がじゅまるの樹の下で。

*琉球歴女による、琉球の歴史文化を楽しむブログ*

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伊藤若冲/竹虎図手ぬぐい

2010年02月28日 | ・手ぬぐいコレクション

今日は地震後の勝連城跡の様子を見にいったあと、
首里城の様子も見に行ってきました。

…というのは口実で、元々那覇に用事があって行く予定だったので
ついでに首里城とその周辺(東苑とか)を散策してきました☆

 

あー

手ぬぐいも沖縄関連記事もテンペスト行脚も百十踏揚行脚も、
和な小物も龍馬伝も写真も、

書きたいことが溜まりに溜まってます

そのうち忘れて埋もれてしまいそう…

と、とりあえず、この手ぬぐいを。

伊藤若冲の「竹虎図」手ぬぐい。

伊藤若冲の障壁画などをたくさん扱っていた、
京都の相国寺の承天閣美術館のショップで購入。

残念ながらプリント。

写真撮ったときWB設定を誤ってて青っぽくなってますが、
白地に黒です。

本図は、古画の模写を基本に、
それを消化して独自の水墨画に仕上げた若冲の意欲作。

毛並みの表現や極端にデフォルメされた背景の竹などには、
若冲の強い個性が表れています。

(手ぬぐいに入ってた解説メモより)


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地震翌日の勝連城跡

2010年02月28日 | ・琉球歴史/文化風景

昨日の地震で被害の出た、

世界遺産、勝連城跡の様子を見てきました。

道路沿いから見た勝連城跡。

ありゃー!!!Σ(゜д゜;

こりゃ、すごいえぐれましたな…

土砂崩れのように、

内側からぼろりとえぐれていまました。

そして、石垣の石は下になだれ込み、

通路には大きな石がごろごろと。

地震が午前5時半で、

誰もいなくてけが人がいなかったのが不幸中の幸い。

一応、この部分はポールで仕切られ立ち入り禁止になっていますが、

見学は普通にOKだそうです。

ワタシが行ったのは午前中だったのですが、
地元の人たちも結構様子見に来てて、心配そうにしてました。

これからどうなるのかな?

 

今年で勝連城跡が世界遺産登録されて10年ということで、
肝高の阿麻和利のグスク公演も目指す
ってところだったのに…。

大丈夫かな?

できるといいな。

グスク公演。

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[続]アノ鳳凰木

2010年02月28日 | ・『テンペスト』徒然
フミさーん!

前言撤回です!

東苑(御茶屋御殿)と首里城、
思ってたより近いです!


うわー、
この方向から首里城見たの、初めてかも
(しかも全景。真ん中が正殿。右側が御内原です
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勝連城跡、地震の被害。

2010年02月27日 | ・琉球歴史/文化風景

地震関連の記事、続けます。

なんと、沖縄の世界遺産、琉球王国のグスク及び関連遺産群の中でも
特にワタシが惹かれている勝連城跡が地震の被害をこうむりました!!

 

世界遺産の城跡、一部崩壊=地震の影響で-沖縄・うるま(時事通信) - goo ニュース

勝連城跡休憩所公式ブログ

琉球新報電子版(動画あり)

 

うわ~ん!ショック!!!

ちょうど1週間前にここに行ってたばかりなのに。

写真を見るとかなりの崩壊ですね。

 

実は…今朝、高台に避難…となったとき、
中城城跡か勝連城跡のところに行こうかと思ってました。

グスクは高いところにあるから。
海の様子も伺えるし。

でも勝連城跡に行くは海のそばを通過しないといけないので
中城城跡…の近くの高台に行ったのですが。

首里城は大丈夫だったのか!?
いろいろ修復工事中っていうのが気になる…。

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明和の大津波

2010年02月27日 | ・和心な本、琉球な本


↑クリックするとamazon購入ページへジャンプします。

沖縄本島で震度5以上の地震があったのは、
なんと99年ぶりだそうです(!)

