『今日の出来心』

シンガーソングライター&作詞家“久保田洋司”の365日書き下ろし公開日記です
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奥山の真木の板戸を~。11日は「見聞録」。今日の出来心2017年3月9日(木)

2017年03月09日 21時47分09秒 | Weblog

写真は、1月のYOYO部ツアー道中、どこかのパーキングで。

Naoさん、しっかり食べてますね。

明後日、11日には、

「The東南西北見聞録 新春ツアープレイバック」と題して、

映像とともに、ツアーの様子を振り返るイベント、第二回目開催。

ツアー後半の、尾道、大分、福岡、熊本、名古屋の様子。

写真のような風景の映像もたくさん出てくると思います。

ちょっとは~ずかし~場面もありそうですが、

一緒に、映像を見ながらツアー追体験しませんか?

是非、おいでください。

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■2017年3月11日(土)The東南西北☆見聞録~YOYO部新春ツアープレイバックPART2
新春ツアーを展開したYOYO部。入船陽介監督編集の映像を観ながらツアーを振り返ります。物販&サイン会、乾杯会も。
日時:3月11日(土) 13:00開場/13:30開演/16:30終演予定
出演:The東南西北YOYO部(久保田洋司 入船陽介)、Nao
会場:東京・世田谷「エムズ・カンティーナ」世田谷区上馬4-4-8 新町駒沢ビル 2階(東急田園都市線・駒沢大学駅1分)
料金:予約3,000円/当日3,500円(自由席・1ドリンク代別途必要)
予約&お問合せ:「エムズ・カンティーナ」(予約フォームから御問合せください) 
予約フォーム:https://ws.formzu.net/fgen/S13353355/

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そんな久保田洋司、

今朝も万葉集の講座で、素晴らしいお話をたっぷり聞いてきました。

万葉集については、僕など、先生のお話を聞いてるだけの者ですが、

ここに時々書くと、興味持ってくださる方も多くて嬉しいです。

巻十四、東歌の相聞歌。

奥山の真木の板戸をとどとして我が開かむに入り来て寝さね【万葉集巻十四 3467】

(奥山の)真木造りの板戸を どんどんと押して わたしが開けたら 入って来て寝てよ

真木とは、杉、檜など良質の建材として用いられる木。

「真木の板戸」というものは、これを開けて会うというところから、

恋の通い路にあるものとして、他の歌にも時々出てくるそうです。

古今和歌集の例も、教えていただきました。

君や来む我やゆかむのいさよひに真木の坂戸をささず寝にけり【古今 690】

「いさよい」は、迷う、躊躇うとうような意味で、

十六夜月は、十五夜に比べて、なかなか出てこないことから、

出るのを躊躇っている月という、ナイスな名前ですが、

この歌では、君がくるのか、我がいくのか、迷ううちに、十六夜の月も出てきた、

というように、二つの意味を合わせて歌っているようです。

真木の板戸のカギをささずに寝てしまった、と。

万葉と比べると、古今の歌は非常に技巧的。

そこが、好き嫌いの分かれるところ、と。

奥山に戻りますと、

これは非常に、ストレートな歌ですね。

戸を開けたら入ってきて寝て、という女性の歌。

「寝さね」は、

原文では、「奈左祢」となっていて「なさね」と読みます。

寝(ヌ)の尊敬語「ナス」の未然形「ナサ」+希求の「ネ」です。

僕など「なさね」だけ聞くと、

「なさいませ」みたいな気持ちになり、

それもそれで何かのようです。

太宰治の小説「富嶽百景」で、

太宰と一緒に峠に登った井伏鱒二が、

霧のために富士山が見えないことがわかると、

「岩に腰をおろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにも、つまらなそうであった。」と。

上手に書くもんですね。

井伏放屁事件は、有名な話になってしまって、井伏も有難迷惑。

自分は放屁した覚えなどないので、太宰に問い詰めた。

すると太宰。

「たしかになさいましたね。いや、一つだけでなくて、二つなさいました。微かになさいました。あのとき、山小屋の髭じいさんも、くすっと笑いました。」と言って大笑いしたそう。

井伏は、太宰のそういう出まかせを、最初から承知してた。

だいたい、その髭じいさんは、当時八十何歳かで、耳が遠く「微かな放屁」など聞こえなかったろう、と。

面白いところです。

相馬正一「太宰治と井伏鱒二」にそのあたり、詳しく書いてあります。

「たしかになさいましたね、いや、一つじゃなくて、二つなさいました。微かになさいました。あのとき、山小屋の髭じいさんも、くすっと笑いました。」

本当にうまい。二回も、書き写してしまいました。

言ってみたい。

話はだいぶ、それましたが、

「寝(な)さね」、

当時、東国の人達は、竪穴住居のワンルームに家族で住んでいる。

ついたてのようなものが、あったらしいことは、前に紹介した歌に、ありましたが、

まず、お風呂もない、服もそんなにない。

布団もなく、着ていたものを敷いて寝る。

あかりもない。

どんなふうだったのか、本当のところはわかりません。

なぜ、東歌は、こんなストレートな歌が多いのか。

「東歌」というくくりの巻はあるけれど、

ほかの地域でくくられたものは、ない。

言葉のなまりのつよい歌があるかと思えば、

ほとんどなまらない歌もある。

いったい「東歌」とは、なんなのか。

この先、なにか、わかるのか、楽しみです。

さて、久保田洋司、新作の録音も毎日、コツコツやっています。

朝は講座に通い、帰ってからはずっと作業。

こういう時間を持てること、とってもありがたく思っています。

すっかり夜ですが、続けてがんばります。

素敵な夜を。

美しい明日へ心をこめて歌っています。

洋司