しみで御座る」
吉良上野介
「んんゥ」
「其方の御蔭じゃぞ」
「赤穂に屋敷を取り壊されておったら
面目丸つぶれであった」
「赤穂に潰されるくらいなら
大火に焼失した方がましじゃ」
「吉良邸は幕府の援助で建て替えられた」
「儂は、新しい屋敷に移る事が出来て満足じゃ!」
斎藤 宮内
「我らは、上様の贔屓に御座います」
「計画通り、上野国を知行致しましょうぞ!」
吉良上野介
「んんゥ」
「酒井忠清の遺産は、我らが引き継ぐ権利がある」
「上様は我らを頼っておられる」
「上様の計らいで、我らは大領の大名として
上野国で上様の御膝元に君臨する事となる」
「あとは、赤穂の第代わりを成功させ
穢れ上様に嫌われた兄を追い出して
弟を立てることじゃ」
「弟の犬千代も儂の指南を受けておる」
「儂に従順な忠犬となる」
「穢れた兄は不要じゃ」
「上様に献上する犬は弟の犬千代以外は考えられない」
斎藤 宮内
「最近、赤穂は大人しくしております」
「大火を防ぐ事が出来ずに
火消し大名としての実績も削がれたようで御座る」
「我らの屋敷が焼失したのは
赤穂の責任が大きいと考えられております」
吉良上野介
「あまり赤穂を悪く言うな」
「あくまで、追い落としは浅野長矩である」
「儂は、いち早く浅野長広を養子とする許しを取った」
「大学(浅野長広)が赤穂藩主として
上様に仕えればよいのだ」
「次の饗応に間に合うように
赤穂を追い詰めねば為らん」
斎藤 宮内
「我らが上野国の大名になるとは
大出世で御座いますな」
「上様に感謝せねば」
吉良上野介
「儂は、茶道の奥義を極めた」
「儂が上野国を貰い受ければ
茶道本家として名を馳せる」
「功績を残さねば
上野国の領主として恥ずかしいからな」
斎藤 宮内
「あいやッ」
「 侘び寂びの極みぢゃ」
「新築の吉良邸には
詫び寂びを極めた茶室も作られました」
「茶道は武家の嗜みで御座る」
「上様は、高家指南を尊重して
全ての式典は我らが取り仕切っております」
「我らの許可が無ければ
大老といえども何も出来ない有様」
「我らの権限は大老を上回っております」
吉良上野介
「左様」
「今は、権限だけが際立って大きい」
「しかし、これからは実力も大きくなるぞ」
「儂は、上野国を貰い受け
大領の大名に昇格する」
「全ては、次の饗応に掛かっている」
「大学を赤穂藩主として
上様に献上するのじゃ」
「褒美は、上様から約束されておる」
「もう、上野国は儂の物ぢゃぞ!」
斎藤 宮内
「はい」
「某も、筆頭家老として
斎藤家の跡取り、兄弟にも
良い思いをさせてやりとう御座る」
吉良上野介
「んんゥ」
「斎藤家も安泰じゃ」
「万事上手く行く」
「浅野長矩を追い出せば
全て上手く行く」
斎藤 宮内
「老中一同、浅野長矩を虐めております」
「この様な虐めに合えば
浅野長矩とて音を上げて降参する筈」
「今回の火消し失敗の責任もあります」
「大騒ぎして、追い落とす事が可能かと・・」
吉良上野介
「まァ」
「焦らずとも、いろいろ計略はあるぞ」
「上様の許可も得られた」
「上様は、穢れが怖いのじゃ」
「小姓が蚊を叩き
顔に血を付けておっただけでも
島送りとした」
「赤穂が痘痕をつけておったら
それだけでお咎めものじゃ」
「上様は、長矩を嫌っておられる」
「もう、長矩を犬にする事は出来ん」
「弟の大学を犬として献上する」
斎藤 宮内
「全くで御座る」
「嫌われた長矩など献上できませんな」
「長矩など献上すれば
献上した我らがお咎めものじゃ」
吉良上野介
「長矩 追い落としは
上様の御意志じゃ」
「老中一同の同意もある
我らは、上様に忠義すればよい」
斎藤 宮内
「計略は?」
「如何なる計略で御座る」
「教えて下され!」
吉良上野介
「凄い計略じゃぞ」
「なにせ、上様の計略ぢゃ!」
「儂は、上様から申し付けられた計略を実行するだけぢゃ!」
「上様の計略は容赦ない」
「徹底的に虐められるぞ!」
斎藤 宮内
「おおおォ」
「凄い!」
「如何様な虐めで御座る」
吉良上野介
「凄い虐めぢゃぞ」
赤穂事件 大老の決意
井伊直興(大老)
「何で、吉良屋敷の建て直しを、幕府が援助せねば為らん!」
「飢餓が起こっておるのぢゃぞ!」
土屋政直(老中首座)
「今回の大火で
吉良が赤穂の火消しを妨害したそうで御座います」
井伊直興
「何とかして、吉良を排除せねば為らんぞ!」
土屋政直
「吉良を侮ってはなりません」
「某は、吉良から酷い洗礼を受けております」
「一度ならず二度までも
数十匹の猛犬に襲われ
犬を切り捨てた事で
仲間家来が追放処分じゃ・・」
「大老も罠に掛けられたであろう・・」
井伊直興
「如何にも・・」
「猪狩りで咎められ
危うく失脚するところであった・・」
土屋政直
「吉良の過ちには咎めが無く
赤穂は何をしても厳しく咎められておる」
「吉良は集団で赤穂を虐めておる」
井伊直興
「吉良が、我らにも虐めに参加するようにと申しておる」
土屋政直
「馬鹿げた事ぢゃ!」
「ふざけた子供の喧嘩じゃぞ!」
井伊直興
「赤穂は、我らに助けを求めては来んのか?」
土屋政直
「赤穂は武闘派で御座る」
「決して、助けを求めては来ませんな」
井伊直興
「一度相談に乗ってみよう」
「浅野長矩殿とゆっくり話をしてみよう」
「儂は、吉良屋敷の建て替えで
幕府の資金を使いたくないのだ」
土屋政直
「幕府の財政は逼迫しておりますな」
井伊直興
「我が彦根藩で飢饉が発生しておる
救米支援を考えておるが
藩の財政も逼迫しておる」
「庶民が飢えておる時に
幕府の貴重な財産を
吉良屋敷の建て直しに使うのはおかしい」
「吉良は己惚れておるようじゃ」
土屋政直
「吉良は高家指南役として
上様の膝元に居座り
祭事式典の有り方や事細かな儀礼に至る全てを取り仕切り
大きな権限を持っております」
「諸藩が飢餓で困窮しておっても
吉良は己の領地を持たぬ雇われの身
諸藩の困窮をよそに私腹を肥やしております」
井伊直興
「飢餓が蔓延しておる時には
大領大名よりも身一つで仕える
吉良の立場が安泰なのじゃな」
土屋政直
「あ奴、いずれは、
上野国を貰い受けると、
恥ずかしげもなく言いふらしておる」
井伊直興
「そうなれば、吉良には大きな権限と
大きな権力が備わる」
「誰も吉良に逆らえなくなる」
土屋政直
「やはり、
今のうちに対処しなければなりませんな!」
井伊直興
「んんゥ」
「我が屋敷には光長殿がおられる」
「また、更には光圀殿の協力もあれば
吉良に対抗できるかも知れん」
土屋政直
「御老公様が
戒めの書状を持っているという噂は、真で御座いますか?」
井伊直興
「真じゃ」
「たたし、戒めの書状は、開示されたことがないのじゃ」
「この困窮を打開するには
光圀殿のお力が必用じゃが
はたして、如何為るやら・・」
「赤穂への虐めが公になれば
光圀殿も黙ってはいないと思うが・・」
土屋政直
「では」
「我らは、赤穂に力を貸して
虐めの真相を探り
吉良が老中を巻き込んで
赤穂に嫌がらせをしている事実を
証明する必要が御座います」
井伊直興
「子供の喧嘩じゃのォ」
「虐めなどしおってからに・・」
土屋政直
「吉良を咎める必要が御座います」
井伊直興
「子供の喧嘩に、水戸の御老公が仲裁に入ってくれるのかなァ?」
土屋政直
「いえいえ」
「吉良の虐めは陰湿じゃ」
「この虐めを放置していれば
大変な事になりますぞ」
井伊直興
「吉良は、我らにも虐めに参加するようにとの
圧力を掛けてきておるからな・・」
「馬鹿げた事じゃ」
「大老は名ばかり
雇われの指南役に虐めの催促を受けておる・・」
土屋政直
「これも吉良の陰謀で御座る」
「我らに罪を擦り付け
危うく成れば逃げ出す筈」
