バタバタしておりブログを放置しておりました。
皆様のところにて、読ませて頂いて、色々学ばせて頂き吸収させて頂いてましたが。
さて、私はというと、世の中が佐賀県の吉野ヶ里遺跡の発掘調査で賑わっていた頃、青森県の三内丸山遺跡に行っておりました。
実をいうと、この三内丸山遺跡は予定外に立ち寄った感じです。
旅が好きなので、北海道から沖縄、九州(まあ、大体神社巡りと自然満喫ですが)など、日本各地色々行きましたが、東北だけは四国から遠過ぎて行った事がありませんでした。
今年こそは東北に行きたいと思っていて、やっと叶いました。
願えば叶う。あとは行動に移すのみです。
私の場合は決めると行動は早いです。
あれこれと出来ない理由は探さないことにしています。何とかなる、何とかする。
本当は山形県の出羽三山にて修験道の真似事をしようと思っておりましたが、調べると山開きがまだのようで今回は諦め、フッと思いついたのが青森県でした。
青森まで行くと、東北のテッペンだから東北に行ったぞという気になると予定も空白のまま行ってみることにしました。
早朝の飛行機だったので朝の9時には青森空港に着いていて、そこからレンタカーにて青森県といえば岩木山神社だと思い、そちらを先ず目指したはずが、途中、三内丸山遺跡の看板を目にして寄ってみようということになりました。
いつも予定は未定の自由気ままな思いつき旅行です。
時間も早かったし、世界遺産みたいだし、行ってみるかということになったのですが、夫はえらく感動しておりました。
私はというと、まあまあ楽しかったのですが、あまりにもゆっくり観る夫に、岩木山神社に遅くなるやん!!!とか言ったりしてました。
反省。ゴメンネ😂
でも、観てみるものですね。
遺跡とかあまり興味が無かったのですが、ここに縄文時代の人々の生活の痕跡があると思うと感慨深いものがありました。
縄文時代の人々は純朴で神々と共にいたといいます。
大地があり、自然に溢れ、自然を神とし生きていた人々が私たちの遠い昔の先祖です。
神奈備、神籬、磐座、太陽月星
偶像崇拝でなく大自然に神が宿るアニミズム信仰をもっとうとして、神と共に生きた私たちと同じ人間が縄文時代にはいました。
思えば、人間が作った偶像は神が宿るにはスケールが小さすぎて、そんなもんじゃないのかもと思ったりします。
それと自然の至るところ全てに、神は満ちているとさえ感じています。
太陽も月もちょうど良い感じで恵みを与えてくれ、隕石が落ちることもなく、四季は規則正しく巡り、花は芽吹き、空気は不足なく良い感じで体内に入って。。。
当たり前に皆んなが享受している恵みこそ、神様から与えられた有難い恵みですよね。
太古の人々は、生活空間として、このようなところで火をおこし料理をして食事をしていました。
時代は進化し、ボタン一つで火をおこし、それも電気にとって変わったりして、確かに今の生活は便利になったのだけれど、本当に大切なものは隠れてしまったのかもしれないとさえ思ってしまいます。
本当に大切なものは目に見えないのかもしれないですね。進化したと思っているけど、心の面では逆だったり。
目にみえない大切なものに気付いていくことが令和の時代に求められていて、生命を頂いているという事は、それに気づくチャンスを与えられているという事かもしれませんね。