陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「いつか読書する日」

2016-11-15 | 映画──社会派・青春・恋愛
2004年の日本映画「いつか読書する日」は、端的に言えば中年の男女の恋愛を描いたラブストーリー。ただし、このふたりを取り巻く間柄に、認知症の老人介護や、児童虐待、シングルマザーの先行き不安感など、とりたてて珍しくもない社会問題が絡んできます。ひとつひとつの題材をとってみれば、既視感のあるものばかりなのに、なぜか最後にほろりと泣けてしまったふしぎな作品です。
老いらくの恋なんて、とためらっていたけれども、期待以上のできばえでした。文化庁支援作品なんだそうで。

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坂道が多い街で暮らす50歳の大場美奈子の生活は単調なものだった。
早朝から牛乳配達、昼間はスーパーマーケットでのレジ係。帰宅すれば本棚に詰め込んだ書物を引き出しては読みふけるだけ。
市役所の福祉課に勤務する実直な男、高梨槐多は、末期がんを患った妻を献身的に在宅看護している。美奈子と槐多は、高校時代、交際していた同級生だったが、ある悲しい事故がふたりの気持ちを隔てていた。

おなじ市内にいながら、およそ30年間も顔を会わせない中年の男女が、ふとしたきっかけで互いを意識しはじめ、封印していた想いに気づくようになる。だが、このふたりが激しい情念につき動かされてしまうことはほとんどありません。
なので、すれ違いや恋敵のいたずらなどによって、恋路が阻まれるのをもどかしく眺めてしまうような、じれったさもない。

どちらかといえば、この主役のふたりよりも、その周囲の人間関係に注目が集まります。美奈子の生き方に理解を示しながらも、痴呆症の旦那を看取る苦労を滲ませた言葉をかけることのできる、小母の敏子や、スーパーの同僚。そしてまた、夫の今後を思い残り少ない人生を賭けて、結ばれることのなかった愛を叶えようと気を巡らす槐多の妻、容子。

その後、槐多が意外な理由で美奈子を避けていたことがわかり、ふたりは想い通じて長い恋を実らせるのですが、その恋はあっけなく終わっています。
ふたたび孤独と繰り返しの日々に戻ってしまったのに、美奈子にとっては、恋の成就も閉じれば夢見心地が終わってしまう物語のことのように、一過性で体験すれば終わりというものだったのでしょうか。不幸に思えるけれども、平凡を望む彼女にとってはそれもまた幸せの一部なのでしょうか。

彼女の気持ちは推して知るべしなのですが、あまり説明的すぎない台詞や、絶妙な間のとりかた、そして皆川夫婦が演じる異彩を放つコミカルな演出の光る部分がいい味を出しています。認知症という悲劇を笑い飛ばしていこうとする、制作者の気概を感じさせますね。

出演は田中裕子、岸部一徳、仁科亜季子ほか。
香川照之は、けっこう嫌みな役で出演しています。この人はいつもおなじような風采をしているのに、どんな役柄を演じさせても上手いですよね。

主演の男女はけっして洋画のように絵になる美男美女ではなく、舞台もごくごくありふれた街並なのですが、それでも印象に残る作品で、邦画の良さをあらためて感じた一作でした。
ただし、インパクトの強い演出や動きのある展開を望む若者向けの恋愛ドラマが梳きな方には敬遠されるでしょうけれど。

監督は「独立少年合唱団」の緒形明。
何の変哲もない風景なのに、そこに潜む美しさを一瞬だけクローズアップしたり、無声映画のような効果を狙ったりする部分があって、映像としても楽しめます。台詞回しよりも俳優の素材の良さを引き出して成功していますね。女優の田中裕子は幸薄そうで地味な顔だちなのに、ほんとうにこういう役がよく似合います。熟年なのに若々しく、健気さが滲んでいるところがいいですね。愛し続けた男にほんとうの想いを告白するときの言葉に、ぐっときます。

積年のわだかまりはあれど、それをどろどろと愛憎劇に仕立て上げるのではなく、爽やかに描ききった点が好感が持てました。

(2010年11月11日)

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