「逃げても失うものは少ない」
「我らは、大領を持っておるから
逃げる事など出来ん」
「吉良の身は安泰」
「我らが背負っている領地は
飢餓が蔓延しておる」
「我らは困窮するばかり・・」
井伊直興
「吉良の強みじゃな・・」
土屋政直
「なんとかせねば・・」
赤穂事件 世直しへの布石
井伊 直興 (大老)
「おお、赤穂殿」
「良く参られた」
「酒なり、茶菓子なり
何でもある故、寛いで下され」
浅野内匠頭
「これは、一体何で御座いますか」
「大老殿に接待されるのは
某、無骨者には勿体無い事で御座る」
井伊 直興
「儂は、二度までも赤穂殿に救われた」
「感謝申し上げる」
浅野内匠頭
「私めが、大老を救ったと・・・?」
井伊 直興
「左様」
「先の大火と、今回の大火じゃ!」
「先の大火では
我ら井伊家の上屋敷と中屋敷の裏手まで
火の手が迫っておったのを
赤穂の決死の火消しで救われた」
「そして、
今回の大火は
上屋敷の表門に火が回るのを未然に回避してくれた」
浅野内匠頭
「赤穂藩士は強者揃いで御座います」
「左様な事は、朝飯前で御座る」
井伊 直興
「いやいや」
「赤穂殿の働きは、群を抜いておった」
「赤穂殿の火消しが無ければ
某の上屋敷も中屋敷も下屋敷も全て焼失しておった筈じゃ」
「感謝申す」
浅野内匠頭
「それは、大老殿の屋敷に我らが入る事を許されたからで御座る」
「立ち入りを拒まれれば対処は出来ません」
井伊 直興
「今回の大火は
我らが上屋敷表門に火の手が迫っておったが
火の手は方向を東に変えた
吉良邸の方向に火の手が回ったようじゃな」
浅野内匠頭
「大老邸では火消しに協力的で御座いましたが
吉良邸では火消しが妨害されました」
「火消しは、初期対応が肝心で御座る」
「火の手が迫っておる時に妨害されますと
火消しは困難となります」
「大老邸が救われたのは
初期対応が出来たからで御座います」
「吉良邸は、我らの火消しを妨害したことで
延焼を招き込んだのです」
井伊 直興
「んんゥ」
「吉良殿は
吉良邸の焼失を火消しの責任だと言って騒いでおるな・・」
浅野内匠頭
「はい」
「左様に御座る」
井伊 直興
「今後の事もある」
「其の事は、確りと弁明なさるが宜しい」
浅野内匠頭
「はい」
「承知しました」
井伊 直興
「んんんゥ」
「・・・・・・・」
浅野内匠頭
「如何為された?」
井伊 直興
「んんゥ」
「其方」
「吉良殿と諍いがあるのか?」
浅野内匠頭
「御座いますが・・」
井伊 直興
「事が大きくなり
収拾が付かなくなる前に行動を起こす必要が御座る」
浅野内匠頭
「我ら赤穂に
助けを求めよと申されるか?」
井伊 直興
「吉良殿は虐めを拡散しておりますぞ!」
浅野内匠頭
「はい、承知しております」
井伊 直興
「では、我らが助け舟を出しても良いのか?」
浅野内匠頭
「それは、我らが赤穂藩士と相談せねば為りません」
井伊 直興
「何故、吉良殿は其方を嫌う?」
浅野内匠頭
「いえいえ」
「むしろ某に纏わり付いて困るくらいで御座います」
「虐めは好意の表れ」
「某に親しみをもっておるのでしょう」
井伊 直興
「んんゥ」
「何故、吉良を庇う!」
浅野内匠頭
「・・・・・」
井伊 直興
「あのな」
「水戸の御老公が先様から預かった書状がある」
「光圀殿が預かった戒めの書状が開示されれば
吉良を追放出来る」
「言い換えて申せば
其方の直訴があれば
戒めの書状が開示され
吉良を失脚させる事ができるのぢゃぞ!」
「それでも、吉良を庇うのか!」
浅野内匠頭
「某、吉良殿には大変に世話になっております」
井伊 直興
「嘘を申すな・・・?」
浅野内匠頭
「吉良殿に逆らうことは出来ません・・」
井伊 直興
「光圀殿や、光長殿、そして某大老の力を結集すれば
吉良を退治出来る」
「我らを信じてくれ」
赤穂事件 赤穂虐め
柳沢 吉保
「赤穂は意に介しておりません」
「それどころか、大老が光圀と協力すべく
赤穂に助け舟を出しております」
将軍綱吉
「光圀は弱ってないのか?」
柳沢 吉保
「はい」
「ピンピンしおります」
将軍綱吉
「忠清といい
正俊といい
井伊直興といい
大老は全て光圀の支配下にある」
「今度は、直興、光長、光圀が結託して
儂に盾突こうとしておるのか!」
柳沢 吉保
「はい、左様に御座います」
将軍綱吉
「面倒ぢゃ!」
「あ奴らを島送りにせよ!」
柳沢 吉保
「光圀には、我らの陰謀を証明する
先様の偽の遺言が御座います」
「堀田が示した先様の遺言が偽物だと分かれば
上様の正当性が危うくなります」
将軍綱吉
「では、如何すればよい!」
「早く、対処しろ!」
「如何する!」
「おい!」
柳沢 吉保
「はい」
「先ずは、光長に屋敷を提供する事で御座います」
将軍綱吉
「んんゥ」
「吉良の屋敷を建て直すから
ついでにやるのか?」
柳沢 吉保
「いいえ」
「大老邸に光長を匿うのはよくありません」
「同じ屋敷におれば密談は容易いので
離れた場所に匿う必要が御座います」
将軍綱吉
「よし」
「光長を別の場所に隔離しておけ!」
「光圀は如何する!」
柳沢 吉保
「光圀は西山荘から動いておりませんので
心配は御座いません」
「それよりも、大老を始末せねばなりません」
将軍綱吉
「んんぅ」
「島流しか!」
柳沢 吉保
「大老を島送りにすれば
光圀が江戸に乗り込んで来ます」
「得策では御座いません」
将軍綱吉
「おい!」
「犬!」
「儂に逆らうな!」
「いちいち」
「指図するな!」
柳沢 吉保
「はい」
「おとなしくしております」
将軍綱吉
「おい」
「如何すればよい!」
「おい」
「早く何とかしろ!」
柳沢 吉保
「はい」
「大老の始末は某にお任せ下さい」
将軍綱吉
「失敗すれば
首ちょんばぢゃ!」
柳沢 吉保
「はい」
「お任せ下さい」
将軍綱吉
「赤穂は如何する!」
「赤穂ぢゃ!」
「如何する!」
「早く申せ!」
「おい!」
柳沢 吉保
「赤穂は引き続き虐めを継続致します」
将軍綱吉
「如何様な虐めぢゃ!」
「早く申せ!」
「おい!」
「早く!」
柳沢 吉保
「はい」
「上様の意向に合う虐めを継続致します」
将軍綱吉
「儂の虐め?」
柳沢 吉保
「はい」
「吉良が実行しております」
将軍綱吉
「儂の虐めとは何じゃ?」
柳沢 吉保
「お忘れで御座いますか・・」
将軍綱吉
「おい!」
「ふざけた事を申すな!」
「儂が忘れたと言うのか!」
「おい!」
「かんとか言え!」
「おい!」
柳沢 吉保
「申し訳御座いません」
「某、今思い出しました」
「上様の意向は能で御座いました」
「はい」
「能で御座います」
将軍綱吉
「能?」
柳沢 吉保
「お忘れで御座いますか?」
将軍綱吉
「んんぅ」
「犬の分際で・・」
赤穂事件 大老の権力
井伊 直興
「儂は大老として、
幕府の立て直しが必用じゃと考えておる」
柳沢 吉保
「立て直すとあらば
幕府は倒れておるのかな?」
井伊 直興
「諸藩では庶民が飢餓で苦しんでおる
某の彦根藩でも飢饉が発生しており救米支援をしている」
「資金の少ない地方では深刻な貧困が蔓延しており
江戸市中にも影響が出ておりますぞ!」
柳沢 吉保
「江戸市中?」
「左様な貧困の話は聞いた事がありませんな・・」
井伊 直興
「二年続けての江戸の大火で
多くの旗本屋敷が焼失したのですぞ!」
「多くの下屋敷も焼けたのじゃ!」
「蔵の米が焼失したのじゃぞ!」
「江戸も困窮しておるのぢゃ!」
柳沢 吉保
「幕府は上様の命令に従えば宜しい」
「大老は上様の命令に従い
焼失した吉良邸の建て直しを急ぎ
寺社を敬い
饗応の準備をする事が重大事項で御座る」
「これは、上様の命令で御座いますぞ!」
井伊 直興
「吉良殿は虐めを助長させ
