梅﨑良則

これから城西キリスト教会の礼拝で話された説教を掲載します。

十分の一を献げる

2016年01月24日 | 日記
聖書:マラキ書4:10


起、価値観とは、・・・時間とお金で表せる
 
  私ごとでも教会の事でもありますが、・・・昨年の11月30日で、ここ城西教会に招聘していただき満8年になりました。「正直、早いな、と思います」。・・・当時、城西教会への就任を前にして、寺園先生といろいろの打ち合わせをさせていただいていました。その時、寺園先生に、「3年契約にしてください」、とお願いしたところ、寺園先生から「3年で何ができる!」、一蹴されてしまいました。・・・・「では、・・・・ぐにゅ、ぐにゅ、ぐにゅ・・・」、となり今日に至っています。・・・・・・たった8年、されど8年、・・その中でもいいこと、いやなこと、・・・いろいろのことがありました。でも神さまの恵みにより、憐れみにより何とか乗り越えることができたこと、・・これは感謝ですね!

  城西教会で満8年、そして飛永孝さんのバプテスマ記念日の4月22日、私は68歳になります。これは完全に私ごとですが、この間、様々な試練、挫折というものを経験しました。最初の妻を亡くしたこと。息子を亡くしたことは、・・・それぞれ私の人生で最大の挫折体験となりました。それに比べると、でも、私の中で大きかった挫折体験は、前務めていた会社の人事研修で、それも管理職研修で受けた体験です。どういう体験かと言えば、私がそう思ったのですが、・・・一言でいえば「お前はダメな人間」、と評価された体験だったのです。それまで、わたしは、同級生や同期に負けない!負けていない!、という自負心をもって生きていました。しかし、・・・その人事研修で落とされて、私は人生で初めてといっていいくらい、私自身が敗者となったのです。

・・・・・その人事研修での評価の項目は4分野あって、それらはすべて5点満点ですが、指導力2点、リーダーシップ2点、実行力2.5点、コミュニケーション能力2.5点・・・・・この評価シートをもらい私の手は震えました。「管理職として失格!」・・・・・多分、評価シートを渡す時、トレーナは私の落ち込みようを直観して、・・・幾つかのアドヴァイスをしてくれました。それをメモしていました。・・・「考え、関心の片寄りを治すこと」、「自分を堀下げること」、「実際的な技術ではなく、・・・人間性を深めること」・・・・  ・・・・わたしは深く傷つきましたが、・・・しかし、今のわたしに、いくらかのものがあるとするなら、・・「自分を知る」、というこの時がスタートとなったと思います。ですから、今は、この挫折体験を心から感謝しています。余談ですが、この時はわたしは36歳で、教会に行くようになる2年前のことです。ですから例え、管理職としての能力に欠けても自分の存在まで否定しなくていい、ということに気づいてはいませんでした。・・まだ、イザヤ書の「あなたは高価で尊い」、という神さまの無条件の存在承認の言葉を知りませんでした。

 さて、その人事研修で、「あなたは何に価値を置いていますか」、というテーマがありました。これは昨年もここでお話していますが、人事部の講師がこう言いました。「皆さん、今日、・・価値観が多様化した、とそう言われますが、その価値観というものを、皆さんのご自身の言葉で言ってみてください」・・・「皆さんならどういわれますか?」・・・講師は何人かに聞きましたが、どの答えも今、一つのように思ったのでしょうね。おもむろにそのまとめをしました。講師は、「価値観は、2つのメジャーで測ることができます」、と言ったのです。・・・・「つまり、あなたが一番時間を使うもの、『それが貴方の価値観ですよ』、と。そして・・・・あなたが、一番お金を使うもの、『それが貴方の価値観ですよ』、と。・・・・・改めて考えてみれば、確かに私たちは時間を使う価値があると思うものに時間を使いますし、お金を使う価値があると思うものにお金を使っているのです。
・・・聖書も、「あなたの冨(お金)のあるところに、あなたの心もある」、(マタイ6:21)と言っています。


承、偶像礼拝
 そこで、聖書、「あなたの冨(お金)のあるところに、あなたの心もある」、を続けましょう。これはイエスさまが、山上において弟子たちへ語られた説教のひとコマです。山上の説教には、「キリスト者としてこうあるべき」、という方向性が示されています。そこでイエスさまは、「貴方が何にお金を使い方か、そこにあなたの最大の関心事があるんだよ」、と人間の心理の本質を明快に言い現わしておられます。

さて、教会では偶像礼拝ということを言います。これは神さま以外の者を礼拝するという意味で使うわれます。では偶像礼拝とは何か、旧約聖書、出エジプト記の中には、代表的な形で偶像礼拝がでてきます。・・・イスラエルの民は、モーセが神の山からなかなか帰って来ないことから、不安を覚え、・・・・金を鋳造して若い雄牛の像を造り、それを拝んでいました。・・・その光景を見られた神さまは、・・「私以外のものを神にしている」、と烈火のごとく怒られました。・・「神ならぬものを神とし、それに仕える」、・・神ならぬ像を造り、拝む・・・それが文字通りの偶像礼拝です。・・・しかし、偶像礼拝とは、「神さまに似せたものを拝む」、それに限ったことではありません。

 そして偶像礼拝の理解はもっと広く考えられています。先ほど申し上げた、自分の時間を何に使っているか!・・・時間を使う対象もしばしば偶像になります。もし、旅行が大好きな人がいて、その人が神さまのご用を放って、主の日をさぼり、・・主の日に旅行にばかり行っていたら、それは立派な偶像礼拝でありましょう。

