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読書備忘録

日々の読書メモと万葉がらみのはなしあれこれ・・になるかどうか

「完璧」ということば

2012-10-25 09:09:32 | Weblog

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何百年も前の辞書である「下学集」にも「数奇」の言葉が見られ、“辟愛の義なり”とある。
「辟とは、一つに偏り、ついては究めることだ」
光圀は偉そうに弟たちに語ったものだ。
「辟、壁、癖、避、璧―いずれも一方に偏り、選ぶことをいう。そのきわまった様子が“完璧” だ。
おれには、おれ自身を完璧にしたいという思いがあって、それがおれを駆り立てるのだ」
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 今読んでいる冲方丁「光圀伝」のなかの、「完璧」についての解釈である。長年の勝手解釈で濁りきった目のうろこが一枚はがれたような、そんな気分になった。「辟」とは、全(まった)きものではない・・。ものはついでに、白川静「常用字解」で「辟」について調べてみた。

「辟は辛(把手のついた細身の曲刀の形)で、人の腰の肉を切り取る刑罰をいう。腰の肉を切り取られ、まっすぐ立つことができなくて姿勢がかたよることを僻という。そのかたよった姿勢が習慣のようになることを、癖といい、『くせ』の意味に用いる」

 とある。たしかに、そのような刑を受けた者は“かたよらざる”を得ないのだろうが、なんと過酷なことか。ふだん軽い気持ちで使う“カンペキ!”にはこんな意味がある・・。



三浦佑之「古事記講義」(再読)

2012-10-16 18:04:20 | Weblog
 本棚をあちこち探しているうちに直接関係のないテーマの本に目がとまり、結局その本を1冊読み終えてしまうことがある。本書もそんな一冊。たしか、邪馬台国がらみの本を探している途中、目についたのだと思う。

 本書、大きく四つのテーマからなる講義の第一回は、「神話はなぜ語られるか」である。著者は、「なぜ生きるのかということの答えを求めようとするかぎり、人は神話に行きつくしかない」とし、神話とは、存在の保証であると断言する。古事記の中の、うろおぼえに知っている話を思いだすにつけ、保証されるべき存在のなんと残酷なことか・・、などと思ってしまいはするが。
 この中で、少し興味深い指摘がある。アマテラスとスサノヲのウケヒによる子生みの話を取り上げ、そこに出てくる例えば剣や玉を噛んで吹き出して子を生むという発想には、「性的な、しかも兄妹婚と巫女の犯しという禁忌性を深く潜在させている」という指摘である。古代日本の王族にまとわりつく、この禁忌性のいわんとする意味は深い。 

 著者はそのことをくわしく扱っている本として、森朝男「恋と禁忌の古代文芸史」という本を上げている。興味があったので大型書店の端末で検索したら、10,500円とあり、購入は諦めた・・。かわりに、数週間前の新聞書評で目にとまった「なぜヤギは、車好きなのか?」という本を予約してきた。




チェーホフ「女の幸福 他12篇」

2012-10-15 10:40:32 | Weblog
 いつもの雑然古書店購入のうちの1冊。セピア色が堂に入っているなあ・・と思いつつ奥付を見たら、昭和27年発行(臨時定価七拾円)とある。私が物心ついた頃の百円札にそれなりの価値があったことを考えると、この臨時定価七拾円というのは、そこそこの価値のものだったのだろう。その発行から60年経ってセピア色に染まった古本を、105円で買ってきて読んでいる。どこか不思議な気分である。

 この短篇集は、若い頃多作といわれたチェーホフの、ピーク時に書かれたものを集録している。この頃の作品に対し、濫作の書きなぐりという評価もあるそうだが、帝政末期ロシアの市民生活における閉塞感のようなものが伝わってきて、これはこれで面白く読めた。どこか、日本純文学のいくつかのパターンの原型を思わせる、そんな内容だった。

