おやじのつぶやき2

「おやじのつぶやき」続編。街道歩きや川歩き、散歩がてらの写真付きでお届けします。

ローカル私鉄の旅。その3。小湊鐵道・いすみ鉄道。

2023-07-26 18:34:14 | ローカル鉄道

この先も田園風景が広がる。

                    

「飯給」。      

※「飯給」=「いたぶ」と読みます。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国の蝦夷を鎮圧するため同地を通ったとき、住民から飯を献上されたところから名付けられたと伝えられています。    

森の中を進む。

                        

揺れが激しく、車内を立ち歩くことが難しいので、  駅に停車中か、二両目の後ろの席に座ったままの撮影。

 

「養老渓谷」。

何年か前に、この駅で下車して「養老渓谷」の温泉に泊まりに来たことがあります。目的地までけっこう歩きましたが、鄙びた宿でした。

次が終点の「上総中野」駅。

「上総中野」。

ここで左に停車中の「いすみ鐡道」に乗り換えます。

        「大原」行き。

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ローカル私鉄の旅。その2。小湊鐵道・いすみ鉄道。

2023-07-25 18:48:34 | ローカル鉄道

街並みを過ぎると、田園風景が広がります。

田んぼの向こうは住宅地。

「海士有木(あまありき)駅」。

海士(あま)と有木(ありき)が一つになって、この地名がつきました。海士は、その昔漁夫(海人)の集落、有木のほうは附近に有木城(蟻木城とも書く。現在の泰安寺)があったため、その名がついたと云われております。(「小湊鉄道」HPより)

駅名で読み方が難しいものが出てきます。「飯給」=いたぶ、「馬立」=うまたて。

いすみ鉄道では、「上総東」=かずさあずま、「大多喜」=おおたき、「小谷松」=こやまつ、「総元」=ふさもと。・・・

「いすみ」も漢字で書くと、「夷隅」。千葉県には「匝瑳=そうさ」という地名もあります。他にも、・・・。

単線。けっこう揺れるので、座席を立って撮影するもの大変。

ここは、早場米の産地らしく、すでに稲が黄色くなりつつあります。8月に入れば、収穫の時期。

                       

            

素朴な駅舎。車掌さんがホームで切符の回収。

          

「馬立=うまたて」。 

馬立という名の由来は、鎌倉時代の頃、この附近で馬のセリが行われたという説と、馬の集結場があったという説があります。

                

        車内風景。のんびりと旅を楽しむ。  

?!?! 

               旅行バッグがたくさん埋め込まれた壁? はたして・・・         

田園地帯が広がる。

「上総鶴舞」。

昭和33年1月1日に鶴舞町駅より現在の上総鶴舞駅に改称されました。鶴舞町は井上正直氏(6万石)の城下町で、桜の名所でもあります。平成10年10月14日に「関東の駅百選」に認定され、テレビドラマ、雑誌のグラビアなどの撮影に使われております。駅の裏には電気を駅舎などへ供給した発電所が残され、その記念碑もあります。2018年に藤本壮介氏設計の新しいトイレが完成しました。

            (「Wikipedia」より)

この駅は『相棒』などドラマのロケ地として有名なようです。

                                                       

 里見(さとみ)。

里山トロッコの停車時には、ホームの特設屋台でおもてなし!

喜動房倶楽部が営業している土日は、トロッコ列車が運行していることが多い日でもあります。トロッコ列車が里見駅に到着すると10分ほど停車しますが、その時間はホームに屋台を出してみんなでお迎えしています。焼き豚弁当やおにぎり、昔懐かしいプラボトル入りのお茶など、お腹をすかせた乗客のみなさんには大変ご好評いただいています。ここでもその季節でしか味わえない地元グルメに出会えるかも! ぜひ何度もいらしていろいろ味わってください!

