陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「初恋」

2008-12-23 | 映画───サスペンス・ホラー

──犯罪の動機は初恋です。

もしその犯罪が、万引きとかアタリ屋とか痴漢の冤罪とかなら、世論はあきれかえるでしょう。しかし、それがあの日本犯罪史上最大のミステリーといわれた三億円強奪事件ならばどうか?誰ひとり傷つけず、盗まれた紙幣は一枚たりとてつかわれていない。義賊とたたえられた犯人が、女の子だったとしたら?

犯人が女子高生という衝撃的な設定で話題をよんだ映画が、TBS系列の月曜ゴールデンで地上波初放映。先週からの予告で期待していたのですが、ちょっと裏切られた感じですね。キャスティングがいいのに、筋書きがよろしくない、というのはたしか、「忍─SHINOBI─」でもそうでした。そう、まさにあの映画とおなじく主演女優ひとりをひきたてるためにつくられたようなもの。

六〇年代のヤニくさい場末の街並や、学生運動の様子などはよく描かれていました。映像もさびたトーンで、音声もむかしのようにくすんだ感じで雰囲気はよくでていました。けれど、惜しむらくは主演の宮崎あおいさん。この方の演技がまずかったというわけではないのですが、どうみても、浮いてるんですよね。衣装とかあの当時のスタイルなんでしょうけれど、いまけっこう六、七〇年代ファッションがリヴァイヴァルしてますからあまり時代をよそおっていない。なにより、彼女のしゃべり方って、平成の女の子だなって気がするんです。なぜかというと、人形のように小顔だったり、身体のラインが細すぎたり、肌がきれいすぎるんですよね。これは現代人が時代劇をやると和服の着こなしで違和感を感じるのと共通するのですが。(手足が長過ぎたり、胸の位置が高すぎたり、痩せ過ぎだったりで、着物が美しくみえない。もしくは漫画のキャラのようにみえる)

肝心のストーリーですが、犯人が十八歳の女の子という設定をはなっからバラしてます。それ以上の驚きはまったくありません。犯罪なのにサスペンス要素まったくなし。主人公のみすずが惚れる東大生の岸が、犯行を計画する理由は語られますが、それを強くする政治への怒りがあまり濃く描かれていない。なので、おりこうな金持ちの坊やのアブナい火遊びていどのものにしか思えません。あの当時の若者の理由なき反抗なんて、そんな程度のものだったのか。大学紛争に参加して英雄きどりしたが、熱がさめてみれば就職の機会ものがし、破れた人生をあゆんだことを省みたひと、もしくは当時を冷ややかに眺めていた人間からすれば、田舎のちんぴらの暴動にしか映らない。それはまた、無気力で政治に不満があってもデモすらしないいまの世代からしても、そう思えるのでしょう。

犯行後、再会を約したのにけっきょく逢えなかった岸を待つ、みすずの描写は切なさをかきたてられますが、ものたりない感じがします。あと、中上健次をモデルにしたといわれる青年ほか、みすずの兄や仲間たちの扱いもぞんざい。
たぶん十代の男女の淡い恋心の感触をこわさないために、陰惨な時代の空気や血みどろの闘争などはやわらげたのでしょうけれど。あんな大胆な犯行の動機が、孤独な少女の誰かに必要とされたい想いだった、なんてちょっとあっさりしすぎです。いや、恋に狂って、炎の橋を渡るぐらいのいきおいで犯した罪だったというのなら、なにか胸に残るものがあるんですが。
けっきょくみすずにとっては日本を謎に巻きこんだ犯罪をおこしたことよりも、好きな男が永遠にむかえにきてくれないことが、時効をむかえられない心の傷なんですよね。でも、そう言わしめるなら、岸が消息不明になった理由にみすずを噛ませるとかすればよかったのに。

この映画の原作は、中原みすずという女性小説家の同名小説。宮崎あおいさんはご本人にお会いして、その話が実話であることをかたく信じてやまないそうですが。ひょっとしたら、実話─三億円の犯人が小説家本人でなくても、なんらかじっさいの出来ごとを創作にしたとして─だからこそ、きょくたんな脚色やひねりがされていないのかもしれませんね。


ところで、この三億円事件。私が生まれる以前の話でして、最近になって、とある情報番組で事件の経緯をしりました。映画ではそのへんは忠実に再現されていますね、白バイのシートがひっかかってしまったとか。
あの有名の犯人像は、じつはモンタージュではなく、容疑者に似ているとされるある実在の青年(事件の一年前にすでに死亡)の写真。証拠が多いのであんがい簡単に捕まると思われていたものの、遺留品を複数の捜査員が指紋をつけたり、早々と新札のナンバーを公開してしまったり、の初動捜査の乱れが迷宮入りの原因といわれています。また、この映画の岸がそうだったのですが、犯人は警視庁か大物政治家の息子で匿われているという可能性も否定できない。じっさい、事件の一年後に、犯人とおぼしき青年が自殺したという噂もまことしやかに流れているそうです。

革命するためとか高邁な思想をかかげても、窃盗は犯罪。いまでは十代でもネットに殺人予告しただけで逮捕される時代です。恋人にお願いされちゃったから盗んだの、ですまされるわけないですよね(笑)実写じゃなくてアニメにすれば、実在の人物も遠慮なくあじつけできて、おもしろかったのでは?

ところで、劇中に天井桟敷を思わせるアングラ演劇が映っていましたけど、この映画のタイトルも寺山修司が脚本して羽仁進が監督した「初恋地獄編」と関係あったりするのでしょうか?


初恋(2006) - goo 映画初恋(2006) - goo 映画

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