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「美味しんぼ」雁屋哲氏の「米国による日本支配」ブログ記事(3/3)

2010年07月15日 15時30分49秒 | 政治・社会
(2/3より)

 実に恐ろしいくらい、愚かな失敗をCIAは繰返している。

 CIAと言えば泣く子も黙る恐ろしい存在だと思い込んでいた私など、それじゃ、幽霊と思ってススキにおびえていたのか、と愕然となった。
 今まで、CIAとソ連の諜報機関との戦いを描いていたハリウッド製のスパイ映画は何だったのと言うことにもなる。

 なお、ワイナーによれば、ここに書いたものは、CIA、ホワイト・ハウス、連邦政府の55000以上の文書、 2000以上の、アメリカ情報機 関担当員、兵士たち、外交官たち、のオーラル・ヒストリー(自分の歴史的体験を口述したもの)、そして、1987年以来行われた、300以上の、 CIAの職員、退役職員、(その中には10人の元長官も含まれている)に対して行われたインタビューを元にしている。

 この文書は、全て実名の情報に基いている。出所を明らかにしない引用、匿名の情報、噂話の類は一切用いていない。
 この本はCIAの真実の全てを書いたものとは言えないかも知れないが、ここに書かれたことは全て真実である、とワイナーは述べている。

 幸いなことにこの本が2008年に文藝春秋社によって日本語訳が出版されたので、日本人も容易に読めるようになった。
(なお、文藝春秋社版の日本訳と私の持っているアメリカのAnchor Books版とでは、この第12章の内容が甚だしく違うところが多い。

 文藝春秋社の編集部の解説によれば、文藝春秋社版の第12章の前半と、第46章は日本語版のために著者が追加執筆した物だという。
 他にも、Anchor Books版になくて、文藝春秋社版にある部分がある。

 結果として、本来は50章の本なのに、日本版にはおまけで1章付け加えられた。
 私は、アメリカのAnchor Books版を元にしていたので、危うくこの付け加えられた一章を見落とすところだったが、後で述べるように、1994年にワイナーによって書かれた New York Timesの記事には、もっと厳しい内容が書かれているので、この付け加えられた章がなくとも、私には問題がなかった。
(英語版が手に入らない日本の読者には意味があるだろう)

 逆に、英語版で大事なところが、文藝春秋社版では欠けているところがあるので、私は一応Anchor Books版を基本に、文藝春秋社版を参考にすることにした。)

 さて、改めて言うが、この本を読んで、私はCIAがこれ程までに無能な機関であり、ここまで数々失敗を重ねてきたひどい政府機関であることを 知って驚いた。

 そして、一番驚いたのは、この駄目機関であるCIAがただ一つ成功した例があることである。
 それは、ああ、なんと、この日本という国の支配なのである。

 今回の眼目は、この本の第12章である。

 その章のタイトルは、「We ran it in a different way.」となっている。
「run」とは、動かす、管理する、指揮する、支配する、と言う意味である。

 ここでの、「it」は日本の政治のこと。すなわち日本のことである。
「we」はCIAのこと。
「in a different way」とは、当時日本を占領していた連合軍司令官であるマッカーサー元帥とは、違う方法で、と言う意味である。

 なぜ、わざわざこの部分を英語の原文のまま示したか、それは、この「We ran it in a differnt way」という言葉の持つ、冷酷さ、非情さ、おごり高ぶった情感をはっきり読者諸姉諸兄に味わって頂きたいからである。

 これを、文藝春秋社の日本語訳のように「別のやり方でやった」などとしてしまっては、このアメリカの非情さが分からない。
 英語と言う言語の持つ実に直裁的な冷酷な味わい、そして、それが、アメリカ人の心理をそのまま反映した物なのだが、それが消えてしまう。
 我々日本人は、アメリカ人に、「run」されたのだ。「rape」と変わらない。
 其の屈辱感を、しっかり身にしみて貰いたいために、あえて英語の原文を示したのだ。

