がじゅまるの樹の下で。

*琉球歴女による、琉球の歴史文化を楽しむブログ*

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中秋の宴/終わりに

2009年10月04日 | ・琉球歴史/文化風景

こうして中秋の宴が終わっていきまました。

1時間半前からスタンバってた甲斐あって中央前から3列目をゲットできました。

でもパイプ椅子にずっと座ってるとお尻痛くなって
最後のプログラムの前に中座して、全景を撮らせてもらいました。

(この頃にはお月さんはすっかり雲の中…)

御庭(うなー)は人でびっしりでした。

紫に三つ巴の家紋入り垂れ幕がかっこいい

もう最後の最後なので一足先に帰ったお客さんも多く、
ピークにはこの1・5倍はいたと思います。

 

さて、艶やかな首里城のライトアップは…

奉神門ビーーームっ!!(笑)

 

……スイマセン。

開場前、奉神門前で長い間待っていた故か、
奉神門と書かれた内枠に金の竜のレリーフがあることに初めて気づきました。

側面にもあるよ。

2日~4日まで三日間行われた首里城中秋の宴。

とても良い時間を過ごさせてもらいました。

また来年も行こうと思います

 

…っていうか、首里城で働きたい(笑)
学芸員の資格とればなれる?


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中秋の宴/組踊「二童敵討」

2009年10月04日 | ・琉球歴史/文化風景

これが中秋の宴のメインはこちら、組踊。

組踊とは能や狂言、歌舞伎などに影響を受けてできた琉球の歌舞劇です。

組踊も琉舞と同様、冊封使団をもてなすために発展した芸能で
こちらも国指定の重要無形文化財に指定されています。

 

演技(台詞)に、歌(琉球音楽)、そして踊り(琉球舞踊)で成される舞台です。

ミュージカルといえば簡単ですが、
役者が歌うことはありません。

その点でミュージカルとは異なります。
(現代版組踊、肝高の阿麻和利しかり)

また、台詞が全て、琉歌と同様8音と6音からなっており、

歌うような抑揚が独特です。

 

組踊を作ったのは玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)。

1719年が初演だったそうです。

彼の代表作はいくつかありますが、そのうちの1つがこちら。

「二童敵討(にどうてきうち・にどうてぃちうち)」

阿麻和利の組踊です。

はい、あの肝高の阿麻和利の、勝連の阿麻和利です。

中城の護佐丸を討ち、そのまま首里城を滅ぼそうと企んでいるところを
護佐丸の子、鶴松と亀千代の兄弟の敵討ちにあうという話。

あ、阿麻和利視点であらすじを書いてしまいましたが
主人公は鶴松と亀千代側です(笑)


組踊は勧善懲悪なので悪役が主人公になることはアリエナイそうです。

が、1番の芸達者が阿麻和利役になるそうですが。

こちらが護佐丸の遺児、

鶴松と亀千代です。

ちなみに「肝高の阿麻和利」でも登場します。

きれいですね。

主人公は美形、というのも冊封使接待攻撃には重要だったそうで。

ちょうどその頃、満月が正殿上空に顔を出しました。

またすぐに厚い雲に覆われてしまいましたが。

さて、野で酒宴を催しているところに鶴松と亀千代が踊り子に化けて近づきます。

妖しく踊る二人の舞に「美らさ、美らさ」とすっかり魅せられてしまった阿麻和利。

酌もしてもらって上機嫌。

 

すっかり気をよくした阿麻和利は刀や着物を褒美にとらせ

すっかり酔ってしまいます。

その時、鶴松と亀千代は懐に忍ばせていた
父、護佐丸の形見の刀を抜き

みごと阿麻和利を討ち、敵討ちを果たします。

肝高の阿麻和利の舞台ができるまで、
阿麻和利像=二童敵討
だったのです。

これが長らく語り継がれてきた阿麻和利。

その阿麻和利像に疑問を持ち問題提起したのが沖縄学の父、伊波普猷

そしてその説を元にできた舞台が肝高の阿麻和利です。

組踊、二童敵討、初めて見ました。

やっぱり古典って感じで派手な演出はないですが
興味深いものがありました。

それにしても…

びっくりするくらい、何言っているのか分からなかった

もう少しは聞き取れるかなと思ったのに…
(単なる方言とは違うんだよなー)

 