喜動房倶楽部のこと

以前、廃線の話が持ち上がった際に地元有志が立ち上がり、駅周辺をキレイに整備。元々無人駅だった里見駅構内を借りて改札口からコーヒーを提供するといった活動をしていたのが私たち「喜動房倶楽部(きどぼうくらぶ)」の始まりです。
それから15年以上の時間をかけて少しずつお店が拡大。だんだんと人も集まるようになり、今では小湊鉄道の協力を得て駅舎の横に厨房や直売所の建物もできたことでさらににぎわいを増しています。これからも里見駅周辺がもっと元気になっていくように頑張りますので、応援よろしくお願いします!

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ローカル私鉄の旅。その1。小湊鐵道・いす鉄道。

2023-07-24 18:37:58 | ローカル鉄道

今回から趣向を変え、関東エリアのローカル私鉄に乗る旅を。

7.上毛電鉄
8.わたらせ渓谷鉄道
9.真岡鉄道
10.ひたちなか臨海鉄道
11.関東鉄道
12.鹿島りんかい鉄道
13.富士山麓電鉄
 
などが現役でがんばっています。
 
※「電鉄」の「鉄」は金を失うから、「鐵」にしている鉄道会社もあります。
 
「江ノ電」や「流鉄流山線」「箱根登山鉄道」「銚子電鉄」は乗ったことがありますので、今回は、省略。
 
はたしていくつ乗れるか? 
 
今回。小湊鐵道は「養老渓谷駅」までは乗ったことがありますが、その先、さらに「いすみ鐵道」は乗ったことがありません。
 
というわけで。
 
JR内房線「五井駅」で「小湊鐵道」に乗り換え、出発です。
 
土曜日のため、けっこう大勢の方が乗り換える様子。
 
「小湊鐵道」「いすみ鐵道」は、スイカやパスモなどが使えません。。
 
乗り換え口でたくさんの人が券売機や窓口で切符を買うための長蛇の列。発車時刻まで6分しかありません。
 
これじゃあ乗れないか! 発車ベルが鳴り響いていますが、まだ何人もの人。
 
すると、駅員さんが車内でも切符を買えるので、乗る人は乗って下さい、と。
 
購入途中の人を尻目に、階段を駆け下り、飛び乗りました。ホッと一息。何とかならないものですかね。
 
思ったより車内は混雑していません。
 
女性の車掌さん。さっそく切符を売りに来ました。汗を掻き掻き、一人ひとりに。
 
ドアの開閉や無人駅での切符の回収など行ったり来たり、大奮闘ぶり。
 
たしかに切符を買わずに大勢の人が乗っては、一人じゃ、どうにもなりそうにありませんでした。
 
というわけで、スタート。
 
                      「五井」を出て、最初の駅「上総村上」。
 
 
終点「上総中野」までの案内図。
 
                                  (「ジョルダン」より)
 
 
                           (「小湊鐵道」HPより)
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『かつしかまちナビ シニアが創るミニコミ誌 』(第66号)より。SORAーQ。葛飾が誇る刀匠。「かつろうキッチン」。・・・

2023-07-20 18:52:55 | 葛飾

この雑誌を銭湯で見かけました。

「シニアが見た! 聞いた! 探した! 地域のもの こと ひと」というコンセプトで、葛飾区内のこと、モノ、人を取材し、まとめる、という構成。なかなか興味深い内容です。

・SORA-Q(変形型月面ロボット・ソラキュー)月へ。※取材・まとめ 飛田健一さん

        

(株)タカラトミー(所在地:東京都葛飾区)が、JAXA(宇宙航空開発機構)等と共同開発した超小型の変形月面探査ロボット。

JAXAの小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」に搭載され、月面でのデータ取得を行う計画。おもちゃのアイディアが盛り込まれ、球体から変形する探査ロボット。質量約250g、直径約80mm(変形前)の超小型の変形型月面ロボット、月面に着陸後、瞬時に球体が左右に拡張変形し、月面を走行する。開発にはタカラトミーの玩具つくりにおいて培われた小型化、軽量化の知見と変形機構に関わる技術が活用されました。変形ロボット「トランスフォーマー」が乗物からロボットへとあらゆる方法で変形する機構のノウハウが活かされています。