多くの重鎮を巻き込み、誑かしております」
「吉良殿を特別扱いしては為りません」
柳沢 吉保
「誑かす?」
「吉良殿が嘘つきと申されるか?」
井伊 直興
「幕府の貴重な財産で
吉良邸の建て替え費用は出せん!」
柳沢 吉保
「吉良殿は高家指南役として
上様から絶大なる信頼を受けております」
「ただ、其方のような大領藩主の大名ではないから
幕府が援助するのじゃ」
「じゃがな、其方の不満もあろうから
光長殿の屋敷も幕府の援助でこしらえる事になった」
「吉良殿と光長殿の新居じゃぞ!」
井伊 直興
「光長殿は、某の屋敷で不自由は御座らん!」
「各地で飢饉が起きておるのですぞ
不要な散財は、お止め下され!」
柳沢 吉保
「光長殿と別れるのが辛いのかな?」
「では、其方は光圀と同居するか?」
井伊 直興
「如何いう意味で御座る!」
柳沢 吉保
「其方が、光長殿と光圀殿と共闘して
幕府の実権を握らんと企んでおる証拠が御座る」
井伊 直興
「儂は、大老じゃ!」
「老中で取り決められた事は儂が見定め、
上様に報告しお目通し頂く」
「これが幕府の制度ではないか!」
柳沢 吉保
「先の大老酒井忠清は、そのようにして実権を握り
専横をしたのじゃぞ」
「其方は、同じ過ちを繰り返したいのか」
井伊 直興
「兎に角、
吉良殿の権限が大きく成り過ぎております」
「吉良殿は指南の名の下で
言い掛かりを付け
虐めを繰り返しております」
「老中にも、虐めに参加するように強要しておるのぢゃ!」
柳沢 吉保
「其方も、虐めに参加すれば宜しい」
井伊 直興
「馬鹿を申すな!」
柳沢 吉保
「お気を付け下さいませ」
「馬鹿呼ばわりは危険ですぞ!」
「其方は、上様を馬鹿呼ばわりしたのですぞ!」
赤穂事件 赤穂降ろしの密約
柳沢 吉保
「上様は、如何様な意向じゃ?」
吉良上野介
「能で御座る」
柳沢 吉保
「能で嫌がらせをするのですか・・」
「しかし、その方法であるが
光圀に試したところ、上手く行かなかったぞ」
吉良上野介
「光圀は水戸の大老を切り捨てて
水戸に逃げ帰った」
「赤穂には、斯様な度胸はあるまい」
「光圀と比べるな」
柳沢 吉保
「確りと計画を立てる必要が御座る」
吉良上野介
「んんゥ」
「老中以下、我らに協力的じゃ」
「赤穂は音を上げて降参するぢゃろう」
「なにせ、上様の御考えじゃ」
「兄が排除されて
弟の大学犬が取り立てられる」
柳沢 吉保
「念の為に確認したい」
「大っぴらに赤穂降ろしを行えば
光圀が江戸に来て
我らを非難するぞ」
「光圀の行動は予想が付かん
だからな
赤穂への虐めは隠れてやれ」
「あまり大袈裟に虐めるな!」
吉良上野介
「分かっておる」
「じゃがな」
「老中も、虐めに加担しておるのだ」
「だからな」
「老中も、光圀に叱られたくないと思うぞ」
「老中は口が裂けても虐めの事を内密にしておきたい筈じゃ」
柳沢 吉保
「大老には我らに逆らわぬように、釘を刺しておいた」
吉良上野介
「大老は 分からず屋じゃ」
「我らに従う事はない」
「大老と光圀と光長を警戒して
我らの秘密を悟られぬように警戒するのぢゃ!」
柳沢 吉保
「上様は、その者達を始末したいと申された」
吉良上野介
「んんゥ」
「誰から始める?」
柳沢 吉保
「先ずは、大老が邪魔で御座る」
「上様の命令に逆らっておるのだから
先の大老堀田正俊同様の殺処分になるかと・・そう思うぞ」
「大老は三代続けての殺処分となる」
「其方は、大老を脅せ」
「大老も赤穂を庇って死にたくはない筈じゃ」
「我らに屈服すれば、命は助けてもよい」
「屈服して我らに従えば、大老には隠居を勧める」
吉良上野介
「光圀は如何する?」
柳沢 吉保
「虐めを内密で進めろ」
「老中は口が堅いが
下々は噂話が好きなのだ
老中には
下々に気を付けるように、釘を差してこう」
吉良上野介
「んんゥ」
「内密で進めるのは難しいぞ・・」
「・・・・・」
「能ぢゃ」
「光圀には効果がなかった能ぢゃ!」
柳沢 吉保
「能ですな」
吉良上野介
「能に関しては慎重に進める必要が御座る」
柳沢 吉保
「能での失敗は
上様の怒りに合う事必至で御座る」
「我らにとっても一大事ぢゃ」
「確りと計画を立てねば為らん」
吉良上野介
「儂も能を舞うのか?」
柳沢 吉保
「上様の気紛れがあれば
其方も舞う事になる」
吉良上野介
「んんゥ」
「演目は?」
柳沢 吉保
「上様は、廃演目も復活させておるから
演目は限りなく多い」
「全てを覚えておかねば為らん」
吉良上野介
「其方は、全ての演目を舞うのか?」
柳沢 吉保
「側用人の務めで御座る」
「能を舞えぬ者は
側用人には成れませんぞ!」
吉良上野介
「んんゥ」
「儂は、犬の調教から茶道、そして祭事や
饗応の指南役ぢゃ」
「これに能舞まで覚えるとなれば
時間が足りん」
「儂は如何すればよい?」
柳沢 吉保
「お教え致しますぞ!」
吉良上野介
「おおォ」
「お頼み申す!」
将軍綱吉
「其方の呪術で大雨がふったのか?」
隆光(大僧正)
「はい」
「栄春は朝から勅額の到着を待っておりましたから
邪悪な鬼の企みを感じ取る事が出来たので御座います」
それ故に、大雨を降らし
鬼の暴挙を寸前で食い止め、
大火を鎮める事が出来ました」
将軍綱吉
「見事な呪術じゃ!」
「其方の力がなければ
根本中堂と文殊楼は焼失しておった筈」
「大火が寸前で消えた」
「これを、奇跡と呼ばず何と呼ぶ!」
隆光
「はい」
「栄春の呪術によって
天気を操ったので御座る」
「鬼を退散して、大雨を降らせました」
将軍綱吉
「よしよし」
「褒めてつかわす」
「其方を大僧正とした儂の見定めも確かであったぞ」
「其方の力で
根本中堂に祭っておる薬師如来に縋り
儂を不老長寿にする事を約束させよ!」
隆光
「はい」
「鬼は退散致しましたので
上様は不老長寿に為りまして御座います」
将軍綱吉
「おおォ」
「左様か!」
「不思議な事に
其方の言葉を聞くと力が漲るぞ
其方の御蔭じゃ」
隆光
「はい」
「ただ、今の状態を持続させる為には
もっと、法要儀式が必用で御座います」
将軍綱吉
「んんゥ、其方の思うように、
何でも思いのままにすればよいぞ!」
隆光や
「では、京・奈良の寺社の再建を進める必要が御座います」
「江戸の鬼は退散しましたが
京や奈良に現れるかも知れません
勅額が遅れた事により
江戸に鬼が現れました
そして、勅額が到着して
栄春が呪術を使った事で
鬼は退散したので御座います」
今度は、京や奈良を救う必要が御座います」
将軍綱吉
「んんゥ」
「其方の力を信じよう!」
「幕府の繁栄と安泰を祈願して
京や奈良の寺院を新しく建て直す」
「朝廷は常に幕府に下向させ
幕府は、朝廷の権威を
権力で支える」
「幕府の繁栄には
其方の力が必用なのじゃ!」
隆光
「はい」
「京や奈良の寺社を幕府の力で管理する事で
幕府の権力は朝廷を完全に凌駕致します」
「幕府の力は強大になる事で御座いましょう」
将軍綱吉
「よしよし」
「では、光圀じゃ!」
「大僧正は飢えた庶民を見捨てれば
光圀を始末出来ると言っておったが
光圀の奴はピンピンしておるぞ!」
「如何いう事じゃ!」
隆光
「はい」
「光圀は幕府の借款で凌いでおりますから
今は安泰なので御座います」
「来期からは、首が回らず苦しむ事になりましょう」
将軍綱吉
「早くやれ!」
「御犬遊びが出来んぞ!」
隆光
「ただ、光圀を始末するには
光圀が飢えた庶民を見捨てる必要が御座います」
「逆に、上様が見捨てるような事を為されば
上様に苦難が起こりましょう」
将軍綱吉
「だから、やっておるぞ」
「上野寛永寺の根本中堂・文殊楼・仁王門が落成させた」
「これから、京や奈良でも同じように寺社を落成させるぞ」