先程お金の話しがでましたが、自分のお金を何に使っているか!・・・お金を使う対象もしばしば偶像になります。もし、私が好きなテニスのために、月約献金をケチるなら、それも立派な偶像礼拝でありましょう。もし、節約というなら、テニスに係る費用を節約して神さまのために献金するということこれが順番だと思うのです。

 昔からお金はしばしば、昔から偶像礼拝になりやすい!ものでした。だからイエスさまは山上の説教で、「神とお金に同時に仕えることとは出来ないんだ」、と明言しておられます。また、「金持ちの青年」、という例えの中でも、この青年が「どうしたら永遠の命を受け継げるか?」、と訪ねと場面で、「持っているものをみな売り払い、貧しい人々に施しなさい!」、と言われました。・・・彼はそうできませんでした。・・この例話が示しているのは、良くも悪くも、人はどれだけお金に縛られているか、ということだと思います。・・・・・私たちは、イエスさまを真似ようと思っても、文字通りイエスさまのようにはできません。しかし、ここで教えられている大事なことは、その方向性、・・・・お金から出来るだけ、・・・自由になるという意識です。


転、すべてのものは神のもの
  さて、キリスト者が信仰生活を送る上で前提にしておくことがあるとすれば、「地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは【主】のものである。」、という詩編24編の言葉でしょう。・・・・この言葉は、「すべてのものの所有権は神さまにある」、ということを明示しています。・・・先日、ある集会で、その集会はクリスチャンでない方ばかりでしたが、教会のメンバーの方が、「聖書では、全てのものは神さまのものと言っているのよ」、と言われました。・・・わたしは「み言葉が心に入っているんだ」、と思い、大変嬉しかったですね。
さて、では、私たちが現に持っているものはどう理解すればいいでしょうか?・・・・・・・実は私たちには、・・戴いたもの、・・・貸し与えられたもの、・・・それをどう使うか、・・・使う権利、使用権、それが委ねられているのです。

 先程の金持ちの青年は、所有権を捨てることができず、イエスさまが「このように使ったら」、と言われた使用権にも耳を塞ぎました。・・・・でも私たちはこの青年を笑うことはできません。以前、「自分の献金の使われ方に問題がある」、という指摘があったことがありました。私たちの教会は、バプテスト教会です。バプテスト教会はその特徴として民主的運営をしていきます。その民主的という限りにおいては、教会員の望む形に献金が使われることはその意味で当然です。しかし、お金も聖書によれば、元々、神さまのもの。それを、「み国を創るためにお使いください」、と献金の形でお返ししたなら、もうそこからは再び、本来の所有者である神さまのものです。どう使っていくか、・・・・それは神さまが決められるのです。

そして続けて、そもそも私たちのものでなかったにも拘わらず、所有している意識を絶対と言っていいくらい手放せない、という例話をご紹介します。ある夫婦は、中々子どもができませんでした。しかし、養子の形ですが、やっと子どもを得ることができました!たいそうかわいがりました!まさに、目に入れても痛くない程に、・・・しかし、聖書に立てば、聖書を前提にすれば、・・・どんなにかわいい、どんなに大事な、「わが子」さえも所有権は神にあります。だから私たちが、月に1度読んでいる「教会の約束」では、「神より預かった子どもを神のみ旨に沿うように」、と唱和しているのです。

ですから、「子どもは教会の子」、なのです。わたしはクリスチャンに成り立ての頃、「この子は、教会の子」、と真顔で言った人にカルチャーショックを受けたことを昨日のように思い出します。そうです!  わが子さえも神さまのもので、授かった子どもは、神さまから預かっている子、・・・・・・文字通りそのまま受け入れることはできないにせよ、このことを知っていて、このことをいくらかでも受け入れたなら、・・・・子どもを亡くした、お母さんは、どれだけ楽になれるのか、と思うことがあります。


結、献金は神の恵みの応答
 すべてのものの造り主にして所有者である神は、また、私たちに数えきれないほどの、そして豊かな恵みをくださっている方でもあります。以下、その証言を聖書からみてみましょう。旧約聖書、詩編の作者は、「主は憐れみ深く、恵みに富み」、と言いました。そしてその恵みは、「いつも私を追いかける」、と言いました。また、イザヤ書では、「主がイスラエルの家に賜った多くの恵み」、といいました。同じくヨナは、「あなたは恵みと憐れみの神であり」、と言いました。そして詩編40編6節からは、「望みも消えゆくまでに」という讃美歌が生まれ、その歌詞は、「数えよ 主の恵み 数えよ 主の恵み 数えよ一つずつ 数えてみよ主の恵み」とあります。

 新約聖書でも、神さまが私たちに数えきれないほどの恵みをくださっている聖書証言を見つけることに何の苦労もありません。しかし、恵みは何も数だけのことではありません。恵みには「高価な恵み」と呼ばれる質的な恵みがあります。・・・・「恵みにより、信仰によって救われた」。・・・これは罪びとである私たちがイエス・キリストを救い主と信じる信仰によって救われた、ということです。そしてそのことこそ、恵みのいわば「質」が安物でなく、「高価な恵み」であることを意味しています。
そのパウロに言わせれば神様は私たちに十分すぎるほどの恵みをくださっているのです。・・・・今日のような雪空の天気も、春先ののどかな天気も、・・良いこと悪いことも、・・私の人事研修の挫折のようなもの含めて・・・・すべては神の恵みなのです。

