この能の舞台は、奈良県の三輪の里である。三輪山全体をご神体に戴く三輪の里は、神秘性をたたえ、幻想的な気に満ち溢れている。三輪山西麓には、大和・柳本・箸中古墳群といった巨大古墳が集中していて、古代神話の故郷でもあり、現在の能楽の諸流儀の母体となった大和猿楽の諸座も、この里の近隣を発祥の地としている。
能「三輪」は三輪山伝説を下敷きにしている。三輪明神は男神であるのが通説であるが、能では三輪明神は女神と成り、男神と思しきものとの恋に破れる。しかも恋に破れて天の岩戸の中に閉じこもってしまう。「思へば伊勢と三輪の神 思へば伊勢と三輪の神 一体分身のおんこと いまさらなにといはくらや」と結ぶ。観世清和氏による迫真の舞。幻想の世界に惹き込まれ、「その関の戸の夜も明け かく有難き夢の告 覚むるや名残なるらん 覚むるや名残なるらん」の通り、夢から覚めるのが名残惜しく、しばし余韻に浸っていた。
大神神社