「薬師如来を祭り
飢えた者を始末する」
「儂は、多くをやっておる」
隆光
「はい」
「その点、光圀は多くの寺社を潰しております」
「今にあの者には天罰が当たりましょう」
将軍綱吉
「よし」
「光圀に天罰を与えよ!」
隆光
「はい」
「呪術によって
光圀を始末致します」
将軍綱吉
「光圀がいなければ
御犬遊びが出来る」
「今度の饗応で
天皇を交えて
御犬遊びに興じる事が出来るか?」
隆光
「光圀がいなければ可能で御座います」
将軍綱吉
「よしよし」
「では、吉良に準備させよう!」
隆光
「しかし、吉良殿は・・」
「今回の大火で吉良邸は焼失しました・・」
将軍綱吉
「吉良邸も幕府で再建すればよい」
「資金は幕府で提供する」
赤穂事件 原惣右衛門 父の仇討ち
浅野内匠頭
「去年の大火は我ら火消しが大活躍したが
今回の大火は全くの形無しぢゃった」
原惣右衛門
「我らは、吉良邸への侵入を拒まれたから
初期対応が遅れたので御座る」
浅野内匠頭
「吉良邸の手前で消せば良いではないか!」
原惣右衛門
「儂は、二度も、吉良邸を守りたく無い!」
浅野内匠頭
「其方の仇か・・」
原惣右衛門
「父親は吉良の策略で浪人となり
家族は全てを失った」
「儂は、吉良邸を救いたくない」
浅野内匠頭
「では」
「故意に消火の手を抜いたのか?」
原惣右衛門
「吉良は、消火活動を妨害しておった」
「我らは、吉良邸に入る事も
吉良邸を破壊する事も出来なかったのぢゃ」
浅野内匠頭
「んんゥ」
「左様か・・では
如何じゃ!」
吉良邸は完全に焼失したぞ」
「吉良も全てを失ったのじゃぞ!」
「これで、其方の無念は晴れたか?」
原惣右衛門
「はい」
「吉良邸が焼失して
父の恨みを晴らす事が出来ました」
浅野内匠頭
「吉良は、嫌な奴じゃが
上様の贔屓にある」
「吉良に逆らえば狂犬が嗾けられる」
「誰も吉良に逆らう事は出来ん」
「要らぬ騒ぎを起こすでは無いぞ!」
「よいな!」
原惣右衛門
「今回の大火は、落慶法要のさなかであったから
吉良の面子はなくなり、面目丸潰れ
奴に大打撃を与える事が出来ました」
「大変に満足いく結果で御座る」
浅野内匠頭
「上様は、相変わらず吉良を贔屓しておるぞ」
「吉良の面子を潰しても
吉良が失脚する事はない」
「だからな」
「其方は、もう吉良にかかわるな!」
原惣右衛門
「いいえ」
「吉良を失脚させなければ気が済まん!」
「ぢゃが、一応」
「今回は、吉良の屋敷を大火で奪った事で満足しておく」
浅野内匠頭
「馬鹿を言へ!」
「吉良は上様の贔屓にあるのじゃぞ!」
「吉良邸は、幕府の資金で立て直しされる」
「今までの古い屋敷から
広い新しい屋敷に住み代わりになるだけじゃぞ」
原惣右衛門
「何と!」
「では、吉良邸を破壊しても焼き払っても
幕府の援助で
吉良は痛くも痒くもないと申されるか!」
浅野内匠頭
「左様」
「じゃからな」
「吉良にはかまうな!」
「吉良に嫌われたら
赤穂に将来は無いぞ!」
原惣右衛門
「嫌で御座る!」
「お館様は、吉良の犬に成り下がっておられる」
「吉良の犬に成ったお館様は不要に御座る」
「お館様は、犬に成られたのか?」
浅野内匠頭
「うゥ」
「其方は、儂が犬に成ったら
儂を殺して、
儂の後を追って
殉死すると言ってたな・・」
「左様な無茶は止めろ」
「儂は、犬になど成らん」
「よいな」
「無茶は為らんぞ!」
原惣右衛門
「絶対ですぞ」
「内蔵助殿とも約束しております」
「もしも、お館様が犬に成れば
拙者は殉死致します」
「その後の事は筆頭家老に委ねられ
弟君が後を継ぐ事になります」
浅野内匠頭
「えええェ」
「そんな事になっておるのか?」
「内蔵助が承知しておるのか?」
「儂は、如何すればよいのじゃ?」
原惣右衛門
「はい」
「お館様は、武士で御座る」
「お館様は、犬では御座いません」
「お館様は、赤穂の誇りで御座います」
浅野内匠頭
「・・・・」
「あ・・」
「あのな」
「儂は、其方のように頑強ではないぞ」
「弱いのじゃ・・」
「あまり期待が大きくても
落胆があると思うぞ・・」
原惣右衛門
「お館様!」
「ご安心下され!」
「拙者がお守り致します」
「拙者は屈強な武士で御座います!」
赤穂事件 吉良の霊言? 喜連川騒動
正保4年(1647年)に喜連川藩騒動があった。事の詳細は闇に包まれ多くの謎に包まれいてる。
その頃、吉良は六歳程であったが、この騒動は吉良家の命運にかかわる一大騒動でもあったため
吉良家では跡継ぎの小野介へ、事細かく真相が伝えられていたのだ。
吉良上野介
「あの頃、儂は、吉良家の危機を何度も聞かされた・・」
「あの頃、隆盛を極めていたのは酒井忠勝と松平信綱であった」
「酒井一族では忠勝は別格であり、弟の酒井忠吉が幕府の重鎮となる公算であった」
「しかし、喜連川藩騒動を境に、酒井家の力関係は一変したのだ」
「酒井忠清の力が一挙に高まり、岡山の池田と手を結び、
あれよあれよと忠勝を追いやり大老にまで出世したのだ」
「我らは足利家の末裔、一色派と共に酒井忠吉に取り入り大きな力を得る公算であった」
「しかし、喜連川藩騒動で事態は逆転して、酒井忠清が酒井一族の別格となり
期待した酒井忠勝は急激に力を落としていった」
「我らは忠勝と共に力を失い
忠清の隆盛を指を加えて見ておるしかなかった」
「それらか、今」
「忠清が失脚して、我らは生き返った」
「上様は、我らが忠清に対抗していた事を評価してくれた」
「儂は、上様から贔屓され、側用人にも勝る信頼を得た」
「今こそ、喜連川藩騒動の無念を晴らし」
「吉良家の隆盛を望む」
赤穂事件 吉良の虐め
酒井 忠挙 (酒井忠清の長子)
「高家指南役殿・・」
「某は、老中をはじめ皆から遠ざけられております」
「皆の申すには、左近殿に聞けばよいとの事」
「お聞かせ願えませぬか・・」
吉良上野介
「嫌ぢや・・」
酒井 忠挙
「・・・・」
「嫌なので?」
吉良上野介
「・・・・」
酒井 忠挙
「某、孤立しておりまして
皆が、某を遠ざけております」
「左近殿に助けて頂きたいと
お願いに参った次第」
「何卒、御救い下され・・」
吉良上野介
「嫌ぢゃ」
酒井 忠挙
「・・・・」
吉良上野介
「去れ」
酒井 忠挙
「某、皆から冷たい仕打ちを受けております」
「何故で御座いますか?」
吉良上野介
「しつこい奴じゃな・・」
「では、教えてやる」
「其方の父親である忠清は、上様に逆らい
上様を失脚させようとしておったのだ」
「だから、上様に嫌われておる」
「上様に嫌われた奴は
其方のように虐げられる」
「当然の報いじゃ」
酒井 忠挙
「それは、濡れ衣で御座る」
「某は、上様に忠義を致す事、岩の如し」
「上様の命令に逆らう事は決して御座いません」
吉良上野介
「にィ」「ひひひィ」
「では、命令じゃ!」
「上様の命令は、儂から伝えられる」
「だからな」
「儂の命令は、上様の命令だと思へ!」
酒井 忠挙
「ううゥ」
「しかし、それは少々・・乱暴な方法ではあるまいか・・」
「上様の御命令は
上様から頂かなければ・・・」
吉良上野介
「何だと!」
「儂に逆らうのか!」
酒井 忠挙
「逆らうなどと・・」
「お許し下さい・・」
吉良上野介
「では、命令じゃ!」
「いや」
「その前に、ちょっと聞きたい事がある」
「其方は、皆に無視されて嫌な思いをしたか?」
酒井 忠挙
「・・・・」
「恥ずかしい事で御座る」
「生きて行けぬ思いで御座る・・」
吉良上野介
「むひひ・・」
「左様か・・」
「では、命令じゃ」
「これから、赤穂を徹底的に虐める」
「赤穂が音を上げて降参するまで
徹底的に虐めるのだ!」
「其方は、率先して虐めろ!」
酒井 忠挙
