小学生のころ、一週間に一度は泣いていたような気がする。今となっては理由はよくわからない。悔しかったのか、苦しかったのか、悲しかったのか、寂しかったのか。泣くのか、笑うのか、感情の振り幅が極端だった。赤ん坊のような表情の二進法だった。
涙の数だけ強くなれるよ
アスファルトに咲く花のように
見るものすべてに怯えないで
あしたは来るよ君のために
岡本真夜の「TOMORROW」は名曲だ。私がこころの支えにした曲だ。今年、ゆいいつ人前で自分のお粗末な喉を披露したときに選んだ曲だ。
TOMORROW | |
岡本真夜 真名杏樹 徳間ジャパンコミュニケーションズ 2005-11-09売り上げランキング : 5224おすすめ平均 涙の数だけ・・・日本を救った曲平成最後の名曲!!Amazonで詳しく見る by G-Tools |
でも、いまになって、こうも思う。
泣けば泣くほど強くなれるというのは、甘えなのかもしれないと。涙の数だけ、ではなくて。涙の質が問題なのだと。
結果が出せずに流した悔し涙、血を吐くような努力をした苦しい涙なら、それは強くなれる涙だ。
けれどメロドラマを観ての悲しい涙、自己憐憫の寂しさの涙はけっして自分を鍛えはしない。
感動しやすいタチなんです、という青いプライドがそうさせるような涙は。つまり、酒の酔いとおなじで中毒になってしまう。
むかし、ある施設ではたらいていたときに、ひじょうに悔しいできごとがあって、思わず外に飛び出してしまったけれど。
館長さんが追いかけてきてくれて、胸を貸して泣かせてくれた。
今年はお世話になって励ましてくれた方の御厚意に報いることもできず、不覚にも涙をみせてしまった。
そんな波の大きかった一年がもうすぐ終わる。
涙をとめる応急処置は、楽しい妄想である。ほんとうにとめる方法は恐くていえない。
あなたが今年、一番心に残った曲はなんですか?
>涙の数だけ、ではなくて。涙の質が問題なのだと。
その通りだと思います。名言っすね(笑)
>自己憐憫の寂しさの涙はけっして自分を鍛えはしない。
↑こういう人を見ると「一生泣いてろ!」と踏んづけて通りたくなる私は鬼ですか?
純粋さで出る涙は共感もし、強くなる為の涙は好きですが、モロに甘えが根底にある涙は蹴り上げたくなります(笑)(過激な表現ですみません)
>ほんとうにとめる方法は恐くていえない。
知りたい!こっそりおせ~て~(笑)
ごきげんよう、TKさま。
珍しいお客さまにびっくりの万葉樹です。
箴言というのは往々にして他者への反発、時代への反骨からおこるもの。でもときに、その同時代の他者として自分を外側から冷静にとらえなおす試みともいえそうで。自己批判的な訓戒というのが謙虚さがあって好きですね。
自分の生き方を省みての記事だったのです。成長するような涙、流れてもむだにならず新たな思考の源になる、海のような涙はあまり流してこなかったなぁと。
よく泣く子ほど成長するとはいいながら、大人になったらうかつに泣いてはいけないと教えられる。
泣いたっていいよと慰めてくれる人が側にいたり、涙を誘われるような物語に浸ることは救いになりはするが、すがりすぎると抜け出せなくなりますね。
涙を止める方法。
道徳的にいえば、感情をささいなことに振り回されないことですよね。こころの温度を一定にしておくこと。私は強くないので、あまりこれができません。やろうとしたのですが、自分が自分でないような気がしてくるので諦めています。ですから、まれに最悪な逃げ道すら考えてしまう。
いまはすぐになんでも暴力沙汰にされてしまうので、叱ったり励ましや忠告の叩きですら恨みに思われてしまいますよね。ガードが弱くなっているんでしょう。自分も含めてです。
コメントありがとうございました。
涙を止める方法って、
>最悪な逃げ道すら考えてしまう。
ですか?
そんな事考えないで下さいね(笑)
珍しいって(汗)毎日見てますよ~ん!
ふたたび、ありがとうございます。
ブログは毒吐きですので、たまに暗いことも書いていますけれど…。
お気づかい感謝します。