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習近平独裁を裏付ける「新憲法」を読み解く

2018年03月01日 12時35分02秒 | 国際・社会
 中国の政治が大きく音を立てて変わろうとしているのだが、悪い予感しかない。まず、2月26日から28日までの間に突如、三中全会が招集されることになった。普通なら三中全会は秋に開かれ経済政策をはじめとする新政権の政策の方向性、改革の方向性を打ち出すものだ。こんなイレギュラーな三中全会は改革開放40年来、初めてだ。本来2月に開催される二中全会が前倒しされて1月に開かれたのも驚きだったが、二中全会で決められなかった人事と“重大政治機構改革”を決めるために三中全会が全国人民代表大会(全人代)前に開催されるということらしい。

 その三中全会の招集が発表された翌日の25日に、3月に開催される全人代で可決される予定の憲法修正案が公表されたが、この修正案では第79条の国家主席任期の「連続二期を越えない」という制限が取り払われたことで、中国内外は騒然となった。習近平独裁が始まる!とおびえた中国人が一斉に「移民」のやり方をネットで検索したために、「移民」がネット検索NGワードになってしまったとか。

 三中全会の行方はどうなるのか。新政府の人事と重大政治機構改革の行方は? 習近平新憲法が導く中国の未来とは? 未だ流動的要素はあるものの、一度まとめておこう。


21の修正、特筆すべき8点

 新華社が公表した憲法修正案の中身を見てみよう。

 修正点は21か所。その中で特筆すべきは8点。

(1)前文において、国家の指導思想として、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論と三つの代表重要思想に続いて「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を書き入れた。「健全な社会主義法制」を「健全な社会主義法治」と書き換えた。このほか、「新発展理念」「富強民主文明和諧美麗の社会主義現代化強国を建設し、中華民族の偉大なる復興を実現する」などという習近平政権のスローガンを書き入れた。

(2)前文において、中国の現状を「長期の革命と建設のプロセスにある」という認識を「長期の革命、建設、改革のプロセスにある」と改革を強調する形で修正。

(3)前文において「中国革命と建設の成就は世界人民の支持と不可分である」という部分を「中国革命と建設、改革の成就は世界人民の支持と不可分である」に。「中国が独立自主の対外政策を堅持し、主権と領土保全の相互尊重主義を堅持し、お互いに犯さず、内政干渉せず、平等互利、平和共存の五原則」という部分に加えて「平和発展の道筋を堅持し、ウィンウィンの開放戦略を堅持する」という文言を加筆。「各国との外交関係、経済、文化的交流を発展させ」を「各国の外交関係、経済、文化的交流を発展させ、人類運命共同体構築を推進する」と修正し、習近平政権のスローガンである「人類運命共同体構築」という文言を書き入れた。

(4)憲法第1条第二項の「社会主義制度は中華人民共和国の根本制度」という部分に加えて、「中国共産党の指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」と書き入れ、条文中に「共産党の指導」という文言が初めて入った。

(5)第3条第三項に中国の最高権力機関とされる人民代表大会の監督責任が及ぶ機関として、「国家行政機関、審判機関、検察機関」とあるところを「国家行政機関、監察機関、審判機関、検察機関」と監察機関つまり新設される国家監察委員会の権威を国務院と併記するほど強いものとした。これに従い全人代の職権の中に国家監察委員会主任の選出、罷免などの条項が付け加えられ、国家監察委員会の条項が書き加えられた。

(6)第24条第二項において、「国家は祖国を愛し、人民を愛し、労働を愛し、科学を愛し社会主義の公徳を愛することを提唱する」の部分を「国家は社会主義の核心的価値観を提唱し、人民を愛し…以下略」と修正、「社会主義の核心的価値」という言葉を盛り込んだ。

(7)第27条に新たに第三項を付け加え、国家公務員の就任時に憲法宣誓を公開で行うことを規定。

(8)第79条第三項において、「中華人民共和国主席、副主席の一期ごとの任期は全国人民代表大会任期と同じとし、連続二期を越えない」という部分を「中華人民共和国主席、副主席の一期ごとの任期は全国人民代表大会任期と同じとする」として二期10年の任期制限を撤廃した。


「監察委独立的権限」で「移民」がNGワードに

 この中で、やはり中国内外が騒然としたのが、第79条の修正、国家主席任期制限の撤廃である。これにより、国家主席任期は無期となり、習近平が国家主席を2023年以降も務め続けることが可能となった。国家指導者の任期が無期限となるということは、独裁を確立するための憲法的裏付けができたということであり、習近平の野望を反映した憲法改正である。ブルームバーグその他、欧米メディアは、習近平のプーチン化などと評した。

 次に中国人民の肝胆を寒からしめたのは、国家監察委員会に、国家行政機関、司法機関と並ぶ強い独立的権限が与えられたことである。これまでの習近平の反腐敗キャンペーンは党中央規律検査委委員会が主導で行ってきた。党の内規に従って行われてきた。だからターゲットはあくまで党幹部であった。

 だが今後の反腐敗キャンペーンは憲法に基づく機関が国家監察法を根拠に国家機関に及び、党外人士、一般官僚、国有企業幹部らも含めて、その汚職を摘発していくということである。反腐敗キャンペーンは事実上、習近平による反習近平派の粛清に利用されていたが、その粛清の範囲が党外にまで広がる、ということになる。

 おそらく、習近平の独裁化とこの新たな監察機関に関する修正案を見て、地方のヒラ官僚や国有企業社員に至るまで一斉に移民の検討を始めたのだろう。新華社が憲法修正案を発表して後、インターネットの中国検索サーチエンジンのランキングで「移民」関連検索が一気に跳ね上がった。まもなく「移民」という言葉自体が、検索NGワードになってしまった。このほか、「袁世凱」「皇帝万歳」「戊戌の変法」など、皇帝や革命、独裁を連想させる言葉が次々とNGワードになった。


