先輩たちのたたかい

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スト破り集団・御用組合を使った組合つぶしの南海電車の争議 1924年主要な労働争議⑫ (読書メモ)

2022年05月12日 07時44分37秒 | 1924年の労働運動

写真・南海鉄道阪堺線第一次争議の勝利「覚え書き」1924年5月29日

スト破り集団・御用組合を使った組合つぶしの南海電車の争議  1924年主要な労働争議⑫ (読書メモ)
参照
「協調会」史料(南海鉄道会社争議)
「日本労働年鑑」第6集/1925年版 大原社研編

 1924年の交通業における労働争議は目覚ましいものです。官業の大阪市電争議等が有名ですが民間でも44社に及んでいます。ほかに船舶会社の19社もあります。民間の主なものは大坂電車軌道株式会社(参加労働者450名)、山梨自動車運輸株式会社(20名)、大阪の南海電鉄、大阪鉄道(60名)、京阪電気(420名)、兵庫電気軌道(107名)、阪神電鉄(1,000名)、京都嵐山電車(70名)、奈良の大和自動車(30名)、和歌山の野上軽便軌道(40名)、大阪の中央タクシー(30名)、千葉の北総自動車(20名)、甲府電気軌道(80名)、佐賀軌道(34名)、東京タクシー、浜松市街自動車女性車掌(4名)、兵庫の運送店(120名)等全国に交通ストライキが勃発しています。ここでは南海電車の争議を紹介します。

南海電車の争議
 大阪市南区の南海電鉄株式会社、社長渡邊千代三郎
(乗務員)
南海本線、車掌171名、運転手127名
高野線、車掌39名、運転手39名
阪堺線、車掌146名、運転手143名
の三線で次々に争議が続いた。

(西部交通労働同盟阪堺線支部180余名の第一次争議)
 これまで、南海鉄道には労働組合に加盟する労働者は一人もいなかったが、大阪市電従業員を中心とする西部交通労働同盟が阪堺線の乗務員に盛んに宣伝活動をして組合加盟を働きかけた。阪堺線の乗務員の中に組合に共鳴する者が続出し、たちまち170余名が加盟し、西部交通労働同盟阪堺支部を結成した。

 1924年5月22日会社は、組合結成に向けて熱心に活動している牛尾と志摩村の両名を無届欠勤を理由に解雇してきた。乗務員側は、この解雇は明らかに労働組合運動を破壊する目的であり、労働組合に対する挑戦だと憤慨し、22日午後6時今宮町曳舟の正楽寺に乗務員約100名が集合し、あくまで会社側と闘わんと衆議一決した。24日、阪堺線乗務員全員が入っている共済組織「軌友会(約300名)」は役員会を開催し、軌友会の西部交通労働同盟加盟を全員一致で決定し、牛尾と志摩村の解雇撤回を求めて今後争議団と行動を共にすることを誓った。

 25日、阪堺線は出勤者は少なく、ほとんどストライキ状態になった。乗務員代表5名は本社に出頭し、以下の要求書を提出した。
要求書
一、志摩村、牛尾両人の復職
二、今後不正行為以外は絶対に解雇しないこと
三、月賞与(約2割)を本給に繰上げること
四、年末・半期賞与を最高50日分最低40日分を支給すること
五、解雇・退職手当を支給すること

 26日、労資交渉。会社は2名の解雇は勤務怠慢が理由であり、組合加入が理由ではないと解雇撤回を拒否したが、今後労働組合加入の有無では解雇はしない。それ以外の要求は重役会議を開いて、なるべく諸君の希望に沿うように処置を講じたいと答えた。

 25日よりの阪堺線乗務員約180名のストライキに対して、会社は会社に忠勤振りを発揮する職場内の労働者集団「軌道救済会」に命じスト破りをさせた。「軌道救済会」はスト破りに活躍し、会社から一人平均50圓のボーナスをもらった。また、出勤している者の勤務時間を大幅に延長し、また本線など他線の発車時間を4分毎から6分・7分・12分毎へと減らすなどして他線の非乗務員や監督を緊急に召集し、阪堺線の運転を続けた。

 阪堺線のスト乗務員は南海本線の乗務員に熱心にストライキへの決起を働きかけた。阪堺線乗務員は、西部交通労働同盟の応援の下に益々結束を固めた。会社は、スト参加者に「29日までに就業の意思をしめせば従来どおり雇用する」の通知文を送った。

 29日、池澤運輸課長が争議団を訪ねて「御成婚記念の饗宴も目前に迫り、なんとか妥協点を見出せないか」と岡田専務の手紙を手渡した結果、労資の話し合いで下の覚書が合意され、30日より全員就業し、西部交通労働同盟と同阪堺支部の勝利的解決だった。
覚書
一、今後従業員が労働運動に関与したことを理由に解雇しない
二、(8時間制実現のため)三交替制を直ちに研究の上、適宜実行する
三、月末賞与・半期賞与・退職手当を研究し、6月30日までに相当の成案を発表する
争議の原因となった志摩村、牛尾両人に対しては会社側より金一封を贈ることを約束した。