・葛飾が誇る刀匠  吉原義人さん 

※取材・文 佐藤政志さん 写真 飛田健一さん

・・・今年4月、NHKBS放送の『美の小壺』で、吉原さんの刀剣造りが放送されました。その中で、刀造りで最も大事なことは、「鉄」作りと言います。刀の素材「玉鋼」を熱し、ハンマーで叩き、折り曲げ、また叩く。叩くことによってリン・硫黄などの不純物を取り除いていく。それがいい刀を造る必須条件だと言います。・・・「刀製作は機能性を前提とするが、芸術性に富み、秀でるものでなければならない。・・・」とも言います。今年で80歳になる今でも年に数本の刀製作に取り組んでいます。吉原さんの元で刀作りの修行をしている若者達が大勢います。

この他にも「生徒が運営するレストラン『かつろうキッチン』葛飾ろう学校の訪問記事。

 

・午后のティー・・・堀切5丁目の地域活動

・天気のいい日は公園へ行こう 寄稿 久山千秋さん

などけっこう精力的な取材活動など、なかなか読み応えの多い、ミニコミ誌でした。

           無断転載、ご容赦を。

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墨田区鐘ヶ淵散策。その5。向島百花園。くずの棚。葛粉・葛餅。カルガモ。ヤマユリ。・・・

2023-07-19 18:33:14 | 隅田川

くずの棚。足元には、花びら。

               

※秋の七草の一つ。 開花時期は、 8/15 ~ 9/末頃。まわりの木々を  つるでおおってしまう程の生命力。ひと夏で10mぐらい生長する。花は下の方から咲いていく。大和の国(奈良県)の  国栖(くず)というところが葛粉の産地であったところ からの命名。漢字の「葛」は漢名から。

葛餅」は、葛粉から作られる透明でプルプルとした舌触りのいい

しかし、同じ「くず餅」という名前の和菓子でも、関東と関西とではまったく別物。おもに関西地方で作られている「葛餅」は、葛粉に砂糖と水を加え、加熱してできた透明な餅にきな粉と黒蜜をかけた物ですが、関東で作られているくず餅は、小麦粉のでんぷん質を発酵させてできた白っぽい餅にきな粉と黒蜜をかけていただく物をいいます。

「関東のくず餅の起源には諸説あります。弊社は、1805年創業。度々、亀戸天神に通っていた船橋屋の創業者(勘助)が、ここで甘味を出したら売れると見込み、地元の千葉で食べられていたおやつを『くず餅』として売り出しました。

当時、千葉では小麦の生産が盛んだったため、小麦農家では、小麦粉を水で練って蒸した物をおやつとして食べていたようです。小麦の生産地が、以前は「下総国葛飾郡(しもうさこく・かつしかぐん)」という地名だったため、葛飾郡の『葛(くず)』を取って、『葛餅』と呼ばれるようになったのではないかといわれています」(株式会社 船橋屋 広報担当の篠原優奈さん)

(この項、「」HPより)

東京・亀戸にあるくず餅の老舗「船橋屋」は2022年9月27日、SNS上で渡辺雅司社長(創業者の一族)が赤信号を進んで交通事故を起こし、事故の相手方に怒鳴った様子を撮影した動画が拡散されていることについて、公式サイト上で「事故並びに現場での対応は概ね事実であり、弊社としても到底容認できるものではない」と公表しました。渡辺社長は29日の取締役会で辞任しました。新社長に神山恭子氏が就任しました。

ところで、漢字の「葛」。

は古代のかつしかと呼ばれた地域のごく一部にしか過ぎません。古代の「かつしか」という領域は広大なものでした。古代の「かつしか」は、旧南葛飾郡かつしか・江戸川・墨田・江東区)と、千葉県市川・柏・流山・松戸・船橋市や埼玉県栗橋および茨城県古河・総和市までおよぶ広い地域がその範囲でした。
「かつしか」の地名は、当時のかつしかぐん全体の地形的特徴を捉えることで説明ができます。つまり、「かつしか」の「かつ」は丘陵や崖などを指し、「しか」は砂州などの低地の意味をもっています。「かつしか」とは、利根川流域の右岸に低地、左岸に下総台地が広がる旧かつしかぐんの地理的な景観から名付けられたと考えられます。