「何故で御座る?」
吉良上野介
「赤穂は痘痕を作り穢れたのじゃ」
「だからな」
「赤穂は代替わりせねばならん」
「赤穂を虐めて代替わりさせるのじゃ!」
酒井 忠挙
「痘痕?」
「某には、意味がよく分かりません・・・?」
吉良上野介
「意味など不要じゃ」
「其方は、赤穂を虐めればよい」
「皆で虐めれば
赤穂は降参する」
「赤穂が音を上げるまで
赤穂が弟に引き継がれるまで
陰湿にやり通せ!」
「これは、上様の命令ぢゃ!」
酒井 忠挙
「某は、皆に虐められていたので・・」
吉良上野介
「其方を実験台にしたのぢゃ」
「それで、其方は音を上げた」
「だから、赤穂も音を上げる」
「これは、上様への御奉公であるぞ!」
酒井 忠挙
「・・・・・・」
赤穂事件 新八郎の懸念
山吉 盛侍 (吉良小野介の家臣、通称は新八郎)
「酒井忠挙、浅野長矩を挑発するのは危険で御座います」
吉良小野介
「其方が気を病む必要はないぞ」
「酒井家は親戚関係じゃが
我らは、遠島処分を受けた一色派と同じ足利家の末裔であり
本来であれば酒井忠清は我らの分家筋じゃ」
「我らは、主流の酒井忠勝の本家との親戚であり
忠清は我らから本家の資格を奪い取った仇なのじゃ!」
「また、赤穂の兄犬千代は穢れておる」
「よって、上様に献上するのは
弟の犬千代となる」
「浅野長矩は始末され
坊主になるか、犬小屋の番人になる運命」
「儂の敵ではないわ」
山吉新八郎
「老中を巻き込み
全ての幕臣に号令するのは
やり過ぎでは御座いませんか?」
吉良上野介
「兄の犬千代を追い出す為の作戦じゃ!」
山吉新八郎
「主殿は上様からの厚い信頼を受けております故
直接に働き掛けては如何かと・・」
吉良小野介
「馬鹿な!」
「上様に働き掛けるだと!」
「出過ぎた真似じゃ!」
「上様に働き掛ける事が出来るのは
水戸の隠居だけじゃ」
「我らは、上様の駕籠かきであり
上様の忠実な犬なのじゃぞ!」
「バカ者が!」
山吉新八郎
「しかし・・」
「赤穂は武闘派で御座います」
「今回の大火でも
あの者達が
我らの屋敷に入ろうとしておりました」
「我らが侵入を拒んだ事が
後で問題になりはしないかと・・心配しております」
吉良上野介
「心配は無用ぢゃ!」
「柳沢が儂を庇っておる」
「上様は、焼き落ちた我が屋敷を立て直す資金を
援助すると申された」
「今は、大老や老中よりも
柳沢や我が指南役のように
上様の近くで犬として仕えておる者が
幕府の権限を独占しておるのぢゃぞ!」
「当然、赤穂は何が有っても
我が屋敷に踏み入れては為らん!」
「よいな!」
山吉新八郎
「承知致しました」
「今一つ、お聞き致したい」
「本家筋の酒井家は如何為っておるのでしょうか?」
吉良小野介
「細々と引き継がれておるわ」
「今は、房総半島の突端に追い込まれ
廃藩の恐れもある」
「酒井 忠胤 が藩主となった」
山吉新八郎
「巻き返しで御座いますか?」
吉良上野介
「左様」
「酒井忠挙は上野厩橋藩に居座っておるが
居心地は悪かろう」
「吉良義央は上野介を名乗り
上野国を手に入れる目算」
「今に、本家筋が我が手中に収まる事になる」
「もうすぐ、我らが上野国を手に入れる」
山吉新八郎
「将軍の御膝下でございますな」
吉良小野介
「我らは、将軍に最も近い場所で
最も信頼を受け
最も繁栄するのじゃ!」
「赤穂など、恐れては為らん!」
山吉新八郎
「はい」
「最もで御座います」
赤穂事件 因縁の領地
阿部 正武
「我らは善人の良将」
「評判に恥じぬように身を引き締めようぞ!」
「二人では様にならんな・・」
大久保 忠朝
「一人足りんな?」
「戸田忠昌は如何した?」
「まさか?」
「森長成の怨念か?」
阿部 正武
「長くないそうじゃぞ・・」
「怨念かも知れんな・・ゾゾゾォ~」
「うェ・・身震いがした・・」
大久保 忠朝
「馬鹿な・・怨念などない」
「それよりも」
「吉良が困った動きをしておる」
「たかが指南役と思っておったが
柳沢よりも、たちが悪い」
「吉良の意地悪は陰湿で執念深い」
「何とかならんか?」
阿部 正武
「吉良は上様の贔屓じゃ
だから、何ともならん・・」
「あ奴は上様を後ろ盾にしておるから
我らでは太刀打ち出来ない・・」
「ほっとけば宜い」
「変にかかわれば
狂犬に襲われるぞ!」
大久保 忠朝
「生類憐みの令を悪用しよってからに・・」
「しかし、因縁の津山城には
吉良が押す酒井忠囿が入り受け取ったぞ」
「松平光長殿は如何する」
「光圀殿の催促が厳しくなってきたぞ!」
阿部 正武
「津山城の受け取りは酒井忠囿と松平直明じゃったな」
「酒井忠囿は酒井忠勝のひ孫」
「本家を復権させようとする目論みぢゃな」
大久保 忠朝
「いよいよ」
「吉良の思うまま」
「我らは、吉良の道具にされておるな・・」
「しかし、津山城は渡さぬぞ」
「我らの力で、光長殿の養嫡子(松平宣富)に
大名知行せねば為らん」
「光圀殿の御意向じゃ」
阿部 正武
「難儀じゃな・・」
大久保 忠朝
「いやいや」
「考えようぢゃ!」
「因縁の津山城を一旦吉良に手渡して
因縁払いを済ませてから光長殿が受け取れば
怨念は取り除かれる」
「吉良が代わりに怨念を受ける筈」
「怨念払いとなる筈ぢゃぞ!」
阿部 正武
「怨念など無いと申されておったのに・・」
「やはり、気になりますかな・・?」
大久保 忠朝
「光長殿に悪霊が祟っては困るぞ」
「吉良が身代わりと為れば宜しい」
阿部 正武
「吉良が赤穂を虐めるように強いておる」
「何故、赤穂を虐めるのか?」
大久保 忠朝
「赤穂は上様の寵愛を受けておる」
「赤穂を虐めれば
上様から咎められると思うぞ!」
阿部 正武
「吉良は、赤穂の指南役を続けておりました」
「しかし、いきなり態度を変えて
今度は赤穂を切り捨てようとしております」
「何が有ったのでしょうか?」
大久保 忠朝
「吉良は上様の犬じゃ」
「吉良の意思では無いと思うぞ」
「赤穂は以前には上様の寵愛を受けていたが
今は嫌われておるのかも知れんな」
「上様の心変わりじゃと思うが・・」
阿部 正武
「我らも気を付けねば為りませんな・・」
「上様に嫌われれば
全てを失いますぞ!」
大久保 忠朝
「左様」
「当然、柳沢や吉良にも逆らえん・・」
「難儀ぢゃな・・」
阿部 正武
「では、赤穂を一緒になって虐めるので御座いますか?」
大久保 忠朝
「吉良には逆らえん!」
阿部 正武
「赤穂を虐めるので御座いますか!」
大久保 忠朝
「左様!」
阿部 正武
「恐ろしい・・」
「老中で虐めを率先するとは」
「下々も従うので・・」
大久保 忠朝
「左様」
「幕府は、集団で赤穂を虐める事になる」
阿部 正武
「武士道は無いと?」
大久保 忠朝
「無い!」
「幕府要人は犬となる!」
「犬以外は、虐められ
犬小屋に入れられるのぢゃ!」
阿部 正武
「んんゥ」
「我らは、善良なる良将ではないのですか?」
大久保 忠朝
「我らの評判は良い」
「だから」
「悪事は悪人に任せれば宜しい」
「我らは善人じゃ」
「悪人は、柳沢と吉良」
「善人は我らぢゃぞ!」
阿部 正武
「んんゥ」
「難儀ぢゃ!」
大久保 忠朝
「如何しようもない」
阿部 正武
「救いがたい、手段を尽くしても見込みがない・・」
大久保 忠朝
「あのな」
「如何しようもないのは、吉良ぢゃぞ」
「我らでは無い」
「吉良は手段を尽くしても見込みがないのぢゃ」
「我らは善人ぢゃぞ!」
赤穂事件 山桜
山田 宗徧 (茶人)
「これは・・んゥ」」
「山桜ですな」
「この茶器を私めに下さるので御座いますか」
吉良上野介
「今の儂の心境を其方に受け取って欲しいのじゃ・・」
山田 宗徧
「ほォー」
「如何様な心境ですかな・・」
吉良上野介
