日本映画「東京暮色」

小津安二郎作品で、若い娘の見合い話がもちあがる作品はたいがいどこかしらコミカルで家族愛を感じるものが多いが、1957年作の「東京暮色」は一味違う。「東京物語」でも家庭崩壊の兆しをゆるく描いてみせたが、本作はとかく救いようがない暗さが最後につきまとう。季節は都会の冬だ。

東京暮色 [DVD]
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銀行の監査役の杉山周吉は、男手一つで娘ふたりを育て上げた。
長女の孝子は評論家の沼田に嫁いだが、夫と喧嘩して幼い娘を連れて実家に戻ってきたばかり。短大卒業後に英語の速記を習いにいっている次女の明子には、そろそろ見合いの相手をと考えている。しかし、明子は雀荘に入り浸る青年たちと付き合っていて…。

本作に登場する人物は誰も彼もがすくなからず不幸な影を引きずっている。
前半部では甲斐性のない夫に嫌気がさして家庭を放棄した孝子。そして、本編の大半を占めるのが次女の明子のおかれた境遇だ。姉とは対象的に父に顔向けできない秘密を抱え、男友達からはからかいの道具にされ、しまいには身を滅ぼしてしまう。その明子の悲劇におおきく絡んでくるのが、生みの母であった喜久子の存在だ。父に従順で良心的な姉に比べ、蓮っ葉な妹が生き別れの身持ちの悪い母親に、自身の悪性の根拠をみいだして懊悩する。まるでエリア・カザンの「エデンの東」のような筋書きではあるが、ここには姉妹の骨肉の争いはなく、さらにやさぐれた年下のほうが頑固一徹な親父殿と和解することもない。
しかし、堕胎した明子には、姉の幼い娘を目にしても、自分を棄てて別の所帯をもつ母親と口をきいても、我が身の生まれたことを呪うばかり。彼女を支える人は誰もいない。産婦人科の女医からも売女だといわんばかりの発言。列車事故で彼女を救ったラーメン屋の店主だけがいい人なのかと思えば、欲のかたまりであることを露呈する。

姉は妹の死に至る真相を知らず、母親の不貞のせいだと弾劾する。そして、我が子を妹のような人生を送らせまいと、両親の愛情が相整った家庭をやりなおそうと決意する。ここが腑に落ちない。
妹と関係のあった相手は責任を取ろうとせず逃げ隠れし、ふたりをけしかけて話しのネタにした男どもは、なんら責任を問われもしない。「秋日和」での男の身勝手さといやらしさとがふつふつと湧き上がり、女にかわいらしくやりこめられてしまう一幕もない。
女どうしの思いやりも生まれず、母と娘は和解しない。東京を離れる母の列車の車窓に、娘が涙ながらにすがりついてなんぞと、よくある感動の演出はありえない。明子の素行の悪さにくわえ、孝子の家出も母の愛を受けられずに過剰なファザーコンプレックスに傾いたせいだといえなくもない。しかも、その父親は役員待遇をいいことに勤務中にパチンコに通う。今でいうノンワーキングリッチだ。

まるで現代の状況を予見していたのか、と思われるような家族構成。どこにでもありそうなエピソード、かくべつ悪くもない普通の人びとが繰り広げる日常だけに、小さな気持ちのかけ違いが悲劇を起こす。それが絶妙に気持ちが悪いのである。

それにしても、ふだんは息抜き程度に映る何げない風景のショットが、本作ほど気味悪くさしこまれた例はないだろう。ラーメン屋に立ち寄るまえに挿入された踏切と不気味な眼鏡屋の看板は、明子の向かう先を視聴者に知らしめていて、そら恐ろしい。

出演は明子役に有馬稲子、孝子役に原節子、周吉役に笠智衆。喜久子を演じたのは山田五十鈴。
脚本は小津と野田高梧との共同執筆。

（2010年３月24日）

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