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時に末日聖徒/モルモン教への私見含むメモ帳にて御座候 ほな毎度どんもにて 御きげんよろしゅうで御座候

母は、高級コール・ガール(娼婦/売春婦)だった

2012-11-13 16:31:21 | 福音と教会

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「この話には、信憑性ありと思う。」

私が、年若い時、モンソン(現管長)は、トロントで伝道会長(1959-62、31歳で伝道会長に。担当地域は、カナダのオンタリオ、ケベック両州)でした。彼は、私の母ととても親密でした。私は、いつも、何か正しいことではないんじゃないかといったような気持ち・感覚はありました。まぁ、しかし、彼は、伝道会長だったわけで。

彼は、私たち、家族の皆と親しい友人になってくれてたし、私たちも、彼をよく知っていたと思います。
さて、時間の流れを一気に進めて、2000年頃、オンタリオで開かれたリユニオン(元伝道会長、帰還宣教師、その他伝道部で奉仕した人たちによる同窓会)でのこと。当時の伝道部で、彼と知り合いになり、共に働いた人たち皆が招かれました。ただ、母を除いて。これは、何かの手違いやミスではないと思う(故意に母をはずしたんだと)!!!

その時からさかのぼること5年前、癌で床に伏していた私の姉は、教会の建物の奉献のために、トロントを訪問していた彼に祝福(癒しの)をしてくれるよう望みました。彼が伝道会長として管理したどの集会でも、姉は、当時10代でしたが、オルガン奏者を務めていました。彼は、拒否したのです!!! 母は、彼に嘆願したのですが、彼はかっとなって母を避けるだけでした。それから3週間後に、姉は亡くなりました。

私は、間違えてるかもしれないけれど、思い当たるふしをつなぎ合わせて推測してみました。母と姉が、他界した後、私は、母は、理想的な末日聖徒の女性像とは程遠い人だったということを発見したのです。セックス大好き人間で、高級コール・ガールだったのです。高額のです。母は、男を落とす方法を知っていたのです!!! 権力の座についてるような男性を好んでたのです。このくらいが、私の言える限界ですね。弟と私は、これを知った時、本当にショックでした。

母は、自分の思い通りにするためには、そういった権力者を脅すといった力もあったのです。モンソンに対し、どの程度、脅迫していたかは、わかりませんが、年老いた母を、遠ざけた・避けたという態度からして、彼には何か隠し事があるということでしょう。若い頃、私は、多くの神権指導者の人たちが、母のことを、セクシー、カッコよく魅力的などと話すのを(彼ら話し手に気づかれずに)ふと耳にしたことがあります。子供心に、そういうものなんだと思っていました。けれども、母があの世へ旅立った後、いろいろ、パズル合わせのようにつないで考え初めたのです。

私は、間違えてるかもしれないけれど、モンソンにレイプされそうになったというこの女性を信じます。その時、彼は、ビショップで、彼女はとても若かったと、そして、レイプというのはたいへん不名誉なことになるわけで。彼女は名乗り出ることを怖がっているんでしょう。でも、(テレビの)トーク・ショーなんかを見ていれば、公開された場で、話すといったやり方をご存知なんでしょうけど。
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      http://exmormon.org/phorum/read.php?2,699709,701049#msg-701049


元モルモンの人たちが主催者の、フォーラム・掲示板にあった、一スレッドの中の一投稿記事を訳してみました。ここのフォーラム、毎日、次から次へとスレッドが湧いてくるみたいで、まぁ、たまWEB、とても、全部見るなんてことは不可能、しかも、2,3週に、2,3度、訪問し、1、2ページの画面から、何か興味を引く、題名のスレがあれば、2,3、まぁ、ブログの材料探しの意味でも、中を見て、読んでみるくらいですかぁぁ・・・・

たまWEBは、基本的に、モルモンは、正しく、元モルモンといった人たちは総じて、誤りで、悪意を持っていて、作り事を言ったりし、避けるべき等といった発想はない方ですね・・・・そういった発想の下では、”「シオンの中では、すべてが良い。まことに、シオンは栄えており、すべてが良い」と言う。悪魔はこのようにして人々をだまし、巧みに地獄に誘い落とすのである。 ”(第2ニーファイ28:21)というのに通じるんではと・・・・

スレの題名は、”モンソンさんのあの話、知りたくないの”という感じで、ついつい触手が・・・・このスレッドは、8日夜(アメリカ時間)に始まって10日午後くらいまで続いたのかな、まぁ、あれですよね、ビショップの時に、レイプ・強姦されそうになったと主張する女性の話についてでしたね・・・・まぁ、こういった事件では、女性は不利な立場に立たされるケースが多いんでしょうから、特に、ユタでは。過去には一夫多妻といった背景もあったわけで、今、7,80歳以上の人たちが、若い時には、周りに、記憶付けられるようなことは種々あったんでしょうかねぇぇ・・・・

