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特集荷物運ぶあの人は誰? “宅配危機”シンガポールでは
2018年10月22日 19時00分 NHK
シンガポールでも急成長 ネット通販

シンガポールは東南アジアのお買い物大国。高級ブランドから若者に人気のファストファッションまで、お店がひしめきあっています。
ですが、ここでもやっぱりネット通販が急成長しています。ちなみに人気の通販サイトは「ラザダ」、中国の大手通販サイト「アリババ」のグループです。
カード会社「VISA」の調査では、シンガポールに暮らすおよそ4人に1人が、週に1度はネットで買い物をしているとか。

2025年までの10年間でおよそ5倍、日本円にして4,000億円規模に成長するという試算もあります。
課題はやっぱり配達員不足
そうなると問題になるのが配達事情。シンガポールでも配達員不足が課題になっています。
そこでシンガポール政府が何をしているか取材すると、再配達の急増が負担になっているとして、宅配ロッカーの設置を後押しする取り組みなどを進めていました。
また郵便局では、大手の航空会社「エアバス」のヘリコプター部門と共同で、ドローンを使った配達システムの開発に乗り出しています。
日本と同じようなことを考えているのです。
ついでに配達、スキマに配達
ほかにもどんな対策があるか調べていると、物流会社で新しい人手確保の対策が行われているということで、取材に行きました。

向かったのは「アーバンフォックス」という地元の物流会社。日本でいえば「ヤマト運輸」や「佐川急便」のような大手のグループ企業です。
朝9時に物流倉庫に行くと、オレンジのユニフォーム姿の社員が次々と配達に出発していきました。これに交じって、Tシャツやタンクトップといったふだん着の人たちの姿もちらほら。
「あの人たちは一体、誰?」と思って見ていると、慣れた手つきでカゴに入った荷物を、バーコードで次々と読み取って配達に向かっていきました。

聞けば、会社員や主婦など。通勤や通学のついで、あるいはちょっとした空き時間を使って、荷物を配達する人たちです。
この物流会社では、ネットを通じて不特定多数の人に小口の仕事を依頼する「クラウドソーシング」の仕組みを使って配達員を確保しているのです。会社では「クラウド・ソースド・デリバリー」、いわば「クラウド配達」と呼んでいます。

ジョー・チョア社長に話を聞くと、ネット通販の荷物の量は、クリスマスや春節の時や、特別なセールの時に急激に増えます。日によって、時期によって大きな変動がありますが、その繁忙期に備えて大量の社員を抱えていると採算が悪化してしまう。どうしたものか、と思っていたところ、「ついでに働く人」「スキマに働く人」の活用を思いついたと教えてくれました。
どれを運ぶ?アプリでチョイス
仕組みは、シンプルです。「ちょっと荷物を運びたい」という人は、まず、ネット上で配達員の登録をします。

あとはスマホやパソコンでチェック。アプリの画面に、配達が必要な荷物や届け先が表示されるので、自宅の近所の荷物や、職場のまわりの荷物など、運びたいものを選びます。すると配送センターに、選んだ荷物がカゴにひとまとめになって用意されます。
荷物を受け取り、あとは車や地下鉄、徒歩など、好きな方法で運びます。
一般の人に配達まかせて大丈夫?
現在、配達員の登録人数は1万2,000人。この中から1日当たりおよそ100人が配達をしているといいます。

その1人、アイリーン・テオさん。ふだんは、スクールバスなどの運転手をしていますが、家計の足しにしようと、送迎が無い時間を使って配達を始めました。
テオさんは、自分の車で、平日に50個ほどの荷物を配達しています。配達先に到着する5分から10分前に電話で連絡を入れ、玄関先まで運びます。無事届け終えると、スマホのアプリで会社に「配達完了」と通知します。

「自分の都合のよいときに、こつこつ続ければ1か月で1,500シンガポールドル(およそ12万円)は稼げるわよ」(アイリーン・テオさん)
ただ「一般の人に配達をまかせて大丈夫なの?」という疑問もわきます。
チョア社長に聞くと、テオさんのような配達員の動きはちゃんとモニターしているほか、配達員が急に配達できなくなった場合は、社員がバックアップする態勢も取っているとのことです。万が一、荷物が壊れたり、なくなったりした場合は、原則、配達員が責任を取りますが、会社も状況に応じて賠償費用などを負担するといいます。
効率アップのカギは“AI”
激増する荷物を運ぶ担い手を、新しい仕組みで何とか確保した会社では、配達の効率アップを目指して次の一手を打ち始めました。
配達員のアプリには、数千個にのぼる荷物が表示されますが、この中から、どれを選びどのルートで運べば効率がいいのか、判断するのは難しいですよね。

そこで、人工知能=AIを使って、配達員に「おすすめ」の荷物と配送ルートを自動で表示する研究が始まっているのです。シンガポールの国立大学や日本の大手電機メーカー「富士通」なども協力しています。電車やバスの時刻表や道路の情報などのデータも使って分析する仕組みです。

「シンガポールは政府も企業も意思決定が早く、新しいサービスやシステムの開発を行うのに適している。ここで生まれた新たな技術を日本に取り入れることもできるのでは」
日本はどうする?
アプリを使って一般の人に配達をになってもらう仕組みは、日本でも一部のバイク便運営会社などが始めています。ちょっとした合間に荷物を運ぶ仕組みが広がれば、宅配危機の克服につながる可能性はありそうです。
ただ、車で配達する場合には、運送事業者としての認可や届け出が必要ですので、マイカーで配達というわけにはいきません。いまは自転車や徒歩などで近場の荷物を運ぶ方法が現実的といえそうです。
ネット通販の拡大で世界中の物流が変わり、シンガポールのほか、アメリカ、ヨーロッパでもクラウドソーシングの導入が始まっています。
日本でも物流の新たな仕組みを考えてみる必要があるのかもしれません。

- シンガポール支局長
- 藤田 享子