(南海本線労働者の組合結成)
 南海本線の乗務員約350名は労働組合同志会を結成し、5月29日会社に組合の承認を求めた。これは、本線の労働者が西部交通労働同盟と関係を持たせないようにするため池澤運輸課長の働きかけで南海本線内だけの乗務員で組織した組合であった。世間からは会社が作った御用組合だと盛んにうしろ指をさされた。同志会は会社に以下の嘆願書を提出した。
嘆願書
一、義務居残りの全廃止
二、乗務区間を増やすこと
三、春秋二回の慰安会の催し
四、月末賞与の廃止と本給2割増
五、半期賞与90日分支給
六、解雇手当の支給
七、この件に関して犠牲者を出さない事
八、駅員勤務は隔日交替とすること
九、兵役などで欠勤の時は日給を支払うこと
会社は、ただちに同志会を認め、要求に対しては、一・二・三・七をすぐに承諾した。残りは、阪堺線乗務員と同じ要求なので研究し6月30日までに回答すると答えた。

 6月23日、会社は以下の回答要綱を発表した。
回答要綱
一、半期賞与(日給額30日分から50日分)を新たに支給する
一、退職金の改善(2カ年以上勤続より支給、支給金額も2割の増額)
一、乗務員の諸手当を3割3分及び6割に増額する
一、欠勤・遅刻などの控除金の軽減する
一、慰安会を毎年一回の開催する
一、兵役召集者への特別給与を支給する

(南海本線労働者のおもわぬ争議、片山課長排斥一日スト)
 南海本線の片山電機課長は、池澤運輸課長の働きかけで電気課の労働者が、みな同志会に加盟するのをみて、南海鉄道本線に同志会ができたことは南海にとって一大不祥事で、同志会を南海から一掃すべきだと考え、6月17日、他の課長らを集め電気課としては同志会を認めないと非公式に決議した。そして電気課の労働者に同志会加盟をやめるように圧力をかけた。18日の同志会の会議に電気課の労働者は出席していたのに、19日には誰一人参加しないことに不思議と思った同志会の幹部が調査して片山課長らの魔の手がのびたことが発覚した。穏健であったはずの同志会の中で一挙に反会社・反片山課長糾弾の声が大きくなり、大騒ぎとなった。この騒ぎに池澤運輸課長は驚き、同志会幹部の前に片山課長を呼び寄せた。池澤課長は「穏健な同志会を何故認めないのか」と叱責し詰め寄ると、片山課長ははっきりと「これからは同志会を認めます、2.3日後に社報で発表します」と答えた。ところが3日たっても社報に一向に記載がない。それどころか片山課長は相変わらず同志会の切り崩しを続けていた。同志会は堪り兼ねて「片山課長排斥」の要求を決めた。
 6月26日、南海鉄道本線従業員同志会は会社に以下の嘆願書を提出した。
嘆願書
一、電気課長の片山市太郎氏の排斥(解雇)
二、和歌山市駅員の隔日勤務
三、定期昇給の約束通りの支給
四、勤続2カ年以上の技術者などの社雇用に昇格

 会社の池澤運輸課長は「同志会が課長の排斥を要求することは絶対に反対である。そんなケチナ会ならばつぶしてやる」と同志会の代表に向かって大声をあげた。この報告を受けた同志会は池澤課長に抗議するため26日午後5時からの第二交替から車掌・運転手以外は、すべてストライキに入った。あわてて労資交渉が行われた。同志会は、新たな要求として、一、祭日、日曜出勤は日給を倍額支給すること、一、隔日勤務者には月2日間の公休を与える事を会社に提出し、会社から片山課長が自主退職したとの連絡があり、ストは27日午前2時で打ち切り、本線の労働者は全員が就労した。(協調会史料のまとめ「同志会は御用組合だと世間から言われるのが、しゃくだから一日だけストライキをしたのだということだけは書いておく」)。

(南海高野線の労働者要求提出とストと会社の懐柔)
 6月27日朝から南海高野線の労働者約60名は同志会に同情してストライキを行った。すでに南海本線の同志会は27日はストライキを打ち切って就労していたことを知らなかった。6名の労働者代表は会社に対して以下の要求を提出した。
一、会社が、本線及び阪堺線に回答した中身の全部を高野線にもすぐに適用すべき
一、取締及び取締補佐の更迭の断行
一、義務居残りの全廃
一、勤務時間を8時間にする事
一、今回の争議に犠牲者を出さぬこと

 夜、吉田操車係長はスト労働者の中の強硬派4名を長野の楠菊旅館に呼んで接待・懐柔した。結局労働者はすべて岡田専務に一任することとなり、ストライキは打ち切られ、28日から全員が就労した。