 今日の説教題は、旧約聖書、マラキ書の10節の冒頭の句で、「十分の一の献げ物をすべて倉に運び」
から取りました。・・・「十分の一」は神さまへの恵みの応答の徴です。・・その前提となるのは、「神さまが私にたくさんの、豊かな、恵みをくださっている」、という信仰による認識です。その認識が無ければ、十分の一の献げものは、単なるプレッシャー、単なる教え、単なる義務的なこと、・・・・それに過ぎなくなることでしょう。

 日常生活で、聖書を読み、祈りをする中で、・・それなしには得られないことですが、・・・「神は今も生きて働いておられる」。「神さまは、私の祈りを聴きあげてくださった・・・・アーメン」。「いいことも悪いこともあるが、最後的には神さまはきっと良くしてくださる・・アーメン」・・・・日常生活で、そのような生きた、リアルな体験をすれば、・・・今も生きて働いてくださる神さまの恵みを知ることになるでしょう。・・そしてそれは日常生活で私たちが、誰かに、「お世話になりました」、と感じてお礼をするように、・・・神さまへの自然な感謝となって献げられるに違いないと思うのです。・・・だから神さまの恵みを感じるなら、・・十分の一の献金は心からの喜びをもった献金となるのではないでしょうか、・・・・そして神さまの恵みに応えるものを、必ず、神さまは報いてくださる! 
だから、・・・・・神さまは「わたしを試してみよ」と。

最後に、招きをします。神さまの恵みに応答し、「十分の一」にチャレンジしようと思われた方、あるいは、
聖書を読み、祈る、というクリスチャン生活を、・・・精一杯守ろうと決意された方、その場で、小さく手を挙げてください。・・・・・ありがとうございます。


お祈りしましょう
十分の一の献金をもって私をためしてみよ!と語らえる天の神さま、あなたがいつも恵みをくださっていることを改めて覚えました。その恵み応答し、喜んで献金いたします。どうぞ私たちのこの思いを受け取ってくださり、あなたのご栄光がますます豊かにされますように!
この祈りを主イエス・キリストの名を通して祈ります   アーメン。

賜物を献げる

2016年01月17日 | 日記
聖書:ペテロの手紙一 4章10節

起、小さな賜物
  歌人、島 秋人という名を御存じの方はおいででしょうか おそらくご存じの方はいらっしゃらないだろうと思います。 島 秋人と名乗っていた頃、彼は死刑囚として巣鴨刑務所に収監されていました。そして1967年、11月1日、東京拘置所に移送され、そこでただちに刑が執行され、33歳の生涯を閉じました。よくあるように、・・・島 秋人というのは、短歌を作る歌人としてのいわばペンネームです。・・本名は中村 覚と言いました。

・・・・・・どうしてこの人のことをここでお話するか、といえば、・・・・・たった一つの賜物が、・・・・その人に真の命を与え、その人を人間的な成熟へと導くということがあるということを皆さんと分かち合いたいためです。

 彼の幼小期は一言で言えば、悲惨です。彼の略歴から取ったことを紹介する形になりますが、かれは朝鮮といった時代の韓国で生まれています。彼の父親はそこで警察官をしていました。敗戦の後、一家は故郷・新潟県柏崎市に引き揚げます。ところが、不幸なことに父親は公職追放にあい、一家はたちどころに貧しくなります。また肺結核を患っていた母親は過労か、栄養失調かで、・・・・亡くなりました。・・・・・まだ幼い中村覚は、その弟、妹と3人、家事する人もろくにいないままで取り残されてしまいます。・・・これだけでも十分に悲惨です。

 そういう暮らしの中で、・・中村は蓄膿症、百日咳、中耳炎を患い、・・・そうした病気の所為もあり集中力や根気に欠け、学校での成績は落第点でした。教師やクラスメートからは、「低能児」と呼ばれ馬鹿にされました。小学校5年の時には、試験で0点をとり、教師からは棒で殴られたそうです。・・・・いわば存在についての否定をされ続けてきたのです。・・これまた悲惨な人生であります。

 中学卒業後、ガラス工場やクーリニング店で働き始めましたがそれも長くは続きませんでした。中村は次第に自殺願望をもち、荒れ果てていきます。そういうなかで強盗殺人未遂を犯し特別少年院に入れられ、その後、放火をして懲役4年を言い渡されています。・・・・・・・・存在の否定を受け続けると人はしばしば、・・・自分なんか死んだ方がいい、と思うのです。しかし実際はそうも出来ず、・・・それとは真逆の反応、・・・世の中への怒りという形になるのは少なくありません。今もよくある構図です。

 そして、新潟の小千谷市で、老夫婦2人を殺し、1960年3月、「被告人は意思不安定、爆発の傾向を示し、容易に反社会的な行動を引き起こす危険がある」、として死刑を言い顕されたのです。

・・・・・この時は中村 覚は26歳でした。そしてこの時までは、中村 覚自身、そして周りの人の誰もが、無能力、危険人物でこそあれ、・・・彼の中に何の良い物、・・すなわち彼の中に、賜物があるなどとは思ってもみなかったことは間違いありません。
 
中村 覚は、獄中でたまたま読んでいた、開高 健の小説、「裸の王様」、・・・これは心を閉ざした少年が親切な人と出会い、やがて心を開き、絵を描くようになるという内容だそうです。・・・これを読み、中村 覚は絵を描いてみたい、という衝動にかられました。そしてその時、同時に思い出したのが小学生の時、図画の吉田好道先生から「君は絵は下手だが、構図が良い」、という言葉でした。学校生活の中で褒められたのはたったそれだけで、その感謝の気持ちから、自分自身の現状や思いをしたため、児童の書いた絵を送って欲しいとのお願いしたのです。児童の描いた絵が見たいとは、童心に帰りたいという思いからでした。