「これからは吉良家の時代が到来する」
「この茶器は、儂が 千 宗旦 の弟子であった事の証として
其方に受け取って貰いたいのじゃ」
山田 宗徧
「ほォー」
「では、弟子を卒業なさるので・・」
吉良上野介
「儂は、高家指南役として
上様より高い信頼を受けている
儂が 千 宗旦 の弟子では
上様に対しての指南の有り方に不都合があるやも知れん」
「せめて、儂は利休流のわび茶を究めた者として
利休の後継者と目されるように為る必要があるのぢゃ!」
山田 宗徧
「では、私めは不要であると・・」
吉良上野介
「いやいや」
「誤解しないで欲しい」
「あくまでも、これは儂の心境の証じゃ」
「儂が上様に信頼され一目置かれる立場であるから
その地位に相応しい肩書が必用なのじゃ」
「儂の心境を其方に分かって欲しいのだよ」
山田 宗徧
「では、物は不要で御座います」
「茶器は小林平八郎殿にお渡し下され・・」
吉良上野介
「受け取れぬと申すか!」
山田 宗徧
「いいえ」
「貴方様の心を受け取りまして御座います」
吉良上野介
「もろともに あはれと思へ 山桜 花より外に 知る人もなし」
山田 宗徧
「貴方様の心を私めに察して欲しいと申されるか・・」
吉良上野介
「儂の心境が分かるか!」
山田 宗徧
「失礼をお許し下されば
お話しすることも出来るかと・・」
吉良上野介
「許すから申されよ・・」
山田 宗徧
「では」
「申し上げます」
「其方は、赤穂様を長きにわたり指南為された
そして、ようやく目的を達成出来る手筈が整ったその時
計画が御破算に為ってしまったのですな」
「その無念を誰にも理解して貰えないので
山桜の茶器を手渡して
心の慰めにしようと為されたので御座いましょう・・」
吉良上野介
「儂は、皆から陰湿な悪人だと思われておる」
「しかしな」
「儂は好き好んで
このような嫌われ役を演じておるのではないのじゃ」
「全ては、計画が狂ってしまった事から生じた」
「赤穂が憎い訳ではない」
「赤穂の代替わりは儂の本意ではない」
「これは、全て運命なのじゃ」
「儂は、悪人か?」
山田 宗徧
「人は皆、善人で御座います」
「悪人など何処にもおりません」
吉良上野介
「出鱈目を申すな!」
「悪人がいなければ
刑罰もあるまい」
「悪人は獄門となって晒し首となっておるぞ!」
山田 宗徧
「それは、罪を犯したからで御座います」
「人は皆、善人で御座います」
「しかし、罪を犯せば罪を償わねばなりません」
吉良上野介
「・・・・・・」
「罪を償うのか・・・」
山田 宗徧
「はい」
吉良上野介
「儂には罪があるのか?」
赤穂事件 吉良家筆頭家老の斎藤宮内
斎藤 宮内 (筆頭家老)
「全ては順調ですな」
「いよいよ、高家の力が試される時」
「楽しみで御座る」
吉良上野介
「んんゥ」
「其方の御蔭じゃぞ」
「赤穂に屋敷を取り壊されておったら
面目丸つぶれであった」
「赤穂に潰されるくらいなら
大火に焼失した方がましじゃ」
「吉良邸は幕府の援助で建て替えられた」
「儂は、新しい屋敷に移る事が出来て満足じゃ!」
斎藤 宮内
「我らは、上様の贔屓に御座います」
「計画通り、上野国を知行致しましょうぞ!」
吉良上野介
「んんゥ」
「酒井忠清の遺産は、我らが引き継ぐ権利がある」
「上様は我らを頼っておられる」
「上様の計らいで、我らは大領の大名として
上野国で上様の御膝元に君臨する事となる」
「あとは、赤穂の第代わりを成功させ
穢れ上様に嫌われた兄を追い出して
弟を立てることじゃ」
「弟の犬千代も儂の指南を受けておる」
「儂に従順な忠犬となる」
「穢れた兄は不要じゃ」
「上様に献上する犬は弟の犬千代以外は考えられない」
斎藤 宮内
「最近、赤穂は大人しくしております」
「大火を防ぐ事が出来ずに
火消し大名としての実績も削がれたようで御座る」
「我らの屋敷が焼失したのは
赤穂の責任が大きいと考えられております」
吉良上野介
「あまり赤穂を悪く言うな」
「あくまで、追い落としは浅野長矩である」
「儂は、いち早く浅野長広を養子とする許しを取った」
「大学(浅野長広)が赤穂藩主として
上様に仕えればよいのだ」
「次の饗応に間に合うように
赤穂を追い詰めねば為らん」
斎藤 宮内
「我らが上野国の大名になるとは
大出世で御座いますな」
「上様に感謝せねば」
吉良上野介
「儂は、茶道の奥義を極めた」
「儂が上野国を貰い受ければ
茶道本家として名を馳せる」
「功績を残さねば
上野国の領主として恥ずかしいからな」
斎藤 宮内
「あいやッ」
「 侘び寂びの極みぢゃ」
「新築の吉良邸には
詫び寂びを極めた茶室も作られました」
「茶道は武家の嗜みで御座る」
「上様は、高家指南を尊重して
全ての式典は我らが取り仕切っております」
「我らの許可が無ければ
大老といえども何も出来ない有様」
「我らの権限は大老を上回っております」
吉良上野介
「左様」
「今は、権限だけが際立って大きい」
「しかし、これからは実力も大きくなるぞ」
「儂は、上野国を貰い受け
大領の大名に昇格する」
「全ては、次の饗応に掛かっている」
「大学を赤穂藩主として
上様に献上するのじゃ」
「褒美は、上様から約束されておる」
「もう、上野国は儂の物ぢゃぞ!」
斎藤 宮内
「はい」
「某も、筆頭家老として
斎藤家の跡取り、兄弟にも
良い思いをさせてやりとう御座る」
吉良上野介
「んんゥ」
「斎藤家も安泰じゃ」
「万事上手く行く」
「浅野長矩を追い出せば
全て上手く行く」
斎藤 宮内
「老中一同、浅野長矩を虐めております」
「この様な虐めに合えば
浅野長矩とて音を上げて降参する筈」
「今回の火消し失敗の責任もあります」
「大騒ぎして、追い落とす事が可能かと・・」
吉良上野介
「まァ」
「焦らずとも、いろいろ計略はあるぞ」
「上様の許可も得られた」
「上様は、穢れが怖いのじゃ」
「小姓が蚊を叩き
顔に血を付けておっただけでも
島送りとした」
「赤穂が痘痕をつけておったら
それだけでお咎めものじゃ」
「上様は、長矩を嫌っておられる」
「もう、長矩を犬にする事は出来ん」
「弟の大学を犬として献上する」
斎藤 宮内
「全くで御座る」
「嫌われた長矩など献上できませんな」
「長矩など献上すれば
献上した我らがお咎めものじゃ」
吉良上野介
「長矩 追い落としは
上様の御意志じゃ」
「老中一同の同意もある
我らは、上様に忠義すればよい」
斎藤 宮内
「計略は?」
「如何なる計略で御座る」
「教えて下され!」
吉良上野介
「凄い計略じゃぞ」
「なにせ、上様の計略ぢゃ!」
「儂は、上様から申し付けられた計略を実行するだけぢゃ!」
「上様の計略は容赦ない」
「徹底的に虐められるぞ!」
斎藤 宮内
「おおおォ」
「凄い!」
「如何様な虐めで御座る」
吉良上野介
「凄い虐めぢゃぞ」
赤穂事件 大老の決意
井伊直興(大老)
「何で、吉良屋敷の建て直しを、幕府が援助せねば為らん!」
「飢餓が起こっておるのぢゃぞ!」
土屋政直(老中首座)
「今回の大火で
吉良が赤穂の火消しを妨害したそうで御座います」
井伊直興
「何とかして、吉良を排除せねば為らんぞ!」
土屋政直
「吉良を侮ってはなりません」
「某は、吉良から酷い洗礼を受けております」
「一度ならず二度までも
数十匹の猛犬に襲われ
犬を切り捨てた事で
仲間家来が追放処分じゃ・・」
「大老も罠に掛けられたであろう・・」
井伊直興
「如何にも・・」
「猪狩りで咎められ
危うく失脚するところであった・・」
土屋政直
「吉良の過ちには咎めが無く
赤穂は何をしても厳しく咎められておる」
「吉良は集団で赤穂を虐めておる」
井伊直興
「吉良が、我らにも虐めに参加するようにと申しておる」
