梅﨑良則

これから城西キリスト教会の礼拝で話された説教を掲載します。

でも、私は主に出会った

2017年04月16日 | 日記
説教題:「でも、私は主に出会った!」
説教箇所:マルコ16:1-8

 今日、結城 波さんのバプテスマ式がありますが、今から31年前の4月19日に、私もバプテスマを受けました。その時、教会の一人の執事からこう言われたことがあります。・・・「梅崎さん、見るのはただ神さまだけですよ」、と。・・・今、振り返ってみると、そのアドヴァイスのお陰で、今日まで、人に躓かず私が教会に繋がっておれた、と思うのです。ですから、私も今日、バプテスマを受けられる結城 波さんに、「見あげるのは、ただ神さまだけですよ」、ということを語り伝えています。なぜならそうしないと、必ずと言っていいほど、躓き、教会を離れてしまうことになるからです。
ところが、この信仰の先輩はもう一つ、良いアドヴァイスをしてくれていました。それは「復活あってのキリスト教ですから」、という言葉でした。当時はよくわかりませんでしたが、私も牧師になりましたので今なら、「復活あってのキリスト教ですよ」、と同じように申し上げられます。・・・キリスト教の使徒、パウロを引用しますが、パウロが「復活がなかったのなら、私たちがこうしてキリストを語り伝えることも、私たちの信仰さえも無駄だと」、言う位、復活はキリスト教にとって大事なものです。

・・・・しかし、この復活を語り伝えるのは日本社会においては大変、困難だということを申し上げざるを得ません。・・・・その理由は後ほど触れたいと思います。
 さて、こうした前置きの中で、今日は8節の復活の出来事に遭遇した婦人達の恐れ、驚きから、復活が如何に人知を超えた出来事だったか、ということについて、・・・これが1つ、そして6節の若者の言う、十字架と復活から、・・・その意味について、・・・・合わせてこの2点をお話したいと思います。
まず、最初の8節ですが、ここには人間の感情を表わす言葉が3つ記されています。「震えあがり」、「正気を失っていた」、「恐ろしかった」・・・・・これまでイエスさまは3度にわたり、「殺され、3日後に復活する」、ということを弟子達に語っておられます。おそらくイエスさまに同行していたこの婦人たちもその言葉を耳にしていたはずです。ところがこの婦人たちには、その言葉が本当のところ、何を意味しているのかがわかってはいなかったようです。・・・墓に来てみて、イエスさまの遺体がなく、そればかりか白い衣を着た若者がいて、イエスさまの復活を告げるわけですが、・・・・・言われていたことが現実に起きてみても・・・直ちに喜びというよりは、・・・・・むしろ恐ろしかった、というのが聖書の描くところで、それは彼らの本音でもあったでしょう。・・・これは一体、何のことだ、と!・・・・・私たちは一般に、重大な出来事を経験すると、その出来事に見合う感情になるのは、数日後であることが多いのです。感情が即出来事に、追いていかないのです。

これは何のことだ、と、、、、。ところで、当時、ユダヤ社会、それも多数派であったファイサイ派の人々は死者の復活を信じていたと言われています。イエスさまも復活を信じておられましたので、当然、婦人達も弟子達も復活を信じていたと思います。しかし、現実に死んだ人間が甦る、という出来事が起こってみると、それが尊敬するイエスさまであったとしても、やはり、・・・怖かった、というのです。・・・ということは、・・・やはり復活の出来事は、・・・・人間社会の出来事ではない、人間の思い巡らすことのできるその範疇を超えたこと、・・・だから本音のところでは、怖かった、ということでだと思うのです。
当時、世界文明の中心地であったギリシャのアテネで、使徒パウロはキリスト教を広める活動をしていました。パウロが、そこで「死者の復活」を語ると、遠慮のない者は「嘲笑い」、遠慮深いものは「いずれまた聞かせてもらうよ」、というこういう反応があったことが聖書にも記されています。ご承知の通り、アテネは近代文明の発祥の地と言われるところです。近代文明は、見えるもの、測定できるもの、原因-結果がはっきりしていること、人間中心であること、・・・そうしたところに特徴があると言われていますが、アテネの人にとって、キリストの復活はこのどれにも該当しません。 見えませんし、測れませんし、原因―結果もはっきりしません。
同様に、ギリシャ文明の流れを汲む私たち現代人も、あのヨハネ福音書に出てくるトマスのように、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」(ヨハネ20:25)、という考え方をしているのです。つまり現代人にとっても復活の出来事は、人間社会の出来事ではない、人間が思い巡らすことのできる範疇を超えたこと、なのです。

