「わたしを束ねないで」
わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂
わたしを止(と)めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃(はばた)き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
わたしを注(つ)がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮(うしお) ふちのない水
わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
座りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
わたしを区切らないで
,(コンマ)や.(ピリオド)いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩
(新川和江第五詩集『比喩でなく』(1968年)所収、大岡信編『現代詩の鑑賞101』より)
新川和江(しんかわ かずえ)(1929-)
詩人。
茨城県生まれ。
県立結城高女卒。
「地球」に参加。「ラ・メール」創刊。
詩集『睡り椅子』 『絵本「永遠」』 『ローマの秋・その他』 『比喩でなく』 『土へのオード13』
『夢のうちそと』 『ひきわり麦抄』 『はね橋』
みや