 始まりは、1948年の末。
 ワイナーは次のように書いている。

「2人の戦争犯罪人が、他の戦争犯罪人たちが絞首台に連れて行かれた前日に、戦後三年間入れられていた巣鴨刑務所から釈放された」

その2人とは岸信介と、児玉誉士夫である。

岸信介は、1896年山口県生まれ。

 東京大学の法学部を卒業して農商務省に入り、東条内閣の対米宣戦時の商工大臣であり、敗戦後A級戦犯に指定されたが、釈放され、その後総理大臣 になって対米安全保障条約・新条約の締結を行った。

 児玉誉士夫は、1911年福島県生まれ。

 戦前右翼の活動家として活躍し、戦中は海軍の庇護の元に中国で「児玉機関」と言う組織を動かし、強奪的にタングステン、モリブデン、などの貴金 属、宝石類を大量に集め、それを海軍の力を利用して日本に送り届けた。(それを自分の物としたのが凄い)
 敗戦後、A級戦犯とされるが釈放された後、中国から持ち帰った巨額の資産を元に、政界に影響を及ぼし、やくざ・暴力団・右翼のまとめ役、フィク サーとして力を振るった。

 Anchor Books版に書かれていて、文藝春秋社版に書かれていない文章は、以下の物である。

「Two of the most influential agents the United States ever recruited helped carry out the CIA’s mission to controll the government.」
Anchor Books

 拙訳「かつてアメリカがリクルートした二人の一番影響力のあるエイジェントがCIAの日本政府を支配する任務を遂行するのを助けた」

 で、其の二人の男とは、岸信介と児玉誉士夫である。

 リクルート、エイジェント、この二つの言葉の持つ意味は重い。
 会社にリクルートされて其の会社に勤めたら、貴方は其の会社の人間だ。
 エイジェントとなったら、貴方はその会社の人間だ。
 これが、会社でもなく、アメリカ政府なのだ。

 岸信介と児玉誉士夫は、アメリカ政府に雇われて、アメリカ政府のために働く人間になったのである。もっと正確に言えばアメリカ政府の人間になっ たのである。

 岸信介と児玉誉士夫は日本人のためではなく、アメリカ政府のために働く人間になったのだ。
 文藝春秋社版では、この岸信介が「アメリカのエイジェント」だったことを、明確に書かない。
 文藝春秋社が翻訳に使った底本が、そうなっていたのかも知れない。

 しかし、ワイナーの本は、まずアメリカで出版され、非常に高く評価されたのだ。
 アメリカの恥部を暴いた其の著者が、国ごとによって違う内容の版を出すとは思えない。
 この一文が無くては、自民党の本当の姿を理解出来ない。
 この一文を見のがしてはならないのだ。

 岸信介は、アメリカにリクルートされたエイジェントだった。
 エイジェントとは軽い言葉ではない。アメリカのエイジェントとなったら日本のために働くのではなく、アメリカのために働くのだ。
 正確に言えば、岸信介はアメリカに魂を売ったアメリカの手先、「売国奴」、だったのだ。

 何度でも繰り返したい。この一文は非常に重い意味を持っているのだ。

 日本国民が、日本の首相だと思っていた人間が、実は日本人のためではなくアメリカのために働いていたのだ。我々日本人は「売国奴」を首相として 崇めていたのだ。

 こんな事があっていい物だろうか。

 ワイナーの記述は、まだまだ続く。

 分かりやすいようにまとめよう。

(念のために断っておくが、ワイナーが言明しているように、以下に書くことは真実である。すべて、文書や記録が残っている。)

1. 岸信介と児玉誉士夫は、CIAのエイジェントとなった。
2. CIAの助けによって、岸信介は自民党の党首となり、首相となった。
3. 児玉誉士夫は暴力団のナンバーワンとなり、CIAに協力した。
4. 岸信介と、児玉誉士夫が、戦後の日本の政治の形を作った。
5. 岸信介は、児玉誉士夫の金を使って選挙に勝った。
代議士になると、岸信介はその後50年に渡って日本を支配する自民党を作り上げた。
6. 岸信介の作った「自由民主党」は自由主義的でもなければ民主主義的でもなく、戦争で亡びたはずの日本帝国の灰の中から起き上がってきた右翼的で封建的な指 導者たちのクラブだった。
7. CIAと自民党との相互の間で一番重要だったのは、金と情報の交換だった。
その金で党を支援し、内部情報提供者をリクルートした。
8. アメリカは、一世代後に、代議士になったり、大臣になったり、党の長老になったりすることが見込める若い人間たちとの間に金銭による関係を作り上げた。
9. 岸信介は党の指導者として、CIAが自分の配下の議員たち1人1人をリクルートして支配するのを許した。