それほど、地震大国日本であっても
沖縄は地震のイメージがない。

 

しかし。

沖縄でもかつては地震と、それによって起こった大津波で
大被害をこうむった歴史があります。

 

沖縄の八重山諸島・宮古島を襲った

明和の大津波。

1771年4月。午前8時。

マグニチュード7.4。
震度4。

地震による被害はさほどなかったものの、
その直後に起こった津波で1万人以上の人がなくなり、
それによる二次被害(飢饉・疫病など)で人口は3分の1にまで減ったといわれています。

その波の高さは30メートル~85メートルとの言われています。
(※近年の学説では地質学などの見地から30メートル前後が妥当といわれていますが)

そのときに押し上げられた津波石は、

大きいもので10メートルもあり、

その災害のすさまじさを物語っています。

(明和の大津波について→参考サイトはこちら
(津波石について→参考画像などはこちら こっちも。)

沖縄にも、地震や大津波の可能性は十分にあるのです。

ほんで。

今朝の地震でワタシが思い出したのは、
やっぱりこの明和の大津波。

そしてそれを題材にしている物語。

『風車祭』(池上永一著) ←テンペストの作者です

 

以前、このブログでもご紹介しているのですが、

…実は小説はまだ読めていません…

なので同作を原作にした漫画(全5巻)から
ちょっと内容をピックアップしてみました。
(『風車祭』①~⑤ 池上永一原作/栗原まもる画/KC kiss 講談社)

 

そうこうしてると、

なんと今度はチリでマグニチュード8.8の大地震。

引き続き津波にも警戒、ということで。

 

なんだか「風車祭」のように、
眼には見えない大きな力が働いている気がしてなりません。

 

どうか、被害が大きくならないことを祈ります。


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解除から1時間。

2010年02月27日 | ・徒然日記

はぁ~。

人生で初めてあんな地震を体験して、
今でもちょっと、ちむわさわさ~してます。

 

地震があまりない沖縄。

これだけの大きな地震は18年ぶりってラジオで言ってた。
(でも離島で、だから…。本島でっていうのはもっと前かも)

 

1週間の疲れもあって、やっと土曜日、お寝坊できるぅ~
と、ぬくぬくと寝てたけど、飛び起きて。

何、何!?

揺れ、大きいよ!?
しかも長いよ!?

って思ってたら、そばにおいてあるケータイから警報音。

見ると緊急警告表示が。

 

……こんなことってアリ!?(冷や汗たら~り…)

 

テレビでは緊急報道。

アナウンサーが繰り返す「急いで高台に避難してください」の指示。

ただ事ではない…!!

 

急いで着替えて、ケータイとかばんとノートパソコンとネコスケを抱えて。

なのに、どこかのんびりしている母。

 

朝のウォーキングが日課の母は、それに行きたいとぼやくし。

 

も~~~~っ!そこは海のすぐそばでしょうが!

 

「何もなかったらなかったでいいさー!早く!」

としかして、車に飛び乗り高台へ。

 

地域スピーカーからも

「マスコミの情報に注意して、落ち着いて避難してください」

って流れるし、ラジオは延々と地震と津波情報。

 

結局は何もなくてよかったんだけど…。

何か物が落ちて壊れたりとか、水道管破裂とかそういうのもなかったし。

 

で、とりあえずショクバへ…と向かっているところに注意報解除の報道。

ほっと胸をなでおろし、途中まで来てるし…とショクバについたら。

 

 

職員、誰もいね~し

 

……あれ?

ワタシが心配性なだけか?
(ワタシも沖縄人なのに)

 

 

警備員さんに聞いたら施設の緊急作動などがあったけれど特に異常なし、と。

一応自分の管理場所などざっと見たところ異常なし。

 

 