土屋政直
「馬鹿げた事ぢゃ!」
「ふざけた子供の喧嘩じゃぞ!」
井伊直興
「赤穂は、我らに助けを求めては来んのか?」
土屋政直
「赤穂は武闘派で御座る」
「決して、助けを求めては来ませんな」
井伊直興
「一度相談に乗ってみよう」
「浅野長矩殿とゆっくり話をしてみよう」
「儂は、吉良屋敷の建て替えで
幕府の資金を使いたくないのだ」
土屋政直
「幕府の財政は逼迫しておりますな」
井伊直興
「我が彦根藩で飢饉が発生しておる
救米支援を考えておるが
藩の財政も逼迫しておる」
「庶民が飢えておる時に
幕府の貴重な財産を
吉良屋敷の建て直しに使うのはおかしい」
「吉良は己惚れておるようじゃ」
土屋政直
「吉良は高家指南役として
上様の膝元に居座り
祭事式典の有り方や事細かな儀礼に至る全てを取り仕切り
大きな権限を持っております」
「諸藩が飢餓で困窮しておっても
吉良は己の領地を持たぬ雇われの身
諸藩の困窮をよそに私腹を肥やしております」
井伊直興
「飢餓が蔓延しておる時には
大領大名よりも身一つで仕える
吉良の立場が安泰なのじゃな」
土屋政直
「あ奴、いずれは、
上野国を貰い受けると、
恥ずかしげもなく言いふらしておる」
井伊直興
「そうなれば、吉良には大きな権限と
大きな権力が備わる」
「誰も吉良に逆らえなくなる」
土屋政直
「やはり、
今のうちに対処しなければなりませんな!」
井伊直興
「んんゥ」
「我が屋敷には光長殿がおられる」
「また、更には光圀殿の協力もあれば
吉良に対抗できるかも知れん」
土屋政直
「御老公様が
戒めの書状を持っているという噂は、真で御座いますか?」
井伊直興
「真じゃ」
「たたし、戒めの書状は、開示されたことがないのじゃ」
「この困窮を打開するには
光圀殿のお力が必用じゃが
はたして、如何為るやら・・」
「赤穂への虐めが公になれば
光圀殿も黙ってはいないと思うが・・」
土屋政直
「では」
「我らは、赤穂に力を貸して
虐めの真相を探り
吉良が老中を巻き込んで
赤穂に嫌がらせをしている事実を
証明する必要が御座います」
井伊直興
「子供の喧嘩じゃのォ」
「虐めなどしおってからに・・」
土屋政直
「吉良を咎める必要が御座います」
井伊直興
「子供の喧嘩に、水戸の御老公が仲裁に入ってくれるのかなァ?」
土屋政直
「いえいえ」
「吉良の虐めは陰湿じゃ」
「この虐めを放置していれば
大変な事になりますぞ」
井伊直興
「吉良は、我らにも虐めに参加するようにとの
圧力を掛けてきておるからな・・」
「馬鹿げた事じゃ」
「大老は名ばかり
雇われの指南役に虐めの催促を受けておる・・」
土屋政直
「これも吉良の陰謀で御座る」
「我らに罪を擦り付け
危うく成れば逃げ出す筈」
「逃げても失うものは少ない」
「我らは、大領を持っておるから
逃げる事など出来ん」
「吉良の身は安泰」
「我らが背負っている領地は
飢餓が蔓延しておる」
「我らは困窮するばかり・・」
井伊直興
「吉良の強みじゃな・・」
土屋政直
「なんとかせねば・・」
赤穂事件 世直しへの布石
井伊 直興 (大老)
「おお、赤穂殿」
「良く参られた」
「酒なり、茶菓子なり
何でもある故、寛いで下され」
浅野内匠頭
「これは、一体何で御座いますか」
「大老殿に接待されるのは
某、無骨者には勿体無い事で御座る」
井伊 直興
「儂は、二度までも赤穂殿に救われた」
「感謝申し上げる」
浅野内匠頭
「私めが、大老を救ったと・・・?」
井伊 直興
「左様」
「先の大火と、今回の大火じゃ!」
「先の大火では
我ら井伊家の上屋敷と中屋敷の裏手まで
火の手が迫っておったのを
赤穂の決死の火消しで救われた」
「そして、
今回の大火は
上屋敷の表門に火が回るのを未然に回避してくれた」
浅野内匠頭
「赤穂藩士は強者揃いで御座います」
「左様な事は、朝飯前で御座る」
井伊 直興
「いやいや」
「赤穂殿の働きは、群を抜いておった」
「赤穂殿の火消しが無ければ
某の上屋敷も中屋敷も下屋敷も全て焼失しておった筈じゃ」
「感謝申す」
浅野内匠頭
「それは、大老殿の屋敷に我らが入る事を許されたからで御座る」
「立ち入りを拒まれれば対処は出来ません」
井伊 直興
「今回の大火は
我らが上屋敷表門に火の手が迫っておったが
火の手は方向を東に変えた
吉良邸の方向に火の手が回ったようじゃな」
浅野内匠頭
「大老邸では火消しに協力的で御座いましたが
吉良邸では火消しが妨害されました」
「火消しは、初期対応が肝心で御座る」
「火の手が迫っておる時に妨害されますと
火消しは困難となります」
「大老邸が救われたのは
初期対応が出来たからで御座います」
「吉良邸は、我らの火消しを妨害したことで
延焼を招き込んだのです」
井伊 直興
「んんゥ」
「吉良殿は
吉良邸の焼失を火消しの責任だと言って騒いでおるな・・」
浅野内匠頭
「はい」
「左様に御座る」
井伊 直興
「今後の事もある」
「其の事は、確りと弁明なさるが宜しい」
浅野内匠頭
「はい」
「承知しました」
井伊 直興
「んんんゥ」
「・・・・・・・」
浅野内匠頭
「如何為された?」
井伊 直興
「んんゥ」
「其方」
「吉良殿と諍いがあるのか?」
浅野内匠頭
「御座いますが・・」
井伊 直興
「事が大きくなり
収拾が付かなくなる前に行動を起こす必要が御座る」
浅野内匠頭
「我ら赤穂に
助けを求めよと申されるか?」
井伊 直興
「吉良殿は虐めを拡散しておりますぞ!」
浅野内匠頭
「はい、承知しております」
井伊 直興
「では、我らが助け舟を出しても良いのか?」
浅野内匠頭
「それは、我らが赤穂藩士と相談せねば為りません」
井伊 直興
「何故、吉良殿は其方を嫌う?」
浅野内匠頭
「いえいえ」
「むしろ某に纏わり付いて困るくらいで御座います」
「虐めは好意の表れ」
「某に親しみをもっておるのでしょう」
井伊 直興
「んんゥ」
「何故、吉良を庇う!」
浅野内匠頭
「・・・・・」
井伊 直興
「あのな」
「水戸の御老公が先様から預かった書状がある」
「光圀殿が預かった戒めの書状が開示されれば
吉良を追放出来る」
「言い換えて申せば
其方の直訴があれば
戒めの書状が開示され
吉良を失脚させる事ができるのぢゃぞ!」
「それでも、吉良を庇うのか!」
浅野内匠頭
「某、吉良殿には大変に世話になっております」
井伊 直興
「嘘を申すな・・・?」
浅野内匠頭
「吉良殿に逆らうことは出来ません・・」
井伊 直興
「光圀殿や、光長殿、そして某大老の力を結集すれば
吉良を退治出来る」
「我らを信じてくれ」
赤穂事件 赤穂虐め
柳沢 吉保
「赤穂は意に介しておりません」
「それどころか、大老が光圀と協力すべく
赤穂に助け舟を出しております」
将軍綱吉
「光圀は弱ってないのか?」
柳沢 吉保
「はい」
「ピンピンしおります」
将軍綱吉
「忠清といい
正俊といい
井伊直興といい
大老は全て光圀の支配下にある」
「今度は、直興、光長、光圀が結託して
儂に盾突こうとしておるのか!」
柳沢 吉保
「はい、左様に御座います」
将軍綱吉
「面倒ぢゃ!」
「あ奴らを島送りにせよ!」
柳沢 吉保
「光圀には、我らの陰謀を証明する
先様の偽の遺言が御座います」
「堀田が示した先様の遺言が偽物だと分かれば
上様の正当性が危うくなります」
将軍綱吉
「では、如何すればよい!」
「早く、対処しろ!」
「如何する!」
「おい!」
柳沢 吉保
「はい」
「先ずは、光長に屋敷を提供する事で御座います」
将軍綱吉
「んんゥ」
「吉良の屋敷を建て直すから
ついでにやるのか?」
柳沢 吉保
「いいえ」
「大老邸に光長を匿うのはよくありません」
「同じ屋敷におれば密談は容易いので
