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☆マダムの好きなことやってます生活☆

3.11

2017年03月11日 21時36分11秒 | Weblog

今年も3月11日を迎えました。

画像は震災後自宅が住めるようになるまで、家族で主人の実家に身を寄せていたときの写真です。

陸がひっこちゃんの皇潤を見ている写真です

主人の実家でこんな↑芸能人の方々が

「一人じゃない・・・みんながいる」

と呼びかける似たようなパターンのCMを毎日みていました。

なっとうがない。

ヨーグルトがない。

たまごがない。

パン、カップラーメンがない。

ガソリンがない。灯油がない・・・・

内陸ではさほど命にかかわるような被害はなかったのに、

物がなくなるという危機感でみんなが右往左往しながら毎日行列があちらこちらでできていました。

納豆もパンもヨーグルトもなくたって生きていけるのにね・・・

たくさんの方々が犠牲になって・・・

「車で逃げてる途中だったんだろうな~」

とか

「苦しかったのかなぁ~」

とか

「怖かったんだろうなぁ~」

「寒かっただろうなぁ~」

「冷たかっただろうな~」

と、それほど親しくない方であっても、亡くなられた方の最後の様子を思い、

残されたご家族の気持ちを思わずにはいられません・・・

震災の時は妹の安否が確認できなくて不安でした。

やっと連絡がついても、

「おねえちゃん、食べるものがない」

と言われても届けることもできなくて。

とりあえず実家に帰ってきたらと言っても

「お義母さんもお義父さんもまだ見つからない。わたしだけ帰るなんて考えられない」

満足に食べ物も食べれてないのに避難所を毎日歩いて探しているという話を聞いて

しばらくの間・・・毎日泣いていました。

妊婦だったわたしは、何もできなくて・・・。

たった一人の妹のために何もしてあげられませんでした。

姉妹ではあるものの、

お互い嫁であるという立場を否応なしに実感させられたものでした。

毎日、朝日が昇るのを見るだけで、とても幸せです。

ありがたいです。

そう素直に感じて大きな声で言えるようになったのは二人の息子のおかげです。

幸せだって言っちゃいけないんじゃないか・・・

楽しいことをしちゃいけないんじゃないか・・・

悲しんでいる人がたくさんいるのに、人生を楽しくすごしちゃ悪いんじゃないか・・・

って、震災後ちょっとそんな気持ちになってしまうことが多かったです。

今でも震災の日がくるとそういう気持ちになったりします。

でも、震災後に生まれた息子にその気持ちを押し付けるのは違うと思うので・・・

今は息子に幸せを体いっぱい、心いっぱい感じてほしいので・・・

声に出してたくさん幸せだって言います!

犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 


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