中村 覚から手紙を受け取った吉田先生はこの生徒のことをほとんで覚えていませんでした。しかし、手紙の内容と、たった一言を覚えていてくれた教え子に涙されました。そして妻と一緒に返事を書き、絵を一緒に送りました。絵には3首の短歌が添えられていました。これに感銘を受けた中村は次第に短歌の世界に引き込まれていきました。

その後も両者の間で、手紙のやり取りが続きました。その内吉田先生の奥さんの絢子(あやこ)さんから「短歌をやってみないか」、と勧められ、中村は短歌を作るようになります。中村に短歌の才能があることを感じたとった絢子さんは、彼に「島 秋人」という歌名を与えました。・・・中村は短歌を作るようになります。そして絢子さんの勧めで島 秋人の名で毎日花壇にも投詠し始め、選者の窪田空穂(うつぼ)師の目に留まるようになりました。

ここでは、・・・一つの褒め言葉が、・・・・きっかけとなり、・・・・埋もれた才能を引き出していった、・・・・とそう言いたいのです。


承、聖書から・・・・賜物とは?
 あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。(ペテロの手紙一 4:10)
  
  今日、示された聖書個所はたった1節ですが、賜物を献げるという主題にまことをもって相応しいのではと思います。

  聖書によれば、私たちは、自分が気づこうが、気づくまいが、神さまからそれぞれに賜物を授かっています。誰もが賜物を授かっている、それも無償で、・・・・・これが第一のことです。ところで、ここで賜物と訳されているギリシャ語は、カリスマ。それは英語でもカリスマと言われ、日本語でもカリスマとして定着しています。但し、私たちの社会では、使われ方が本来のギリシャ語の意味とは違っています。ギリシャ語本来の意味は、神の恵み、神の恩恵の賜物、とあります。一方、日本社会でのカリスマは、「神の」という所有各なしのいわば、超人間的な力をもつ資質という意味に使われています。・・超人的な資質がどこから出てきたか、それには関心がありません。

  このように本来、私たちは神さまから等しく賜物を授かっています。しかし、神の存在を認めず、神の存在に気づかない人にとっては、それは賜ったものではなく、最初からどういう訳か、・・・自分にある一つの「才能」でしかないでしょう。もし、才能が自分一人のものではないと気付いたにせよそれはせいぜい「親から戴いた」という程度の認識に留まるのではないでしょうか。実際、鉄人と呼ばれた元プロ野球の広島、衣笠選手も連続試合出場やその他の記録で、国民栄誉賞を戴いた時、「この体に生んでくれた親に感謝する」、とそういうふうに言ったのです。・・・・日本社会ではそれが当たり前で、神さまの存在は視野の中に入って来ないのです。

  そして中村 覚こと、歌人島 秋人も、そもそもその自分には何の才能もない。そして周りからは「低能」「低能」と蔑まされ、そういうことが続けば人は知らない内に自分もそうだと思いこんでしまいます。青年になってからでも自分に才能があるなどとは思いもよらなかったことでしょう。ましてや賜物があるなどそれは及びもつかなかったと思います。なぜなら、その時までは、彼はクリスチャンでもなければ、どのようなキリスト者も彼の人生には登場していないからです。しかし、神さまは彼に、小学校の先生が褒めてくだった絵ではなく、・・・・実は短歌の賜物を与えられていたのです。

そして「神のさまざまな恵みの善い管理者として」、というのは、実は神さまから戴いている賜物と理解して差し支えありません。・・・ですからこれは戴いている賜物の良い管理者になるということです。良い管理者とは、まず、神さまから戴いた賜物がある、ということを認識し、それが自分に預けられている、ということを認識し、それ故、・・・・・・それを神さまと隣人の為に用いる人、・・・・だということです。・・・・であるなら、恵みの善い管理者とは、すなわち善い奉仕者のことでもあります。・・・・なぜなら、善い奉仕者の奉仕の動機は、言うまでもなく、・・・その働きが自分自身の為にあるのではなく、・・・・「神さまの為に」、というしっかりした信仰に立っているからです。・・・・・・聖書、使徒言行録には、「計画や行動が人間からでたものなら、自滅するだろし、神からでたものならば、彼等を滅ぼすことは出来ない」、とあります。・・・これは神さまの為に、と神に動機づけられない奉仕の虚しさを教えてくれます。・・・では何が神さまへの奉仕となるのか、・・・・単純には、・・・・そこに祈りの心があるかないか、それが見分けの徴でありましょう。・・・・・祈りの心がある時、・・それは神さまへの奉仕となって行く、・・そう言って差し支えないでしょう。

ところで先週も申し上げたように、私は、33年間サラーマンをしてきました。いわば仕事をしてきました。クリスチャンになりたての頃、教会の仕事の甘さに何度も気がつかされました。こんなことでは会社だったらつぶれる、と思ったものでした。なぜなら、会社では、徹底的な職務分析をやらされ、1時間の仕事を10分単位で分析し、それを10時間分、・・・・何が無駄か、そして或いはどの時間をどう改善すれば効率的かなどを事細かにやらされました。だからそういうことを教会でしようとすれば今もできます。・・・そういうやり方から見れば、教会には沢山のいい加減なところがあるからです。しかし、今は、「教会のこのいい加減さが」、・・・・教会が教会である所以、だとそう思っています。まぁ、いいか、がなければ教会ではありません!

