その電話の主はもちろん籠橋さんですが、この辺の記憶も曖昧で、
一緒に生活しようと約束した時は当然東京に来るものと思っていましたが、
その約束を破棄された後は、どういう話をしてたのか、恐縮ですが
記憶にございません。実家に帰るのを躊躇っていたことは知ってたので
やはり東京に来るよう勧めて、彼女もその予定でいたのか。
だとすれば住む所をあらかじめ探していたと思うけど、それはしてなかったし、
ということは、東京に来るかもしれないし、来ないかもしれない、
という話だったのかもしれないし。いずれにせよ、その電話は突然のもので、
私が実家に帰ってから、一週間か二週間の間位だったと思います。
しかも電話をかけてきた時、彼女はその日に野辺山から東京に来たばかりで、
今いる場所が池袋駅だと言うのです。おそらく中央線小淵沢駅から新宿駅経由、
山手線で池袋に辿り着いて、助けを求めるつもりで電話をかけてきたのだろうと
推測しますが、その時私が家にいなかったらと思うとゾッとします。
当時は勿論携帯など無かったし、他に連絡の取りようがないですから。
でもそれも、私の衝動的行動のように見えた野辺山侵攻同様、彼女の為に
予定されたシナリオだったのかも知れません。
連絡を受けてから、慌てて池袋駅に行くと、私が入る前に辞めていった男性から
もらったという、男物の作業用紺色ジャンバーに、やや大きめのバッグとギターという
一際目立つ姿の籠橋さんが心細そうに改札のそばに立っていました。
続く