「法治唱えると独裁肯定」の矛盾

 現行の1982年憲法は習近平の父親で開明派政治家で知られる習仲勲が中心になって、文革の残滓を払拭するために作った憲法であった。習仲勲は、文革憲法と根本的に違う市民の権利の根拠を示す憲法をつくろうとしたので、あえて憲法条文に「党の指導」という文言を書き入れなかった、というエピソードはすでに前々回の拙コラム欄で紹介したとおりである。

 習近平は、さすがに前文に党規約と同様の「党の一切の指導」という強い文言を入れることはなかったが、条文では明確に「党の指導」を入れてきた。党規約には「習近平を核心とする党中央」という言葉が入っているので、習近平独裁はこれで憲法に裏付けされる、ということである。独裁を肯定した文革憲法から市民権利擁護の82年憲法を作った父親の思いを、息子の習近平は踏みにじったということになる。

 これまで反習近平派は、習近平の独裁化路線が憲法に矛盾するとして、憲法を根拠に批判し、憲政主義を守れ、法治に戻れと主張していたのだが、憲法の方を習近平路線に変えてしまった。今後は、法治を唱えるほどに、独裁を肯定するという矛盾に民主派、新自由は人士は、苦しむことになった。

 ところで、こうした憲法修正案は1月半ばに行われた二中全会ですでに可決していたはずである。だが、二中全会コミュニケでは、この内容が公表されず、異例の三中全会の招集がかかった後に公表された。このタイムラグが何を意味するのか。そもそも、二中全会開催から一カ月ほどの間しかおかずに三中全会が開かれるのはなぜか。

 三中全会は改革開放以来、党大会翌年の秋から冬にかけての間に開催されてきた。党大会で新政権が発足し、その翌年の春に新政府が発足し、その新政権・新政府(党と国家)がその任期中に執り行う経済・政治・社会の政策、改革の方向性を三中全会で打ち出すのである。だが、今回の三中全会はかなりイレギュラーであり突然であり不穏である。誰もが第11期三中全会(鄧小平が、毛沢東の後継者である華国鋒を失脚させて実権を握った)と同じような、尋常ならざる政治の空気をかぎ取っている。


「李克強包囲網」が狭められている

 この背後をいろいろ想像するに、習近平派と非習近平派の間で、憲法修正案と人事をめぐるかなり激しい対立があったのではないだろうか。

 二中全会は普通、全人代の人事、議題がまとめられるのだが、習近平は自分の思い通りの憲法改正を実現するために、例年2月に行われる二中全会を一カ月前倒しして1月に行った。だが、習近平が提示するその修正案があまりにひどいので、非習近平派から強い反発があった。憲法修正案での議論が白熱したために二中全会では政府新人事が決められなかった。おそらくは、政府新人事も習近平の人事案にかなりの抵抗があったはずだ。

 香港明報(最近の報道は習近平寄り)の報道では、副首相に習近平の経済ブレーン・劉鶴の起用が推されているという。ちなみに他の副首相は筆頭が韓正、孫春蘭、胡春華。首相の最大任務は経済政策だが、有能な経済官僚であり、しかも習近平の腹心の劉鶴が副首相になれば、李克強の仕事は事実上、劉鶴にくわれかねない。これは、習近平による「李克強つぶし作戦の第一歩」だという見方もある。その後、劉鶴が人民銀行総裁職に就く(ロイター報道)、という情報なども流れ、劉鶴人事が相当もめていることはうかがわれている。

 このほかに王岐山の国家副主席職採用についてももめているようだ。憲法修正案と人事案セットで、習近平派と非習近平派の激しい駆け引きが行われたと考えれば、憲法修正案はあそこまで習近平の野望に沿ったものであるし、人事案はひょっとすると習近平サイドが多少の妥協を見せた可能性はある。憲法修正案公表を、人事案で落としどころが見つかったタイミングに合わせた、と考えれば公表が一カ月遅れたことの理屈もつく。

 だが、憲法に続いて人事も習近平野望人事になる可能性が示唆される出来事が24日に起きている。突然の楊晶失脚である。国務委員で国務院秘書長の楊晶は李克強の大番頭的側近である。香港で“失踪させられた”大富豪・蕭建華との汚職関係の噂が出ているが、これは習近平サイドによる李克強包囲網が狭められている、という見方でいいだろう。


「大部制度」で官僚大粛清へ?

 もう一つ不穏な話は、習近平が三中全会で大規模な政治機構改革、いわゆる大部制度(省庁統合)を行おうとしている、という香港筋情報である。国土資源部と環境保護部を統合して国土資源環境保護部にするなどして、部を減らし閣僚を減らせば、利権の拡大を防ぎ、財政の無駄を省くことができる、と言うのは建前。実際の狙いは、国務院権限(首相権限)の圧縮とアンチ習近平が多い共青団派国務院官僚の排除ではないだろうか。

 習近平は自らの経済・金融政策がうまくいかなかったのは国務院官僚の抵抗のせい、と思っているふしがある。この大部制改革とセットで国家監察委員会を設立することによって、習近平のやり方に不満をもつ国務院官僚の一斉首切りがスタートするかもしれない。三中全会でひょっとすると「国務院官僚大粛清ののろし」が上がるのではないか、などと心配するのである。

 とりあえず、三中全会は28日に終わり、早ければその日のうちにコミュニケが出るはずで、それを待たねば、なんともいえない。だが、中国が文革以来の政治の嵐の時代に突入しつつある、という認識は多くの人が持っているようである。そして、隣国の嵐は、おそらく日本を含む世界を巻き込むことになる。

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