本論にもどりますが、だから私は会社のそういう仕事のやり方を教会ですることはうんざりです。教会は仕事するところではなく、賜物を用いて、・・・奉仕するところです。・・・・教会に「仕事が」見えた時、・・・私は疲れを感じます。・・・・・それはどうしてか、・・・・たびたび喜びのない奉仕になるからです。・・・・・喜びない奉仕、・・・・感謝のない奉仕、・・・・・ラン先生は、「そういう奉仕なら、・・しない方がいい」と言われます。過激な発言だな、と思っていましたが、・・・多分、神さまから出た奉仕なら喜びも感謝も必ずある、と今はそう信じていますので、・・・・・ラン先生の言うことは一理も二理もあると思います。そしてまた、・・・喜びのない、感謝のない、そういう奉仕を、・・・「神さまは喜ばれるだろうか? きっと神さまは喜ばれないだろう」とそう思うのです。・・最後の、「互いに仕えなさい」、というのは、・・・そういう姿勢で仕えなさい、という意味でしょう。
転、・・・・賜物が成熟へと
 さて、歌人 島 秋人の話は終わったのではありません。島 秋人は短歌を倣いだして丁度、1年位たった時、毎日歌壇に入選します。余ほどの才能があったからでしょうね。その歌の一つを、(スクリーンに)

わが罪に 貧しき父は老いたまひ
久しき文の切手さかさなる

この歌に目を留めた一人の女性がいました。後に、島 秋人の養母となる千葉てる子さんです。・・・千葉さんはクリスチャンでした。彼女は女学校を卒業してすぐに熱心なクリスチャンになりました。どういう訳か、生涯を独身で過ごし、神に仕えて生きようと決意していました。その彼女は、島 秋人の歌をみてすぐ死刑囚だな、ということがわかったそうです。そしてその時、彼女がどう思ったのかそれが綴られています。それはこんな内容です。

「その歌を読んで気の毒な心境にあるな、と思いました。・・本当になんとかして、この人にもっと別の世界があるということをお知らせしたいと思いました。・・結局、死刑囚というのは、罪の意識の中にあるし、そしていつ処刑されるかわからない身の上にもあるし、・・しかし、そのようなことを通り越して、そのような境遇にあっても、そのような独房みたいなところにあっても、・・もっと普通の人以上に、・・・キリスト教信仰はそこまで引き上げてくれることを確信していて、・・・・是非、救われて、・・・そういう気持ちで、召される日まで過ごすことができれば、・・・彼のその日までの人生の全てがプラスになり、・・生きていける、とそう思ったのです。」、とまぁいうこういう内容です。

・・・そういう思いの故に、千葉さんは何とか島 秋人をクリスチャンにしたい、救われて彼を天国に送りたい、・・その一心であったようです。しかし、その思いは中々、島 秋人には通じませんでした。もう、「この人にはダメ」、というところまでいったそうです。ところが、一転して導こうという思いを一端脇に置いて、やさしい内容の手紙を書いたら、彼が心を開くようになったそうです。千葉さんはこの時のことを後に、「信仰の真理だけをぶつけるというのは、あまり効果はありませんね!それより聖書にある、『喜ぶものと共に喜び 悲しむ者と共に悲しむ』という心境になり、その人のいうことを良く聞いてあげて、その上で神さまのことをその都度その都度教えてあげればいいのだ、ということを学びました。どんな正しいことでも上からはダメなんだ!」とこう振り返っています。・・・ここには個人伝道の難しさと共に、個人伝道のポイントとも言うべきことが語られています。さて、こういう経過を経て、島 秋人は千葉さんに、「信仰のお姉さんになってください」、というようになりました。そして最高裁で死刑判決が確定(1962年6月)した6カ月後に受洗しています。・・・彼はクリスチャンになったのです。クリスチャンになり、・・・そしてクリスチャンならではの歌を詠んでいます。(スクリーン)

たまわりし処刑日までのいのちなり
心すなおに生きねばならぬ

・・・・・・・・ここで彼の才能は、彼の中で賜物となったのです。彼は命が賜ったものということをはっきりと覚るようになり、・・・・詠ったのです。

そして次の歌は、受刑者ならでの悲しみと憐れを思わされます。(スクリーン)
  握手さえはばむ金網目に師が妻の手のひら添えば
  われも押し添う

 吉田先生の奥さんか、千葉てる子さんかわかりませんが、金網に手を添えたんですね。それに対し、ただ手を合わせるしかない。・・・・その情景を思うと、ただ憐れみしかありません。

  そして、たった一つの賜物が、・・・・その人に真の命を与え、その人を人間的な成熟へと導くということがあるということを分かち合いたいと冒頭、申し上げました。島 秋人は、処刑寸前、当時の東京拘置所、所長の高橋良雄さんへ祈りの言葉を残しました。これを読めば、これを読んだなら、・・・・わたし自身はそう思いました。・・・読んでみます。(スクリーン)

願わくば、精神薄弱児や貧しき子らも疎まれず、幼きころよりこの人々に、正しき導きと神の恵みが与えられ、・・私如き愚かな者の死の後は、死刑が廃されても、犯罪なき世の中が打ちたてられますように、私にまして辛き立場にある人々の上に、恵みあらんことを、
                                 主イエス・キリストの名により   アーメン

このいわば、辞世の句とも言うべきものにどのような解説を付け加える必要があるでしょうか
自分の事しか顧みなかった人が、最後の最後の時まで、・・・・貧しき境遇にある隣人のことを思いやって天に召されていきました。

  この祈りの言葉を読んだ時、実はわたしはマルコ福音書の最後、イエスさまが十字架につけられ亡くなられた時、百卒長が「真にこの人は神の子だった」、と言ったシーンを思い出していました。死刑を執行した東京拘置所の所長もきっと、「真にこの人は、真人間であった」、とそう心で呟いたのではないか、と思ったのです。