しかし、聖書の証言は違っています。使徒パウロの証言によれば、「ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。・・・・次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、 そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。」(コリント一15:5-8)・・・・イエスさまは、こうして次々と弟子達の前に現れました。●(絵画)先ほど「実際見て、触らなければ信じない」、と言ったトマスにも現れました。つまりイエスさまが復活されたその瞬間を見た人は誰一人いませんが、・・・・しかし、実際、復活のイエスさまを多くの人は見たのです。人間が理解できる範疇を超えて、・・・・・出来事は起きたのです。そして、その出来事を信じました。
・・・ですから甦りの主イエスと出逢ったペテロやパウロは、誰に嘲られようと、「でも、わたしは甦りの主に出会ったのですから、わたしは甦りの主を信じます」、という他はなかったのです。・・甦りの主と出会い、聖霊の満たしを受けたペテロは、使徒としての最初の説教をしています。それは、それは、「これがイエスさまを3度、知らないと否んだ、あのペテロなのか」、というような堂々たる説教です。それは使徒言行録2章14節から36節まで記されています。あとでゆっくり読んでみてください。・・・その説教はユダヤ人に向けてですが、説教の最も中心となるのは、神が、イエスさまを、死の苦しみより解放され、復活させられた、と言うところです。・・・・・・ですからキリスト教は、神が、イエスさまを復活させた、と語る、ペテロのこの説教から始まっていると言っても過言ではありません。
韓国の第15代大統領であった金大中大統領はカトリックの信者で、もう亡くなられました、波乱万丈とも言ってよい、生涯を送られた方です。その金大中元大統領は、波乱万丈と申しあげたように殺される直前まで行ったこともあり、何度も牢獄にも囚われています。そこで彼は獄中記を書いています。その中で、・・・・「私は復活を信じる。なぜなら、ペテロのあの変わり様は、甦りの主と出逢った、ということを抜きにして説明できないからだ。」・・・「一人の人間に、あれだけの変化をもたらすということは、甦りのイエスさまの力をいただいた、ということを抜きに、考えられない」、と書いているのです。金大中元大統領自身は、もちろん、直接、甦りの主に出会ったことはないでしょう。ただ聖書に語られた復活の証言を信じた一人です。
・・・・それは使徒パウロからイエスさまの甦りの話を聞き、嘲笑ったアテネの人々とは対極にある態度です。歴史年表には記されていない甦りを、あったこと、出来事として、・・・信じたのです。目に見えないことを、証明できないことを、・・・有った事として信じたのです。・・・それが信仰です。目に見えるものを信じる、ということなら誰にもできます。しかし、信仰の恵みは目に見えないものを、もう既にそうなったと信じることなのです。
・・・ここで少し、挑戦的な言いかたをしますが、目に見えないものを信じると言うのは、それは愚かで、無知で文明人のやることではない、と言うことでしょうか。では目に見えないものを信じた金大中元大統領は愚かな人だったでしょうか。私は、全くそうは思いません。・・・・目に見えないものを信じながらも、彼ほど現実を見据えて生きた政治家はいないのではないでしょうか。・・・・復活は信じること。・・・イエスさまも「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」(ヨハネ20:29)と言っておられます。・・・復活は聖書に書いてある通り、ぺテロが証言した通り、パウロが証言した通り、・・・イエスさまが死より甦られた、という出来事をただ信じることです。