(阪堺線支部第二次争議、全面敗北と支部壊滅)
 西部交通労働同盟に加盟している同阪堺支部は、6月26日の本線のストライキに合わせて、27日あらたな嘆願書を提出した。
嘆願書
一、8時間労働制の実施
二、日給2割以上の値上げ
三、年2回の定期昇給
四、退職金制度の制定
五、解雇手当は退職手当以外に1千圓以上支給すること
六、減点(罰金)制度の撤廃
七、祝祭日日給倍額支給
八、隔日勤務者には月3日の公休を与えること
九、路夫・信号夫には一週間に1日の公休を支給すること
十、制服制帽の支給
十一、従業員に職員乗車券の下附
十二、住宅補助料を月10圓の支給
十三、会社直営の救済病院の設立
十四、年二回靴一足の支給
十五、半期賞与最低40日分支給
十六、病気欠勤一ヶ月以上は医師の診断書で日給の半額を支給すること

 この嘆願を、会社が拒絶してきたため、西部交通労働同盟阪堺支部約160名は憤慨し、6月27日からストライキに入った。会社はここでも「軌道救済会」に命じスト破りをさせた。また、すでに本線のストライキは打ち切られており、本線の労働者は全員就労していることで阪堺支部160名はたちまち窮地に陥った。しかもこの日、官憲は組合員2名を「ストライキを勧誘した」という治安警察法違反で検挙してくるというむちゃくちゃな刑事弾圧を行ってきた。
 
 7月11日、会社は、最後までストライキで頑張り抜いている79名中、39名を一挙に解雇してきた。罷業団は解雇撤回を要求したが、会社はまったく耳をかさなかった。阪堺支部の幹部12名は自ら退職届を会社に叩きつけて解雇された39名と運命を共にした。会社は解雇した者にわずか20圓の涙金を支給して、ここに阪堺争議は完全に自滅して終わった。

(スト破り集団・御用組織軌道救済会の露骨な嘆願書提出)
一、この際、我々穏健派に特別待遇を与え、精神的・物質的な慰安を講ずべき
二、年2回の賞与
三、正月三が日、夜市、大浜学生相撲大会、天長節その他に日給を倍額すること
四、皆勤者に海水浴期間中の7日分の特別賞与
五、万一ヶ年の皆勤者に10日間の休暇を与えること
六、南海直営の病院設立
七、書記補以下の日勤者に7日目に公休を与えること
八、隔日勤務者に月3回の公休を与える事
九、社員に住宅補助料の支給
十、独身者に社宅・寮を新設し、定額で貸すこと
十一、一般従業員の宿泊所の急設
十二、娯楽場の新設
十三、病気欠勤一ヶ月以上の者に日給の半額を支給すること
十四、退職手当
など19項目の要求を提出した。俺たちはスト破りに活躍し、組合を完全につぶしたのだから、会社は俺たちにこれだけのお礼をしろというのだ。

(大量解雇)
 9月6日会社は同志会会長や副会長ら役員6名を昇進・出世させた。その一方で、技師ら45名を解雇し、続いて120名の労働者を大量解雇してきた(その内同志会員は34名)。仲間がクビを切られたことに憤慨した同志会会員はストライキを行うか無記名投票をした。その結果ストライキ側が勝利した。しかし、結局は同志会駒井副団長が、今はストをやる時機ではないと主張しストは中止された。

(南海同志会のさらなる嘆願書)
 11月11日、南海同志会は以下の嘆願書を会社に提出した。
一、駅員に乗車券の支給
二、会社直営の購買組合の設置
三、駅に雨具の設置
四、踏切看手に外套一着の支給
五、運転手に雨具の支給
六、会社直営の病院設置
七、浴場の整備の設置
八、ストーブの設置(炭を多く支給すべき)
九、技術者の最低賃金の確立
十、労災で不具になった者の救済方法を実施すべき
十一、定期昇給の日時の確定
十二、技術者の試験制度の制定
十三、電気工、保線工への作業服・帽子・外套の支給
十四、保線現場に詰め所(休憩室)の設置

11月20日会社回答
一、近いうちに乗車券は支給する
二、近いうちに購買部を設置する
三、四、五、いずれも承知した
六、会社はいずれ病院を建設するが、それまでは他の医療方法を設ける
七、主要駅以外にも浴場を設ける
八、承知
九、最賃の確定は厄介な問題でありできないが、技術者にはかなりの賃金を支払っている
十、承知
十一、承知
十二、近い内に発表する
十三、帽子は支給する。それ以外は検討させてほしい。
十四、研究する
 会社は西部交通労働同盟阪堺支部を完全に壊滅させた一方で同志会の要求のほとんどを受け入れた。露骨な「鞭と飴」であった。


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