くない鑑

命を惜しむなっ!名こそ惜しめっ!!前へぇ、前へーーーぇっ!!!

いざ!石和(其の四:忘却の彼方)

2005年03月28日 | 参陣記
武田社へは宝物館の近くの脇手から入り、宝物殿で保有されている展示品の観覧。
出入口傍には人が何人も入れるくらいの大きく重厚な造りの長持があったのですが、一見重そうに見えるこの蓋が、案に相違して軽々造作もなく開いたのには、ちょいびっくりしました。
同館を出て、しばし其の前でまったりとまどろみながら無為に時を過ごし、境内の売店でこの後行く陣中見舞いの土産の他、各々何か品を定めて買い求めたりしていました。
一通り品を定めて買い求めた後、まず御手水場にて手口を清め、本殿に詣でて翌日の“戦勝祈願”を。
見事な茅葺の本殿の其の脇には、大きな武田菱の設えてある杯が配されいました。
それと、いま茅葺を手入れしようにも職人が少なくて大変だってことを聞いたことあります。・・・維持手入れ、さぞかし大変なんでしょうね・・・
この日は御日柄も良く、美々しく着飾った御宮参りの子達が2,3人いました。

帰りは逆に、本殿より正面、参道より鳥居を潜って武田社を出でて、門前の土産物屋にて休憩も兼ていろいろと物色・・・。
前日にて長々と記しましたが、鳥居から周囲を見やると、南は開けた門前町が形成されていて、真一文字に延びた道の先には山梨大学甲府駅、さらには甲府城
また、他三方は山々に囲まれていて、その険を見上げるに、僅かながらもかつての武田氏館の往時を偲べた気がします。

ところで、門前売店で品々を物色中の紋次郎。殿の下に、繁霞氏より入電があり、さらに氏よりここに居るとの情報を得た松永弾正氏よりこちらに向っているとの入電有り。時間が切迫していましたけど、是非も無し・・・暫しこの場にて待機。
それから10分ほどして・・・それと思われるバスが到着。・・・と、そこから出てきたのは10名ほど人・・・の中には松永弾正氏も。
今年もまた、去年と打って変って見知らぬ面々と一通りご挨拶。
お名前はちょこちょこと存じ上げる方、居られましたが、今となっては申し訳ない、覚えておりません。ただ・・・・・・・・・・・・・・・。
今回弾正隊にはご舎弟殿も加わっており、層のあつさ、感じました。
ただ、それ以上に驚いたのは、弾正氏が私の紹介のときに名前を忘れていたこと。始め紹介するとき、全く別の人の名を挙げていましたよ。
ここでは敢えて申しませんが、この方と弾正氏はお会いしたこと無いはず。。。
正直、すっごく驚きました。あれで弾正氏ご一行に私のことが正しく伝わったのか--; 甚だ心配です。
それなのに、キャラが変わりました?!って質問は・・・はてさてどういうことなのでしょう^^;

初陣の折、私は氏の旗下でしたが、この方には私はどのように見られているのか、どういうキャラだと思われているのか・・・う~む・・・ちょい興味あります・・・けど--;。。。

<<<甲斐の淵源へ戻る!|◇|いざ!本番へ>>>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする