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お山にお宮がたちました

人生山あり谷あり 4.底なし沼

事故から7ヶ月、衰弱すること限りなし。
体調は悪化の一途を辿りました。
元々太い方ではないのに、その体型から7キロも痩せてしまい40キロ代前半になりました。
どこまで落ちるんだろう。
底なし沼に落ちるようで、お願い助けて。。。と心が泣きます。

しかし、見た目は痩せたのと、顔色が悪い以外に、骨折しているわけでも、出血があるわけでもなく、あらゆる病院を、ショッピングしましたが異常なしと言われ続けました。

そのうち、異常なしと言われることが怖くなりました。
元気そう、頑張って、気のせい、気の持ちよう
全て言葉の刃物に変わりました。

目にみえない病ゆえ、怠けていると思われる、そんなんじゃないのに、心の葛藤が半端なかったですね。
鬱とか心の病といわれる病気も同じだと思います。
今となっては、その人たちの心を理解するための時間を過ごさせてもらったと思ってます。

鬱とか適応障害なんかは、きっとその人にしかわからない具合の悪さがあるんだろうなと想像します。
本人も何も出来ない自分に不甲斐ないと思っていて、自分を責めて、だから本人が一番辛いのです。
もし周りにそういう方がいたら、貴方がいてくれるだけでいいからと、何も求めず、その方がそこから抜けるのを、そっと見守ってあげてほしいと思います。

事故という事実があったにも関わらず、病名がつかないというのは、保険金をもらうために休んでいる詐欺のようにもいわれました。
保険会社の方に、ハワイにでも行って気分転換したら治るんじゃない?と言われ、もう誰とも話したくないと思いました。

何があっても、人を騙して利を得るというような事を最も嫌う私にとり、心が壊れてしまう一歩手前でした。
いっそ、骨折して入院できた方がどれだけ幸せかと心の底から思いましたね。

仕事は事故の翌日から、体調不良で休職せざるを得なくなり、最初は一週間休む予定が、一ヶ月になり、三ヶ月になりました。

職場のある人が
「〇〇さん(私の事)は旦那さんがいて、生活に困ってないから、こんな休み方ができるんだよ。」
と言ってたことを流れ流れに耳にして、もう無理だと思い、事故から三ヶ月で退職しました。
結局三年は持たなかったです。

人と話すのが怖くなり、具合の悪さを一人で抱え、あまり人に体調の事を言わないようにして、自分の殻にどんどん閉じこもっていきました。

石の上にも三年なんて、心のバランスが崩れるところではしなくて良いと思います。
心を守って逃げる事も大切です。

忙しい職場で、私が抜けると周りに負担がいくから、そういう言われ方をするのも仕方なしでしたけど、病名が無かったから、何にも言い返せなくて哀しかったですね。

辞めて心はスッキリしましたが、辞めたからといって身体が良くなるわけではありませんでした。

体の不調が半端なくて、

生まれて今までで一番辛い。

双子の姉に電話で話しました。
姉はお腹の中から一緒なだけあって私の分身で、私の心を即座に感じとってくれました。


続く


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