 「かつ」と「かつ

 ところで、「かつしか」という漢字を書くときに困ったことはありませんか。「かつ」の字が、「かつ」や「かつ」などまちまちだからです。
かつしかくでは「かつ」と書くのが正しいと説明していますが、「かつ」と書く人もたくさんいます。

歴史的にみた「かつしか」の表記

「葛飾」721年 下総国葛飾郡大嶋郷戸籍(正倉院文書 宮内庁正倉院事務所所蔵)

「かつしか」が文字として表記されている最も古い史料は現在のところ、下総国府が都に提出した「養老五年下総国かつ飾郡大嶋郷戸籍」にみえる「かつ飾」です。大嶋郷戸籍と同じ8世紀に編纂された万葉集の中にも「かつしか」が表記されていますが、基本的に音に漢字をあてているだけです。また、下総国府付近から出土した奈良時代の土器には、「かつ」の字が墨書されていました。
中世になると、千葉県の香取神宮に所蔵されている寛元元年(1243)の古文書には「下かつ西」とあり、応永33年(1426)の奥津家定寄進状に「かつ西庄」、永禄5年(1562)に小田原の北条氏が本田氏に宛てた書状には「かつ西」と記されています。このほかにも、「かつ西」と記した史料が多くあり、中世においては圧倒的に「かつ」の字が用いられています。
こうしてみると、古代から中世にかけて「かつしか」の「かつ」あるいは「かさい」の「か」という漢字の表記は「かつ」とする事例が多いように思えます。
江戸時代になると、「かさ井」「笠井」なども使われ、実に様々な表記がなされます。中世や近世においては、当て字なども頻繁に使われており、字よりも音のほうが重要だったようです。

 「かつ」と「かつ」をめぐる混乱

 その後も「かつしか」を表記するときの混乱は続き、現代まで尾を引くこととなります。「かつ」と「かつ」は、新聞の紙面や官公署関係の表示でも、人や機関によって異なった表記がなされていました。
このような混乱を避けるため、昭和61年、かつしか区ではCIサイン(区のマークやロゴ)を選定する際に、区の関連の表示については、略字ではない正字の「かつ」の字を使うことにしました。

国語的に見た「かつ」と「かつ」について

  「かつ」の異体字が「かつ」です。どちらも漢字として存在する正しい字です。異体字ですから、その差は字体のみであり、文字としては同一の意味をもっています。「かつ」の字が、誤字や俗字であるということではありません。なお、第21期国語審議会の「表外字印刷標準字体表試案」では、「かつ」は中国起源の正字「かつ」の略字として扱われています。

法的に見た「区名」の根拠

警視庁・東京府公報(昭和7年5月24日付)

 区名を法的な観点から見るとどうでしょうか。
かつしか区の区制施行を告示した、「警視庁・東京府公報」(昭和7年5月24日付)には、「かつ」と明記されています。また、戦後定められた地方自治法第3条第1項には、「地方公共団体の名称は、従来の名称による」と定められています。したがって、従来からの名称である告示時の名称「かつ」が正式な区名である、というのが本区の見解です。

(この項、「より)より)

さて、カルガモたちはどうしているか? 池の奥の方にいました。

                

水中にけっこう長く潜っています。

そのうち石橋のところに、

             

前見たときは橋の下をくぐっていましたが、橋の上に上がり、そして池の中に。体が大きくなった証拠。

そして、隣の池へ。

ハスの花が一輪。

ヤマユリ。強い芳香を放っています。

             

せんのう。

           

寺島なす。

さわぎきょう。

         とけいそう。

むかでらん。<img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/63/89290940f800b5d32818a2c3c19488a6.jpg">牧野富太郎の命名。

夏の百花園にも、また新たな発見があります。

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