しかしアレだね。

いざっていうとき、やっぱり動揺して何を持ち出せばいいのか分からなくなるものだね。

これはこれで、いい経験かもしれない。

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解除。

2010年02月27日 | ・徒然日記
どうも皆様、ご心配おかけしました。

6時半に津波警報から注意報へ、
7時に解除、ということで、
とりあえずホッとしています。


ショクバに向かう途中でしたが、
大丈夫そうね。


↑忘れ物したからどっちみち行くけど

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しかんでます

2010年02月27日 | ・徒然日記
五時半、飛び起きました。
docomoからも緊急警報メールがはいってて。


今、高台にきています。
(自宅は海のそばなので)
まだドキドキしてます

ネコスケも一緒です。



…でも沖縄の人たちはあんまり危機感なさそうで…
(おいっ
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松竹梅手ぬぐい

2010年02月26日 | ・手ぬぐいコレクション

ああ、やっと金曜日だ

今日は夜までシゴトでぎちぎちの予定。

でもあと一日。がんばろう

週末はお出かけできるといいなー。

 

久々の手ぬぐいコレクションは濱文様の松竹梅手ぬぐい。

だいぶ紹介が遅れてしまいましたー
(でも手ぬぐい活用術の記事で登場はしてるのですが

小紋で並ぶ松竹梅たちがツボで、
京都の駅ビルで見かけたとき、即買いでした
(ネットで見てたけど通販自粛中なので実際に出会うまでは我慢(笑))

でも、濱文様って
地の色がベージュとか微妙な色合いで真っ白じゃないから…

写真撮ったり色調調整するのがなかなかうまくいかないデス

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’09卒業公演、千秋楽。

2010年02月24日 | ・肝高の阿麻和利レポ

今日もへろへろばたんきゅ~の和々です

でも肝高の阿麻和利卒業公演のこと、
忘れないうちに書いておきたいのでガンバリマス。

最終日の最終公演。

観劇19回目。

公演ごとに、役者ごとに見るたびに細かいところで演出がかわる
肝高の阿麻和利の舞台。

最終公演の肝高の子(通称きむこ)役は割といつものふたりでしたが、
微妙にキャラを変えて。

しかも、これまでの様々なキャラのきむこ役をセリフにいれて、
これらの人たちから噂を聞いてやってきた、という設定。

例のギャルきむこや、おたくきむこも
二日目昼公演のお嬢様きむこも、セリフの中で総出演。

最終日の昼公演のきむこ役のM君キャラもまたはっちゃけてたっぽいですね~★

こういう、リピーターのツボをつく小憎い演出にニヤリ

件の「へんなじらー」

プログラムの役名にしっかり「平安名次郎」ってあるから改名は無理だわー。
…と、ドキドキしながら見ましたが、
さすがにフォローが入ってて「うまいっ」と思いました(笑)

笑いが起きるなら、もう阿麻和利に笑わせてツッコませるってね(笑)

こんな感じで明るく元気よく、はっちゃけた前半と変わって、

後半はシビアで緊張感のある雰囲気に。

最期の場面も相変わらずの迫真の演技に息を飲む。

クライマックスでは去年もそうだったけど、
メンバーがもう涙目、涙声。

ハッタラー(卒業生)ときむこのやり取りにも
「今までありがとう」の気持ちがこめられてて。

エンディングの「肝高の詩」では涙をこらえて一生懸命笑顔で舞う卒業生。

最後の最後では両サイドからの銀テープ発射(なんていうの?)の特別演出。

 

この日は私一人だったけど、
お隣さんもお一人様のおじさまだったけど、
終わった瞬間、二人とも立ちあがって拍手喝采してました。

スタンディングオベーション

ああ、最高の舞台でした

麗しの百十踏揚役の子など、13名のメンバーが卒業してしまいますが、
また4月になると新しいメンバーを迎えて、

常に循環・進化しながら10年目を迎える肝高の阿麻和利。

6月の春公演を、これからも楽しみに待っていたいと思います。

写真は最終日最終公演後の様子と、二日目昼公演の公演後の演舞です。

こっちにもありますよ→( 

最終日フラッシュ使うかなーと思ってはコンデジで撮ったんだけど、
うーんやっぱデジイチだねー。フラッシュ使わなかったし。
ピント合わせるのとかがね…。

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まだ火曜日

2010年02月23日 | ・徒然日記

せっかく

肝高の阿麻和利で元気とパワーをもらってスタートさせた今週ですが、

 