結、賜物を献げる
  まとめになります。「賜物を献げる」、・・・・私たちには間違いなく、誰にでも、無償で賜物が授けられています・・・・これが第一の事です。そしてそれ故、その預けられた賜物を精一杯、ぴかぴかになるまで磨いていく事、・・・・・これが第二のことです。更に、その磨いた賜物を、・・・自分の名を高めるためではなく、神さまと隣人の為に使って行く事、・・・・これが第三の事です。

あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。(ペテロの手紙一 4:10)

・・・・お祈りしましょう。 私たちを愛し、慈しんでくださる愛なる神さま、・・・・あなたは愛なるが故に、それぞれ一人一人に賜物をくださっていることを信じます。感謝します。・・・どうぞ、その恵みに気付き、一層、豊かに磨き上げ、・・・・その賜物を、神さまのみ名のため、隣人のために使うことができるよう導いてください。・・・この祈りを主イエス・キリストの名によって祈ります。・・・アーメン。

時を献げる

2016年01月10日 | 日記

聖書:出エジプト記20章:8-11節
起、恩を忘れる 恩に報いられない 恵みを受けっぱなしになっている
 私は栗田工業という会社で33年間働きました。その中で生涯に亘っての友人となった2組の夫婦がいます。彼等とは、今も東京に行けば必ず会って食事して、時々カラオケをすることもあります。ずっと交流が続いていますが、・・・カラオケ仲間ではなくテニス仲間なのです。しかし、彼らとはそうですが、・・・前の会社で、彼等以外のかってあれほど親しかった同僚や同期の連中とは、「日々、疎くなっています」。東京に行くことがあっても、ただでさえ時間が足りないのでわざわざ会おうと言う気にはならないのです。

ところで、前の会社の上司で、Tさんというちょっと変わった方がいました。40代の中ごろ、・・・私はサラーリマン生活に行き詰っていて、いてもたってもおれず、そのTさんに電話しました。Tさんはその時、既に定年退職していましたが、あっさり、「いいよ、ではこれから出て行く」、とそう言ってくれて、私たちは新宿駅で会いました。それは1995年の3月20日でした。なぜ、この日を覚えているかと言えば、その日は、地下鉄サリン事件が発生した日だったからです。もう21年まえになります。・・このTさんがわたしに、「仕事なんか、適当にしておけ!・・・俺が死ぬか、生きるかになった時、・・見舞いにきてくれたのは、仕事で面倒見たやつではなく、・・・・飲み仲間、マージャン仲間だけだっただ」、と言われるのです。Tさん独特の言い廻して方で、この言葉に驚きはしませんでしたが、妙に記憶に残り、今となれば、このTさんの言う通りだと思うようになりました。・・・・・もちろん、これは、・・・信仰者の交わりではない、・・・人間的な交わりに於いてのことです。

さらにこのTさんについての余談ですが、・・Tさんは、「内の息子は素質がある」、と言われるのです。Tさんには一人息子がいました。・・・「どういうことですすか」、と聞くと、「息子は、夜中に夢を見て、がばっと起き上がり、・・・パパ、パパ 5-6 5-6」、と競馬の予想をするんだ!、と言うのです。・・・・・しかし、そのTさんの息子は今や、成人していて、・・・彼は父親の期待通りの人間にはなりませんでした。・・・彼は、日曜日に府中競馬場に行くのではなく、・・・東京北バプテスト教会に行くようになったからです。そして今や、その教会の有力なメンバーとなっています。・・・・この事を思うたびに、私は、「神のなさることの不思議さ」、というものを思わされるのです。

一方、生涯に亘る友人夫妻のKさんは、私が前いた会社、・・・栗田工業の役員になりました。一応、関係会社まで入れれば社員数、約5000人の会社で、その中で役員になれるのはたった8名です。だから役員になれたKさんは、サラーマンとしては成功した人生だと言えましょう。サラーリマン時代、・・・そのKさんから私に、・・・時々「ゴルフに行かないか」という誘いがありました。実はその誘いは接待ゴルフで、そういう訳で私の懐は全く痛みません。Kさんや私を招待してくれたのは、・・・Hさんという人でした。Hさんはゴルフの他にも食事や何やかや、役員であるKさんを誘ってくれたというのです。

・・・私の友人、・・そのKさんは、今、70歳になりました。しみじみと「俺は皆に良くして貰った。しかし、振り返ってみると、それに見合うようなお返しが何にもできていないな・・・それを思うと大変、申し訳ない気持ちになる」、とそうしみじみ述懐したのです。・・・・いつも冗談や馬鹿話しかしない人の述懐なので、これまた妙に心に残りました。・・・・そういう事で言えば、私も年賀状を書きながら、「この人にお世話になったな、・・お返しができていないな」、と思う事がありました。

そしてこのKさんが、何のお返しも出来なかったと語る対象者の一人が、Kさんを、よくゴルフに誘ってくれたHさんなのです。これまた余談になりますが、このHさんは、或る時、パスポートを偽造させられました。・・・ご自分の分は、蜂谷真一とされ、娘の分は、蜂谷真由美とされたのです。ご記憶の方もいらっしるかと思いますが、蜂谷真由美は実は、偽名で、・・・・本名は金賢姫(キムヒョンヒ)あの、大韓国航空機を爆破した犯人です。だから、爆破事件の時はいろいろ調べられて大変だったみたいです。・・・・しかし、その金賢姫の後日談ですが、・・彼女も今や、私たちと同じ神を信じる者となり、クリスチャンとなりました。・・・このことを思う時、ここにも神さまのなさった不思議さを思わされます。

