打ちのめされるようなすごい本 米原 万里 文藝春秋 このアイテムの詳細を見る |
ネットの古本屋で米原万里とあったので 中身を確認もしないままに注文しました。
電車の中で読み始めてみると これまで彼女が週刊文春などに書いてきた書評が中心…。
こんな文章がありました。
「航空運賃が安くなったとはしゃぐ私を航空会社社員の友人がしきりにたしなめた。
『あのね、確かに安売り競争が激化したけど、それは人気幹線航路だけのことなの。新規参入の航空会社は、そこだけに集中しましたからね。僕の勤める大手もやむなく運賃を下げましたよ。消費者にとってはありがたいことだと、さかんに言われているけど、この消費者に僻地の人は含まれないんだな。だって、今まで人気路線で稼いだ余剰で運行されていた赤字路線が軒並み廃止されたり、縮小されたり、値上げされていますもの。マスコミはあくまで多数派志向ですから、決してこれを取り上げませんがね』
『そうか、安物買いの銭失いだったんだ。効率と利潤一辺倒って視野が狭くなるのよね』と自分のことは棚に上げて、私。
『分割民営化された旧国鉄やNTTでも似たような事態が進行していますね。』
『次は郵便局ですかね。過保護があだになって不況地獄から抜け出せない金融機関にとって郵便局は目の上のたんこぶでしょうし』
『そういえば、後継総理の有力候補に、郵便局の民営化にいやに熱心なのがいたわね』
このやり取りを傍らでニヤニヤしながら聞いていたもう一人の友人から書籍小包が届いた。
中味は『赤いポスト白書-阪神・淡路大震災』(梅原光彦他著 白川書院新社)というパンフレットに毛の生えたようなわずか65ページの代物。レイアウトはあか抜けないし、文章も決して巧いというものではない。ところが、いや、だからこそだろう、読み進むうちに、胸が熱くなってくる。
1995年1月17日早朝、震度7の激震で崩壊した阪神地域の街々で奮闘する名もない郵便局員たちの姿が掛け値なしに感動的なのだ。
郵便物を届けるにも、家は倒壊し住人の避難先も分からない。職業的使命を全うできない無念を幾度も味わう一方で、『自分たち一人ひとりが支えた郵便が実は町の重要なライフラインだった』『がれきの中に孤立無援だった人々に勇気と希望を与えた』という自負も生まれる。
港湾は壊滅し交通網、電気、ガス、水道などが寸断された状況下、民間宅配便3社は地震発生当日に一斉に引き受けを停止する。だが、郵便局の対応は、正反対であった。
138局が窓口業務が不可能な状態に追い込まれながらも、文字通り不眠不休の活動を続けた。しかも、多くのサービスを無料で提供することを決断している。この辺は、意外にも郵政省の対応が迅速なので、ちょっと見なおしてしまった。救援用小包や被災者が出す郵便物の料金免除、郵便はがきの無償交付に踏み切っている。
被災者には避難先等届用紙が配布され、避難先にも郵便物が届くようになる。全国の郵便局から延べ1万人以上の応援部隊が駆け付ける。
… … … …
国営→国家権力→横柄な役人という連想パターンがいつの間にか刷り込まれてしまっていたのが、本来、民主主義を奉じる国においては、国営=国民のものであるという、すっかり形骸化してさすれ去られてしまった意味を思い起こさせてくれた一冊だ」
『すごい本』を読み始めたおかげでまたたくさんの買い込む本が出てくるぞう…。
昨日の中国新聞一面は 国家公務員人件費 給与・人員減で抑制 年1兆円規模 実施計画 民主策定へ との 大きな見出し…
http://furuido.blog.so-net.ne.jp/2007-01-04