S先生との初めての面談の際、他の債務整理の方法が提示されませんでしたし
かと言って、自己破産が結論とも断言されませんでした。
そして「まずはとにかく自宅売却とその登記を済ませるように」と
これははっきりと言われました。
進行を主導してくれたI さんは、これらの話を納得して聞いていましたので
この部分が、彼や税理士のM先生から聞いていた「詐害行為」という言葉に関して
極めて重要なポイントなのだろうとの憶測は私にもできました。
だから、その場では敢えて、そうしなければならない理由を質問はしていません。
やはり後日、この「自己破産と決めた日」と「自宅を売却した日」の前後関係が
この詐害行為とされるかどうかの判断に大きく関わることを独学で知りましたが
法律に関する話は難しいため、未だに明確に説明できるほどに理解できているわけではありません。
ただ、自宅売却の行為が「事業を継続する目的で資金を獲得するため」だったのか
「事業の継続を断念した後の財産隠しのため」だったのか
ここが分かれ目になることは、後々コトが進むにつれ現実の姿として理解できたつもりです。
簡単に言えば、自己破産の決断=事業継続の断念 なのですから
売却が決断(断念)の前ですと「事業を継続するため行ったが、やはり諦めた」と言い逃れができますが
逆ですと「自己破産を決断し事業の継続を断念した後に事業資金が必要なはずがない」ということになるのです。
そればかりか、隠し難い不動産という財産を、より隠匿し易い形の金銭に変えることは
隠す以外の目的は考えられない、とまで言われてしまうのです。
このように、法律的に人間の行動の善悪を判断する場合
その行動をする基になった「気持ち」が重要なことを私自身の過去の経験からも知っています。
悪事を犯す時の人の心は、悪いことを考えているはずだとされるのです。
例えば刑事事件における警察による容疑者の調書作成の際
「その時、あなたは何をかんがえていたか」をよく尋ねられますが、その回答は
犯人に成し得る内容を期待されますので、記載もその方向に沿った文章になります。
最後の署名と指印の前に、「これで良いか」とその調書の文章を読み聞かされる時など
まさに、自分であって自分でない犯人がそこにいて、その文章作成力にはビックリすることでしょう。
現行犯でなく警察で任意、または強制の捜査をされたからといって
必ずしも犯罪者とは決まっていないのに、犯人であることを前提に全ての質問がされ
調書も犯人であるかのような文章で書かれることには注意が必要です。
今回の自宅売却に関して言えば、「“結果として”債権者を害する行為」でも
もし悪意を持ってするのであれば「その行為の前から害することを知っていた」と解釈されます。
取締役や血族などの悪人ではない人が本当に知らずにやった行為でも
「知っていたものと推認する」などと解釈する法律もあるのですから
この場合は、知らなかったことの証明さえ要求されることもあるのです。
このため、心や気持ちを証明することは容易ではありませんから、少なくても形の上では
知らなかったと言い逃れができるようにしておく必要があることになります。
普通は不動産売買など1日でできるはずもなく、現に私のケースなど
思い立ってからの経緯もあって1カ月以上の時間がかかったのですが
問題にされるのはこの行為を実行した当日の気持ちです。
かと言って、契約日前にこうして相談に出向き自己破産を暗示された結果
気持ちが変化たとしても、誰もそれを知り得ませんので、後日なんとでも説明がつきます。
だからこそ、形は整えておかなければならないのです。
例え話として適切ではないかもしれませんが
ある女性Aと付き合っていて他の女性Bと結婚したとして
結婚後に別れた場合には、実は結婚してからも別れるまでの間は
Aと不倫関係にあったのではないかと問題視されたらこれを否定することは容易ではありません。
すでに気持ちはAから離れていて会ってもいないのに、この“ない”をどう証明するのか。
Aを説得するのに時間がかかって遅れたなどの事情があったのか
Bに発覚しないことをイイコトにAとの関係をそのまま続けていたのか
形の上ではどちらとも判断がつかないのですから。
一方、例え結婚後に密かに会っていても
結婚前に。結婚後は会わないことを念書などにしたためておけば
すでにAと別れていたことを証明でき、問題の解決を図れるかもしれません。
話がちょっと逸れ気味ですので元に戻します。
S先生から「債務整理に関する受任契約を自宅売買契約とその登記完了後に交わしましょう」と
言われた理由は、形に残るこの二つの行為の前後関係は
“売却が先で受任が後”でなければならなかったに違いないと思います。
継続を前提に資金を入手するために自宅売却を実行した、ところが
やはりそれでは難しいと気付き、あらゆる可能性を含めて債務整理を相談したところ
結果として自己破産するに至った。
当然ながら、相談するまでは継続の意思に微塵の陰りもなかった…
これが、私が推測したS先生のシナリオです。
実態とほとんど差異はありませんが、自己破産を暗示されたこの日の相談は
売買契約日より前のことですからなかったことになるのでしょう。
また、唯一感じる違和感は、気持ちとその変化の部分が白黒はっきりしている点で
人の心はそれほど明確に言い切れるものではなく、特に悩んでいる時など
あれこれ迷っているのですから、もっと曖昧でファジーな状態にあるものだと思うのです。
とまあ、私が私自身の憶測に対していろいろ言ったところで
S先生の心の内は本人以外は知る由もないのですから、何がどうなるわけでもありません。