早くもノックアウト状態。

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今年も、終わってしまいました。

2010年02月21日 | ・肝高の阿麻和利レポ

肝高の阿麻和利

2009年度卒業公演。

3デイズ5公演がすべて終わりました。

さすがに今日は、なにかと

「卒業バージョン」で最高の公演でした。

詳しくは、また明日。

今日もたくさんの元気と感動をもらいました。

 

また、

明日からもがんばれます。

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休憩中

2010年02月21日 | ・肝高の阿麻和利レポ
あっはっは

なんか今日の前半は笑えるわ~
みんな思い切ってて楽しそう


件の『へんなじらー』、フォローはいってたし(笑
思わずにやり


後半はがらりと雰囲気変わるので楽しみです
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最終公演

2010年02月21日 | ・肝高の阿麻和利レポ
とうとう、最後の最後です。

舞台裏からメンバーの歌声が聞こえてきます。

大合唱です。
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百十踏揚行脚~越来城跡~

2010年02月21日 | ・『百十踏揚』を読ム

おはようございます
今日の沖縄はひっさびさのマーク

なのに私は持ち帰ったシゴトをしないといけないので
今日は一日中引きこもりです。

肝高の阿麻和利の夜公演のために
がんばりましょうか。

さてー、写真は12月に撮ったものですが、
ずーっとずーっとご紹介できずにいたので、

肝高の阿麻和利ツナガリで
久しぶりに『百十踏揚』行脚記事、行きましょう★

 

■越来城跡■

「これからは、返事は、“はい”じゃ」

「うん……。あ、はい……」

父は頼りなげに、もう一度舌打ちしてから歩き出した。
思戸は、後れないよう、トコトコと、小走りに従いて行く…。

行く手には、頂に、越来城の白い城壁を、冠のように乗せ、“おもろ”で

〈鷲の嶺〉

――と尊称される越来嶺が威圧するようにどっしりと鎮座していた。

見上げる越来城=越来嶺は、いかにも大鷲のようだ。

岩山を縁取ってゆるやかに延びる城壁は、
大鷲が悠然と、翼を広げ、今にも飛翔せんとしているかにも見え、
まこと〈鷲の嶺〉というにふさわしい、威厳に満ちた神々しい姿に見えた。

厳しく聳え立つ城壁を仰ぎ見ながら、

(きょうから、あそこで…)

と考えると、思戸は自ずと、気持ちが引き締まってくるのを覚えた。

が、一方では怯み心も出てくる。

父が懸念しているように、
何も分からないトロトロしているに違いない自分なんかが、
あんな立派な御城で、果たして勤まるであろうか……と。

 

「百十踏揚 13-」より(与並岳生著/新星出版)

 

物語の最初の部分から引用しました。

少女、思戸(うみとぅ)が、越来王子・尚泰久の指名により
尚泰久の娘・百十踏揚の付き人として奉公にあがる場面です。

尚泰久は越来王子として、ここ越来城の主でありました。

が、のちに琉球王として首里に上がることになります。

越来城は尚泰久や娘の百十踏揚がかつて住んでいた場所なのです
(百十踏揚の弟、のちの尚徳王もね。『百十踏揚』では大城賢勇も一緒)

そういう背景を見ても、越来城は首里城(王家)に直結した
重要な城のひとつであったことがわかります。

しかし、今は小さな鳥居とうたき、そして解説板があるのみ。

かつての威厳に満ちた姿を消して、

ただひっそりと姿を潜めていました。

『百十踏揚』を読んで、

よし、越来城を探しに行こう!と車を走らせましたが、
最初はたどり着けず。

再びチャレンジして出会えたときは

「ぁれっ!?ここなの!?

とびっくり。

むかしむかし、私が保育園生くらいのとき、
時々この公園に来ていたのです。

まさかここが越来城跡だったとは。

まったく埋もれてしまった、

かつての繁栄にちょっぴりしんみりしました。


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