ちなみに、組踊用のホールでもある「国立劇場おきなわ」では
舞台サイドに訳文が出る電光掲示板がついています。
(4年前に「執心鐘入」見た)

今回の中秋の宴は舞踊も組踊も立派なパンフレットに丁寧な解説がついていたので
(しかも組踊りはマンガでよむあらすじでした~★)
内容は理解できるんですけどね。

コメント (2)
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中秋の宴/琉舞4と古典斉唱

2009年10月04日 | ・琉球歴史/文化風景

昨日の、最後の琉舞は「高平良萬歳(たかでーらまんざい)」

舞うは宮城能鳳さん。

なんと人間国宝の方。

男性の踊りで、これまでの紅型を羽織って、ゆ~ったり雅な踊りとは違って
躍動感にあふれるキレのある踊り。

(なので写真もたくさんブレました(笑))

空手の型を取り入れた踊りもあって。

かっこよかったです。

古典舞踊は首里城で上演されることが多かったので宮廷舞踊とも呼ばれるそうです。

「かぎやで風」と「四つ竹」くらいしか知らなかったな…。

もっと一般的な、雑踊りは琉舞を習っているコドモタチもよく踊るから
見かけることも多いんだけど。

中秋の宴では、琉舞のほかにも古典斉唱もありました。

こちらは島袋正雄さん。

この方も人間国宝

島袋さんは数年前に一度お目にかかったことがあります。
(でもその時はじっくり味わう余裕なんてなかったな…)

 

同じく人間国宝の照喜名朝一さんの古典斉唱もありました。

 

人間国宝に文化財保持者、
そうそうたるメンバーで綴られた首里城中秋の宴。

これが入場無料ですよ

しかもフラッシュなしなら写真もOKという。

 確かに古典は難しいし、わっとなるような派手さはないのだけれど
夜風と、月明かりと、心地よい琉球の調べと雅な舞に優雅な気持ちになれました。

相変わらずの微熱で鼻ぴーぴーだったけど行って良かったです

しかし…っ!

私の今回の目的は実は他にあったのです!

 

それは、

組踊「二童敵討」!

 

つづく


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中秋の宴/琉舞3

2009年10月04日 | ・琉球歴史/文化風景

「柳(やなじ)」

舞うは又吉静江さん。

小道具を変えながら舞います。

こちらは松かな。

うわ、伸びたっ!(驚)

牡丹の花に

梅の花。

琉舞はさっぱりなので、細かいことや歌や踊りの意味は
司会者やパンフレットによる解説に頼るしかないのですが、

親指と人差し指で円を作る手の形、

房指輪、

頭部の装飾

そして紅型。

「美しい」の一言です。

 

琉舞を始めとする琉球の伝統芸能、伝統工芸、伝統文化は
は中国からの使者、冊封使たちをもてなすために発展しました。

中国と朝貢関係にあった琉球は、その使節団である冊封使たちの接待は
重要な政治的意味をもっていたのです。

「美」こそが、小島国、琉球の国力でもあったのです。

 

つづく


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中秋の宴/琉舞2

2009年10月04日 | ・琉球歴史/文化風景

こちらは「かせかけ」

舞うは玉城節子さん。

愛しい人のために糸をつむぐ女性の恋の歌です。

琉舞はもちろん、生演奏。

地謡(じかた)は伝統組踊保存会のみなさん。

古典の音楽は非常に雅な感じです。

今、本土の人が沖縄音楽と聞いてイメージするああゆう民謡よりも、
雅楽に近いイメージ。

(もちろん雅楽とは違いますが、雰囲気がネ)

こちらは「作田(ちぃくてん)」

舞うは玉城秀子さん。

手に持つは扇。

天女が持つような薄くて軽い扇です。

とにかく古典舞踊はゆ~~~~ったり。

上品に、ひとつひとつが丁寧に舞われます。

 

つづく


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中秋の宴/琉舞1

2009年10月04日 | ・琉球歴史/文化風景

首里城で行われた中秋の宴。
(今日までやってます)

まずは古典舞踊(琉舞)。

この琉舞は「諸屯(しゅどん)」

舞うは、金城美枝子さん

琉舞が今年7月に国の重要無形文化財に認定されました。

その文化財保持者たちによる、
超一流の舞。

まとった紅型も非常に艶やかで。

じいっと見入ってしまいました。

 

つづく


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