愛詩tel by shig

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風がささやく

2009年04月11日 13時21分19秒 | 小説

風がささやく
    谷田茂

Seasun_2 


先ほどから海を見つめていた。
正確には海の上にかかる、色づいてきつつある雲を見ていた。
日本海を行くフェリーのデッキで、東の空に昇る朝日をとらえようと、
CANON EOS1Dを構えていた。
やがて、雲の上に太陽が顔を出した。
太陽に合わせると、暗く写るので、周辺の雲に露出を合わせ、
シャッターを押し続けた。
太陽が雲の上に完全に姿を現すと、カメラを下し、ピアニシモに火を点けた。
「美しいわね」
後ろから声がした。
振り返ると、20代後半と見える女性が立っていた。
美しい人だった。
「うん、そうだね、いつ見ても船から見る朝日は素晴らしい」
「何度もこのフェリーに乗ってるの?」
「うん、写真家だから。夏の北海道は被写体にあふれてる。
車に写真機材を積み込んで、広大な大地を走る。君はライダー?」
「まさか、オートバイなんか乗れないわ。乗り物は2本の足だけよ。それと、列車」
「へえ、で、どこに行くの?」
「まだ決めていないわ。とりあえず、このフェリーが着く小樽を散策する予定。
そのあとは未定」
「客室は何等?」
「2等よ。節約しないと」
「夕べはよく眠れた?2等だと大部屋だから落ち着かないんじゃない?」
「そうなの。人がごそごそして、ほとんど眠れなかった。
たまらなくなってデッキに出たら、朝日の時間だったってわけ」
「だろうね。だから僕はいつも1等和室をひとりで取っている。プライバシーが保てるし。
寒くなってきたね。よければ僕の部屋でコーヒーでもどう?簡易ドリップだけど」
「え?いいの?じゃあ、頂こうかしら」
僕の部屋でモカを一口飲んだと同時に、彼女は大きく息をはいた。
「ほっとするわ。どうもありがとう。私、瞳です。高橋瞳」
「よろしく。僕は卜部俊兼」
「卜部?占い師の子孫かしら」
「よく知ってるね。平安時代に卜占(きぼく)という占いを朝廷でやっていた。
先祖は島根県隠岐の島の出身だ」
「じゃあ、あなた占いができるの?」
「まさか。今は長崎県の対馬の神社で年に一度行うくらいだよ。
亀の甲羅に熱した木を押し付けて、出来たひびで占う。京都では鹿の骨も使ったらしい。
でも、僕はそんなことはできないし、写真を撮る人だから」
「今回はどこに撮影に行くの?」
「地平線の見える大牧場」
「地平線?どこで見れるの?」
「標茶町。釧路の少し南にある。展望台から360度地平線が見える。
日本ではそんなところはほとんどない。すごい光景だよ」
「へえ、行ってみたい」
「一緒に行くかい?助手席は空いている」
「ワォ!でも、迷惑じゃないかしら」
「ロングドライブだから、だれか話し相手がいれば、居眠り運転しなくて済む。大歓迎だ。
じゃあ、まず小樽を見て、それから標茶へ行こう」
「楽しみだわ。とてもラッキー。デッキに出てきてよかったわ」
「僕もだ。こんな美しいナビゲーターと出会えるなんて」
「お上手ね。美しくなんかないわ」
「いや、美人だよ。それはそうと、小樽のホテルはどこ?」
「まだ予約してないわ。着いてから探そうと思って」
「夏の小樽はどこも満員だよ。それに高い。
僕の予約してあるホテルは穴場なんだ。
安くて清潔。基本的には身体障害者のためのホテルなんだけど、
一般客でも泊めてくれる。着いたらシングルに空きがあるか聞いてみよう」
「ありがとう。助かります」
「いいんだ、着くのは夜だ。少しここで眠ったら?」
「とても気がつく人なのね。実はとても眠いの」
彼女は横になった。すぐに寝息を立て始めた。
僕は彼女に毛布をかけ、可愛い寝顔を見ていた。
あてなく北海道をひとり旅しようとしていたこの人は、
いったいどんな事情を抱えているのだろう?
などと考えながら・・
2につづく

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