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ONE OF A KIND

唯一無二

北大路魯山人 『志埜茶碗 』 Rosanjin Kitaoji SHINO Tea bowl

2018-02-01 08:00:00 | 美術 Art
北大路魯山人 志埜茶碗 h7.6×w11.9cm 1957年


土いじり 北大路魯山人

「個性だとか、創作だとか、口で言うのはやすいことだが、現実に表現が物を言うようなことは、なまやさしい作業でなし得られるものではない。さあ自由なものを作ってみろと解放されたとしても、決して自由にはできないものである。第一、過去の人間が作った美術に充分心眼が開かなくては、かなわぬことである。過去と言っても千年も二千年も前からの美術・芸術に眼が利かなくては、かなわぬことなのである。食器師だからと言うので、陶器ばかり視ているくらいの注視力では、乙な器は生まれるものではない。三百年の茶碗が作りたければ、千年前の美術がわからなくてはかなわぬものである。料理なども細民の美食から大名の悪食にまでに通じていなくては、一人前の料理人とは言い難い。それには恐ろしいまでの努力が必要であって、調理場ばかりで十年二十年の苦労を積んでみたとて、料理を語る段階には至らぬものである。乞食になってみるのもムダではない。虚飾でかたまっている大名料理を経験してみるのもムダではない。本格な床柱を背に大尽を決めこむようなこともたびたびあってよい。陶器する心も、ほぼ同じである。」


魯山人の最晩年期の志野は、紅志野・赤志野と呼ばれるほどの燃えるような赤の発色を呈している。



北大路魯山人 『日月椀 』Rosanjin Kitaoji Nichigetuwan

2018-01-31 08:00:00 | 美術 Art
日月椀 h11.6×w12.7cm 1930年代  


益友を持つこと、座右の書物、道具、調度もまた益友の一人である。座右にいいものを置くように心がける。

仰いでは宇宙に字を書け。俯しては砂上に字を習え。毛筆を持って紙上に習うのみが、習書の法ではない。

この世の中を少しずつでも美しくして行きたい。私の仕事はそのささやかな表れである。人間なんで修行するのも同じことだろうが、自分の好きな道で修行出来るくらいありがたいことはない。人はいつ死んでもよいのである。人はこの世に生れてきて、どれだけの仕事をしなければならぬときまったわけのものではない。分かる奴には一言いってもわかる。分らぬ奴にはどう言ったってわからぬ。芸術は計画とか作為を持たないもの、刻々に生まれ出てくるものである。言葉を換えて言うなら当意即妙の連続である。

北大路魯山人



魯山人の漆芸作品を代表する日月椀。極く薄く作った木地に和紙を張りつけ漆を塗り重ねる一閑塗の技法で制作されている。金箔と銀箔の砂子を厚みをつけて蒔き、太陽と月を表す。

原羊遊斎『雪華蒔絵印籠』永青文庫蔵

2018-01-30 08:00:00 | 美術 Art
雪の結晶を文様とした印籠。江戸の蒔絵師 原羊遊斎(1768~1845)の作。

天保三年(1832)古河藩主・土井利位(どいとしつら)が、オランダから輸入された顕微鏡を使って雪の結晶を研究し、その成果を『雪華図説』、『続雪華図説』という図譜にまとめた。この本から図案が採用されている。当時最先端の科学の研究結果が芸術に応用されていることに感動する。「雪の殿様」利位公は、熊本藩12代藩主・細川斎護の叔父にあたり、古河藩の財政が悪化したため、細川家から莫大な借り入れをしていた。その借金への返礼の意味も込め、自身の研究の精華を反映した印籠を進物として贈ったとされる。

原羊遊斎
江戸後期の蒔絵師。江戸神田に住み、通称は久米次郎 更山と号する。その詳しい事績は伝わっていないが,『蒔絵師伝』の記事などによれば、羊遊斎の立場は一個の蒔絵師というよりも工房の主催者に近いものであったらしく、常に権門勢家に出入りし、中山胡民をはじめとする多くの門人を擁して蒔絵作品の制作に当たったという。酒井抱一、鷹見泉石、谷文晁、大田蜀山人、7代目市川団十郎など、当時一流の文化人との交流もその外向的な性格を物語るものといえよう。羊遊斎あるいはその一派の作風は、琳派風の装飾性豊かな意匠を薄肉高蒔絵を基調にした伝統的な蒔絵技法で描き出したもので、その精細かつ華やかな表現は、江戸後期の多彩な蒔絵のなかでも際だって目をひく存在となっている。なお、今日、羊遊斎作と称する作品は、酒井抱一が下絵を描いたとされるものも含めて数多く巷間に伝わっており、いずれも「羊」「羊遊斎」「羊遊斎作」などの銘が記されている。<参考文献>『工芸鏡』

永青文庫


マルセル デュシャン 遺作 Marcel Duchamp Étant donnés

2018-01-18 08:00:00 | 美術 Art


デュシャンは晩年「旅行用カバン」という自身のミニチュア作品を詰めたカバンを作り、ごく親しい友人達に送った。1点だけそれぞれの友人に合った作品を追加して。マリアにもカバンを送った。マリアに贈られた特別な1点は画材すらも謎であったが、最近になって何であるのか判明する。マリアは美しく才気溢れる彫刻家で、駐米ブラジル大使夫人で家族もあり、それらを捨ててデュシャンのもとへ飛び込むことはできなかった。二人の間で交わされた恋文は、双方の遺族の意志でいまだ未公開である。


『遺作』(正式の題名は『(1)落下する水、(2)照明用ガス、が与えられたとせよ』 (Étant donnés: 1° la chute d'eau, 2° le gaz d'éclairage) (1946~1966年)

Marcel Duchamp: Étant donnés


マルセル デュシャン 大ガラス Marcel Duchamp The Large Glass

2018-01-17 08:00:00 | 美術 Art



フィラデルフィア美術館 デュシャンの部屋。中央に置かれた「大ガラス」を透かして窓越しに、彫刻家 マリア・マルティンス(1894-1973)の作品を望む。1940年代ニューヨーク滞在中、デュシャンが深く恋した生涯唯一の女性。遺言どおり、「遺作」もここに恒久展示されている。デュシャンは無神論者で、墓石には「されど、死ぬのはいつも他人」と刻まれている。

群れることは嫌いです。
集団に対して貢献したいとは思うが、
自分の活動は自分の頭と力で行いたい。
何にも縛られずにね。

マルセル デュシャン(1887-1968)

『大ガラス /The Large Glass』正式の題名は「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」 (La Mariée mise à nu par ses célibataires, même(Le Grand Verre)) (1915~1923年)

The Bride Stripped Bare by Her Bachelors, Even (The Large Glass)