憂太郎の教育Blog

教育に関する出来事を綴っています

矢幡洋『数字と踊るエリ』

2011-07-24 18:48:20 | 教育書レビュー
 自閉症児と診断された娘を持つ父親の療育記録。
 障害克服の成功事例といってよいだろう。

 私は、氏の著書を読んだのは、今回が多分はじめてだと思うが、氏はテレビによくでる犯罪心理分野でのコメンテーターでもあるらしく、著名人らしい。著書も数十冊を数えるとのこと。
 私のように誰だか知らん、という人は、とりあえずネットで画像検索をかけてからこの本を読むと著者のイメージがわいていいと思う。私は、読後にネット検索をかけたけど、読後感が、そりゃあもう、あなた、ぐらーっとひっくり返りましたよ。
 
 こなれた文章で、たいへん読みやすい。
 実娘の自閉症の改善の記録であるので、同様の自閉症児を持つ親にとっては、福音ともとれる療育事例が記述されているといってよい。
 ただ、このお子さんが、どの程度の知的な遅れを伴っているのかが、わからなかったのが残念。著者によれば、自閉症度は「中等度」(この記述は、私には不明。本当に、客観的検査を受けたのだろうか)となっているが、著書に載せている幼児期の絵や数字を見る感じでは、知的な遅れは重くないのではないかと推察された。
 自閉症改善の療育プログラムについては、自閉の強さもさることながら、知的な遅れの度合いも考慮にいれないと、うまくはいかないであろうし、せっかくの成功事例が広く汎用化するためにも、そうした情報は必要であるように思われた。
(ちなみに高機能自閉児の社会参加成功事例としては、高橋和子『高機能自閉症児を育てる』(小学館新書、2010年、がある)

 著者は、お子さんが小学校に入学するとき、行政の就学指導に反する形で、普通学級に入れる決断をする。そして、結果的には自閉が改善したわけなので、この決断は正しかったという結論になるわけであるが、こうした論述は、読者に誤解を与えるだろう。
 著者や、著者の妻のように、保護者がリスクをきちんと引き受けるという覚悟があるのであれば、普通学級という選択でもよいと思うが、普通学級を選択したために、子どもにとっては様々な困難が生じていたということについては、読み落とさないで欲しいと思った。

 これまで自閉症をテーマにした本では、自閉症者の特異な行動様式は多く記載されていても、自閉症者がどうして、そういう行動をとるのか、その思考様式を推察したものは、ほとんどなかった(一部の高機能自閉者が書いた文献から、私たち非自閉者が推察するしかなかった)。そのなかで、この著書には、実娘の思考様式が記述されている部分があって、これは貴重だろうと思った。
 こうした、自閉症者に寄り添った本というのは、これまでは、村瀬学『自閉症』(ちくま新書、2006年)くらいだったんじゃなかろうか。
 自閉症者の思考様式と知るというのは、いうなれば、その人の全人格を肯定することから始まることなのだから、臨床的なアプローチではなく、親愛の情が必要ということなのだろう。

矢幡洋『数字と踊るエリ』(講談社、2011年)