黒猫のつぶやき

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案ずるは易し、産むは難し ①法定利息の変動制

2010-02-23 06:58:51 | 民法改正
 このブログでも何度か言及しているとおり、平成21年4月には学者有志等で構成された『民法(債権法)改正検討委員会』により『債権法改正の基本方針』(以下単に「基本方針」といいます。)が公表され、現在はそれをたたき台として、法制審議会の民法(債権関係)部会で、債権法を中心とする民法の大幅改正に関する審議が行われています。
 しかし、具体的な規律のあり方については、「基本方針」でも両論併記になっていたり、抽象的な提案にとどまっているものも少なくないのが実情です。要するに、現行民法典のあり方について重要な問題点を指摘してはいるものの、それに代わる代替案を作成するに当たっては立法技術上様々なハードルがあり、代替案の完成は容易ではない、という論点が少なからず存在しているということです。
 このような「基本方針」のあり方や、その他民法改正に関連する学者の主張を健闘していくと、「案ずるより産むが易し」の反対、すなわち「案ずるは易し、産むは難し」という表現が妥当するように思われます。もちろん「言うは易く行うは難し」という既存の諺でも意味は通じるのですが、こと民法改正の問題に関しては、「案ずるは易く産むは難し」の方が問題の本質をより的確に表現しているのではないかという気がしています。
 今回は、こうした民法改正に関する諸問題のうち、法定利息の変動制導入の問題を取り上げてみたいと思います。普段にも増して難解な話になるので、読まれる方は心して読んで下さい。

1 現行規定と問題意識
 現在の法定利息は、民法404条で年5%(なお、商事債権の場合は年6%)と定められており、裁判で金銭の支払いを請求するにあたっては、その請求に係る債権が履行遅滞に陥った時点から支払い済みまで年率5%の遅延損害金を併せて請求できます。
 また、人身損害における損害額の算定に当たっては、将来分の損害が直ちに支払われることを理由として中間利息の控除が実務上認められていますが、この際に用いられる利率も法定利息の年5%です。
 この規定は、明治時代から基本的に変わっていないのですが、近年は低金利が続いていることから、現行の年5%という法定利息は高すぎるという批判が強く出されています(特に、中間利息の控除については、高すぎる中間利息の控除により被害者救済が妨げられているとの批判が強いです)。
 そのため、民法学者の間では、年率5%という固定の法定利息を定めた現行法の規律を改め、法定利息の変動制を導入すべきとの意見が多いようです。

2 「基本方針」の考え方
 この問題に関して、加藤雅信教授を中心としたグループによる民法改正試案が公表されたときには、法定金利は政令で定め告示するといったことしか書かれておらず、黒猫がこれを読んで激怒したことがありましたが、さすがに「基本方針」ではある程度具体的な提案がなされています。その提案の要旨は以下のとおりです。
・民法典には、短期・長期の2種類の法定利率を定める。
・利率の決定方法としては、市場金利との連動を図る方法を用いる。
・人身損害の場合における中間利息の控除を行う場合は長期の法定利率によるものとし、それ以外の場合の中間利息の控除については、基準時を定めてその時点での短期の法定利率によるものとする。
 なお、ここでいう「長期の法定利率」については、基準金利(公定歩合など)の30年分ないし40年分の平均を用いることが提案されています。

3 一般に変動金利制を導入する場合の問題点
 一般に、法定利息につき変動金利制を導入するにあたっては、少なくとも以下の事項を確定する必要があります。
(1)基準金利の決定方法
 基本方針では、公定歩合を基準とすることが前提として考えられているようですが、遅延損害金については、債務の履行を怠った者に対する制裁という側面を重視して、基準金利に一定の上乗せをした利率を定めるという考え方もあります(実際、諸外国にはそのような立法例もあるそうです)。仮に、この立場を採用する場合、短期の法定利率がさらに遅延損害金とそれ以外の2種に分かれることになりますが、このような考え方を採るかどうかについては、基本方針も「別途検討を要する」と述べるにとどまり、具体的な結論を示してはいません。
 また、公定歩合を基準とする場合でも、公定歩合は日銀の決定により随時変動するので、①一定の時点における公定歩合を基準とするのか、ある時期の平均利率を基準とするのか、②その変動を随時反映するのか、一定の大きさの変動があった場合にのみ反映するのか、③基準金利に一定の加算をするか、一定の割合を乗ずるか)、④変動利率は公定歩合の変動と併せて随時変動するものとするか、または1ヶ月、3が月、半年、1年といった単位で変動するものとするか、といった問題があり、基本方針はこの点についても「あまり複雑なものは好ましくないだろう」と述べるにとどまり、具体的な提案を示すには至っていません。

(2)金利の適用基準時
 変動金利制を導入する場合、具体的事件においてどの時点における利率を適用するのかという問題も生じます。「訴え提起時」や「事実審の口頭弁論終結時」といった基準を採用すると、基準金利が高い時を狙って訴えが起こされるなど投機的な理由により訴訟の運営がゆがめられることになり好ましくないので、履行遅滞時・損害発生時など一義的に定まる基準時を定めることが妥当かとは思いますが、公害事件の人身損害など、そもそも損害発生時を一義的に定めることが困難な事例もあり、この点は深い検討を要します。なお、「基本方針」では、この点について何も言及されておらず、深い検討はされていないようです。

(3)将来における著しい金利変動があった場合の対応
 変動金利制を導入する場合、一旦法定利率が定まった後に著しい金利水準の変動があった場合に、金利分の増額請求権(または減額請求権)を認めるかどうかも問題となります。基本方針の考え方は、基本的には認めないと言うことでしょうが、法施行後に問題となる可能性はあります。

4 実務に対する影響
 現在の法定利率(年5%)は、実際の金利水準より高すぎるという批判を受けていますが、民法典の制定以来常に低金利が続いてきたわけではなく、過去30~40年を振り返っても、公定歩合が5%を超えていた時期は少なくありません。
 そのため、基本方針で提案されている長期利率についても、過去40年間の平均であれば年率3.47%、過去30年間の平均であれば年率2.59%になるということであり、現行の年率5%で中間利息が控除されるよりはましかもしれませんが、現在の低金利時代の影響が必ずしもドラスティックに反映されるわけではありません。
 また、遅延損害金については公定歩合より若干上乗せをするという考え方を採るのであれば、変動金利制の導入によって遅延損害金の割合が大きく下がるわけではないため、遅延損害金の負担を考慮して紛争の実態にそぐわない和解が行われるといった現状が特に代わるわけでもありません。
 その一方で、民事の裁判実務においては、絶えず変動を続ける法定金利の動向に注意する必要があり、制度設計のあり方如何によっては、変動利率の基準時をめぐって紛争や訴訟実務の混乱が生じる可能性も否定できません。
 そうなると、様々な問題を放置したまま強引に変動利率制を導入するよりは、むしろ現行制度の方がましではないかという議論も出てくるでしょうし、他にも様々な論点を抱えている今次の民法改正においては、意見がまとまらない場合には結論が先送りされる可能性も出てくるでしょう。
 まさに、今の固定金利制はおかしいと「案ずる」のは簡単でも、それに代わる変動金利制を「産む」のは非常に難しいという一例です。

1 コメント

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Unknown (Unknown)
2010-02-24 19:54:57
消費税率に合わせるのはどうでしょうか?
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