離れた場所に匿う必要が御座います」
将軍綱吉
「よし」
「光長を別の場所に隔離しておけ!」
「光圀は如何する!」
柳沢 吉保
「光圀は西山荘から動いておりませんので
心配は御座いません」
「それよりも、大老を始末せねばなりません」
将軍綱吉
「んんぅ」
「島流しか!」
柳沢 吉保
「大老を島送りにすれば
光圀が江戸に乗り込んで来ます」
「得策では御座いません」
将軍綱吉
「おい!」
「犬!」
「儂に逆らうな!」
「いちいち」
「指図するな!」
柳沢 吉保
「はい」
「おとなしくしております」
将軍綱吉
「おい」
「如何すればよい!」
「おい」
「早く何とかしろ!」
柳沢 吉保
「はい」
「大老の始末は某にお任せ下さい」
将軍綱吉
「失敗すれば
首ちょんばぢゃ!」
柳沢 吉保
「はい」
「お任せ下さい」
将軍綱吉
「赤穂は如何する!」
「赤穂ぢゃ!」
「如何する!」
「早く申せ!」
「おい!」
柳沢 吉保
「赤穂は引き続き虐めを継続致します」
将軍綱吉
「如何様な虐めぢゃ!」
「早く申せ!」
「おい!」
「早く!」
柳沢 吉保
「はい」
「上様の意向に合う虐めを継続致します」
将軍綱吉
「儂の虐め?」
柳沢 吉保
「はい」
「吉良が実行しております」
将軍綱吉
「儂の虐めとは何じゃ?」
柳沢 吉保
「お忘れで御座いますか・・」
将軍綱吉
「おい!」
「ふざけた事を申すな!」
「儂が忘れたと言うのか!」
「おい!」
「かんとか言え!」
「おい!」
柳沢 吉保
「申し訳御座いません」
「某、今思い出しました」
「上様の意向は能で御座いました」
「はい」
「能で御座います」
将軍綱吉
「能?」
柳沢 吉保
「お忘れで御座いますか?」
将軍綱吉
「んんぅ」
「犬の分際で・・」
赤穂事件 大老の権力
井伊 直興
「儂は大老として、
幕府の立て直しが必用じゃと考えておる」
柳沢 吉保
「立て直すとあらば
幕府は倒れておるのかな?」
井伊 直興
「諸藩では庶民が飢餓で苦しんでおる
某の彦根藩でも飢饉が発生しており救米支援をしている」
「資金の少ない地方では深刻な貧困が蔓延しており
江戸市中にも影響が出ておりますぞ!」
柳沢 吉保
「江戸市中?」
「左様な貧困の話は聞いた事がありませんな・・」
井伊 直興
「二年続けての江戸の大火で
多くの旗本屋敷が焼失したのですぞ!」
「多くの下屋敷も焼けたのじゃ!」
「蔵の米が焼失したのじゃぞ!」
「江戸も困窮しておるのぢゃ!」
柳沢 吉保
「幕府は上様の命令に従えば宜しい」
「大老は上様の命令に従い
焼失した吉良邸の建て直しを急ぎ
寺社を敬い
饗応の準備をする事が重大事項で御座る」
「これは、上様の命令で御座いますぞ!」
井伊 直興
「吉良殿は虐めを助長させ
多くの重鎮を巻き込み、誑かしております」
「吉良殿を特別扱いしては為りません」
柳沢 吉保
「誑かす?」
「吉良殿が嘘つきと申されるか?」
井伊 直興
「幕府の貴重な財産で
吉良邸の建て替え費用は出せん!」
柳沢 吉保
「吉良殿は高家指南役として
上様から絶大なる信頼を受けております」
「ただ、其方のような大領藩主の大名ではないから
幕府が援助するのじゃ」
「じゃがな、其方の不満もあろうから
光長殿の屋敷も幕府の援助でこしらえる事になった」
「吉良殿と光長殿の新居じゃぞ!」
井伊 直興
「光長殿は、某の屋敷で不自由は御座らん!」
「各地で飢饉が起きておるのですぞ
不要な散財は、お止め下され!」
柳沢 吉保
「光長殿と別れるのが辛いのかな?」
「では、其方は光圀と同居するか?」
井伊 直興
「如何いう意味で御座る!」
柳沢 吉保
「其方が、光長殿と光圀殿と共闘して
幕府の実権を握らんと企んでおる証拠が御座る」
井伊 直興
「儂は、大老じゃ!」
「老中で取り決められた事は儂が見定め、
上様に報告しお目通し頂く」
「これが幕府の制度ではないか!」
柳沢 吉保
「先の大老酒井忠清は、そのようにして実権を握り
専横をしたのじゃぞ」
「其方は、同じ過ちを繰り返したいのか」
井伊 直興
「兎に角、
吉良殿の権限が大きく成り過ぎております」
「吉良殿は指南の名の下で
言い掛かりを付け
虐めを繰り返しております」
「老中にも、虐めに参加するように強要しておるのぢゃ!」
柳沢 吉保
「其方も、虐めに参加すれば宜しい」
井伊 直興
「馬鹿を申すな!」
柳沢 吉保
「お気を付け下さいませ」
「馬鹿呼ばわりは危険ですぞ!」
「其方は、上様を馬鹿呼ばわりしたのですぞ!」
赤穂事件 赤穂降ろしの密約
柳沢 吉保
「上様は、如何様な意向じゃ?」
吉良上野介
「能で御座る」
柳沢 吉保
「能で嫌がらせをするのですか・・」
「しかし、その方法であるが
光圀に試したところ、上手く行かなかったぞ」
吉良上野介
「光圀は水戸の大老を切り捨てて
水戸に逃げ帰った」
「赤穂には、斯様な度胸はあるまい」
「光圀と比べるな」
柳沢 吉保
「確りと計画を立てる必要が御座る」
吉良上野介
「んんゥ」
「老中以下、我らに協力的じゃ」
「赤穂は音を上げて降参するぢゃろう」
「なにせ、上様の御考えじゃ」
「兄が排除されて
弟の大学犬が取り立てられる」
柳沢 吉保
「念の為に確認したい」
「大っぴらに赤穂降ろしを行えば
光圀が江戸に来て
我らを非難するぞ」
「光圀の行動は予想が付かん
だからな
赤穂への虐めは隠れてやれ」
「あまり大袈裟に虐めるな!」
吉良上野介
「分かっておる」
「じゃがな」
「老中も、虐めに加担しておるのだ」
「だからな」
「老中も、光圀に叱られたくないと思うぞ」
「老中は口が裂けても虐めの事を内密にしておきたい筈じゃ」
柳沢 吉保
「大老には我らに逆らわぬように、釘を刺しておいた」
吉良上野介
「大老は 分からず屋じゃ」
「我らに従う事はない」
「大老と光圀と光長を警戒して
我らの秘密を悟られぬように警戒するのぢゃ!」
柳沢 吉保
「上様は、その者達を始末したいと申された」
吉良上野介
「んんゥ」
「誰から始める?」
柳沢 吉保
「先ずは、大老が邪魔で御座る」
「上様の命令に逆らっておるのだから
先の大老堀田正俊同様の殺処分になるかと・・そう思うぞ」
「大老は三代続けての殺処分となる」
「其方は、大老を脅せ」
「大老も赤穂を庇って死にたくはない筈じゃ」
「我らに屈服すれば、命は助けてもよい」
「屈服して我らに従えば、大老には隠居を勧める」
吉良上野介
「光圀は如何する?」
柳沢 吉保
「虐めを内密で進めろ」
「老中は口が堅いが
下々は噂話が好きなのだ
老中には
下々に気を付けるように、釘を差してこう」
吉良上野介
「んんゥ」
「内密で進めるのは難しいぞ・・」
「・・・・・」
「能ぢゃ」
「光圀には効果がなかった能ぢゃ!」
柳沢 吉保
「能ですな」
吉良上野介
「能に関しては慎重に進める必要が御座る」
柳沢 吉保
「能での失敗は
上様の怒りに合う事必至で御座る」
「我らにとっても一大事ぢゃ」
「確りと計画を立てねば為らん」
吉良上野介
「儂も能を舞うのか?」
柳沢 吉保
「上様の気紛れがあれば
其方も舞う事になる」
吉良上野介
「んんゥ」
「演目は?」
柳沢 吉保
「上様は、廃演目も復活させておるから
演目は限りなく多い」
「全てを覚えておかねば為らん」
吉良上野介
「其方は、全ての演目を舞うのか?」
柳沢 吉保
「側用人の務めで御座る」
「能を舞えぬ者は
側用人には成れませんぞ!」
吉良上野介
「んんゥ」
「儂は、犬の調教から茶道、そして祭事や
饗応の指南役ぢゃ」
「これに能舞まで覚えるとなれば
時間が足りん」
「儂は如何すればよい?」
柳沢 吉保
「お教え致しますぞ!」
吉良上野介
「おおォ」
「お頼み申す!」