陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

野良の月

2008-10-13 | 芸術・文化・科学・歴史


十月十一日は十三夜。月のみごとに美しい晩でしたが、あいにくと私が眺めたのはその翌日のこと。一日経てもなお、月は虹いろの輪をかけて、夜空に煌々とかがやいておりました。この十三夜は旧暦の九月十三日のことですが、月の満ち欠けで判断していて毎年異なるらしく、来年は十月三〇日なのだそうです。もちろん、十五夜も九月十五日ではないらしくて。

月にかわって太陽を時間の基本にしだしてから、あまり月のかたちを意識することはなくなったのかもしれない。
しかし、夜の十時から日付をこえて120度右へまわった短針よりも、十メートル夜空を西へ動いた月のほうが、はるかにはるかに時間の長さを感じることができる。無機質な時計の針のリズムや、デジタルな書体の数字で生活を計ることの、なんとおもしろみのないことか。

この土地は夜でも星が町灯りにさえぎられてみえないために、夜空は月の輝きの独壇場になるのです。
月がこんなに美しいと感じるようになったのは、ここ数年のことですが、そう思うのは、身近な昼の生活に美しさを見出すことがなくなってしまったからなのでしょう。

月はひとの心を狂わし獣にするといいますが、あまりに高い光りを望んだ者はみな畜生に堕ちる運命なのかも知れません。
中島敦の「山月記」は、詩人として名を挙げたいばかりに官職を辞した男が,生活に窮してついに発狂し、虎に姿を変える男の話。獰猛な四肢の生き物に為り変わっても、いまだ人間としての心は棄てきれない。死を想うよりも先に、動物としての生きる本能が目覚め、口まわりを小兎の血で濡らす。虎として生きてはじめて、つまらないプライドのために空費した己の人生を嘆く。
この虎には、お伽噺のように、人間にもどるという奇跡はやってこない。人のなりをなさない詩人は、人語の解せるうちに、旧友に遺稿をあずけ妻子への伝言をたのみ、ふたたび叢のなかへ消えていくのです。グレゴール・ザムザの毒虫としての惨めな終わりよりは、まだいくぶんか誇りの残された余生といえましょうが、悲しいものには違いない。
でも、羨ましいとも思う。自分がなるなら、せいぜい猫どまりであろうが。

あまりに精神的な思考をつきつめると、ふしぎなことに、我々は感覚だけを満たす単純な生き方に堕してしまうのです。食べると寝るのくりかえし。難しい言葉は知っているのに、ひとと喋ることは厭いはじめるので、ご近所においては、まるで異邦人。どこにおいても居心地が悪く、猫のように噛みついては逃げていく。
たとえ道徳という美名をおびた、一部につごうのいい常識をなくしたにせよ。美しいものを美しいと感じる感覚があるうちは、まだしも人間です。あの月が美しいと感じなくなったら、もう終わりだと思う。

秋の夜長に月を眺めすぎますと、おかしな思想が生まれるようです。ご用心、ご用心。


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