次に6節の意味する、十字架と復活の意味についてお話したいと思います。イエスさまは、「わが神、わが神、なぜ、わたしをお見捨てになったのですか」、と言って亡くなられました。・・・・なぜ、イエスさまが、神から見捨てられるのですか、・・・なぜ、神は愛するわが子を見捨てたのですか、・・・・・というこうした疑問は普通に、誰にもでもあるかもしれません。・・・・しかし、十字架は確かに、神からの見捨て、・・・それは神の裁きによる死を、意味しています。それゆえ、キリストは文字通り「どうして私をお見捨てになったのですか」、と叫んで死なれたのです。しかもこの、キリストの十字架において起きた神の裁きは、ただ、キリストの身の上にだけ起きたことなのです。これは強調しておくべきことです。なぜなら、本来、裁かれるべきは、キリストではなくて、神に背を向けて、自己中心に生きていきている私たちであるからです。・・・・・しかし、それを、・・・神さまは、わたし達にではなく、キリストの身に負わされたのです。
・・・ですから十字架は、キリストの側から言えば、神がキリストをお見捨てになられ、神がキリストを裁かれた、という出来事なのです。
しかし、その神はイエス・キリストを死者の中から甦(よみがえ)、させられました。この信じられないような出来事において、・・・十字架の意味は全く、・・・逆転してしまいます。甦りのこの出来事において、・・・キリストの十字架は、神の見捨てによる死でもなく、神の裁きによる死でもなくなります。・・・・キリストがわたし達の身代となり十字架に架かってくださった、というこれまた信じられないような福音の出来事となったのです。
・・・・・ですから、イエス・キリストを主と信じるものにとって、・・・・神に不従順であった罪は、このキリストが十字架で流された血により、洗い清められた、とそういうことができるのです。「子よ、あなたの罪は赦された」、というキリストの宣言が、ご自身の十字架によって完全な形で成し遂げられた、ということができるのです。私たちキリスト者で、「神の、赦しなしで生きられる人はいるでしょうか」、赦されているという恵みは、・・・・その赦しは、・・この十字架にこそ源流があるのです。
・・・何と言う恵みでしょうか。・・・・奴隷船の船長をしていて、回心して後、牧師となったジョン、ニュートンは、この比類なき、くすしき神の恵みを、讃美歌にしました。日本語の題では、「いかなる恵みぞ」、・・・・英語の題では、「アーメンジングレース」がそうです。・・・この讃美歌ほどクリスチャン、ノンクリスチャンを問わず、多くの人の魂を揺さぶる、讃美歌は他にはないのでは、ないでしょうか。▲(ここで宮崎宗親兄)・・・十字架の恵み、・・・全世界の教会に十字架が立てられていますが、その十字架はアーメジンググレース同様、比類なき神の恵みの象徴です。

また、先ほど申し上げたように使徒パウロは、「自分は甦りのイエス・キリストに遇った」、と証言しています。その甦りのキリストとの出会いにより、パウロも自身も回心へと導かれました。そしてパウロは復活についてこう言っています。「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人のなかで、最初の人となられた」(コリント15:20)・・・・・キリストが復活した後で、先に神の元にいった私たちの愛するものも甦る、とパウロはそのように言うのです。更に、「キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず、最初に復活し、それから、わたし達生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲につつまれて引き上げられます」(テサロニケ1 4:16-17)・・・・・・愛するものと再び会えるというのです。・・・・更にパウロはこうも言います。「死は勝利に飲み込まれた」(コリント1 15:54)・・・・・これは、死は最後のものではない、ということを意味します。・・・死に最後の言葉を語らせない。・・死は永遠の命へ至る通路にすぎないということも語っています。・・・・・・・パウロは復活についてもっともっと沢山語っていますが、パウロが復活について語っている言葉の数々を、一つに束ねてみるなら、それは希望を語っている、ということでしょう。・・・「いつまで残るのは信仰と希望と愛」・・・・・復活はその希望だ、とそういえるのだと思います。ポーランドのアウシュビッツ強制収容所で生き残った、ビクトール・フランクルは、収容所生活で希望を失ったものは、次々と死んでいった、と言います。しかし、「愛する者とまた会える」、という再会の希望を持った者は生き残ったと言っています。
・・・・・希望・・・愛する者を失い、失意の中にあるものにとって、・・・愛するものと再び会える、という希望はどれほどの慰めになるでしょうか。・・また、人生に行き詰っているものにとって、今が永遠に続くものでないこと、暗闇から必ず光が差し込むということ、・・その希望はどれだけ力になるでしょうか。

イースターのこの日、
・・・・・・主は甦られた・・・・・この喜ばしい福音を、共に分かち合い、私たちも多くの人に伝えようではありませんか。

お祈りしましょう
 希望と慰めの源である天の神さま、み名を崇めて心から讃美します。今日のみ言をありがとうございます。甦りのキリストのくすしきみ業を覚えて心から感謝いたします。甦りのキリストが今も生き給い、いつも私たちの傍にいて、わたし達を支え、護って、励まし、慰めてくださいますから、ありがとうございます。
死をもって死を滅ぼし、罪の力に勝利した、・・・主イエス・キリストのみ名によって祈ります。
                                                  アーメン。