 この部分、Anchor Books版では、次のように書かれている。
「As the party’s leader, he(岸信介)allowed the CIA to recruit and run his political followers on a seat-by-seat basis in the Japanese parliament.」

 文藝春秋社版では、そこのところが、

「岸は保守合同後、幹事長に就任する党の有力者だったが、議会のなかに、岸に協力する議員を増やす工作をCIAが始めるのを黙認することになる」と書かれ ている。

 この文藝春秋社版の文章では、「議員たちが岸に対する協力者となった」と読めるが、Anchor Books版の文章とは、意味が違ってくる。
 Anchor Books版の文章では、「岸に協力する議員を増やす工作」とは読めず、「岸の配下の議員たちは、CIAにリクルートされて、CIAの支配下に入った」と 読める。

 文藝春秋社版とAnchor Books版とでは大分意味が違ってくる。
「recruit and run his political followers」は「岸信介に政治家として従う者達をリクルートして支配する」と言うことではないのか。「rectuite and run」の目的語は 「his political followers」だろう。これから、岸に協力しようという者たちではなく、すでに岸に従っている者達である。

 岸信介に政治的に従う人間が必ずしも、CIAと関係がある訳ではない。

 だから、岸信介は、自分の従属下に入った人間を、自分と同様CIAに仕えるように、CIAが働きかけることを許したのだ。
 Anchor Books版に描かれた岸は、自分の配下をCIAに売る悪辣な男である。

1. 岸信介は、トップに上り詰めるための策動をする間に、日本とアメリカの間の安全保障条約を作り直す作業をCIAと一緒にすると約束した。
2. 岸信介は、日本の外交政策をアメリカの要求を満たすように変えると約束した。

 それによると、アメリカは日本に軍事基地を保持し、核兵器を貯蔵しても良いというのである。
 それに対して、岸信介はアメリカの秘密の政治的な協力を要請した。

 もう充分だろう、と思うが、先ほど書いたように、実は、ワイナーは、1994年10月9日付けのNew York Timesに「CIA Spent Millions to Support Japanese Right in 50’s and 60’s. 」(CIAは日本の右翼を助けるために1950年代から60年代に書けて何百万ドルもの金を使った)と言う記事を書いている。
 その記事の内容は、今回の本の内容に近いし、文藝春秋社版用に書き下ろしたと言う部分も、実はこの中に含まれている。

 この本よりももっと具体的なことも書いてある。
そこから幾つか拾ってみよう。

1. 1970年頃に、日本とアメリカの貿易摩擦が起こっていたし、その頃には自民党も経済的に自立出来ていたので、自民党に対する資金援助は終わった。

 しかし、CIAは長期間にわたって築き上げた関係を利用した。

 1970年代から1980年代初期に東京に駐在していたCIA職員は「我々は、全ての政府機関に入り込んでいた」と語った。
「CIAは首相の側近までリクルートしており、同時に農林省とも同じような関係を結んでいたので、日米農産物貿易交渉で、日本がどのようなことを 言うか事前に知っていた」とも語った。

1. 元警察庁長官で、1970年代に自民党の代議士になり、1969年には法務大臣になった後藤田正晴は、自分が諜報活動に深く関わってきた1950年代60 年代について「私はCIAと深いつながりを持っていた」と言っている。
2. 1958年に、当時の自民党の大蔵大臣だった佐藤栄作が選挙資金の援助をCIAに要求して、その資金で自民党は選挙に勝った。
3. 1976年にロッキード事件が起こって日本は騒然としたが、それは、同時にCIAにとって、それまでの工作が暴露される恐れのある危険な事件だった。

 ハワイで隠退生活をしている元のCIAの職員は電話で、次のようなことを語った。

「この事件は、ロッキードなんかよりもっともっと深いのだ。もし、日本という国のことについて知りたかったら、自民党の結党時のことと、それに対して CIAがどれだけ深く関わったか知らなければ駄目だ」