神さまのなさった不思議さや、いろいろのことを申し上げました。しかし、ここで一番、申し上げたかったのは、・・・・みなさんの人生においても、大変お世話になっていながら、「何のお返しもできていないな、というようなことはないでしょうか」、ということなのです。・・・・・もし、私たちと友人・知人のなかにそういうことがあったとすれば、・・・私たちと神さまとの間には、・・・・もっと大きな、いわば「借りがあるのでは」ないでしょうか・・・・それが私たち、人間の存在ではないでしょうか


承、スチュワードシップとは
 さて、詩編24編の1節、先程の交読文には、「地とそこに満ちるもの/世界とそこに住むものは、主のもの。」・・、というみ言葉が置かれています。・・・聖書はすべての所有権が神にある、ということを明確に示しています。

しかし、この聖書の示しは、「神々はいても、唯一人の神などはいない」、とする日本社会にとっては全く、理解しがたき考えであります。・・・働いて、働いて、マイホームを手に入れた人は、「私の家」であり、・・・荒れ野を開墾して畑を切り開いた人にとっては「私の畑」であり、大事に、大事に育てた息子は、「私の息子」であります。誰の中にも「神の家」、「神の畑」、「神の息子」、という認識はありません。・・・・この世に有って獲得したものはすべて「私の」、という所有格付きで語られることであり、・・・誰も「神のもの」、とは考えていません。

しかし、私たちキリスト者は、第一義的に、・・・「神が天地万物の創造者であり、支配者である」、と考えます。つまり、神が、万物を創造された神が、全てのものの所有者であると考えるのです。・・・ですから私たちには究極の所有権はありません。神さまが、究極の所有者であり、私たちもまた「神のもの」なのです。・・・「自分がキリスト者である」ということの定義をするなら、・・・「全てのものの所有権が神にある」、とそう認識することから始まるでしょう。ですからスチュワードシップのテーマである「時間も、体も、賜物も才能も、・・そればかりか冨も・・・・・それは私たちのものではなく、第一義的に、神のものなのです。これは日本社会においてはコペルニクス的な発想の転換だと言えるでしょう。

 ところで、1月第2週の今日から3週の17日、4週の24日と、スチュワードシップ月間として説教と証が、予定されています。わたしたちになじみのないスチュワードシップと言う言葉は、しかし、キリスト者にとっては大事な言葉です。・・この言葉の端的な意味は、「良き管理者になる」、ということです。・・・つまり、スチュウワードシップに於いては、・・・管理ということがキーワードとなります。

 そして今日、1月10日は、「時間のスチュワードシップ」が主題なので、・・・「時を献げる」、という説教題になりました。つまり、キリスト者として、与えられ時を、・・どう管理するのか、どう用いるのか、・・・それを考えるのが今日の説教の目的です。


転、聖書から・・・・多くの恵みへの応答
 さて、今日、示された説教個所は、出エジプト記、・・・有名な十戒が記されているところです。イスラエルの民は、その信仰の祖、・・・アブラハムから数え、イサク、ヤコブ、ヨセフと続きます。・・・そのヨセフはエジプトのいわば、首相に位する地位に着きました。・・・そのヨセフが亡くなって後、400年が経ち、・・・・エジプトではヨセフの功績を知らない王が王座についていました。その王、ファラオは、増えすぎたイスラエルの民を危険分子と見ました。何か、事があれば、敵方についてしまうのではないか、・・・・それが疑心暗鬼になり、ことごとく、イスラエルの民を虐待しました。

ここでも余談です。もしファラオが、イスラエルの人たちを「敵方につくことはない、謀反など起こさない」、とそう認識していたら、出エジプトはなく、・・・イスラエルの歴史は変わっていたかもしれません。・・・私たちがある状況を、あるいはある出来事を、・・・どう認識するのか、・・・そのことだけでも歴史が変わってしまう、という一つの例だと言えましょう。・・・同じように、私たちの教会が良い方に向いているのか、悪い方に向いているのか、・・・・それをどう認識するかによっても、・・私たちの心は大きく違ってきます。

さて、聖書の続きです。・・・・そういう状況の中で、神さまはイスラエルの民の苦しみをつぶさに見られました。そして元日礼拝で安藤先生が説教なされたように、神さまは、民の苦しみをみてハラワタのちぎれる程、心を痛められたことでしょう。いわば、自分の子どもが目の前でいじめられている光景を見たなら、私たちだって、心が張り裂けるようになるでありましょう。 そこで神さまは、「苦しむこのイスラエルの民を解放しよう!」、とそう決意されたのです。

ここに私たちの神さまの本質があります。そういう思いの根っこにあるのは神さまの愛です。・・その愛ゆえに、神さまはハラワタがちぎれるほど苦しまれ、・・・救いの手を差し伸べられたのです。・・・・・そしてイスラエルの民は指導者モーセに率いられエジプトを脱出したのです。

・・・・・途中を端折りますが、・・・・今日の場面は、最終目的地カナンへの途中にあるシナイ山でのことです。神さまはそこで十の戒めを告げられるのです。・・・そして今日の取りあげた戒めは、第4の戒め、・・・安息日規定です。・・・・・・・神の裁きが、愛されるが故のイスラエルの民への裁きであったと同様、・・・この十の誡めもイスラエルの民を愛するが故の誡めです。・・・・・・・愛のないところでの誡めは、それは単なる支配です。神さまは私たちを支配されようとは全く意図してはおられません。