モルモン書には

「23 しかし、あなたがたのもっとひどい罪悪のために、神の御言葉がわたしに重くのしかかっている。見よ、主はこう言われる。『この民の罪悪はますますひどくなっている。彼らは聖文を理解しておらず、ダビデとその息子ソロモンについて書き記されていることをもって、自分たちがみだらな行いをしていることの言い訳にしようとしている。
24 見よ、ダビデとソロモンは事実、多くの妻とそばめを持ったが、それは、わたしの目に忌まわしいことであった。』

27 したがって、わたしの同胞よ、わたしの言うことを聞き、主の御言葉に耳を傾けなさい。万軍の主はこう言われる。『あなたがたの中のどの男も、妻は一人しか持ってはならない。また、そばめは一人も持ってはならない。
28 主なる神であるわたしは、婦人たちの貞節を喜ばしく思う。みだらな行いは、わたしの目に忌まわしいことである。
29 さて、この民は、わたしの戒めを守らなければならない。さもなければ、地は民のためにのろわれるであろう。』
30 万軍の主は言われる。『将来わたしのために子孫を起こしたいと思う時が来れば、わたしは民に命じよう。その命令がない間は、民はこれらのことに聞き従わなければならない。
31 見よ、主なるわたしは、エルサレムの地に住むわたしの民の娘たちと、わたしの民が住む全地の娘たちが、夫の悪事と忌まわしい行いのために悲しむのを見、嘆くのを聞いた。
32 わたしがエルサレムから導き出したこの民の美しい娘たちの叫びが、わたしの民の男たちのことをわたしに訴えるのを、わたしはほうっておくことはできない。

(ヤコブ書2章)とありますが・・・・

まぁね、管長さんの娘、アンさんかな、若かりし独身の時、デート相手が、家にやってきて、玄関の内側脇に、ペプシ・コーラのケースが山積みになってたの見た時、父の悪い習慣なのと言ったとかいう話がありましたが、なかなか食欲等の肉欲、コントロールは、難しいものだというのは、常人の域では、普通なわけですから、管長さんも、どっちかと言えば、奔放な御仁というのが真相なのかな・・・・まぁ、教会はちゃんと機能してるわけでしょうし、それはそれで、個人の問題ということで・・・・

ジョセフが言ったとされるように、使徒たちに、教会を導く権能が、ジョセフ亡き後、存在するということなわけですが、それぞれの使徒が、どのようにその召しに答えて来たのかは、いろいろ違ってくるといったことはあるわけでしょうし、召される、イコール、選ばれた者ではないわけで・・・・そのへんは、また、大方は、他者が関知できることでもないでしょうし、なかなかね・・・・


      モンソン管長(1927-)
      1945年、17歳、サンディエイゴ(カリフォルニア)で海軍予備兵役に就く。戦地に赴く前に終戦。
      1948、ユタ大学経営学士で卒業、同年、結婚。
      1950、22歳、ビショップに(ソルト・レーク市内)。ワードには約1000名の会員、85人の未亡人(当時、比較的年若い、戦争未亡人もおったんでしょうね)を定期的に訪問。
      1954、27歳、ステーク会長会顧問に。
      1959-62 31歳で伝道会長
      仕事はユタ大卒後、デゼレト出版やデゼレト・ニュース社で広告部門関係に就き、部長まで昇進、その間、教会本部広報部門に所属していた、後の管長ゴードン・B・ヒンクレーと知己に。
      1963年、36歳 使徒。 85年 管長会顧問、2008 管長。

投稿記事の英文

「I Suspect There is Truth to This Story

I was a young man when Monson was Mission President in Toronto. He had a very close relationship with my mum.I always suspected something was not quite right but he was the Mission President.

He was good friends with our family and we knew him very well.
Speed forward to a reunion they had around 2000 in Ontario. Everyone who knew Monson or worked with him in the mission was invited but my mother. I doubt this was an oversight!!!!!

5 years prior to that my sister who was dying of cancer asked for a blessing when he came to Toronto to dedicate a building. She played the organ at every mission meeting he had when he was mission president and she was only a teenager. He declined!!!! My mother pleaded with him but he avoided her with a passion. She passed 3 weeks later.

I may be wrong but I put 2 and 2 together. After my mother and sister passed I found out my mother was not Molly Mormon. She liked sex and was a high priced call girl. High priced. She knew how to get men!!!! She liked men in power positions. That is all I am going to say about it. My brother and I were shocked when we discovered this.

My mother had the ability to hold things against men in power to get her way. I can't say what she held over Monson but his reaction to her later in life (avoidance) indicates a man who had something to hide. As a young man I overheard many a priethood leader talking about how hot and sexy my mother was. As a kid I just her as mum but after her passing I started to put pieces together.

I may be wrong but I believe this woman when she said Monson tried to rape her. Remember when he was Bishop the woman was very young and also rape had a stigma to it. The woman was probably afraid to come forth but with modern talk shows she has probably learned how to come out and talk about it.


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