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人生ってながい…

いじめについておもうこと

2006-11-15 | Weblog
連日、いじめに関する報道がされている。
なんだか、その報道が苦しんでいる子供に自殺という手段を呈示してしまっているようで、やりきれない気持ちになる。
いじめを受けている子供へのよびかけや、教育現場のありかたなどは、いろいろと取り上げられているけれど、私はいじめる側のことがとても気になる。
人を死に追いやるほどのいじめ方をする子には“痛む心”というものがないのだろうか。

たぶん、誰かにちょっと意地悪なことを言っちゃったり、やってしまったりすることって、誰にでもあることだと思う。
でも、そのときに「あ、ちょっと言い過ぎちゃったかな」とか「傷ついたかな?悪かったな…」と思う気持ちが少しでもあるなら、それ以上のいじめにはならないんじゃないのかな。
“相手の立場になって考えること”“人の痛みを感じとること”そんなことを大人が教えていかなければいけないんじゃないかな、と思う。

だいぶ前にブログに書いたことなんだけど、大人数でバーベキューをやったときの話。
主催したおうちのおじいちゃんがその庭で育てたミカンを子供達に採らせてくれた。
そのあと、子供達はバーベキューの火の中に草や割り箸なんかを入れて遊びだし、そのうちそのミカンを焼き始めた。
と、それを見つけたそのウチの人が「ダメだよ!そんなことをしたら、おじいちゃんが悲しむよ!」と注意をした。
それを聞いて私は、ハッとしたんだ。
おじいちゃんに怒られるよ!じゃなくて、悲しむよ!
そうなんだよね、怒られるからやっちゃいけないんじゃなくて、人を悲しませてしまうことだからやってはいけないんだ!
そういうことなんだと思う。大人が教えていかなければならないことって。
怒られないようにすることは自分を守ること。でも悲しませないようにすることは相手を思いやること。
同じ“やらない”でも、ぜんぜん違うことなんだよね。
そういう小さなことの積み重ねが思いやりの心を育てるんだろうな、と思う。

いじめを受ける子供に救いの手をさしのべることはもちろん大切なことだけれど、思いやる心を持てない子供に育てないことも、もっと真剣に考えなきゃいけないんじゃないかな・・・なんてことを、最近のイジメに関する報道のあれこれを見ていて思ったのでした。

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