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大善人へ身魂磨き

善光寺


戸隠神社に行く前日、時間の都合をつけなんとか善光寺は短時間でしたが参拝できました。時間さえ許せばゆっくりしたかったです。拝観もひとつだけで、宝物殿などはできなかったのですが、でも、行って良かったことがありました。


善光寺は江戸時代には「一生に一度は善光寺詣り」と言われていたようですし女人禁制があった旧来の仏教寺院の中では稀な女性の救済の場でもあったようです。


入り口には巨大な仁王像があり、阿吽の呼吸で、参拝者に睨みをきかせていました。




私は頭を下げて進みました。お地蔵様を横目でみながら、時間があまり無いので、どんどんと真っ直ぐに本堂へと進みました。


御本堂に入るとすぐ、びんずる尊者のお像がありました。 自分の治りたい部分を触ると良くなるとかで触られすぎで、お顔もわからなくなったお像でした。痛々しかった。人の痛みを取ってあげているのでしょうか。私は触らず手を合わせて通り過ぎました。


秘法や何年に一回のご開帳というのも、御本尊に祈念して触ったりお賽銭を投げつけたりと傷つけることから守る意味もあるのかなと思いました。


靴を脱いで上がると、あと10分ですが入りますかと男性に声をかけられ、何のことかわからないけど入りますと、とっさに返しました。

それでは、自動販売機でチケットを買ってください。

言われるがままにチケットを買い、進みました。善光寺関係者以外、閉まる直前だったので殆ど居なかったです。


私は、チケットを見せて矢印のとおりすすみました。仏像もあり、手を合わせて更に行くと、階段に矢印がありました。その階段をおりると、そこはなんと、真っ暗な何も見えない回廊なんです。本当に何も見えません!


実は、昔横浜にあるお寺に職場の方に連れて行って貰った事がありました。迷惑をかけずにぽっくり亡くなる、ピンピンコロリの福徳を頂けるとかで、まぁまぁ年輩の?職場の方のお気に入りの寺だとか。そのお寺にもこの暗闇回廊と似た所がありました。


その時、人は無明の中生きている、だから、暗闇を手摺だけを頼りに掴まりながら御仏の光を求めて歩くんだと、この回廊の意味を後に理解しました。


その時は2人でしたが真っ暗なので怖かったです。ただ、今回は1人だしさらに怖いなぁ、早く出たいなぁ、という気持ちで進みました。


回廊は長くなかったのでホッとして階段から上がり、出口を出ようとすると入り口近くで親子が何かお寺の方と話していました。何処ですか?わかりますか?とか言ってました。


そして、その親子は、わかるかなぁとか言いながら入り口にはいり、階段を降りて、暗闇回廊に降りて行きました。


私は、ん?と思って、出口を出ず、入り口に戻りもう一度親子の後をついて、何かあるのかな?と暗闇回廊に行くことにしました。次は親子が前に居るから怖くありません。


途中で、あった!あった!と声がして、かちゃかちゃと音が響きます。

私が、後ろから、何かあるんですか?と暗闇できくと、ここに極楽浄土への扉があり、その取っ手の輪を持って自分が来ましたと告げると極楽浄土への切符をいただけるらしいですよー!

と暗闇で声がしました。


私は、その親子が終わった後、真っ暗な中、声がした辺りを手探りで輪っかをさがしました。


ありました!!!やったー。

まあ、かちゃかちゃと輪をさわり、来させていただくご縁をありがとうございますと言いました。


暗闇回廊から出て帰ろうとすると、お寺の方に見つけましたか?と聞かれました。

私が、「はい。実は、最初はわからなくて、でもわかりました!」というと、「それだけでも来た価値がありますよ。」と言ってくださいました。その日は私がそこを出る最後の人になりました。


知らなかったのに再チャンスで見つけたから良かったです。偶然いただけた浄土切符に甘んじることなく、極楽浄土に行けるかどうかは私の心次第なので、いつか行けるように御魂を磨きたいです!


帰りは、三宝荒神様と三宝大黒天様が帰る人に睨みをきかせていました。


私は頭を下げて、ホテルへと戻りました。

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