青土社「ユリイカ総特集 冲方丁」

2012-10-14 16:34:25 | Weblog
 「天地明察」でメガヒットをはなち、今や時の人となった冲方丁(うぶかたとう)の対談を中心とした総特集である。書店の新刊コーナーに、新作「光圀伝」と一緒に並べられていたのを一緒に購入。(本書自体は2年前に発刊されたものだったが・・)。

 インタビューに対する「(自分は)日本語の面白さを味わうために文章を書いている」という答えは、いわゆる帰国子女だった冲方丁だからこそいえる言葉なのだろう。日本語の持つ多様性のすごさは、ちがう文化の中で生まれ育った人間でこそ、わかるということか。
 また、歴史・時代、SF,ライトノベル・・・のようなジャンル分けは、この作家の中にない。「ぼくにとって、『ジャンル=日本語』なんです。日本語でしゃべっていたり、書かれているものは全部一緒という感覚がまだ残っています」と言い切る。いわゆる近現代文学的な発想では推し量れない冲方ワールド。これをどう受け止めればいいのだろう・・。

 いま併読(再読)している三浦佑之「古事記講義」のなかに、神話とはなにか、という問いかけがある。それに三浦は、こう答えている。「 なぜ自分たちはここに生きてあるのか、この世界はどのような場所か、人はなぜ生まれたのか、なぜ死ぬのかと問いたくなります。いつの時代もおなじですが、人は、そうした不安を納得し受け入れるために、生きる根拠が必要なのです。そして、それを保証するのが神話です」。
 この文節を読んで、冲方丁というマルチタレントの目指すものが少しわかったような気がする。冲方丁のコアをなすものは、活字によって“モノを語る”ことなのである。「光圀伝」を読んだ後、「マルドゥック・スクランブル」にでも挑戦してみようか・・。



森鴎外「伊澤蘭軒」 岩波書店 鴎外全集第十七巻

2012-10-03 09:15:12 | Weblog

 石川淳に「一個の非凡の小説家の比類なき努力の上に立つ大業」とまでいわしめた本書に挑戦しているが、これも超難物である。
 伊澤蘭軒は、いわゆる市井の人である。幕末化政期の藩医の家に生まれ、家業を継ぐかたわら漢詩をよくし、官茶山、来山陽、太田南畝らと親交があった。鴎外は、その前の「渋江抽斉」を書き進める上での膨大な資料収集の中で、抽斉の師にあたるこの人物を知り、歴史的には無名ながら文化文政の一文人を通した市井のありよう(歴史)を、浮き彫りにしようとした。
 ただ、「渋江抽斉」につづいて新聞連載された本作品は、評判がすこぶる悪かったようだ。鴎外は巻末で、「蘭軒伝の世に容れられぬのは、独り文が長くして人を倦ましめた故ではない。実はその往時を語るが故である。歴史なるが故である。」と、苦しい言い訳をしているが、当時の世評に対し、少なからず意地になっていたようである。見方によっては、文豪の傲慢のようなものがあったかも知れない。蘭軒伝の評価は難しい・・。

 図書館から四度借り替えて、とりあえず通読したが、(良い意味において)なるほど歴史は退屈なものと思わせる代物だった。むずかしい解釈はさておくとして、渋江にくらべても、私の好きな逸話・伝聞の類いが極端に少なかった。少ないその中から、蘭軒の愛猫に関する口碑があるので、要約し、まとまらない読後感の綴じ目にしたい。

 蘭軒には、桃花猫(とき)という愛猫があった。蘭軒が病んで長く寝込んだある日、枕元にうずたかく積まれた見舞い品を見て、ときの頭をなでつつこういった。
「よそからはこんなに見舞いが来るに、ときはなにもくれぬか」
 しばらくして猫は、一匹の鰈をくわえてきて蘭軒の寝床のかたわらに置いた。と同時に台所に人の罵り騒ぐ声が聞こえた。近所の魚屋が、猫に魚を盗まれたと女中に訴えているのである。蘭軒は魚の代金を支払わせ、猫にこう言った。
「人の家のものを取って来てはいけぬ」
 次の日に猫は雉を捕らえてきた。これより猫は家人の恐れ憚るところとなったという・・。