 ここで神さまは、「安息日を心に留め、これを聖別せよ。」と言われました。・・・今日の私たちに言いかえれば、「日曜日を心に留め、・・・これを聖なる特別の日としてより分けろ!」、ということでしょう。繰り返しになりますが、この戒め、この命令は、・・・・神さまがイスラエルの民を愛していた、というそこから発しています。
そのことを心に留めなくては、・・・ただの誡めになります。


結、なぜ、時を献げる?  根拠は聖書に では具体的には?
 そしてなぜ、私たちは、具体的に、「時を献げる」のでしょうか? あるいはなぜ、私たちは、「時を献げなくてはならない」のでしょうか? その論拠となるのは、まずは、先程聞いた、「安息日を心に留め、これを聖別せよ。」という聖書証言です。更に、「地とそこに満ちるもの/世界とそこに住むものは、主のもの。」、という聖書証言と「土地から取れる収穫量の十分の一は、穀物であれ、果実であれ、主のものである。それは聖なるもので主に属す。」、という聖書証言です。・・・・今日のテーマである時もこの聖書証言からして神さまから賜ったものです。そしてその時の十分の一も神さまのもの、と言われていることです。更に、特別な時、・・聖なる特別な時、主日をより分け献げろ!・・・・ここに私たちが、時を献げるという根拠があるのです。・・・・・・

 そしてもう一つの重要な聖書証言にその根拠があります。それはイエスさまが、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」というイエスさまご自身のみ言葉です。「主を愛する」、というこのみ言葉を具体化した時、・・それは礼拝を献げるという行為になるのです。そして安息日を聖別せよ、という時は、・・・今日、私たちにおいて主日礼拝を献げるという時になったのです。・・・・主日礼拝という特別な時を献げるということは、イエスさまの聖書証言にその根拠があるのです。

 そして、先にも申し上げましたが、・・・もう一つの根拠は、神さまが私たちを愛してくださっている、・・その事に応答する、あるいは応答しなくてはならない、という私たちの応答性に根拠があります。・・・・・私たちは年齢を経れば一層よくわかってきますが、それまでの、多くの人に支えられ、多くの人のお世話になってきたという事実に気がつくようになります。その事を、私たちと神さまの関係でいうなら、・・・・全く比較にならない程、私たちはいわば、神さまお世話になってきたのです。子どもの内、親の恩がなかなか分からないように、私たちは大人になっても神さまの恩がなかなかわかっていないでしょう。神さまは、私たちが反省し、後悔し、申し訳ありませんでした、とそういう前から、・・・・神さまは私たちを愛してくださっていました。・・・・その神さまの愛の象徴が、イエスさまの十字架です。・・・・・「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」、・・・これもまた聖書証言です。
・・・・・・・時を献げる、・・・・・神さまの私たちに対する愛が先にあり、今もあり、そしてこれからもある、・・・・それを知った以上、私たちは喜んで神さまに応答する者へとなっていく、・・・・・そこに時を献げる根拠があります。

 では最後に、具体的に、私たちはどういう時を献げるのでしょうか

◆まずは、主日礼拝の為に時間を献げるということです。1週、168時間ある中で、9時~14時までの5時
間、パーセンテージとしては、僅か3%の時間を献げるということなのです。この教会生活入門によると、「本当に、主日礼拝を一番大切としているか問い」、一番大切にしているなら主日礼拝を献げることができるように、・・・普段から、いろいろのことを調整して主日礼拝に備えることを勧めています。

◆次は、聖書を読み、祈るための時間です。同じく、教会生活入門によると「バプテスマを受けても『信仰の基盤である』聖書を読まなければクリスチャンとしての成長はない、と言っています。そして聖書を祈って読み、読んで祈ることを勧めています。・・・・何事かを究めたいと思うなら、基本が大事です。聖書を読み、祈るというのは信仰者の基本中の基本です。基本に忠実であれば、おのずと成長という成果はあると思います。

◆更に次は祈祷会です。・・・教会生活入門によると、祈祷会は祈りによる「教会共同体作り」、また、「隣人を愛せよ」、というイエスさまの「教えの実践の場だ」とされています。・・・・どうか、水曜日の午前の聖書の学びと祈り会か、夜の祈祷会に是非、出席してみてください。

◆更に次は、奉仕、伝道、証の時間です。同じく、教会生活入門によると、伝道や奉仕は、人からの称賛を期待するためではなく、キリストに献げるためである、とされています。奉仕がともすれば、自分の得意のところに、するとそこに「自分が」、となり易い側面を持っているので、・・・・祈って奉仕に入るというのはお勧めだと思います。

◆最後は、人生を楽しむ時間を作る
  これまた、教会生活入門によると、主の日こそが、まことの喜びの日、ひかりの日、憩いの日になっていくはずだ、とこう記し、主日礼拝にこそ、リクリエーション(再―創造)があると記しされています。主日礼拝で新しく創造されて、・・・その上で、人生にあるさまざまな楽しみの時間を使うようにと勧められています。1986年4月19日が私のバプテスマ記念日ですが、・・・以来、私は日曜日のテニスの試合を放棄しました。小さなことですが、それが私の中での第一のものを第一とする、という証です。


お祈りしましょう
  愛する神さま、あなたが沢山の賜物くださっていることも改めて覚えました。時間もその中の一つ、であることを覚えます。・・・今日は、あなたから戴いた時間を献げるというテーマを皆さんとご一緒に考えました。あなたに献げる時、私たちは益々豊かにされます。どうぞ、私たちが喜んで時間を取分け、献げるものとなりますよう更に導いてください。
                     感謝し 主イエス・キリストの名により祈ります。   アーメン