<あなたへの手紙…!>

加齢と比例し記憶は薄れ身体能力は欠ける日々
模索しながら、頑張って登る八十路坂その生活を備忘録を
ここに綴ります!

自然災害の教訓にして...⑵

2017年10月14日 | 日記

熊本地震 <妹からの手紙> 

夫<74歳>と二人で貴重品を入れたリュック
それと毛布を持ち一km離れた
体育館へ飛び込んだ
700
名位の人で中はすでに避難者でいっぱい
畳一畳程空けてもらいそのスペースへ
潜り込んだ。
スマホ、携帯の緊急地震速報が
一斉に鳴るのと同時に激しい揺れが続く
子供の泣き声 また
速報が鳴り響く 激しく揺れる
そんな眠れない地獄の一夜。。

*****

益城町、西原村、南阿蘇 のように強制避難と違い
合志市はまだこの時点では自主避難ゆえか?
何の支援もなく個人で水食糧は持参して下さい
との事。。。


一夜明けた我が家も気になり
食糧と水の調達へ。
自宅へ帰る
足の踏み場もない変わり果てた我が家。

 急ぎ残っていたご飯を握飯に、冷蔵庫内の
食糧を紙袋に詰め、揺れる中をフラフラしながら
また避難所へ駆け込む。。。

 みんなで肩を寄せ合い追い込まれた身を守った
。。。生きているのが勢一杯。。。

 連続の地震が続く

そのたびに避難所の天井や壁がしなる。
ギーギーギーと音を立てる

ああ!ここも危ないかも分からんふとよぎる

そして車を広場に移動避難所から
車中避難に変えた。

 しかし車中だと食料などの配給が
頂けない事に気づく

 また避難所へ。。。

避難所3日目に
もう喉が渇きお腹ペコペ そんな時
自衛隊、JAさんから  水とおむすびが
ネスレさんから      チョコレート
山崎パンさんから     菓子パン
西川寝具さんから     毛布 
  ありがたかった 嬉しかった 涙がでた そして 午後になって

「気分の悪い人 体調を壊した人 いませんかぁ」 って

 徳島県NOの救急車 そして 

背中に淡路島の名入りの救急隊員
 やさしく声をかけてくれる 遠いところからの応援隊 また涙が出た  つづく   

  

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