pinのかけら

人生ってながい…

心のお守り

2020-01-08 | こころころころ
小学校2年生の時に担任だった先生と何十年も年賀状のやり取りだけは続けている。

他の先生とは、卒業後何年かでいつの間にか交信も途絶えてしまっているけれど、Y先生とだけはずっと続けてきた。

去年、そのY先生から年賀状が来なかった。

ちょっと不安もよぎったけど、そのまま1年が過ぎて、今年もう一度年賀状を出してみた。

元旦から数日後にポストに届いた先生からの年賀状の文字は、細くて小さくて弱々しくて、そして「私はもう天国に近いです」と書いてあった。

それまでの先生からの年賀状は、いつも手書きの筆絵で、先生の優しくて凛とした文字がいつも私を安心させてくれていた。

今年の年賀状は市販のプリントされた年賀状、そしてボールペンでやっと書いたというような文字。

昨年、年賀状が来なかった意味を理解した。



何十年も年賀状だけの付き合いで、卒業してから一度もお会いする機会もなくて、だけどY先生は私にとって特別な人だった。



その昔、うちの父はとても気が短く暴力的な人だった。

よく殴られた。物も投げつけて壊した。

2年生のある朝、理由は覚えてないけど、でも多分とても些細なことで、私は父に殴られた。

顔が腫れるくらいに。

登校時間は過ぎてしまったけど、私はとにかく家に居たくなかったので学校へ行った。

心配した母が校門の前までついてきたが、母は構内には入らず逃げるように帰ってしまった。

先生に説明をするのが嫌だったんだな、と子供心に思った。

とても悲しかったけど、私はひとりで職員室へ行った。

私の顔を見たY先生は、とても驚いた顔をして、そして私を抱きしめてくれた。


(母は、私が父に殴られても、抱きしめてくれることはなかった。あんたは要領が悪い。だから怒られるんだ。よくそう言われた。)


教室にいって授業を受けるかどうか、聞かれたと思う。

私は「はい」と答えた。

クラスメイトから、顔の腫れのことは何も言われなかったような気がする。

そのまま1日の授業を終えた。

Y先生は、放課後私を呼んでこう言った。

「帰りたくなかったら、帰らなくてもいいよ。先生のところにおいで。」

今思い起こせば、なぜあの時「はい」と言わなかったのだろうと思うけど、私は「大丈夫です。帰ります。」と言って自宅に帰った。

「はい」とは言わなかったけど、あの時私はとても安心したんだ。

「ああ、私を受け止めてくれる場所があるんだ。」って。



その後も、父に殴られたり叩かれたりしなかったわけじゃない。

それこそいい大人になるまで、父の暴力には振り回されてきた。

今は、すっかり歳をとって、そんな片鱗も残っていないくらい穏やかで忍耐強くなっているけれど。

それでもやっぱり、私にとって実家は「安心して帰れる落ち着ける場所」ではない。

私にとって「安心できる場所」は、行ったこともないY先生のおうちなのだ。

なにかあったら、きっと先生は私を受け止めてくれる。

ずっと勝手に私はそう思って、あの言葉をお守りのように心の中で大切にしてきた。

毎年の手書きの優しい年賀状は、そのお守りの更新だった。




先生の住所は、ずっと変わっていなくて、一昨年まで使われていた住所のスタンプには電話番号も入っていた。

天国に近い、その言葉が頭から離れなくて、私は勇気を出して電話をしてみた。

出たのは男の人。しっかりした口調だったけれど、旦那様だったのだろうか。息子さんかな。聞きそびれた。

M小学校の時の教え子で、ずっと年賀状のやり取りをしていて、今年の年賀状を見て心配になって電話をしたことを伝えた。

先生はショートステイで、施設に行っていて不在だった。

患っていたパーキンソン病が悪化して、薬も効かなくなってきている状態なので、昨年から年賀状はやめにしようということにしていたのだそうだ。

それでも、状況を知らない方々からは年賀状が届くのでね…とご家族は言った。

無理を押して年賀状の返信をくださったのだと知って心が痛くなった。

一応、遠回しに「ずっといつかお会いできる機会があればと思いながら、お会いできないままでした。」と、お見舞いに伺えないかな、という希望を伝えてみたが、「そう言ってくださる方もたくさんいるんですけどね。車椅子で不自由な生活なのでね。」とやんわりとお断りされた。

当たり前だよね。

そんな大変な状況で、何十年も会っていない他人に会いたいと思うわけがない。

私にとっては、大切な大切な人だけれど、先生にとっては大勢の教え子の中のひとり。なんの特別でもない。

心の隅ではわかっていたけど見ないでおきたかった現実を突きつけられることになってしまった。



親世代は年老いていき、子供達は成長して離れていく。

私を苦しめていたもの、私が大切にしてきたもの、そんなあれこれが、私から遠くなっていくのを感じる。

私の足元に残るのはいったいなんだろう。


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