にゃんこな日々

ネコ風ライフをつらつらと・・・

【映画】『愛を読む人』

2009年07月05日 | MOVIE
『愛を読む人』The Reader(2008/米・独)
監督:スティーブン・ダルドリー。
出演:ケイト・ウィンスレット。レイフ・ファインズ。

1958年のドイツ。15歳の少年マイケルは偶然、具合の悪くなったところをハンナという女性に助けられる。それがきっかけで二人は愛し合い毎日ハンナの部屋で逢瀬を重ねる。やがてハンナはマイケルに愛し合う前の儀式のように本の朗読をさせるようになる。いろんな本を選んではハンナに読み聞かせるマイケル。しかしある日突然ハンナはマイケルの前から姿を消してしまう。それから8年後、法学専攻の大学生となったマイケルの前にハンナが現れる。彼が傍聴するナチの戦犯裁判の被告人として・・・。

私のネット仲間の皆様絶賛なさっているこの作品。確かに素晴らしい作品だと思います。しかし読解力の薄い私にはいろいろと「?」がいっぱい。映画館から帰ってきて早速の姻戚めぐり。なーるほどー・・・。そうですかぁー・・・。

ってことでこの映画の感想をきっちり書こうと思うとネタばれになっちゃうので、ネタばれ改行でございます。









ハンナが文盲であるというのは、二人で出掛けた自転車旅行でのレストランのメニューを見るシーンですぐにわかったんですが、映画を見る前に予告なんかで言われていた彼女の秘密がまさかこれだとは思わなかったんですよね。判決によっては死刑なんてこともあり得るのにそれでもそれ隠しますか!?というくらいに不思議だった。でも今調べたらドイツって死刑判決ないんですね。でも終身刑だとしても、文盲であることを告白するくらいなら受ける・・・というどんな理不尽なことでも文盲であるということを告白するくらいならそっちの方がマシという発想がどうあがいても私には理解出来ない。しかし理解出来ないという私の感覚を当てはめると、それだけハンナのプライドの高さが読み取れるんですよね。で、まず第一の「?」。ハンナのプライドはわかった。でもなぜ彼女の秘密に気付いたことで彼女を助けることが出来るのにマイケルは彼女の秘密を語らなかったのか?姻戚めぐりで解決しました。まず第一点。マイケルは戦後教育を受けた人間。つまりナチは悪であるという概念が染みついた世代で、彼女の罪はやはり心から許せるものではなかった。第二点。彼女の秘密を語るということは自分の過去をも曝け出してしまわないといけないことだということ。あー深い!これはものすごい葛藤であり苦悩ですよねぇ。そして第二の「?」なぜに死ぬ? これもねぇ・・・そうですよ。そうですよ。あの食堂のシーンね。贖罪を求めるマイケルにその意識を持たないハンナ。決定的ですよねぇ。とツラツラ考えると、あの法廷でのハンナの態度にすべてが表れているんですよね。でもね、私にはあのシーンでのハンナの態度は、なんで責められるんだろう?って感じだったんですよ。「なんで人選をした?」「仕事だから」「なぜ鍵を開けなかった?」「村人もいるのに囚人を解き放すなんて出来ない!」その時は仕事だから・・・と思ってやっていたものの、後からなんであんなことしたんだろう?という罪の意識・・・って言うのはあってしかるべきものなのかな?という気はしないでもないんですが、果たしてこれみんな持てる?私には自信がない。「正義」の御旗振り回すほど恐ろしいことってないんですよね。どっちに転んでも。あー、思いっきり話飛んじゃいますが『私は貝になりたい』あれって、戦争中上官の命令で無抵抗の捕虜を殺したということでA級戦犯となり絞首刑ですよね。で、戦時中の日本、上官の命令には逆らえないのに!戦争だったんじゃないか!ってことで「私は今度生まれ変わったら貝になりたい・・・」この映画の中で清水豊松が「私はなんてことをしてしまったんだ・・・」という罪の意識に苛まれるシーンは全く描かれてません。だからって『私は貝になりたい』を責めてるわけじゃないですよ。つまりこの『愛を読む人』では、ハンナもマイケルも責められない。二人のボタンの掛け違いがあまりにも大きすぎて悲しいな・・・と。ハンナの文盲であるというのをひた隠しにしてきた、なぜ文盲であったかというバックボーンは語られないけれど、頑なまでに頑固で真っ直ぐな生き方、高いプライド。なぜ親衛隊に入ったのか?やはり文盲故というのと高いプライドのせいでしょうね。マイケルが送る朗読テープ。これにはマイケルからすれば、ハンナの文盲に気付いているけど、助けられなかったことの贖罪。僕は君が文盲であることを知っているよという意味もあったのではないかな?一方ハンナは送られてくるテープで、文字を覚えた。これもきっと文盲ではないと言いたい彼女のプライドからじゃないかなって思う。だから彼からの返事を待った。だけど彼には彼女が許せなかった・・・のかな。でも本当は彼には・・・マイケルにはハンナを許すも許さないもないんですよね。それをハンナの死でやっとわかるマイケル・・・。遅い・・・けど、自分の過去を娘に話すことで、マイケルは救われる・・・?
なんか、わかったんだかわかってないんだかわかんない感想書いてて、やはりジーンと胸に募るのは悲しすぎるくらいに真っ直ぐなハンナの生き方ですね。
許す許さないっていうのは自分がされたことに対してだけで、当事者ではないものは、それは口にしては・・・考えてはいけないのかもしれません。

-2009.7.5 アポロシネマ -

最新の画像もっと見る

1 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
報告とお礼です。 (ヤマ)
2009-11-03 11:50:33
とめさん、こんにちは。
 今回の拙サイトの更新で、こちらの『愛を読むひと』をいつもの直リンクに拝借しております。
「許す許さないっていうのは自分がされたことに対してだけで、当事者ではないものは、それは口にしては・・・考えてはいけないのかもしれません。」との末文、本当に同感至極です。かねがね僕は、人は何故にああも軽々しく“許せない”という言葉を使うようになったのだろうと、とりわけTVマスコミのコメンテイターやレポーター、キャスターの言葉を苦々しく聞いているものだから、とても嬉しく読みました。
 そのことに見合うだけ調べ上げて理解と見識を加えたうえで口にするなら別ですが、結果のうわつらを見聞きしただけで正義をかざし、犯人探しをしたがる人の心性って、本当に下品な気がしてヤなんですよねー。
 ありがとうございました。
返信する

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。