 もう、本当に充分だろう。

 日本を半世紀にわたって支配してきた「自民党」はCIAのエイジェントによって作られたCIAのために働く党だったのだ。

 狡猾な旧日本帝国の官僚である岸信介、中国で強奪して来た資産で力を持ったやくざ・暴力団の親玉である児玉誉士夫。
 この2人の、魂をアメリカに売り渡した売国奴によって作られた党だったのである。

 作られただけでなく、自民党は長い間、政治的・金銭的援助と引き替えに日本をアメリカの代わりに支配を受け付け続けていたのだ。

 日本人は長い間、自民党を支持し続けて来たが、実はアメリカの政策に従っていただけだったのだ。我々は、アメリカに支配されてきたのだ。
(それを考えれば、前回取り上げた、「思いやり予算」や、「年次改善要望書」などをなぜ日本政府が受け入れるのか、その秘密が解ける。我々日本人 は、アメリカのために汗水垂らして働いてきたのだよ)

 CIAが、有望な若い者達にも金を与えていた、と言うことも忘れてはならない。
 官僚から自民党の政治家になった者は大勢いる。
 CIAの金は官僚にまで回っていたのだ。
 事実、1970年代後期、80年代初めに東京に駐在したCIA局員はワイナーに「われわれは全ての政府機関に浸透した」と述べているではない か。
 CIAは首相側近さえも取り込み、農林水産省とも非常に有力なつてがあったので、日本が通商交渉でどんなことを言うか、事前に知ることが出来 た、とはなんと情けないことだろう。
 日本の官僚たちもアメリカに逆らえない弱みを握られているのだ。

 これで、日本がアメリカに隷属し続けた原因が分かるだろう。

 自民党議員も政府官僚はみんなアメリカから金を貰って弱みを握られているからアメリカに反することは出来ない。
 自民党の二世・三世議員も同じことだ。祖父と父が従ってきたボスにどうして息子が反抗出来るか。
 だから民主党政権になって、辺野古問題でアメリカの意志に反することを言い出したら、日本の官僚組織が一団となって、小沢一郎氏、鳩山由紀夫氏 を引きずり下ろすために全力を傾けたのだ。

 誰なのか正体の知れない「市民団体」に訴えさせて、一旦不起訴と決まった小沢一郎氏を検察審議会に、「起訴相当」の判決を出させたりもした。

 どうして、あんな事をさせるのか。

 考えてみれば、日本の官僚は上下関係でがんじがらめになっている。
 自分たちの先輩の決めたことを、自分が覆したら、官僚世界から追放される。
 官僚は官僚の世界から追放されたら生きて行けない。東大法学部を卒業した人間はその肩書きしか人間としての力はない。その肩書きが通用するのは 官僚に関係する社会だけであって、実社会に放り出されたら、全く無能力である。
 だから、日本では改革などと言葉で言っても、絶対に改革が実行されない。

 それと同じで、現在の官僚は、米軍の沖縄基地の自由使用、と言う過去の先輩たちの決めた慣例をひっくり返したらえらいことになると怯えたのだろ う。
 で、人間としての価値もない無能な官僚全体がよってたかって民主党攻撃に回っているという訳だ。

 さて、もう一つ言わなければならないことがある。

 それは、日本の新聞、テレビ、など、いわゆるマスコミの問題である。
 民主党をけなし続けているのは、大新聞、テレビ各局である。
 では、その報道機関、マスコミが、アメリカの魔手から逃れていたのか。
 これが、実はそうではない。
 民主党攻撃に必死になったマスコミも、実は、アメリカの手先なのだ。

 ちょっと長くなりすぎたし、「美味しんぼ」の原稿の締め切りが迫っているので、今回はここまで。

 マスコミなどについての続きは次回で。

 ま、とにかく、日本という国が、「出来るだけ長い間アメリカに占領していて貰いたい」と考えていることをアメリカに伝えた、元大元帥閣下の昭和 天皇と、 CIAのエイジェントである自民党のおかげで、実は1945年の敗戦の時から今に至るまでアメリカの完全支配の元にあると言う認識だけは今回で充分持って 頂いたと思います。

 次回は、日本がアメリカの支配下にある恐ろしい実態を示す。

(転載終わり)
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